昭和少年の貧乏ゆすり

末文治

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小学校入学-5

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 夏休みの校庭は、生徒が居らず”しん”としているせいか、普段より広く、土が白っぽく乾いていて何となくよそよそしい感じを受ける。片隅で、四人がひっそりと「三角ベース」をしている。
 校舎に入り、空っぽの下駄箱を横目に、堂々と下履きのまま自分の教室に向かう。誰も居ないのは当然だけれど、それが不思議な気がする。机と椅子が行儀良く並んでいて、自分の席もちゃんとあるのを確かめる。大きな黒板が、しっかりと留守を守っているようで頼もしい。
 廊下を抜けると、馴染みの古びた便所に行き当たる。大便用の扉がずらっと開いたままなのでドキッとするが、すぐに「ああ夏休みなんだ」と思う。
 砂場で幼い女の子が二人で遊んでいる。滑り台に腹這いになって頭から滑り、立ったまま降りたりしていると、女の子たちはスコップを持つ手を休めて見てくる。鉄棒に移り逆上がりに挑戦したいが、二人がまだ見ているので前回りを繰り返す。
 ブランコを怖くなるほど高く漕ぎ、立ち幅跳びの距離更新に何度も挑んで疲れる。                      
 倉庫のでっかい開き戸を引いて足を踏み入れた瞬間、湿気臭い空気に包まれる。六段に重ねられた跳び箱によじ登り、薄暗い室内を見渡す。一番奥にどっしりとした綱が長々と横たわり、幾つもの段ボール箱に詰め込まれた紅白の玉や色とりどりのタスキ、竹で編んだ赤と白の大きな玉転がしなどが運動会での出番を待っている。
 巻いて納っているマットを長く押し広げ、何度か回転していってそのまま仰向けに寝転ぶ。ふかふかして暑苦しく埃臭い。天井のベニヤ板の一部がめくれて「こんにちは」と挨拶するかのように垂れ下がっている。入口から蒸し暑い風がゆっくりと流れてくる。
 Nと遊びたいな・・・・・・今から誘いに行こうか。でも、夏休みだしな、どうしようか。
 思案に暮れて立ち上がると、傍らのドッジボールを手に取り板壁に思いっ切り投げつける。ビシャッ! と大きな音が響くのを耳に収めて倉庫を出る。
 「三角ベース」の人影はまだあって、女の子が手をつないで砂場を離れて行くところだ。逆上がりを数回試みるが、もう一息のところで回り切れない度胸の無さが歯痒い。
 水道の蛇口を上に回し、栓を勢い良くひねって口中で水を受け止める。洗い場で膝小僧から水をかけ暫しの涼を取る。濡れた足に土が纏わり付くのを気にしながら校門を出る。歩くうち土や砂がこぼれ落ち、足がさらさらになっていくのが心地良い。
 真夏の太陽が一段と暑い。この通りを行くと否応でも目がいくアイスキャンデー屋さん。電気を消したままの広い店内は薄暗く、ランニング姿のおじさんが忙しなく立ち働いている。店先にでーんと据えられた水色の木箱には、色々な種類のアイスキャンデーが詰まっている。考えただけでも喉が鳴る。いつになったら、口にすることが出来るのだろう。
 店の外には大きな樽が置かれている。その樽はポンプから「グッシャン、ガッシャン!」とけたたましい音を立てて吐き出される冷水を受け、いつでも溢れ返っている。おじさんの目を盗み、樽の水に両手を突っ込む。汗ばんだ熱い手が瞬時に冷やされ、冷たさが肩まで走る。小学生の姉弟(きょうだい)が買いに来たので慌てて手を引く。
 姉はミルク色に所々ぼやけた赤が滲んで見える(初めて見る種類だ)、弟の方は、なんとも鮮やかな黄一色のアイスキャンデーをおじさんから受け取り、笑顔で見合って帰って行く。喉から手が出るほど欲しい。あんなお姉ちゃんが居たらな。ただただ羨まし気に見送っていると
 「こんな所(とこ)で何してんねん」
 後ろから次兄(あに)の声がする。
 「おっ、じぶんの弟か。やっぱり賢そうな顔してるな。ついでや、弟、何がええ?」
 兄と同じぐらい背の高い友達が気安く言い、水色の箱に向かう。
 え、どういう意味!? ひょっとして買ってくれるていうこと!? 頬が紅潮してくる・・・・・・。黙って立っていると、兄の友達が真っ黄色のアイスキャンデーをさりげなく差し出す。中学生のような貫禄が伝わってきて、跳び上がりたい気持ちも抑えられる。
 「兄ちゃんの、そのミルク色の赤いのんは何やの」
 「イチゴミルクやないか。中にイチゴが入ってるやつや。それより、お母ちゃんに絶対言うたらあかんで。絶対やで」
 兄は二回念を押して、友達と顔を見合わせて笑い、去って行く。
 夢のアイスキャンデーが今この手の中にある。本当にきれいな黄色をしている。鼻先に近づけ、思い切り吸い込む。これがレモンの香りというものなのか。舌先に一度当て、ゆっくりゆっくり舐めていく。その冷やこい甘さ。全身で幸せを感じる。
 「兄ちゃんは、夏休みにこんないい思いをしているのか。お母ちゃんに見つかったらどうするつもりなんやろ。人にお金を出してもらって、こんな悪い事・・・・・・」
 しかし、もうそんな事に構っていられない。どうだっていい。こんなに気持ちいいのだから。
 「それにしても、さすが兄ちゃんは良い友達をもっているものともにともにっぱりな、要領がええわ」
 家でも団欒の中心の次兄をしみじみ思う。軽く噛んでは氷の塊が崩れ歯に溶けていくのを惜しみつつ、誰か学校の
友に出会うことを心の底から願って回り道をして帰る。
 「自分の家だって、こうしてアイスキャンデーぐらい買って食べ歩いてるんだ」というところを目撃して欲しい!ーー。
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