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どれほど小さな星であっても星は暗闇をてらす

心の奥底にしずめたもの

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 アレックス・ホワイトは結婚という言葉をきいたステラの体が硬直したのを感じた。

 アレックスはプロポーズを断られることに対し気持ちをそなえた。

 ステラがプロポーズにうなずくとはまったく思っていない。だからといって断られて自分が何も感じずにいられるとは思えない。

 本当ならこのようなプロポーズをしたくなかった。しかしステラの感情を大きくゆさぶり、ステラがかかえこんでいるものを引き出すためにプロポーズを使った。

「どうしたの、アレックス?」

 思ったよりもおだやかな反応だが、それをよろこんでよいのかどうかはまだ分からない。

「何か大学でいやなことあった?」

 ――そうくるか。

 アレックスは自分がステラの反応を読みちがえていたことに、まだまだ彼女のことを分かっていないと思う。

「何もないよ。ステラに会えなくてものすごく寂しくてつらい。だから結婚して一緒にくらしたい」

 ステラがおどろいた顔をしている。ステラが結婚などまったく考えていないことは分かっているが、これほどおどろかれると恋人として認識されていないような気がしてくる。

 アレックスがニウミールに来たことをステラに重荷に思ってほしくはないが、ステラのことが好きだからわざわざここまで来た。その気持ちを少しぐらい受け止めてくれてもよいのではとは思う。

「――結婚相手は慎重に選んだ方がいいよ、アレックス。離婚はできるけど簡単にはできない。離婚できる条件を満たす必要があるから」

「結婚したいといってる恋人に、離婚がどうのっていうのひどくないか? ステラは俺のこと何とも思ってないのか? 好きじゃないのか? 俺はいますぐにでもステラと結婚したいと思ってる」

 思わず感情的になり大きな声をだしてしまった自分にアレックスはあきれる。

 ステラの感情をゆさぶるためにやっているにもかかわらず、ステラより自分の方が感情的になっていた。

 アレックスは状況がゆるすなら今すぐにでもステラと結婚したいと思っている。それだけにステラが自分のことを何とも思っていないような態度をとることに冷静でいられなかった。

「アレックスには私よりふさわしい人がいる。だからこれ以上アレックスをしばるようなことをしたくない。

 ごめん。本当にごめん。アレックスにこんな所までこさせてしまって。アレックスの汚点になるようなことさせて」

 アレックスはステラと向かい合う形に立った。

「ステラ、いま自分がどれだけ俺を傷つけたか知ってるか? 俺のステラが好きだという気持ちを拒否して、もっとふさわしい人がいるといわれてよろこぶと思う?

 なんで勝手に俺の気持ちや判断を間違ってるようにいうんだよ? 俺にふさわしいって何?」

 ステラがうつむいて動揺しているのが分かる。ステラを追いつめるようなことはしたくないが、いまステラの気持ちに踏みこまなければ、きっとこれまでのように感情を隠してしまうだろう。

「なんで俺に会いたくなかった? ほかに好きな男ができたから別れたかった?」

「ちがう! そういうことじゃない! そういうことじゃなくて――」

 アレックスはほっとした。もしここでそうだと言われたら死んだだろう。

「お父さんを、お父さんを死なせてしまったから……」

 無意識のうちにでた言葉なのだろう。ステラは自分がいった言葉に愕然としていた。

 アレックスはニウミール・タワーが見える公園が近いことを思い出した。

「ちゃんと話そう」ステラの手をひき公園へ向かう。

 ステラを抱きしめたい。自分がいってしまった言葉に打ちひしがれているステラを思いっきり抱きしめてなぐさめたい。口づけたい。

 しかしそれがステラのためにならないのは、いやというほどソフィアからいわれている。今日もステラの様子がおかしいからといって、なぐさめようと不届きなことをしないようにと釘をさされた。

 いっそのことステラを人目のない場所につれこんでしまえと思わなくもないが、ステラをこわがらせるだけでなく、きらわれるだろう。

 公園のベンチにおちつくと、アレックスはずばりステラの父について聞いた。

 ステラは話したくないようで口をつぐんでいたが、話してくれるまでここを動かないといったところようやく口を開いた。

「父は大工だったんだけど、父が働いていた現場の足場に暴走した馬車が衝突して、そのせいで足場がくずれて落下し亡くなった」

 ステラはそれだけいうとしばらく沈黙した。何度か深呼吸をしたあと話をつづけた。

「その日の朝、父に作ってほしいとお願いしていた小箱について聞いたら忘れてたっていわれた。

 父が忙しいのは分かってたけど、スペンサー学園の特待生になれたお祝いに何がいいと聞かれてお願いした物だったから、忘れたといわれて腹がたって……」

 ステラは泣きそうになるのを必死にこらえているようだった。

「――お父さんなんて大嫌いっていった。それが父との最後の言葉になった」

 ステラの手がスカートを握りしめ小刻みにふるえている。

「お父さんは―― 父は小箱のこと忘れてなかった。小箱に星の図柄を彫るよう頼まれていた職人さんが、父が亡くなったことを知って届けてくれてた」

 きっとステラはこれまでこのことを誰にも話したことがないはずだ。そうしなければ耐えきれなかったにちがいない。

 父との最後の言葉が大嫌いとなってしまったステラは、そのことを考えるたびに死にたくなるほどの後悔で息をするのもむずかしかっただろう。

 日常のよくあることに過ぎなかった。まさか元気な人がその日のうちに亡くなってしまうなど普通は考えない。人はいつ死んでもおかしくないと分かっていても、普段はそのことを忘れている。

 アレックスは自分の目から涙があふれるのをとめられなかった。ステラの後悔、そしてステラの父の後悔があまりにも重かった。

「ステラ、つらかったな」

 ステラの手を握ると、うつむいているステラの全身がふるえているのを感じる。

「ステラのお父さん、ステラが怒ったことにほっとしたと思う。小箱のことを黙ってたのはステラをおどろかせようと思ってたからで、まさか聞かれるとは思ってなくて内心あせったはずだ。

 うまいごまかし方が浮かばなくて忘れたふりをしたんだと思う。だからステラがだまされてくれてほっとしたはずだ。

 ステラのお父さんはステラがおどろいて、よろこんでくれる姿をみるのを楽しみにしてたんだよ。

 きっと天国でステラにその小箱をわたして、おめでとうといえなかったことをものすごく後悔してると思う」

 ステラから嗚咽がもれる。

 ステラから父親が大工だったことと亡くなっていること以外聞いたことはなかったが、きっと仲の良い父娘だったのだろう。

 だからこそステラは苦しんできた。大好きな父への最後の言葉が大嫌いになってしまったことを。

「ちがう。ちがうの。私が悪い子だから。父に大嫌いなんていう悪い子だから、父は亡くなってしまった……。

 いくら怒ってたからといって大嫌いなんていうべきじゃなかった。私が言うべきじゃない言葉をいったから……」

 アレックスはステラが感情を隠そうとするのは、このことが原因だと分かった。

 もともとの性格もあるだろうが、大好きな父にいってしまった言葉への後悔と罪悪感の大きさを考えれば、言ってはいけないとたくさんの言葉をのみこみ胸におしこめてきたステラの気持ちが痛いほど分かる。

「ステラ、ちがう。ステラが後悔してるのは分かるけどちがう。ステラはお父さんが小箱のことで嘘をついたから、お父さんが死んだと思うか?」

 ステラがいきおいよく顔をあげ首を横にふった。

「そうだろう? お父さんが死んだのは事故だ。お父さんがステラに嘘をついたからじゃない」

 ステラはアレックスをじっとみつめた。

「お父さんが自分のせいで死んだとステラが思うのは、俺からすれば論理が飛躍しすぎて意味が分からない。二人の会話はお父さんの死に何の関係もない。

 普通に生活していたところ不幸な事故が起こってしまった。それだけなんだよ」

 ステラはアレックスがいったことを理解したようだった。

「でも―― お父さんに大嫌いといったことは変えようがない。お父さんを傷つけた」

 アレックスはステラの手を強く握り直し、ステラとしっかり視線をあわせた。

「それをいうなら、ステラのお父さんは『小箱のことなんて忘れてた』と嘘をいってステラを傷つけた。お父さんが嘘つきだからステラが傷ついた」

「ちがう! お父さんは嘘つきじゃない! お父さんは、お父さんは――」

 ステラの瞳がゆれる。ステラの頭の中でさまざまな思い出や感情、そして後悔がよぎっているはずだ。

「ステラ、不幸な事故だったんだよ。ステラのせいじゃない」

 ステラが自分の膝に顔をうずめ激しく泣き始めた。

 ステラの背をなでることしか出来ない自分がはがゆい。

 ステラの後悔が少しでも軽くなってほしいと願いながらアレックスは背をなでる。

 学園に入る前ということは十年近い年月ステラはひとりで苦しんできた。

 ステラは父のことだけでなく、それ以降にあったさまざまなことを胸の中にため込んできたはずだ。

 アレックスは自分の手に人をいやす力があればと切実に思った。
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