Irregular ~存在を許されざるもの~

トド

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番外の1

番外1ー②

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「……ふわぁ~。眠い……」

 朝食後の眠気を誘うライナ助祭様のありがたい説法を聞き流し、ルーアはなんとか夢の世界に旅立たずにすんだ。

 そして、昼食の準備の前に一旦部屋に戻ろうと、ルーアは親しい友人と連れ立って廊下を歩いていた。

「あははっ、ルーア。危なかったね」
「うん。あんがとね、シュリア。船漕ぎそうなところを起こしてくれて」

 薄茶色の髪を肩の辺りで切りそろえた、どこか気弱そうな雰囲気の少女。
 それがシュリア。
 だが、ファリアが居なくなった今、ルーアに次ぐ調理技術の持ち主でもある。

 また、同世代に置いて、彼女はファリアに悪感情を持っていない数少ない人物だ。
 それもあってか、ルーアとは特に仲がいい。

「それで、ルーア。ついに出来上がったの? ファリアから教えてもらった料理が」
「あっ、うん。一応の完成が見えたわ。夕食は私が取り仕切るわね。シュリアは付け合せのサラダをお願い」
「うん、了解。ただ、味を知っていないと付け合わせの味がまとまらないんだけど……」
「ふっふっふっ、気になるわよね? 大丈夫よ。真っ先に味見させてあげるから」
 ルーアの言葉に、「ありがとう」とシュリアは嬉しそうに微笑む。

 自分の料理が心待ちにされているというのは、悪い気はしない。
 ルーアも同じように笑みを返したのだが、そこで不意に背後から声を掛けられた。

「ねぇ、ルーア。貴女に頼みたいことがあるんだけど……」
「あらっ、どうしたの、シア?」

 声で誰かはすぐに分かった。
 同期のシアだ。
 淑やかそうな雰囲気だが、僅かに釣り上がった目がこの女の本性をよく表しているとルーアは思っている。

 同期の中でもファリアとは犬猿の仲だった。
 そのためルーアも内心では良くは思っていない。
 もっとも、ルーアはそんな感情を表に出したりはしないので、表面上の仲は悪くはないのだが、それでも彼女から自分に積極的に声を掛けてくるのは珍しいと思う。

「一つ相談事があるのだけれど、今、少しいいかしら?」
「ええ、どうぞ」

 シアの都合に合わせないと、我儘な彼女が不機嫌になることを知っている。
 ルーアは無難な選択を選んで話を聞くことにした。

「簡単に話します。今朝、ナタリア司祭様から、私にファリアの婚礼の儀式へのお供をするようにと内示がありました」

 ルーアは堪らえようと思ったが、我慢できずに表情に失望の色を浮かべてしまった。

 ファリアがこのヴェリス神殿のシスターということもあり、彼女の結婚の儀式はこの神殿の代表者とリスレ神殿の代表者が執り行うことに決まった。

 その儀式は、それ相応の身分の者が執り行うのだが、雑務をこなすために、一、二人の若いシスターを同行させることが通例となっている。
 そのため、ルーアは自分が選ばれたいと思っていたのだ。
 だが、それは叶わなかった。

 絶望するルーアに、シアは穏やかな笑みを向ける。

「やはり、貴女はファリアの婚礼の儀に参加したいと思っていたようですね。そこで相談なのですが、私はこれを貴女に譲りたいと考えています。
 普段、ファリアと仲が良かった貴女こそがファリアの婚礼を祝福するべきだと思います。ですから、これから私と一緒にナタリア司祭様に直談判に行きませんか?」

 シアは満面の笑みを浮かべている。
 さも自分のこの行為がルーアのためを思っての行為であると言わんばかりに。

 だが、実情は違うはずだ。
 単純にシアはファリアを嫌っている。

 そんな相手が伴侶を得て幸せな姿など見たくはないというのが第一の理由だろう。
 そして、ルーアに貸しを作りたいというのが第二の理由。
 さらに、仲間思いの人間として周りからの自己に対する評価を上げたいというのが第三の理由だろう。

「なるほど。厳格なナタリア司祭のことだから、この交代の話が上手くいくかは分からないけど、傍目にはどう考えてもファリアに会いたい私がシアに無理を言ったのだとしか思われないと……」
 ルーアはすぐにシアの押し付けがましい厚意の意図を悟って、怒りがこみ上げてきた。

 上手く行けば万々歳。仮に失敗してもシアにはお咎めはない。

「……なんてこと、私が許すわけがないでしょうが!」
 ルーアは内心の怒りを押し込めて、さも申し訳なさそうに口を開いた。

「残念だわ、シア。今晩の夕食は私の渾身の新作メニューだというのに、貴女には食べてもらえないなんて……」
「えっ?」
 ルーアの突飛な言葉に、シアは怪訝な顔をする。

「ええ、分かっているわ。貴女の優しさは。本当に心から私のことを考えてこんな提案を持ちかけてくれたことも。でも、私は敬虔なるフォルシア様の信徒。まだ内示段階の機密を暴露する貴女を私は糾弾しなければなりません」
「えっ? いえ、これはほとんど公然の秘密で、結構な人数のシスターがすでに知って……」
「あらっ、それは一体誰の口から漏れたのでしょうか? ますます私はこの事をナタリア司祭様にご報告しなければいけません」

 ナタリア司祭は決まりごとについてかなりの堅物で、融通がきかないことで有名だ。

 ルーアがシアの話に乗ったのであれば、情にほだされて仲間のために秘密を漏らしたのだと言い訳も効くと踏んだのだろうが、そんな話に乗ってやるつもりはまったくない。

「厳罰には処されないと思いますが、今晩の食事抜きくらいは最低でも覚悟しなければいけません。本当に、胸が痛むのですが……」
 芝居がかった仕草で、ルーアは泣き真似をする。

 横目で隣を見ると、シュリアが懸命に笑うのを堪えているのが見えた。
 彼女も見え見えの親切の押し売りに内心腹を立てていたのだろう。

「しかも、今日の料理は間違いなく私の最高傑作。なのに、それなのに。うううっ……」
「さっ、最高傑作? そっ、そんな、嘘でしょう?」
 ゴクリとシアの喉が鳴ったのをルーアは聞き逃さない。

 娯楽の少ない神殿での生活で、食事は皆が最も楽しみにしている最大の娯楽である。
 そして、自分の料理は特に皆が心待ちにしているものだと彼女は自負している。

「こと料理に関することで、私は嘘を言わないわ。本当に、本当に残念だわ……」
「なっ、ちょっと、まっ、待ってください。その、今の話は聞かなかったことに……」
 慌てて自分の提案を取り下げようとするシアに、「やっぱりね」とルーアは心のうちで呆れる。
 本当に、この女は自分のことしか考えていないのだと今更ながらに理解した。

「でも、許さない。私とファリアの友情を利用しようとしたことは、決して許さない」

 ルーアはシアを置いて、そのままナタリア司祭の元にこの事を報告しようと思っていたが、
「そこまでです、ルーア!」
 不意にルーアの頭に痛みが走る。
 何者かが背後からルーアの頭を小突いたのだ。

「ライナ助祭様!」
 シュリアの声に、ルーアは振り返る。
 そこには不機嫌そうに腕を組んでこちらを睨みつけているライナ助祭の姿があった。

「話は途中からですが聞かせてもらいました。たしかに、機密を貴女に話したシアに非があることは間違いありません。ですが、食事を脅迫の材料にする貴女の行いはそれ以上に悪辣です」
 ライナ助祭の言葉に、ルーアは気持ちを落ち着けてから彼女に視線を移す。
 そうしないと、文句の言葉が口から飛び出しかねないからだ。

「すみませんでした、ライナ助祭様。ですが……」
「言い訳はいりません。この件は私が預かります。シア、貴女は早く仕事に戻りなさい」
 ライナ助祭はルーアの弁明を聞くことなく、シアを逃した。

 きっと後から形式上のお小言を二言、三言いって終わりにするのだろう。
 いつものことだが、この人の依怙贔屓は明け透けすぎていて関心さえしそうになる。

「ルーア。他のシスター達からの要望もあり、貴女にかなりの頻度で食事を取り仕切らせていますが、このような職権の乱用をするのであれば、それも取り止めなければならなくなります」
 その言葉から始まった長いお説教の言葉を聞き流し、ルーアは顔を俯けて反省している振りをする。

 自分は料理を脅迫の材料にしたつもりはない。
 本気でナタリア司祭に報告するつもりだった。
 その結果どうなるかは司祭様がお決めになることだ。
 自分がシアを罰するつもりなどない。

 食事を食べさせる代わりに何かをするようにといった脅迫など、彼女が最も忌むべきものだ。

 もっとも、自分を、そしてファリアのことも嫌っているこの人になにか言っても無駄なので、ルーアは黙っている。

「……それに、貴女の料理は贅沢すぎるのではないかとも言われています。我々が生きていく上で、食事は大変重要な行為なのは間違いありませんが、それは最低限のものであるべきです。『腹八分目に医者いらず』という言葉もあるように、健康にもよくありませんし、『暴食』は忌むべき大罪の一つです」

 そう思うのならば、私の作った料理を食べなければいいじゃない。
 と思っていたルーアだったが、ここで一つ思いついた。
 自分たちを忌み嫌い、他の者ばかりに依怙贔屓をするこの助祭に対する仕返しを。

「分かりました、ライナ助祭様。仰るとおりです。暴食は確かに大罪です。ですが、ライナ助祭様ほどの考えを持つに至るには私達は修行が足りません。
 それに、食材も今日調理してしまわなければ傷んでしまうものもありますので、どうか今晩だけは私が贅を凝らした料理を作ることをお許しください。このとおりです」
 ルーアはおもいきり下手に出て、ライナ助祭に頭を下げた。

 自分の意見が通ったことと、ルーアが謝罪をしたことに気を良くしたのだろう。
 ライナ助祭は鷹揚に頷き、「分かりました、許可しましょう」とルーアの頼みを聞き届けた。

 頭を下げたルーアが、見えないところでニヤリと笑っていることにも気づかずに。





 午後の勤めもつつがなく終わらせて、シュリアはルーアと一緒に夕食の準備のために、厨房で食材の下準備を始めていた。

「ねぇ、ルーア。本当に昼食はあんなに軽いものでよかったの?」

 心配そうなシュリアの問に、「大丈夫、大丈夫」と気楽な声でルーアは下拵えを続ける。

 今日の昼食は、質素な具材のサンドイッチと紅茶だけだった。
 まだまだ食べ盛りのシスター達はとても残念そうな、もっと言うならば恨みがましい視線をルーア達調理担当に向けたが、ルーアはそれをなんとか宥めた。

「今日の夕食はすごいから、それを美味しく食べるための配慮なのよ」

 ルーアは今までこと料理については、期待を裏切ったことはない。
 そんな彼女の言葉だからこそ、皆はなんとか我慢してくれた。
 だが、そこまで皆に期待を持たせてしまっては、生半可な料理では納得してもらえないはずだ。

「でも、皆、きっと今頃お腹ペコペコのはずよ」
 心配するシュリアに、ルーアは穏やかに微笑む。

「まぁ、シュリアったら、はしたないわね。ライナ助祭様も仰っていたではないですか。食事とは最低限のものでいいと。『暴食』は大罪だと」
 芝居がかった口調で言うルーアに、シュリアは不安がこみ上げてくる。

 ルーアはなにかろくでもないことを考えていることは明白。
 しかも、今回は温厚な彼女もかなり怒っていることが長い付き合いで分かるので、不安な気持ちは増していく一方だ。

「シュリア。今日はかなり多めにサフランライスを作っておいてね。大丈夫。絶対に残ったりはしないから」

 自信満々でそう断言し、ルーアは豚肉の塊を調理し始める。
 それ自体は何時もと変わらない光景なのだが、彼女の手には何かのパウダーが入った大きめの瓶が握られている。

 調味料の類なのであろうことは分かるが、胡椒や塩といったものではなさそうだ。

「ルーア、その瓶に入っているのは一体何なの?」
「これ? ふっふっふっ。これは悪魔の調味料よ」

 ルーアは意地の悪い笑みを浮かべると、瓶の中身を少し取り出して、肉の塊にそれをまぶす。

 すると、得も言われぬ素晴らしい香りが厨房に広がっていく。

 それはシュリアが初めて嗅ぐ芳香だが、ひどく心が揺さぶられるものだった。
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