暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

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井戸の中にいたカエルは自分の小ささを知る

帰りたいのに帰れない

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 ステラが家で勉強するためにダシルバ先生から貸し出しを許可された法律書をかかえ帰ろうとしていると、ジョージに「俺も帰るから待って」と声をかけられた。

 毎日法律書を通勤時に持ち運んでいるため、すっかり腕がたくましくなったような気がする。

 勉強しなくてはならない法律書を買いたいが、値段が高くお金がたまるまでは毎日本をかかえるしかない。

「重いだろう、持つよ」

 ジョージがステラから本の入った布袋をとりあげた。ジョージの家とステラの下宿が同じ方向にあることから、ジョージと途中まで一緒に帰ることが多かった。

「そういえばミオンジュ村の教会どうだった?」

 ステラはニウミールに来てから所属する教会をさがしていた。

 ディアス国で信仰されている宗教は旧派と新派の二大宗派がある。ノルン国がある大陸でも同じ宗教を信仰しているが、旧派と新派が何度か大きな対立をおこしていた。

 初期に大陸からディアス国へ移住してきた人達に新派が多かったことからディアス国では新派が多いが、大陸では旧派の方が多かった。

 ノルン国から移住してきたステラの両親も旧派で、イリアトスのノルン村の教会は旧派だ。

 ニウミールは新派が多い土地で、旧派の教会がすくなくステラは所属できる教会さがしに苦労していた。

 旧派の教会をさがしていたステラは、ニウミールにミオンジュ村があるのを知った。ミオンジュ国はノルン国の隣国で大昔に両国はひとつの国だった。どちらの国も旧派で、両国の言葉はとても似ている。

「すごく懐かしくてうれしかった。こっちに来てから教会にいけなかったし。

 それとミオンジュ語とノルン語はものすごく似ていて、感覚的に相手がいってることが分かる割合が七割ぐらいかなあ。久しぶりにノルン語で人と話せたし。

 でも奉仕活動などで私が役に立てるのか不安がある。私のノルン語は一応ミオンジュ村の人に通じてたけど、お互い相手が何をいってるか分からないことはあるし」

 ステラはノルン国ではじめてミオンジュ語を聞いた時に、ノルン国のどこかの地方訛りかと思った。

 二つの国がわかれて長いことから、それぞれの国でまったく違う単語を使うことも多く、お互い完全に理解できるとまではいかないが意思疎通はできるというかんじだった。

「この際だから新派に宗派変えしたら?」

 旧派の教会をさがしているというと、ジョージだけでなくすべての人が宗派を変えればよいといった。

 同じ宗教なのでまったく異なる宗教に改宗するほどの抵抗はないだろうと思われるが、宗派はノルン国という自分の出自にかかわるもので、宗派をかえてしまうのは自分の一部を捨てるようでステラは決心がつかなかった。

「じゃあ、ジョージは人から旧派に変えろといわれて簡単に変えられる? 自分がずっと信じてきたものを捨てるような気にならない?

 同じ宗教だから教え自体は同じだけど行事のやり方がちがったり、細かい部分がいろいろちがうと聞いてる。
 
 旧派は神への信仰と正しい行い、善行が大切だから、よい行いをしろとものすごく強制されているようでうんざりすることがあるって、宗派がえした人がいってたの聞いたことがある。

 それに日曜日の休息する日も、旧派はかなり厳格に実行させるから日曜日に商売する人はいないけど、新派はそうじゃないでしょう」

 ジョージが喉がつまったかのような音をだしたあと「むずかしいかも……」といった。

 宗派を変えるのは結婚で相手の宗派にあわせる必要があるといった、よほどの理由がない限りされなかった。

「ステラに宗派をかえるの簡単じゃないといわれて、ちょっと俺、反省した。

 友達が新派なんだけど恋人が旧派で、彼女が新派にかえるのをとまどってて結婚の話が進まないといってたから、彼女が本当にお前のこと好きなのか疑うといってしまった……。

 怒ったあいつをみて恋は盲目とか思ったんだよなあ。うわー他人事だからって無神経なこといったよな、俺。あやまらないと」

 反省しているジョージのたれ目がいっそうたれていた。

 ダシルバ弁護士が背が高く体格もよいので威圧感があるせいか、身長がステラと同じようなジョージは目線が同じなので安心感があった。

 弁護士は裕福な家の出身者がほとんどで、ステラとおなじく庶民のジョージは他の見習いよりも親しみやすい。

「イリアトスが恋しくなったりしない?」

 思いがけないことを聞かれ、ステラはずっと胸の中に押しこめている感情がとびだしそうになるのをおさえる。

 毎日仕事と勉強で忙しいので、イリアトスにいる人達のことを考えないようにしていた。考えると寂しさにおそわれ動けなくなってしまいそうで、必死に頭の外においやっている。

「せっかく考えないようにしてたのになあ、ジョージ。生まれてからずっと住んでた町で親しい人達がいる場所だよ。恋しいに決まってるじゃない。

 恋しいけど弁護士になりたいからニウミールに来た。恋しくても、寂しくても我慢するだけだよ」

 重くならないようほほえみながらいったが、声がすこしふるえてしまった。

「……ごめん。俺って無神経だよな。なんかこれまで気付かないうちにいろいろやらかしてそうな気がしてきた」

 ジョージがせわしなく指で鼻のてっぺんをこすっている。気まずそうだ。

 ステラはジョージが面倒見がよいことに救われていた。困った人がいると手をさしのべずにいられないようで、ステラに事務所のことをいろいろと教えてくれただけでなく、仕事で困っていると助けてくれた。

 他の見習い達は庶民であるだけでなく、女性であるステラとなるべくかかわらないようにしていた。仕事上かかわらなくてはならない時だけかかわるという関係がつづいている。

 姿形が似ているわけではないが、ジョージは幼馴染みのクロードを思いおこさせ気安く付き合えた。

「そうだ。春の祭典、うちの教会にこないか? 信者の知り合いとしてなら宗派どころか信仰する宗教に関係なく参加できるし」

 ミオンジュ村の教会に所属することは決めているが、人から誘われるのが久しぶりなのでジョージの申し出をありがたくうけることにした。

 ふいに同じ国内とはいえ住む場所によって気候も違えば、さまざまなちがいがあることを実感する。

 春の祭典にむけ手首にまくハンカチがうられているが、ニウミールでは黒や紺といった地味な色が好まれるため、イリアトスのようにあざやかな色のハンカチをさがすのがむずかしかった。

 そしてディアス国に新派が多いことはしっていたが、まさかニウミールで所属する教会さがしに苦労するほど旧派がすくないなど考えたこともなかった。

 自分が知っている世界はとても小さくて狭かった。その狭い世界のこともまだろくに知らない、子供に毛がはえたていどの存在なのだと痛感する。

 分かれ道でジョージが持ってくれていた法律書を受けとったあと、下宿へと歩きながらイリアトスにいる人達のことを考える。

 イリアトスでは春の祭典の時期にはハナミズキの白い花が咲くが、ニウミールにはハナミズキがないようで薄桃色の花をつける木が春をつげている。

 遠くに来たとイリアトスとのちがいを見つけるたびに思う。

 このままずっとニウミールで暮らしていくのかと考えると苦しさをかんじた。

 いきおいでニウミールへきたので同じ国内とはいえ、いろいろなことが違うということを分かっていなかった。

 弁護士資格は地区ごとに許可がおりるため、もし弁護士が違う地区で働きたい場合は試験を受け直す必要がある。

 しかし初めて資格をえる時とはちがい筆記ではなく面接による試験で、地区により法が異なることからそれらについて知識があるかを確認されるという。

 男性であれば問題なく所属する地区をかえられるが、女性はいまのところ西地区でしか弁護士になることができない。そのため女性が所属する地区をかえようとしても許可はおりないだろうといわれている。

 ステラがイリアトスで弁護士として働くには、東地区で女性が弁護士資格をえられる日がくるのを待つしかない。その日は必ずくるだろうがいつになるのかは分からない。

 ノルン国にいた時とはちがい十日間船に乗らなければイリアトスにたどりつかないわけではない。列車にのればすぐに帰ることができる場所とはいえ、いまはとても遠くに感じる。

 ステラにとってイリアトスは帰りたいのに帰ることができない場所となった。

 ステラはこのことを考える時ではないと法律書をかかえなおす。まずは弁護士になる。そのことだけを考えるのだと自分に言い聞かせた。
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