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第六章 依存
第六章 依存(後編)
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今回が最後だからと言われ、私とファリアさんは、シノさんの頼みを聞くことにしました。
二人きりで、ユウヤさんとデートをしたいという頼みを。
……ですが、私もファリアさんも不安で仕方ありませんでした。
なので、ファリアさんが二人を尾行すると提案し、私もそれに賛成しました。本音を言うと、私もついていきたいほどでした。
けれど、どんくさい私がついていっても邪魔になるだけだと思い、家で不安な気持ちを抱えながら待っていたのですが……。
午後を過ぎて少し経つ頃に、ユウヤさんがファリアさんとシノさんを連れて家に帰って来ました。予定よりもずいぶん早い帰宅と、シノさんも一緒だということでなにかあったのだということは、私にも分かりました。
今、私とファリアさんとシノさんの三人は、同じテーブルを囲んでお茶を飲んでいます。ですが、その雰囲気は決して明るいものではありません。
「…………」
ファリアさんは、落ち着いた雰囲気でお茶を口にするシノさんに不機嫌そうな視線を向けています。
しかし、シノさんはまるで気にした様子はありません。
「リナ。貴女にも聞いてもらいたい話があります」
皆さんのお茶を淹れた私に、ファリアさんはそう言って、シノさんから聞いた話を全て話してくれました。
けれどそれは、あまりにも衝撃的な内容で、すぐには信じられないものだったのです。
「……ですが、私達の行った儀式の魔法に、そんな作用があったなんて……。カティア司教様。私達は、ユウヤさんにそんな魔法を掛けるために、『お役目』を行ったというのでしょうか?」
言葉には出さずに、私はシノさんから聞かされた話を思い出して暗い気持ちになっていました。
『お役目』の際にベッドに掛けた魔法に、人の精神を操って淫らにさせる効果があるのだと。そして、その魔法の効果で、私達はユウヤさんに抱かれたのだと言うのです。
「……ユウヤさん……」
私は、玄関のドアを無意識に見つめていました。
ユウヤさんは、気持ちを整理したいといって、一人家の外に出てしまっているのです。
「……話が本当なのだとしたら、私達はシノさんの大切な人に、無理やり関係を結ばせた事に……」
胸が痛いです。罪悪感で苦しくてしかたがありません。そして、そんな話は嘘だと懸命に否定したくなります。ですが、シノさんの話をユウヤさんは真実だと考えています。
……私もファリアさんも、心からユウヤさんのことが大好きです。愛しているのです。きっかけが何であれ、もう諦めることなど出来ないほどに。
しかし、知らなかったとは言え、私達が非道な手段を使ってユウヤさんの妻になったと分かった今、そんなことをした私達をどう思うでしょうか?
躰が振るえるのを止められません。
もしも、ユウヤさんに愛想をつかされてしまったら、嫌われてしまったらと思うと、涙がこぼれそうになってしまいます。
私は顔を俯けて、審判の時を待っていました。
そして、その時がやってきました。
玄関のドアが開いて、ユウヤさんが家に戻ってきたのです。
ひどく真剣な、思いつめた顔をして。
私を含めて、みんなの視線がユウヤさんに集まりました。
「……シノさん、ファリア、リナ。話を聞いてほしい」
ユウヤさんはそう言って私達の側に座りました。
心臓の鼓動が激しくなるのを、止めることが出来ません。
ユウヤさんの口から、別離を告げる言葉が出るのではないかと不安で仕方がありませんでした。
「……ユウヤはん。聞かせて下さい。ユウヤはんの気持ちを」
「はい。私は、ユウヤ様のお気持ちを尊重したいと思っています」
シノさんとファリアさんは、毅然とした様子でそう応えていましたが、未熟な私にはそんな真似はできませんでした。
最悪の結果をイメージしてしまい、涙がこぼれてくるのを我慢することが出来なかったんです。
「……ごめんね、心配させて」
ユウヤさんはそう言って、私の頭を優しく撫でてくれました。でも、それでも、私は涙を止めることが出来ません。
これまでの楽しい日々が、ユウヤさんに愛されていると感じられる時間が思い出されて、止めどもなく涙が溢れてしまいます。
「シノさん。僕はこのリナとファリアの夫です。その過程で何があったにしろ、その事実は変わりません。僕は、この二人を信じると決めました。ずっと信じていくと」
ユウヤさんのはっきりとした声に、私は顔を上げてユウヤさんを見つめました。すると、ユウヤさんは微笑んでくれました。
「ユウヤ様。そう言ってくださることを信じておりました」
ファリアさんも嬉しそうに笑みを浮かべます。
でも、その瞳の端に光るものが浮かんでいました。
「……ですが、僕は弱い人間です。そして、これも正直な気持ちですが、僕は未だに貴女に好意を抱いています。
この気持ちを無理やり押し込んでしまったら、なにか夫婦間でトラブルが起こった場合には、魔法を僕に掛けたことを盾に、二人を傷つけてしまうかも知れません。貴女のことを選ぶべきだったと、口にしてしまうかも知れない……」
ユウヤさんはそう言うと、ファリアさんと私に頭を下げました。
「こんな弱い男でごめん。本当に申し訳ないと思っているんだ。でも……」
最後まで言わなくても、ユウヤさんの気持ちは理解できました。
そのことに全く不満がなかったわけではありません。
ですが、私は、私のことも受け入れてくれるユウヤさんの決定に従おうと思いました。
「……ユウヤ様がそう仰るのであれば……。先に申し上げたとおり、私はユウヤ様のお気持ちを尊重したいと思います」
ファリアさんもきっと私と同じ気持ちだったのだと思います。
ですから、いちばん大切なユウヤさんのことを思って、その提案を飲むことにしたのでしょう。
「シノさん。こんな……こんな男ですが、どうか僕の妻になって下さい。必ず、貴女もファリアとリナも、幸せにしますから」
ユウヤさんの求婚に、シノさんは椅子から腰を上げると、静かにユウヤさんの隣に移動して、床に座って、深々と頭を下げました。
「はい。喜んで、貴方様の妻になります。不束者ですが、どうかよろしくお願いいたします」
その言葉に、ユウヤさんは安堵の笑みを浮かべ、シノさんを優しく起こして抱きしめます。
本当に、ユウヤさんはシノさんのことが好きなのだと分かりました。
でも、ユウヤさんは私とファリアさんのこともきちんと気にかけてくれています。私達のことも大切にしてくれます。ですから、私たちは四人家族になることを受け入れました。
とはいっても、旦那様に妻が三人という状況ですが。
でも、ユウヤさんを大切に思う気持ちは三人とも同じです。最初はぎこちないでしょうが、少しずつ慣れていくのだと思います。
ただ……。
コリィさんの悲しい顔が浮かんでしまいましたが、私はそのことをユウヤさんに教えはしませんでした。
酷い人間だと自分でも思います。
でも、これ以上ユウヤさんの気持ちが私から離れていってしまう状況を作りたくはなかったんです。
それが、どれほど身勝手に思える気持ちでも……。
◇
ファリアは居間のテーブルのいつもの席に座り、リナと二人で話をしていた。
そのテーブルには、普段なら居るはずのユウヤの姿がない。
彼は、シノの家に行ってしまった。……彼女と契りを交わすために。
「いったい、あのシノさんという方は、何者なのでしょうか? 常識離れした体術を使いこなし、魔法の知識も持っているなんて……」
「私にも分かりません。ですが、ユウヤ様が認めた以上、あの人も私達の家族になります。どうにか上手く付き合っていくしかありません。非常に業腹ですが……」
ファリアがそう答えると、リナは顔を俯けた。
「……ユウヤさんは、今頃……」
「…………」
ユウヤが、愛する夫が家におらずに、別の女のもとに行っている。その事実は、どうしようもなくファリア達に悲しみを与えてくる。
「リナ。あのシノという方のことは一旦置いておきましょう。現状では情報が少なすぎます。それに、私達が今考えなければいけない事は、他にもあるはずです」
それを何とか紛らわせようと、ファリアは別のことを考える。
何故ならば、そのことも避けてはいられない問題だからだ。
「……『お役目』のことですか?」
「はい。そのとおりです」
もちろんファリアは、あのシノのいうことを全て鵜呑みにするつもりはない。
だが、もしも彼女が嘘を言っていないのであれば、自分たちは誰かの思惑でユウヤに抱かれて彼の妻になったことになる。
「まず考えなければいけないのは、誰が私達に隠してそんなことをしたかです。ですが、これは大まかにですが答えは出ています。間違いなく、私達の神殿の上層部の方たちです」
魔法という力はその種類にもよるが、力が劣る相手に存在を認識させないことも可能なのだ。
だが、ヴェリス神殿で自分以上の使い手となると数は知れている。それはきっと、リナのいたリスレ神殿を加えても同様だろう。
「リナ。貴女の躰に<献身>の魔法が掛けられていましたが、私はそれが解かれ始めてから、ようやくその存在を認識できました。あの魔法はかなりの使い手によるものでしょう。
……貴女は、自分の躰にそのような魔法が掛けられていることは知らなかったのですよね?」
「はい。ですが、誰がいつそのような魔法を私にかけたのか分かりません。それに、その、以前は知識がなかったので分かりませんでしたが、私の同期のシスターや先輩が……」
リナは赤面しながら、同期のシスター仲間や先輩が、自慰行為と思われることをしていたのを見かけたことがあると教えてくれた。
「……そうですか。それは重要な情報です。リスレ神殿のシスター全員に、<献身>の魔法がかけられているわけではなさそうですね」
ファリアは得られた情報をまとめていく。
「少し整理してみましょう。まず、『お役目』と呼ばれる行為には隠された意味があるのだと仮定します」
「はい」
「そして、これは貴女も聞いたことがある話だと思いますが、『お役目』で神殿を出たシスターの殆どが、その最中に伴侶を得ると言われていますよね?」
「はい。……けれど、それは……」
沈痛な表情を浮かべるリナ。
しかし、ファリアは言葉を続ける。
「ええ。お役目に赴いたシスターが、魔法で男性を虜にし、結果として、伴侶を得るという結果に結びついている。……そう仮定します」
「……はい」
「ですが、ここで、ユウヤ様から聞いた話との齟齬が出てきます」
ユウヤとは何度も身の上話をしている。そのときに、教えてもらった事実と、この仮定は矛盾する。
「ユウヤ様は、この街で行われた福引きで、件のベッドが当たったのだと仰っていました。ですが、この男性があまりにも少ない世の中で、『偶然』に男性であるユウヤ様にベッドが当たる確率など殆ど無いはずです」
「……初めから、必ずユウヤさんが当たるようになっていたということですか? ですが、ユウヤさんがくじ引きをしない可能性もあったのではないですか?」
リナの指摘はもっともだと思う。だが、この事実が大事なのだ。
「はい。もちろんその可能性はあります。ですから、齟齬が出ているのです。これではきっと、『お役目』の隠された意味の達成はできないはずです」
ファリアはそこまで言うと、じっとリナを見つめる。
「……あっ! そっ、そんな……。ファリアさん、まさか……」
やはりリナは賢い。全てを説明しなくても、ファリアが言わんとしていることを理解してくれた。
「そうです。それでも、必ずユウヤ様がくじを引くように仕向ける事ができる者がいるとしたら、それは誰でしょうか? いえ、消去法でそれができる可能性があるのは、私が知る限り、二人しかいません」
ファリアには、そのような奇跡とも呼べる事柄を必ず行える力はない。そして、彼女と比較できる程度の差異しかない者にもそんな事は不可能だろう。
だが、自分などでは比較にならない魔法の使い手をファリアは知っている。
「……私達の神殿のルピア司教様か、貴女の神殿のカティア司教様しかいません。つまり、神殿の誰かではないのです。
どちらか……いえ、おそらく二つの神殿の最高権力者が、この『お役目』という事柄に何かを隠している。そして、これほど大掛かりに行う事柄が、単純にシスターの伴侶を見つけることだけが目的なのだとは思えません……」
そこまで言うと、ファリアは小さく息を吐いた。
「リナ。今のは、あくまでも仮定です。……ですが、不安なのです。ユウヤ様が誰かの思惑に利用されるのではないかと。悲しい思いをするのではないかと……」
ファリアの一番の願いは、愛するユウヤに幸せになってほしいということ。そして、そのためには努力は惜しまないつもりだ。
だから、自分が少々辛い思いをすることになっても、あのシノが自分たちと同じようにユウヤの妻になることを反対はしなかった。
完全に信頼できる相手とは言えないが、自分が及びもしない力を持っているあの女が味方になるのであれば、ユウヤの身の危険は減るはずだ。
それに、以前あの女は自分たちの『お役目』を指して、『奸計にはまって』と称していた。つまり、何かしら、『お役目』の隠された意味を理解している発言に思える。そして、そのことを嫌悪しているようだった。
ファリアは小さく息を吐く。
「私は、本当にユウヤ様の優しさに依存しすぎていたのかも知れません。それが、あまりにも心地良かったので……」
ユウヤは自分を愛してくれている。
大切にしてくれている。
家族になる切っ掛けが仕組まれたものだったとしても、変わらずそばに置いてくれると言ってくれた。
それなのに、自分は何かをあの人に返そうとしていただろうか?
シノに指摘されたように、責任を取って結婚してくれるといってくれたあの人の優しさに付け込んで、我儘ばかりをユウヤに言っていただけではないだろうか?
「ファリアさん……」
不安げな顔をするリナに、ファリアは微笑む。
「……リナ。私達はもっと知らなければいけません。そして、強くならなければいけません。そうでなければユウヤ様をお守りすることができませんから」
「はい。そうですね。私も頑張ります。ですから、ファリアさんが一人で抱え込まないで下さい。頼りないとは思いますが、私もユウヤさんの妻なのですから。一緒に力を合わせましょう」
「……ああっ、本当に、貴女がいてくれてよかったです。一緒に頑張りましょう、リナ」
ファリアは言葉とは裏腹に、自分でユウヤだけではなく、必ずリナも守ろうと心に誓う。
この愛らしくも頼もしい後輩を必ず守り抜くと。
二人きりで、ユウヤさんとデートをしたいという頼みを。
……ですが、私もファリアさんも不安で仕方ありませんでした。
なので、ファリアさんが二人を尾行すると提案し、私もそれに賛成しました。本音を言うと、私もついていきたいほどでした。
けれど、どんくさい私がついていっても邪魔になるだけだと思い、家で不安な気持ちを抱えながら待っていたのですが……。
午後を過ぎて少し経つ頃に、ユウヤさんがファリアさんとシノさんを連れて家に帰って来ました。予定よりもずいぶん早い帰宅と、シノさんも一緒だということでなにかあったのだということは、私にも分かりました。
今、私とファリアさんとシノさんの三人は、同じテーブルを囲んでお茶を飲んでいます。ですが、その雰囲気は決して明るいものではありません。
「…………」
ファリアさんは、落ち着いた雰囲気でお茶を口にするシノさんに不機嫌そうな視線を向けています。
しかし、シノさんはまるで気にした様子はありません。
「リナ。貴女にも聞いてもらいたい話があります」
皆さんのお茶を淹れた私に、ファリアさんはそう言って、シノさんから聞いた話を全て話してくれました。
けれどそれは、あまりにも衝撃的な内容で、すぐには信じられないものだったのです。
「……ですが、私達の行った儀式の魔法に、そんな作用があったなんて……。カティア司教様。私達は、ユウヤさんにそんな魔法を掛けるために、『お役目』を行ったというのでしょうか?」
言葉には出さずに、私はシノさんから聞かされた話を思い出して暗い気持ちになっていました。
『お役目』の際にベッドに掛けた魔法に、人の精神を操って淫らにさせる効果があるのだと。そして、その魔法の効果で、私達はユウヤさんに抱かれたのだと言うのです。
「……ユウヤさん……」
私は、玄関のドアを無意識に見つめていました。
ユウヤさんは、気持ちを整理したいといって、一人家の外に出てしまっているのです。
「……話が本当なのだとしたら、私達はシノさんの大切な人に、無理やり関係を結ばせた事に……」
胸が痛いです。罪悪感で苦しくてしかたがありません。そして、そんな話は嘘だと懸命に否定したくなります。ですが、シノさんの話をユウヤさんは真実だと考えています。
……私もファリアさんも、心からユウヤさんのことが大好きです。愛しているのです。きっかけが何であれ、もう諦めることなど出来ないほどに。
しかし、知らなかったとは言え、私達が非道な手段を使ってユウヤさんの妻になったと分かった今、そんなことをした私達をどう思うでしょうか?
躰が振るえるのを止められません。
もしも、ユウヤさんに愛想をつかされてしまったら、嫌われてしまったらと思うと、涙がこぼれそうになってしまいます。
私は顔を俯けて、審判の時を待っていました。
そして、その時がやってきました。
玄関のドアが開いて、ユウヤさんが家に戻ってきたのです。
ひどく真剣な、思いつめた顔をして。
私を含めて、みんなの視線がユウヤさんに集まりました。
「……シノさん、ファリア、リナ。話を聞いてほしい」
ユウヤさんはそう言って私達の側に座りました。
心臓の鼓動が激しくなるのを、止めることが出来ません。
ユウヤさんの口から、別離を告げる言葉が出るのではないかと不安で仕方がありませんでした。
「……ユウヤはん。聞かせて下さい。ユウヤはんの気持ちを」
「はい。私は、ユウヤ様のお気持ちを尊重したいと思っています」
シノさんとファリアさんは、毅然とした様子でそう応えていましたが、未熟な私にはそんな真似はできませんでした。
最悪の結果をイメージしてしまい、涙がこぼれてくるのを我慢することが出来なかったんです。
「……ごめんね、心配させて」
ユウヤさんはそう言って、私の頭を優しく撫でてくれました。でも、それでも、私は涙を止めることが出来ません。
これまでの楽しい日々が、ユウヤさんに愛されていると感じられる時間が思い出されて、止めどもなく涙が溢れてしまいます。
「シノさん。僕はこのリナとファリアの夫です。その過程で何があったにしろ、その事実は変わりません。僕は、この二人を信じると決めました。ずっと信じていくと」
ユウヤさんのはっきりとした声に、私は顔を上げてユウヤさんを見つめました。すると、ユウヤさんは微笑んでくれました。
「ユウヤ様。そう言ってくださることを信じておりました」
ファリアさんも嬉しそうに笑みを浮かべます。
でも、その瞳の端に光るものが浮かんでいました。
「……ですが、僕は弱い人間です。そして、これも正直な気持ちですが、僕は未だに貴女に好意を抱いています。
この気持ちを無理やり押し込んでしまったら、なにか夫婦間でトラブルが起こった場合には、魔法を僕に掛けたことを盾に、二人を傷つけてしまうかも知れません。貴女のことを選ぶべきだったと、口にしてしまうかも知れない……」
ユウヤさんはそう言うと、ファリアさんと私に頭を下げました。
「こんな弱い男でごめん。本当に申し訳ないと思っているんだ。でも……」
最後まで言わなくても、ユウヤさんの気持ちは理解できました。
そのことに全く不満がなかったわけではありません。
ですが、私は、私のことも受け入れてくれるユウヤさんの決定に従おうと思いました。
「……ユウヤ様がそう仰るのであれば……。先に申し上げたとおり、私はユウヤ様のお気持ちを尊重したいと思います」
ファリアさんもきっと私と同じ気持ちだったのだと思います。
ですから、いちばん大切なユウヤさんのことを思って、その提案を飲むことにしたのでしょう。
「シノさん。こんな……こんな男ですが、どうか僕の妻になって下さい。必ず、貴女もファリアとリナも、幸せにしますから」
ユウヤさんの求婚に、シノさんは椅子から腰を上げると、静かにユウヤさんの隣に移動して、床に座って、深々と頭を下げました。
「はい。喜んで、貴方様の妻になります。不束者ですが、どうかよろしくお願いいたします」
その言葉に、ユウヤさんは安堵の笑みを浮かべ、シノさんを優しく起こして抱きしめます。
本当に、ユウヤさんはシノさんのことが好きなのだと分かりました。
でも、ユウヤさんは私とファリアさんのこともきちんと気にかけてくれています。私達のことも大切にしてくれます。ですから、私たちは四人家族になることを受け入れました。
とはいっても、旦那様に妻が三人という状況ですが。
でも、ユウヤさんを大切に思う気持ちは三人とも同じです。最初はぎこちないでしょうが、少しずつ慣れていくのだと思います。
ただ……。
コリィさんの悲しい顔が浮かんでしまいましたが、私はそのことをユウヤさんに教えはしませんでした。
酷い人間だと自分でも思います。
でも、これ以上ユウヤさんの気持ちが私から離れていってしまう状況を作りたくはなかったんです。
それが、どれほど身勝手に思える気持ちでも……。
◇
ファリアは居間のテーブルのいつもの席に座り、リナと二人で話をしていた。
そのテーブルには、普段なら居るはずのユウヤの姿がない。
彼は、シノの家に行ってしまった。……彼女と契りを交わすために。
「いったい、あのシノさんという方は、何者なのでしょうか? 常識離れした体術を使いこなし、魔法の知識も持っているなんて……」
「私にも分かりません。ですが、ユウヤ様が認めた以上、あの人も私達の家族になります。どうにか上手く付き合っていくしかありません。非常に業腹ですが……」
ファリアがそう答えると、リナは顔を俯けた。
「……ユウヤさんは、今頃……」
「…………」
ユウヤが、愛する夫が家におらずに、別の女のもとに行っている。その事実は、どうしようもなくファリア達に悲しみを与えてくる。
「リナ。あのシノという方のことは一旦置いておきましょう。現状では情報が少なすぎます。それに、私達が今考えなければいけない事は、他にもあるはずです」
それを何とか紛らわせようと、ファリアは別のことを考える。
何故ならば、そのことも避けてはいられない問題だからだ。
「……『お役目』のことですか?」
「はい。そのとおりです」
もちろんファリアは、あのシノのいうことを全て鵜呑みにするつもりはない。
だが、もしも彼女が嘘を言っていないのであれば、自分たちは誰かの思惑でユウヤに抱かれて彼の妻になったことになる。
「まず考えなければいけないのは、誰が私達に隠してそんなことをしたかです。ですが、これは大まかにですが答えは出ています。間違いなく、私達の神殿の上層部の方たちです」
魔法という力はその種類にもよるが、力が劣る相手に存在を認識させないことも可能なのだ。
だが、ヴェリス神殿で自分以上の使い手となると数は知れている。それはきっと、リナのいたリスレ神殿を加えても同様だろう。
「リナ。貴女の躰に<献身>の魔法が掛けられていましたが、私はそれが解かれ始めてから、ようやくその存在を認識できました。あの魔法はかなりの使い手によるものでしょう。
……貴女は、自分の躰にそのような魔法が掛けられていることは知らなかったのですよね?」
「はい。ですが、誰がいつそのような魔法を私にかけたのか分かりません。それに、その、以前は知識がなかったので分かりませんでしたが、私の同期のシスターや先輩が……」
リナは赤面しながら、同期のシスター仲間や先輩が、自慰行為と思われることをしていたのを見かけたことがあると教えてくれた。
「……そうですか。それは重要な情報です。リスレ神殿のシスター全員に、<献身>の魔法がかけられているわけではなさそうですね」
ファリアは得られた情報をまとめていく。
「少し整理してみましょう。まず、『お役目』と呼ばれる行為には隠された意味があるのだと仮定します」
「はい」
「そして、これは貴女も聞いたことがある話だと思いますが、『お役目』で神殿を出たシスターの殆どが、その最中に伴侶を得ると言われていますよね?」
「はい。……けれど、それは……」
沈痛な表情を浮かべるリナ。
しかし、ファリアは言葉を続ける。
「ええ。お役目に赴いたシスターが、魔法で男性を虜にし、結果として、伴侶を得るという結果に結びついている。……そう仮定します」
「……はい」
「ですが、ここで、ユウヤ様から聞いた話との齟齬が出てきます」
ユウヤとは何度も身の上話をしている。そのときに、教えてもらった事実と、この仮定は矛盾する。
「ユウヤ様は、この街で行われた福引きで、件のベッドが当たったのだと仰っていました。ですが、この男性があまりにも少ない世の中で、『偶然』に男性であるユウヤ様にベッドが当たる確率など殆ど無いはずです」
「……初めから、必ずユウヤさんが当たるようになっていたということですか? ですが、ユウヤさんがくじ引きをしない可能性もあったのではないですか?」
リナの指摘はもっともだと思う。だが、この事実が大事なのだ。
「はい。もちろんその可能性はあります。ですから、齟齬が出ているのです。これではきっと、『お役目』の隠された意味の達成はできないはずです」
ファリアはそこまで言うと、じっとリナを見つめる。
「……あっ! そっ、そんな……。ファリアさん、まさか……」
やはりリナは賢い。全てを説明しなくても、ファリアが言わんとしていることを理解してくれた。
「そうです。それでも、必ずユウヤ様がくじを引くように仕向ける事ができる者がいるとしたら、それは誰でしょうか? いえ、消去法でそれができる可能性があるのは、私が知る限り、二人しかいません」
ファリアには、そのような奇跡とも呼べる事柄を必ず行える力はない。そして、彼女と比較できる程度の差異しかない者にもそんな事は不可能だろう。
だが、自分などでは比較にならない魔法の使い手をファリアは知っている。
「……私達の神殿のルピア司教様か、貴女の神殿のカティア司教様しかいません。つまり、神殿の誰かではないのです。
どちらか……いえ、おそらく二つの神殿の最高権力者が、この『お役目』という事柄に何かを隠している。そして、これほど大掛かりに行う事柄が、単純にシスターの伴侶を見つけることだけが目的なのだとは思えません……」
そこまで言うと、ファリアは小さく息を吐いた。
「リナ。今のは、あくまでも仮定です。……ですが、不安なのです。ユウヤ様が誰かの思惑に利用されるのではないかと。悲しい思いをするのではないかと……」
ファリアの一番の願いは、愛するユウヤに幸せになってほしいということ。そして、そのためには努力は惜しまないつもりだ。
だから、自分が少々辛い思いをすることになっても、あのシノが自分たちと同じようにユウヤの妻になることを反対はしなかった。
完全に信頼できる相手とは言えないが、自分が及びもしない力を持っているあの女が味方になるのであれば、ユウヤの身の危険は減るはずだ。
それに、以前あの女は自分たちの『お役目』を指して、『奸計にはまって』と称していた。つまり、何かしら、『お役目』の隠された意味を理解している発言に思える。そして、そのことを嫌悪しているようだった。
ファリアは小さく息を吐く。
「私は、本当にユウヤ様の優しさに依存しすぎていたのかも知れません。それが、あまりにも心地良かったので……」
ユウヤは自分を愛してくれている。
大切にしてくれている。
家族になる切っ掛けが仕組まれたものだったとしても、変わらずそばに置いてくれると言ってくれた。
それなのに、自分は何かをあの人に返そうとしていただろうか?
シノに指摘されたように、責任を取って結婚してくれるといってくれたあの人の優しさに付け込んで、我儘ばかりをユウヤに言っていただけではないだろうか?
「ファリアさん……」
不安げな顔をするリナに、ファリアは微笑む。
「……リナ。私達はもっと知らなければいけません。そして、強くならなければいけません。そうでなければユウヤ様をお守りすることができませんから」
「はい。そうですね。私も頑張ります。ですから、ファリアさんが一人で抱え込まないで下さい。頼りないとは思いますが、私もユウヤさんの妻なのですから。一緒に力を合わせましょう」
「……ああっ、本当に、貴女がいてくれてよかったです。一緒に頑張りましょう、リナ」
ファリアは言葉とは裏腹に、自分でユウヤだけではなく、必ずリナも守ろうと心に誓う。
この愛らしくも頼もしい後輩を必ず守り抜くと。
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