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どれほど小さな星であっても星は暗闇をてらす
勉強をしていれば大丈夫
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ステラは下宿にもどると自分宛の手紙をもち寝台へ倒れこんだ。
見習いつぶしの悪名があるダシルバ法律事務所は、見習いだけでなく弁護士の入れ替わりも多かった。
弁護士として独立したり、他の事務所に移籍することがほとんどだが、個人的な理由で事務所をやめたり、やめさせられることも少なくなかった。
ダシルバ班ではダシルバ先生と鉄道敷設用地買収を担当していたトンプソン先生が、健康上の理由でやめることになった。そのため新しい弁護士をむかえ、これまでの体制を変更する必要があり神経をつかう日がつづいていた。
これまでステラの隣りに座っていたジョージは、弁護士資格をえたことから個室をもつようになった。
「これからはウルソン先生と呼ばないといけないんだよね」
「なんか気恥ずかしいよな」
そのように言いながらもジョージは誇らしげだった。
これまでジョージに何かと助けられてきたが、ステラはしっかり一人でがんばらなくてはと肝に銘じる。
夏からワグナー先生付きの新しい見習いがステラの隣りに座る。今度はステラがジョージのように後輩の見習いの面倒をみる番だ。
何かと神経が休まらない時だからこそアレックスに会いたかったが、アレックスも卒業試験と演劇部の活動でいそがしくしばらく会えそうにない。
ステラが寝台に寝転がりルイーズからの手紙をよんでいると、母の再婚という文字が飛びこんできた。
ルイーズからの手紙はノルン語で書かれている。もしかしたら再婚というノルン語を、ステラが間違っておぼえているのかと思った。
しかし読み進めると再婚という言葉とあった内容で、再婚の意味で間違いなさそうだった。
「再婚って、そんな――」
ニウミールに来てから母へ手紙を送っているが返事はない。兄が時々近況を知らせてくれるが、兄自身の結婚についての話はあったが、母の再婚という話はなかったはずだ。
ステラは兄からの手紙をさがそうと起き上がると視界がぐらついた。
落ち着かなくてはと思うが胸のざわつきはひどくなるばかりだ。兄からの手紙をさがし目を通す。どこにも母の再婚という文字はない。
「ルイーズがほかの人の再婚をお母さんの再婚と勘違いして、それを伝えてきただけかもしれない」
ステラは思いついたことを口にし、そうに違いないとほっとする。ルイーズと母がディアスエールを飲みながら話していた時に、ルイーズが酔っ払い母がいったことを聞き間違えたにちがいない。
しかしステラの頭の中で、ルイーズがそのような間違いをするわけがないという声がする。
もし酔っ払ったせいで聞き間違えたとしても、ルイーズなら再婚についてくわしく聞こうと翌日に母と話しをしたはずだ。
ルイーズの手紙を読み返す。再婚という文字と引っ越しという文字がある。
ステラはノルン語の辞書を手にとり再婚という文字を辞書でしらべた。ステラが知っている通りだった。
ステラはアレックスに会いに行こうと上着をつかんだところで、すでに遅い時間であることに気付いた。
ステラは再び寝台に倒れこんだ。
――母に捨てられた。
ステラの心の中にその言葉しかうかんでこない。
ステラは一睡もできず朝をむかえた。
「おい、なんか変な雰囲気がただよってるが大丈夫か?」
昼食をとりながら勉強をしているとダシルバ先生に声をかけられた。
「葬式みたいな雰囲気だすのやめろ」
ダシルバ先生にこのようなことをいわれたのは初めてで、よほどステラの態度がおかしいのだろうと反省する。
気をつけますと返事をしたステラにダシルバ先生が仕事の指示をだした。
ステラは母の再婚をルイーズの手紙で知ってから、仕事と試験勉強以外のことを考えるのをやめた。
アレックスに会えば泣いてしまいそうなので、仕事が忙しいのでしばらく会えないと手紙を送った。
やるべきことをやるだけだ。ステラにできることは仕事と勉強だ。勉強をすることでこれまでさまざまなものを手にいれてきた。勉強をしていれば大丈夫だ。
ステラはダシルバ先生から指示された仕事にかかる時間を計算しながら、今日中にやっておきたい勉強について確認した。
「ステラ、アレックスがきたよ」
休日、部屋で勉強をしていると大家のソフィアに声をかけられた。
ステラはアレックスがなぜ来たのか分からなかった。しばらく会えないと手紙をおくり、それに対し了承の返事をもらっている。
居間にいるアレックスと目が合うと「大丈夫か?」ステラの体を支えようとするかのように近寄った。
おどろいたステラが体をすこしひくと「ちゃんと食べてる? 無理しすぎじゃないか?」心配する言葉をかけられた。
自分ではいつもと同じように生活しているつもりだが、心配されるような状態らしい。
「仕事がたてこんでて忙しいだけで大丈夫だよ。それよりしばらく会えないっていったはずだけど」
「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだけど、一目でいいからステラの顔が見たかった。それとこれを渡したくて」
アレックスが紙袋をステラに差しだした。ミオンジュ村で売っているステラの好きなパンだった。アレックスとミオンジュ村の教会にいった時に、このパンが好きだといったのをアレックスはおぼえていたようだ。
ステラはアレックスへの怒りがふくれあがるのを感じた。
なぜ放っておいてくれない。アレックスと会うと冷静でいられなくなるから会いたくなかった。だから会えないと手紙をだしたのに――。
どうして余計なことをするのか、どうして言った通りにしてくれない。
ステラの中でアレックスに対しいくつもの「どうして」がうかび、怒りで爆発しそうになるのをなだめる。
「ありがとう。でもこういうことは本当にこれっきりにしてほしい。集中してやらないといけないから」
おだやかにいったつもりだが、自分でも分かるほど冷たい響きになっていた。
アレックスの傷ついた顔をみてステラは言い過ぎたと分かったが、あやまる言葉がでてこない。
「ごめん、邪魔して。体には気をつけて。何か手伝えることがあればいつでもいってほしい」
アレックスはかすかにほほえむと帰っていった。
ステラはアレックスが会えないといったにもかかわらず会いにきたことへの怒りと、わざわざ自分に会いに来てくれた人に冷たい態度を取った自分への嫌悪で気持ちが乱れた。
「だから会いにきてほしくなかったのに……」
感情が乱れ冷静でいられない自分が嫌だった。すぐに感情をゆらしてしまう自分の弱さが嫌だった。
自分の弱さでアレックスを傷つけてしまった後悔におそわれる。
あんな顔をさせてしまった……。
「――お父さん」
ふいに頭の中にうかんだ父の姿に、胸を刺されたような鋭い痛みがはしる。
駄目だ。このままアレックスをいかせてはいけない。もしこれが最後になってしまったら。
ステラは外にでてアレックスをさがす。アレックスの背中にむかってステラは走った。
向かい側から馬車がくるのが見える。体がふるえそうになるのを必死にこらえ、「アレックス!」大声でよんだ。
「ごめん。あんな態度とってごめん」
アレックスの腕にしがみつき何度もあやまった。
アレックスがステラの両手をにぎりステラが落ち着くのをまってくれた。
「ごめん。なんかとんでもないほど動揺して、みっともないことして」
ようやく気持ちが落ち着き、自分の行動にステラはあきれる。
「何があったんだ、ステラ? 話したくないようだけど、こんな状態のステラをみて、話したくないなら話さなくていいなんて俺はいえない。
ステラが話す気になるまで待とうといつも思ってるけど、俺の限界こえてる」
ステラは衝動的にアレックスを追ったとはいえ話したくなかった。
胸の奥底にしずめたものを見たくなかった。
もしひとつでも沈めたものを取りだせば、これまで押しこめてきたものすべてが外に出てしまいそうだった。
アレックスは無言でステラの手をにぎると歩きだした。
「煮詰まってる時は歩くにかぎる。脚本書いて煮詰まると部屋の中や宿舎内をうろうろしてる」
それだけいうとアレックスは無言になった。
アレックスが求めているのはステラからの謝罪ではなく、ステラがあのような態度をとった理由だ。しかしステラはうまく話せる自信がなかった。
落ち着いてきたがまだ動揺しており、うまく考えがまとまらない。言う必要のないことを言ってしまいそうだった。
これまでさまざまなものを胸の奥底にしまいこんできた。そうしなければ生きていけないような気がした。
醜い気持ちをもつ罪深い人間だとアレックスに知られたくない。
ステラはアレックスの手の温かさを失いたくなかった。自分の中にある汚い感情や、ステラの罪深さを知ればアレックスは離れていってしまう。
「ステラ、結婚しないか?」
アレックスの言葉にステラの息がとまった。
見習いつぶしの悪名があるダシルバ法律事務所は、見習いだけでなく弁護士の入れ替わりも多かった。
弁護士として独立したり、他の事務所に移籍することがほとんどだが、個人的な理由で事務所をやめたり、やめさせられることも少なくなかった。
ダシルバ班ではダシルバ先生と鉄道敷設用地買収を担当していたトンプソン先生が、健康上の理由でやめることになった。そのため新しい弁護士をむかえ、これまでの体制を変更する必要があり神経をつかう日がつづいていた。
これまでステラの隣りに座っていたジョージは、弁護士資格をえたことから個室をもつようになった。
「これからはウルソン先生と呼ばないといけないんだよね」
「なんか気恥ずかしいよな」
そのように言いながらもジョージは誇らしげだった。
これまでジョージに何かと助けられてきたが、ステラはしっかり一人でがんばらなくてはと肝に銘じる。
夏からワグナー先生付きの新しい見習いがステラの隣りに座る。今度はステラがジョージのように後輩の見習いの面倒をみる番だ。
何かと神経が休まらない時だからこそアレックスに会いたかったが、アレックスも卒業試験と演劇部の活動でいそがしくしばらく会えそうにない。
ステラが寝台に寝転がりルイーズからの手紙をよんでいると、母の再婚という文字が飛びこんできた。
ルイーズからの手紙はノルン語で書かれている。もしかしたら再婚というノルン語を、ステラが間違っておぼえているのかと思った。
しかし読み進めると再婚という言葉とあった内容で、再婚の意味で間違いなさそうだった。
「再婚って、そんな――」
ニウミールに来てから母へ手紙を送っているが返事はない。兄が時々近況を知らせてくれるが、兄自身の結婚についての話はあったが、母の再婚という話はなかったはずだ。
ステラは兄からの手紙をさがそうと起き上がると視界がぐらついた。
落ち着かなくてはと思うが胸のざわつきはひどくなるばかりだ。兄からの手紙をさがし目を通す。どこにも母の再婚という文字はない。
「ルイーズがほかの人の再婚をお母さんの再婚と勘違いして、それを伝えてきただけかもしれない」
ステラは思いついたことを口にし、そうに違いないとほっとする。ルイーズと母がディアスエールを飲みながら話していた時に、ルイーズが酔っ払い母がいったことを聞き間違えたにちがいない。
しかしステラの頭の中で、ルイーズがそのような間違いをするわけがないという声がする。
もし酔っ払ったせいで聞き間違えたとしても、ルイーズなら再婚についてくわしく聞こうと翌日に母と話しをしたはずだ。
ルイーズの手紙を読み返す。再婚という文字と引っ越しという文字がある。
ステラはノルン語の辞書を手にとり再婚という文字を辞書でしらべた。ステラが知っている通りだった。
ステラはアレックスに会いに行こうと上着をつかんだところで、すでに遅い時間であることに気付いた。
ステラは再び寝台に倒れこんだ。
――母に捨てられた。
ステラの心の中にその言葉しかうかんでこない。
ステラは一睡もできず朝をむかえた。
「おい、なんか変な雰囲気がただよってるが大丈夫か?」
昼食をとりながら勉強をしているとダシルバ先生に声をかけられた。
「葬式みたいな雰囲気だすのやめろ」
ダシルバ先生にこのようなことをいわれたのは初めてで、よほどステラの態度がおかしいのだろうと反省する。
気をつけますと返事をしたステラにダシルバ先生が仕事の指示をだした。
ステラは母の再婚をルイーズの手紙で知ってから、仕事と試験勉強以外のことを考えるのをやめた。
アレックスに会えば泣いてしまいそうなので、仕事が忙しいのでしばらく会えないと手紙を送った。
やるべきことをやるだけだ。ステラにできることは仕事と勉強だ。勉強をすることでこれまでさまざまなものを手にいれてきた。勉強をしていれば大丈夫だ。
ステラはダシルバ先生から指示された仕事にかかる時間を計算しながら、今日中にやっておきたい勉強について確認した。
「ステラ、アレックスがきたよ」
休日、部屋で勉強をしていると大家のソフィアに声をかけられた。
ステラはアレックスがなぜ来たのか分からなかった。しばらく会えないと手紙をおくり、それに対し了承の返事をもらっている。
居間にいるアレックスと目が合うと「大丈夫か?」ステラの体を支えようとするかのように近寄った。
おどろいたステラが体をすこしひくと「ちゃんと食べてる? 無理しすぎじゃないか?」心配する言葉をかけられた。
自分ではいつもと同じように生活しているつもりだが、心配されるような状態らしい。
「仕事がたてこんでて忙しいだけで大丈夫だよ。それよりしばらく会えないっていったはずだけど」
「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだけど、一目でいいからステラの顔が見たかった。それとこれを渡したくて」
アレックスが紙袋をステラに差しだした。ミオンジュ村で売っているステラの好きなパンだった。アレックスとミオンジュ村の教会にいった時に、このパンが好きだといったのをアレックスはおぼえていたようだ。
ステラはアレックスへの怒りがふくれあがるのを感じた。
なぜ放っておいてくれない。アレックスと会うと冷静でいられなくなるから会いたくなかった。だから会えないと手紙をだしたのに――。
どうして余計なことをするのか、どうして言った通りにしてくれない。
ステラの中でアレックスに対しいくつもの「どうして」がうかび、怒りで爆発しそうになるのをなだめる。
「ありがとう。でもこういうことは本当にこれっきりにしてほしい。集中してやらないといけないから」
おだやかにいったつもりだが、自分でも分かるほど冷たい響きになっていた。
アレックスの傷ついた顔をみてステラは言い過ぎたと分かったが、あやまる言葉がでてこない。
「ごめん、邪魔して。体には気をつけて。何か手伝えることがあればいつでもいってほしい」
アレックスはかすかにほほえむと帰っていった。
ステラはアレックスが会えないといったにもかかわらず会いにきたことへの怒りと、わざわざ自分に会いに来てくれた人に冷たい態度を取った自分への嫌悪で気持ちが乱れた。
「だから会いにきてほしくなかったのに……」
感情が乱れ冷静でいられない自分が嫌だった。すぐに感情をゆらしてしまう自分の弱さが嫌だった。
自分の弱さでアレックスを傷つけてしまった後悔におそわれる。
あんな顔をさせてしまった……。
「――お父さん」
ふいに頭の中にうかんだ父の姿に、胸を刺されたような鋭い痛みがはしる。
駄目だ。このままアレックスをいかせてはいけない。もしこれが最後になってしまったら。
ステラは外にでてアレックスをさがす。アレックスの背中にむかってステラは走った。
向かい側から馬車がくるのが見える。体がふるえそうになるのを必死にこらえ、「アレックス!」大声でよんだ。
「ごめん。あんな態度とってごめん」
アレックスの腕にしがみつき何度もあやまった。
アレックスがステラの両手をにぎりステラが落ち着くのをまってくれた。
「ごめん。なんかとんでもないほど動揺して、みっともないことして」
ようやく気持ちが落ち着き、自分の行動にステラはあきれる。
「何があったんだ、ステラ? 話したくないようだけど、こんな状態のステラをみて、話したくないなら話さなくていいなんて俺はいえない。
ステラが話す気になるまで待とうといつも思ってるけど、俺の限界こえてる」
ステラは衝動的にアレックスを追ったとはいえ話したくなかった。
胸の奥底にしずめたものを見たくなかった。
もしひとつでも沈めたものを取りだせば、これまで押しこめてきたものすべてが外に出てしまいそうだった。
アレックスは無言でステラの手をにぎると歩きだした。
「煮詰まってる時は歩くにかぎる。脚本書いて煮詰まると部屋の中や宿舎内をうろうろしてる」
それだけいうとアレックスは無言になった。
アレックスが求めているのはステラからの謝罪ではなく、ステラがあのような態度をとった理由だ。しかしステラはうまく話せる自信がなかった。
落ち着いてきたがまだ動揺しており、うまく考えがまとまらない。言う必要のないことを言ってしまいそうだった。
これまでさまざまなものを胸の奥底にしまいこんできた。そうしなければ生きていけないような気がした。
醜い気持ちをもつ罪深い人間だとアレックスに知られたくない。
ステラはアレックスの手の温かさを失いたくなかった。自分の中にある汚い感情や、ステラの罪深さを知ればアレックスは離れていってしまう。
「ステラ、結婚しないか?」
アレックスの言葉にステラの息がとまった。
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