昭和少年の貧乏ゆすり

末文治

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小学校入学-8

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 護岸工事用に置いてあるトロッコの歯止めを外して二,三人が乗り込む。それを数人で押して行って勢いをつけ、手放す。緩い勾配がついた線路をトロッコはゴロゴロと音立てて加速して行き、土が盛ってある<終点>にぶつかって止まるのだが、その衝撃を受ける寸前で一斉に飛び降りる。再びトロッコをスタート地点まで戻し、交代で何度となくトロッコの重いスピードを風で感じ満喫する。日曜日で工事の人がおらず<怖いものなし>と言いたいところだが、高学年の集団が近づいて来ると、黙ってトロッコを明け渡す。
 仲間と堤防を進みながら、横一線に通過して行く貨車を「~二十一、二十二、二十三」と段々に声を張り上げ数えていく。
 長い鉄橋をぺちゃくちゃ喋りながら渡り、坂道を下りてすぐの所にある沼で、地元の小学生らに交じってエビガニ捕りをする。Nがカエルを捕まえ、さっさと皮を剥いでいくのにびっくりする。裸のカエルを糸に結わえ、泥が盛り上がった穴を狙って放り込むと、いとも簡単にエビガニが付いてくる。棹でつついたり、網で探っていた子らが真剣な表情で取り囲んでくるので誇らしい。
 捕まえたエビガニを線路の上に並べて、二,三メートル離れた草地に潜んで汽車が来るのを待つ。一,二匹線路からこぼれ落ちるが、エビガニは迷い込んだように動かない。
  音が伝ってきたと思ううち、たちまち蒸気機関車が接近してくる。もくもくと白い煙を噴き上げ、耳をつんざくような警笛を鳴らす。車結棒をまさしく汽車ごっこの腕のように激しく回転させ、轟音を駆り立て過ぎていく。車輪がエビガニを潰すのを皆で見届け、沼に戻る。あっちでもこっちでもバケツの中でエビガニが赤黒いハサミを怒らせている。
 帰り際、鉄橋に差し掛かる線路の枕木を跨いで行って肝試し。十枚まで数えて、下から海のように誘う川を覗いて慎重に引っ返す。「じぶんも渡れ」ついて来なかった一人に皆で強要する。「ぼく絶対いやや、怖い」腕を振りほどき一目散に逃げて行く。後を追うように体を寄せ合って橋を行く。
 さすがに遊び疲れていて、ぞろぞろ脚を引きずり、欄干にもたれてひと休み。強い風が体に心地良い。指に摘んでいたエビガニを放す。遙か下に控える深緑色の大川に、海老茶色の小さい影が点になって消えていく。黒い巨体を誇るように機関車が突進して来て、橋板を揺らし、長々と貨車を引き連れて去って行き、静けさが戻る。
 家に帰ると次兄(あに)が「清海入道が死んだ・・・・・・」と言う。清海入道とは、戦国物語で有名なあの人物と単に名字が同じから渾名で、次兄と同級の散髪屋の息子のことだ。
 合う度に鳩尾(みぞおち)にさっとこぶしを入れてきたり、睾丸を軽く蹴るのを挨拶代わりにするから堪らない。その荒っぽさが、いかにも清海入道だ。しかし、それから繰り出す話が何とも面白いので皆んな逃げ出さずに我慢する。人を引きつける、生まれながらのものを持っていた。背が高く浅黒い顔に黒縁の真ん丸の眼鏡をかけ、いつも人懐っこそうに笑っていた。その清海入道さんが死んだって・・・・・・突然、どういうこと・・・・・・。
 友達と二人で貨物線の線路内に立ち入り、屑鉄屋に買ってもらう銅(あか)を探すのに熱中するあまり、汽車が近づいて来たのに気付くのが遅かったらしい。友達は無事だった。線路脇に筵(むしろ)が被せられているのを近所の何人かが見届けてきたそうだ。
  線路に五寸釘を置いて、汽車が轢いていった後、その釘が磁石になるのを得意気に喋り「今度連れて行って見せたるわ」と言っていたのに。「散髪屋の前でくるくる回ってるネオンは、なんで赤、青、白の三色か知ってるか。赤は動脈で青は静脈、白色は包帯を表してんねん。まあ動脈、静脈いうても、じぶんらには何のことか分からへんやろ。動脈は赤い血、静脈は青い血のことや」「青い血なんか出えへんでー」「腕見てみいや。薄っすらと青い筋が通ってるやろ。そこを切ったら青い血が出てくるねん。嘘や思うたら、じぶんら一回切ってみ」「でも、なんでそんなものが散髪屋さんにあるん。お医者さんに置いているんなら分かるけど」「・・・・・・そんなことまで、知るか!」
 あのとき、本当に怒ったのか、笑ってごまかそうとしたのか・・・・・・。どちにでも取れそうだった、あの細い目が、今はっきりと涙目になって迫ってくる。

                       ***

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