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言い逃げしました
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王都にあるルッソ高等学院は専門的な知識を得られるよう設立され国内最高の教師陣をそろえていた。
国内最高といわれるだけに入学するのがむずかしく、入学してからもついていけない生徒は容赦なく振り落とされた。
そのため「これまでの人生の中でこれほど勉強したことはない」生徒が口をそろえていうほど生徒達は勉強漬けの三年を送ることになる。
今日は学院の卒業式だ。
王都から馬車で四日かかる町に住んでいたビアトリーチェは薬草について学ぶため、三年前ルッソ学院に入学し無事に卒業する日をむかえた。
ビアトリーチェは卒業式がおわり、卒業のあかしである月桂樹の冠をつけた卒業生や父兄、教師といった関係者でこみあう校庭でロレンツィオをさがしていた。
どれほど多くの人がいようと好きな人の姿はまるではじめからそこにいるのを知っていたかのように目が彼の姿をとらえる。
ロレンツィオ ―― ビアトリーチェが片思いしていた相手で、友人の恋人だ。
友人のアウロラが好きな人がいるとビアトリーチェに打ち明けたのは二年前だ。
アウロラは趣味の集まりで仲良くなったロレンツィオを好きになり距離をちぢめたいが、本人を目の前にすると上手く話せないどころか恥ずかしくて避けてしまうと頭を抱えていた。
アウロラはロレンツィオと普通に話せるようビアトリーチェに側にいて助けてほしいと頼んだ。ビアトリーチェはアウロラのために趣味の集まりに一緒に参加するようになった。
ロレンツィオは同じ学院生で同学年だったが専攻が違った。同学年でも専攻が違えば校舎が違うためお互いを知らないことはめずらしくない。
しかし一度知り合いとして認識すると、校庭やカフェテリア、寄宿舎からの通学路などで顔を合わせることは多かった。
好き避けでロレンツィオにそっけない態度になっていたアウロラも、ビアトリーチェとロレンツィオが話しているところに参加する形であると普通に話せた。そのためビアトリーチェがロレンツィオと一緒にすごすことがふえた。
アウロラが一緒にいなくても学院内で偶然会うと話し、カフェテリアでお互いの姿をみつけると一緒に食べることも普通になっていった。
ビアトリーチェにとってロレンツィオは話しやすく仲の良い友人という位置づけだった。
アウロラがビアトリーチェがいなくてもロレンツィオと普通に話せるようになり、二人だけで趣味のイベントに参加するようになっていった。
「ロレンツィオとつきあうことになったの!」
アウロラがビアトリーチェに嬉しそうに報告したのは、ビアトリーチェがロレンツィオと知り合って一年がたとうという頃だった。
ビアトリーチェはアウロラの恋がかないよかったと喜んだ。アウロラの恋をかなえるのに自分が役に立ったと嬉しかった。
ロレンツィオと校庭で会ったときに「アウロラとつきあうことになったって聞いたよ」話しかけると、ロレンツィオが「アウロラと出会ったころは避けられてたから嫌われてるかと思ってた。つきあうことになって嬉しい」晴れ晴れとした笑顔をみせた。
「さっそくのろけられちゃった」からかいながら話をおえたあと、ビアトリーチェは教室へもどりながら胸がきしんでいることに気付いた。
アウロラが好きな男の子。
そして彼は自分も好きになってしまった男の子だとその時に自覚した。
「ねえ、ビアトリーチェはロレンツィオのことが好きなんでしょう?」
冬期休暇の三週間を実家で過ごしていたビアトリーチェに六歳年のはなれた姉が問いかけた。
姉は三年前に婿をとり一歳になる甥の世話に忙しい。
実家へ戻ってきてものんびり出来るわけではなく、甥の世話や家業の薬草作りの手伝いなどビアトリーチェはなにかと立ち働いていた。
姉と話をしているときに突然そのようにいわれたビアトリーチェはうろたえた。
「なんで分かったの?」
「バレバレ。自分では気付いてないようだけどロレンツィオの話ばっかりしてたわよ」
ビアトリーチェは姉の言葉を聞き「もしかしたら」と思ったが、学校では気持ちをしられないよう気をつけていたので大丈夫だろうと思い直す。
「その感じだとロレンツィオに告白してないよね。頑張って告白したら?」
姉のからかうような表情にビアトリーチェはつい「それが出来たら悩むことなんてないわよ」本音をはいていた。
ビアトリーチェが姉に状況を説明すると「それはなかなか切ない状況ね」と同情してくれた。
「ビアトリーチェはうまく隠しているつもりだろうけど、きっとアウロラもロレンツィオもあなたの気持ちにうすうす勘づいてはいるけど、わざと知らないふりしてると思う」
「嘘でしょう……。恥ずかしすぎる」
ビアトリーチェは思わず手で自分の顔をおおった。二人にバレていないと思いたいが、この手の好意は自分が思う以上に言動にでてしまい人からからかわれるものなのを知っている。
「人を好きになるのは普通のことだからあまり気にしないの。それに姉としては『もう絶対に恋なんてしない』っていってた妹が恋心を取りもどしてくれて喜んでるけど」
「お姉ちゃん、あのこと忘れてたんだけど……」
姉がしまったという表情をしたあと「この際だから」といって、ビアトリーチェに嘘の告白をしてきた男の子について話しはじめた。
「あの子ね、本当はあなたのことが好きだったんだって。でもそれを自覚したのが馬鹿なことにあなたに嘘コクしたあとだったらしいの」
ビアトリーチェがその男の子に好意をもっていることをしった悪ガキが、その男の子をたきつけて嘘の告白をさせビアトリーチェをからかおうとした。
しかし彼らが話しているのを偶然聞いた同級生の女の子がビアトリーチェにそのことをおしえてくれた。
ビアトリーチェは男の子が自分に告白してこないようにと祈った。自分が好きになった人は嘘の告白をして人を傷つけるような人ではないはずだ。
しかしビアトリーチェの祈りはとどかなかった。嘘の告白をしてきた好きな男の子の顔には、かすかな優越感とこの状況を楽しんでいるかのような笑みがうかんでいた。
彼の緑と薄茶色がまじる榛色の瞳をみるのがつらかった。これまで通り彼の瞳は美しかった。ずっとその瞳にうつりたいと思っていた。しかしもうその瞳は見たくもなかった。
「これ嘘コクなんでしょう。最低」
ビアトリーチェはそれだけいうと家へといそいだ。緊張していたのか思うように足がうごかない。
動かない足を必死にうごかした。足がもつれてつまずきそうになったが、一度足が動きはじめると体が走るということを思い出したかのようになめらかに動いた。
「それとねビアトリーチェに嘘コクしたのが彼の姉にばれて、彼女がきっちり弟をしめて二人で謝りにきたのよ」
ビアトリーチェはおどろいた。謝りにきたなどこれまで聞いたことがなかった。
「いつの話?」
「あなたが学院に入って王都へいったあとね」
「なぜその時に教えてくれなかったの?」
姉がニヤリとまがまがしい笑みをみせた。
「好きな人を忘れるのに相手が悪者だった方が忘れやすいでしょう?」
きっとそうなのだろう。嘘の告白をされ幻滅したおかげで彼への気持ちをひきずることはなかった。
もう人を好きになどならない、恋などしないと強く思っただけだった。
「ロレンツィオのことを好きになった気持ちを大切にしてほしいけど、その恋をかなえるにはアウロラから奪うか、二人が別れるのをまつだけだから、姉としては『次いこう』といっておくわ。
欲しいものを何がなんでも手に入れる性格なら奪っても幸せになれるだろうけど、ビアトリーチェは奪えたとしてもアウロラに罪悪感をもって幸せにはなれないと思う。
じゃあ別れるまで待って恋人になれば幸せになれるのかといえばこれもむずかしいわよね。それなりの期間、二人の仲睦まじい姿を見つづけるのって精神的につらいし、別れるか別れないかは神のみぞしるだしね。
二人が別れるように画策したら、あなたはそのようなことをする自分を好きになれないだろうし。
だから私としては『次いこう』なのよ」
ビアトリーチェは卒業までの半年、できればこれまで通りロレンツィオを好きでいたかった。
卒業すれば実家に戻ってくるのだ。それまでの間、好きな人の姿を目に焼きつけておきたかった。
しかし姉が気づいてしまうほどロレンツィオへの気持ちはあからさまだとしり、これ以上ロレンツィオへの気持ちをつのらせたままではいけないと思った。
どちらにしろ卒業したらあきらめるしかない恋だった。それが半年はやまっただけのことだとビアトリーチェは自分に言いきかせる。
ビアトリーチェは決心した。卒業までの半年、ロレンツィオとできるだけ距離をおき彼への気持ちを断つ。
ロレンツィオと会わないように徹底する。ロレンツィオに会いそうな場所に出来るだけ近付かない。アウロラ以外の友人と過ごす時間をふやす。
王都にいられるのもあと半年。卒業にむけ勉強が大変になるが王都でしかできないことをやろう。卒業すればもう王都にくることもない。
ビアトリーチェはその決心のとおりに行動した。アウロラとロレンツィオが一緒にいるのを見ると胸に痛みを感じたが、少しづつその痛みがうすれていき、しだいに痛みを感じなくなっていった。
ロレンツィオのことが好きだという気持ちを完全になくすことはできなかったが、話すことや一緒にいることがへれば自然と心理的にも距離ができた。
卒業試験では力をだしきり望んだ成績をだせた。王都での生活でやりたいと思ったこともやった。ビアトリーチェは爽快な気分で卒業式をむかえた。
「あなたを愛しています。一生幸せにします。結婚してください!」
月桂樹の冠をのせた男子生徒が片足をひざまずき、一本の薔薇の花を在校生の女の子にさしだしていた。
周囲にいる生徒だけでなく教師や保護者全員が心の中で、「きたー!」と思っていることが表情からわかる。
いつから始められるようになったか分からないが、年に一人か二人、卒業を祝う会でプロポーズするのが学院の恒例になっていた。
今年も予想通りお祭り好きで目立ちたがり屋の男子生徒が一学年下の恋人にプロポーズした。
「賭けにならないほど予想通りだったね」
どこからともなくそのような声が聞こえる。
卒業式後の卒業を祝う会がひらかれる校庭の目立つ場所でのプロポーズ。女の子がプロポーズを承諾すると周囲の人達が「おめでとう!」と一斉に喝采する。
「これまでに断られたっていう話はきかないから、それを狙ってやるんじゃない?」
「私なら恋人にこんなことされたら別れるわ」
女子の間で公開プロポーズは評判がよくないが、男子の間では伝説をつなげていくという使命となっているようで、毎年最低でも一人は祝う会で公開プロポーズをしていた。
「ビアトリーチェ! 見た?」
アウロラがロレンツィオとあらわれた。
「あれを見逃す人がいたとは思えないほど目立つ所でやってたから見たわよ」
「あの女の子、あと一年学校あるから気の毒だよね」
アウロラがそのようにいうとロレンツィオが「めでたい話なのに何で?」と不思議がる。
ビアトリーチェはアウロラと顔を見合わせ「マジ?」という視線をロレンツィオに送る。
「それ本気でいってるの?」
「なんで? 好きな人からプロポーズされて女の子が嫌がると思えないけど」
アウロラとビアトリーチェはプロポーズが嫌なのではなく、このような場所でさらし者のようにプロポーズされるのが嫌だということを説明した。
「そうか。そういうものか」
ロレンツィオは納得したのかしていないのか微妙な反応をしていた。
「まあでも学生時代の武勇伝として記念にはなるわよね」
アウロラがそのようにいいながら突然大きく手をふった。
「両親があっちにいるからつれてくるね」
ビアトリーチェとロレンツィオは、アウロラが両親のいる場所へむかうのをぼんやり見送った。
「ロレンツィオ、あなたのことが好きだった」
ビアトリーチェは自分の口からこぼれた言葉にびっくりする。自分の気持ちをいうつもりなどまったくなかった。
ロレンツィオへの気持ちは完全にとまではいかないが吹っ切れたつもりでいた。
横目でロレンツィオの姿をとらえると動きがとまっていた。呼吸するのも忘れているかもしれない。
「今日で最後だし言いたかっただけだから」
ロレンツィオの視線がゆっくりとビアトリーチェへとむけられているのを感じる。
「何といってよいのやらって感じだよね? だから無理に何かいおうとしなくてもいいよ」
自分でも驚くほど口がまわる。姉がのりうつったかのようだ。
「二人の邪魔をするつもりはまったくないから。自分の気持ちに区切りをつけるためだけの、自分勝手で自己満足な理由でいってるだけだから。
もう会うこともないし。だから本当にすぐ忘れて。卒業だしこれぐらい許されるよね?」
アウロラが両親とこちらへ戻ってくるのがみえる。ビアトリーチェは彼女にむかって大きく手をふり自分達がいる場所をしらせる。
「アウロラの両親にご挨拶したら私は帰るから。それまで普通どおりにしてね」
ビアトリーチェはそのように言いおえるとアウロラの両親に挨拶するため笑顔をつくる。
アウロラの両親が以前王都にいる娘に会いにきた時にビアトリーチェは彼女の両親に会っている。アウロラの両親に卒業おめでとうといわれ、本当に卒業できたのだなと実感した。
ビアトリーチェの両親も卒業式に来る予定だったが、二週間前に実家のある地方に大雨がふり薬草園に大きな被害がでたため対応におわれ参加できなくなった。
それだけにアウロラの両親から三年間の頑張りをほめられ、無事に卒業できたことを喜んでもらえたのが心にしみた。
この場にビアトリーチェと一緒にいるのはロレンツィオにとって居心地が悪いだろう。ビアトリーチェは挨拶したい人がいるからと場をはなれた。
「公開プロポーズするほどの根性はないけど、言い逃げする根性はあったのね」
ビアトリーチェは自分の行動を笑う。どうやら公開プロポーズの勢いにあてられたようだ。
ロレンツィオに自分の気持ちをつたえるなど絶対にできないと思っていた。友達の恋人への気持ちなど、横恋慕しているなど知られてはならない。
だからこそロレンツィオを視界にいれないようにし、最小限にしか関わらないようにしてきた。
だからだろうか。最後だからと卒業式の今日、ロレンツィオの姿を久しぶりに目で追ってしまったおかげで、これまで我慢していた気持ちがあふれてしまったのかもしれない。
勉強だけでなく恋も―― 片思いをがんばった。
最後にとロレンツィオの姿をさがす。アウロラのそばにいるロレンツィオの姿をしっかり目におさめた。
「言い逃げ完了。よくやった、ビアトリーチェ!」
ビアトリーチェは自分で自分をほめ学院をあとにした。
国内最高といわれるだけに入学するのがむずかしく、入学してからもついていけない生徒は容赦なく振り落とされた。
そのため「これまでの人生の中でこれほど勉強したことはない」生徒が口をそろえていうほど生徒達は勉強漬けの三年を送ることになる。
今日は学院の卒業式だ。
王都から馬車で四日かかる町に住んでいたビアトリーチェは薬草について学ぶため、三年前ルッソ学院に入学し無事に卒業する日をむかえた。
ビアトリーチェは卒業式がおわり、卒業のあかしである月桂樹の冠をつけた卒業生や父兄、教師といった関係者でこみあう校庭でロレンツィオをさがしていた。
どれほど多くの人がいようと好きな人の姿はまるではじめからそこにいるのを知っていたかのように目が彼の姿をとらえる。
ロレンツィオ ―― ビアトリーチェが片思いしていた相手で、友人の恋人だ。
友人のアウロラが好きな人がいるとビアトリーチェに打ち明けたのは二年前だ。
アウロラは趣味の集まりで仲良くなったロレンツィオを好きになり距離をちぢめたいが、本人を目の前にすると上手く話せないどころか恥ずかしくて避けてしまうと頭を抱えていた。
アウロラはロレンツィオと普通に話せるようビアトリーチェに側にいて助けてほしいと頼んだ。ビアトリーチェはアウロラのために趣味の集まりに一緒に参加するようになった。
ロレンツィオは同じ学院生で同学年だったが専攻が違った。同学年でも専攻が違えば校舎が違うためお互いを知らないことはめずらしくない。
しかし一度知り合いとして認識すると、校庭やカフェテリア、寄宿舎からの通学路などで顔を合わせることは多かった。
好き避けでロレンツィオにそっけない態度になっていたアウロラも、ビアトリーチェとロレンツィオが話しているところに参加する形であると普通に話せた。そのためビアトリーチェがロレンツィオと一緒にすごすことがふえた。
アウロラが一緒にいなくても学院内で偶然会うと話し、カフェテリアでお互いの姿をみつけると一緒に食べることも普通になっていった。
ビアトリーチェにとってロレンツィオは話しやすく仲の良い友人という位置づけだった。
アウロラがビアトリーチェがいなくてもロレンツィオと普通に話せるようになり、二人だけで趣味のイベントに参加するようになっていった。
「ロレンツィオとつきあうことになったの!」
アウロラがビアトリーチェに嬉しそうに報告したのは、ビアトリーチェがロレンツィオと知り合って一年がたとうという頃だった。
ビアトリーチェはアウロラの恋がかないよかったと喜んだ。アウロラの恋をかなえるのに自分が役に立ったと嬉しかった。
ロレンツィオと校庭で会ったときに「アウロラとつきあうことになったって聞いたよ」話しかけると、ロレンツィオが「アウロラと出会ったころは避けられてたから嫌われてるかと思ってた。つきあうことになって嬉しい」晴れ晴れとした笑顔をみせた。
「さっそくのろけられちゃった」からかいながら話をおえたあと、ビアトリーチェは教室へもどりながら胸がきしんでいることに気付いた。
アウロラが好きな男の子。
そして彼は自分も好きになってしまった男の子だとその時に自覚した。
「ねえ、ビアトリーチェはロレンツィオのことが好きなんでしょう?」
冬期休暇の三週間を実家で過ごしていたビアトリーチェに六歳年のはなれた姉が問いかけた。
姉は三年前に婿をとり一歳になる甥の世話に忙しい。
実家へ戻ってきてものんびり出来るわけではなく、甥の世話や家業の薬草作りの手伝いなどビアトリーチェはなにかと立ち働いていた。
姉と話をしているときに突然そのようにいわれたビアトリーチェはうろたえた。
「なんで分かったの?」
「バレバレ。自分では気付いてないようだけどロレンツィオの話ばっかりしてたわよ」
ビアトリーチェは姉の言葉を聞き「もしかしたら」と思ったが、学校では気持ちをしられないよう気をつけていたので大丈夫だろうと思い直す。
「その感じだとロレンツィオに告白してないよね。頑張って告白したら?」
姉のからかうような表情にビアトリーチェはつい「それが出来たら悩むことなんてないわよ」本音をはいていた。
ビアトリーチェが姉に状況を説明すると「それはなかなか切ない状況ね」と同情してくれた。
「ビアトリーチェはうまく隠しているつもりだろうけど、きっとアウロラもロレンツィオもあなたの気持ちにうすうす勘づいてはいるけど、わざと知らないふりしてると思う」
「嘘でしょう……。恥ずかしすぎる」
ビアトリーチェは思わず手で自分の顔をおおった。二人にバレていないと思いたいが、この手の好意は自分が思う以上に言動にでてしまい人からからかわれるものなのを知っている。
「人を好きになるのは普通のことだからあまり気にしないの。それに姉としては『もう絶対に恋なんてしない』っていってた妹が恋心を取りもどしてくれて喜んでるけど」
「お姉ちゃん、あのこと忘れてたんだけど……」
姉がしまったという表情をしたあと「この際だから」といって、ビアトリーチェに嘘の告白をしてきた男の子について話しはじめた。
「あの子ね、本当はあなたのことが好きだったんだって。でもそれを自覚したのが馬鹿なことにあなたに嘘コクしたあとだったらしいの」
ビアトリーチェがその男の子に好意をもっていることをしった悪ガキが、その男の子をたきつけて嘘の告白をさせビアトリーチェをからかおうとした。
しかし彼らが話しているのを偶然聞いた同級生の女の子がビアトリーチェにそのことをおしえてくれた。
ビアトリーチェは男の子が自分に告白してこないようにと祈った。自分が好きになった人は嘘の告白をして人を傷つけるような人ではないはずだ。
しかしビアトリーチェの祈りはとどかなかった。嘘の告白をしてきた好きな男の子の顔には、かすかな優越感とこの状況を楽しんでいるかのような笑みがうかんでいた。
彼の緑と薄茶色がまじる榛色の瞳をみるのがつらかった。これまで通り彼の瞳は美しかった。ずっとその瞳にうつりたいと思っていた。しかしもうその瞳は見たくもなかった。
「これ嘘コクなんでしょう。最低」
ビアトリーチェはそれだけいうと家へといそいだ。緊張していたのか思うように足がうごかない。
動かない足を必死にうごかした。足がもつれてつまずきそうになったが、一度足が動きはじめると体が走るということを思い出したかのようになめらかに動いた。
「それとねビアトリーチェに嘘コクしたのが彼の姉にばれて、彼女がきっちり弟をしめて二人で謝りにきたのよ」
ビアトリーチェはおどろいた。謝りにきたなどこれまで聞いたことがなかった。
「いつの話?」
「あなたが学院に入って王都へいったあとね」
「なぜその時に教えてくれなかったの?」
姉がニヤリとまがまがしい笑みをみせた。
「好きな人を忘れるのに相手が悪者だった方が忘れやすいでしょう?」
きっとそうなのだろう。嘘の告白をされ幻滅したおかげで彼への気持ちをひきずることはなかった。
もう人を好きになどならない、恋などしないと強く思っただけだった。
「ロレンツィオのことを好きになった気持ちを大切にしてほしいけど、その恋をかなえるにはアウロラから奪うか、二人が別れるのをまつだけだから、姉としては『次いこう』といっておくわ。
欲しいものを何がなんでも手に入れる性格なら奪っても幸せになれるだろうけど、ビアトリーチェは奪えたとしてもアウロラに罪悪感をもって幸せにはなれないと思う。
じゃあ別れるまで待って恋人になれば幸せになれるのかといえばこれもむずかしいわよね。それなりの期間、二人の仲睦まじい姿を見つづけるのって精神的につらいし、別れるか別れないかは神のみぞしるだしね。
二人が別れるように画策したら、あなたはそのようなことをする自分を好きになれないだろうし。
だから私としては『次いこう』なのよ」
ビアトリーチェは卒業までの半年、できればこれまで通りロレンツィオを好きでいたかった。
卒業すれば実家に戻ってくるのだ。それまでの間、好きな人の姿を目に焼きつけておきたかった。
しかし姉が気づいてしまうほどロレンツィオへの気持ちはあからさまだとしり、これ以上ロレンツィオへの気持ちをつのらせたままではいけないと思った。
どちらにしろ卒業したらあきらめるしかない恋だった。それが半年はやまっただけのことだとビアトリーチェは自分に言いきかせる。
ビアトリーチェは決心した。卒業までの半年、ロレンツィオとできるだけ距離をおき彼への気持ちを断つ。
ロレンツィオと会わないように徹底する。ロレンツィオに会いそうな場所に出来るだけ近付かない。アウロラ以外の友人と過ごす時間をふやす。
王都にいられるのもあと半年。卒業にむけ勉強が大変になるが王都でしかできないことをやろう。卒業すればもう王都にくることもない。
ビアトリーチェはその決心のとおりに行動した。アウロラとロレンツィオが一緒にいるのを見ると胸に痛みを感じたが、少しづつその痛みがうすれていき、しだいに痛みを感じなくなっていった。
ロレンツィオのことが好きだという気持ちを完全になくすことはできなかったが、話すことや一緒にいることがへれば自然と心理的にも距離ができた。
卒業試験では力をだしきり望んだ成績をだせた。王都での生活でやりたいと思ったこともやった。ビアトリーチェは爽快な気分で卒業式をむかえた。
「あなたを愛しています。一生幸せにします。結婚してください!」
月桂樹の冠をのせた男子生徒が片足をひざまずき、一本の薔薇の花を在校生の女の子にさしだしていた。
周囲にいる生徒だけでなく教師や保護者全員が心の中で、「きたー!」と思っていることが表情からわかる。
いつから始められるようになったか分からないが、年に一人か二人、卒業を祝う会でプロポーズするのが学院の恒例になっていた。
今年も予想通りお祭り好きで目立ちたがり屋の男子生徒が一学年下の恋人にプロポーズした。
「賭けにならないほど予想通りだったね」
どこからともなくそのような声が聞こえる。
卒業式後の卒業を祝う会がひらかれる校庭の目立つ場所でのプロポーズ。女の子がプロポーズを承諾すると周囲の人達が「おめでとう!」と一斉に喝采する。
「これまでに断られたっていう話はきかないから、それを狙ってやるんじゃない?」
「私なら恋人にこんなことされたら別れるわ」
女子の間で公開プロポーズは評判がよくないが、男子の間では伝説をつなげていくという使命となっているようで、毎年最低でも一人は祝う会で公開プロポーズをしていた。
「ビアトリーチェ! 見た?」
アウロラがロレンツィオとあらわれた。
「あれを見逃す人がいたとは思えないほど目立つ所でやってたから見たわよ」
「あの女の子、あと一年学校あるから気の毒だよね」
アウロラがそのようにいうとロレンツィオが「めでたい話なのに何で?」と不思議がる。
ビアトリーチェはアウロラと顔を見合わせ「マジ?」という視線をロレンツィオに送る。
「それ本気でいってるの?」
「なんで? 好きな人からプロポーズされて女の子が嫌がると思えないけど」
アウロラとビアトリーチェはプロポーズが嫌なのではなく、このような場所でさらし者のようにプロポーズされるのが嫌だということを説明した。
「そうか。そういうものか」
ロレンツィオは納得したのかしていないのか微妙な反応をしていた。
「まあでも学生時代の武勇伝として記念にはなるわよね」
アウロラがそのようにいいながら突然大きく手をふった。
「両親があっちにいるからつれてくるね」
ビアトリーチェとロレンツィオは、アウロラが両親のいる場所へむかうのをぼんやり見送った。
「ロレンツィオ、あなたのことが好きだった」
ビアトリーチェは自分の口からこぼれた言葉にびっくりする。自分の気持ちをいうつもりなどまったくなかった。
ロレンツィオへの気持ちは完全にとまではいかないが吹っ切れたつもりでいた。
横目でロレンツィオの姿をとらえると動きがとまっていた。呼吸するのも忘れているかもしれない。
「今日で最後だし言いたかっただけだから」
ロレンツィオの視線がゆっくりとビアトリーチェへとむけられているのを感じる。
「何といってよいのやらって感じだよね? だから無理に何かいおうとしなくてもいいよ」
自分でも驚くほど口がまわる。姉がのりうつったかのようだ。
「二人の邪魔をするつもりはまったくないから。自分の気持ちに区切りをつけるためだけの、自分勝手で自己満足な理由でいってるだけだから。
もう会うこともないし。だから本当にすぐ忘れて。卒業だしこれぐらい許されるよね?」
アウロラが両親とこちらへ戻ってくるのがみえる。ビアトリーチェは彼女にむかって大きく手をふり自分達がいる場所をしらせる。
「アウロラの両親にご挨拶したら私は帰るから。それまで普通どおりにしてね」
ビアトリーチェはそのように言いおえるとアウロラの両親に挨拶するため笑顔をつくる。
アウロラの両親が以前王都にいる娘に会いにきた時にビアトリーチェは彼女の両親に会っている。アウロラの両親に卒業おめでとうといわれ、本当に卒業できたのだなと実感した。
ビアトリーチェの両親も卒業式に来る予定だったが、二週間前に実家のある地方に大雨がふり薬草園に大きな被害がでたため対応におわれ参加できなくなった。
それだけにアウロラの両親から三年間の頑張りをほめられ、無事に卒業できたことを喜んでもらえたのが心にしみた。
この場にビアトリーチェと一緒にいるのはロレンツィオにとって居心地が悪いだろう。ビアトリーチェは挨拶したい人がいるからと場をはなれた。
「公開プロポーズするほどの根性はないけど、言い逃げする根性はあったのね」
ビアトリーチェは自分の行動を笑う。どうやら公開プロポーズの勢いにあてられたようだ。
ロレンツィオに自分の気持ちをつたえるなど絶対にできないと思っていた。友達の恋人への気持ちなど、横恋慕しているなど知られてはならない。
だからこそロレンツィオを視界にいれないようにし、最小限にしか関わらないようにしてきた。
だからだろうか。最後だからと卒業式の今日、ロレンツィオの姿を久しぶりに目で追ってしまったおかげで、これまで我慢していた気持ちがあふれてしまったのかもしれない。
勉強だけでなく恋も―― 片思いをがんばった。
最後にとロレンツィオの姿をさがす。アウロラのそばにいるロレンツィオの姿をしっかり目におさめた。
「言い逃げ完了。よくやった、ビアトリーチェ!」
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