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幕間
涼風ー③
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「……コリィ……。なんで、なんでこんなところに、あんたがいるんや?」
シノは目の前の状況が理解できない。
遠いあの街で眠りについているはずの少女が、何故この場にいるのか理解できない。
「話は後! とりあえず、その物騒な力は解除して。あたしじゃあ、この女は倒せないから、逃げるよ!」
コリィは言うが早いか、シノを抱きかかえて走り出す。
シノは訳がわからないままだったが、言われたとおりに魔法の力を少しずつ解除していく。
「すぐに治してもらえるから、傷が痛むだろうけど我慢してね」
シノにそう言って微笑むと、コリィは更に速度を上げて走る。
それは、背後から迫ってくる殺気を感じたためだろう。
先程の女が、再び白刃を手に迫ってきている。
「無理や、うちを置いて逃げるんや! 相手は<女王>や。追いつかれてまう!」
シノの悲痛な願いに、しかしコリィは口元に不敵な笑みを浮かべる。
「関係ないよ。あたしは<騎士>。いくら<女王>でも、追いつけない!」
コリィは走り続ける。彼女の言葉どおり、追跡者はコリィに追いつくことはできない。だが、コリィもその差を広げることができない。
まずい。このままでは体力勝負になる。<女王>と<騎士>では強化されている力にあまりにも差がありすぎる。ましてや、自分という余分な重量を抱えるコリィが圧倒的に不利だ。
もう一度、シノがコリィに自分をおいていくように告げようとした時だった。
「今だよ!」
そんな合図をコリィが口にし、速度を急速に早めたのは。
「なっ!」
後ろから、驚愕する女の声が聞こえた。だが、何者かの気配を前方に感じ、シノはそちらに視線を移す。
気配は前方横の木々の影から感じた。しかし、シノがそれを理解したときには、そこに隠れていた者は飛び出して、自分たちの後を追う追跡者に飛びかかっていた。
「くっ、待ち伏せか!」
追跡者はシノには少し遅れたものの、横からの不意打ちを察知したらしく、喉を斬り裂くべく放たれた一撃を交わす。
僅かに追跡者の喉元が斬られたようだが、薄皮一枚程度だろう。それでは致命傷にならない。
その一撃をすんでのところで躱した瞬間に、追跡者はすぐに標的を自分に不意打ちをしてきた者に変更したはずだ。だが、それはあまりにも遅かった。
「…………」
シノは目を疑った。それは、自分の目を持っても一瞬しか見えない速度の一撃だった。
不意打ちをしたその者は、飛びかかってのナイフでの一撃を交わされた瞬間、着地した足を軸にして、ナイフを持った方の手で間髪入れずに追撃者の顔面を殴打したのだ。
斜め上からの叩きつけるその一撃に、追跡者は頭部から地面に叩きつけられる。
ありえない。どのような馬鹿力で殴れば、こんな芸当ができるのだろうか。
追跡者の顔は、間違いなく骨が砕かれ無残なものとなっていたはずだ。おそらく、意識も飛んでいたと思う。
だが、追跡者への攻撃は、まだ終わってはいない。
結果として不意打ちを成功させたその者は、そのまま追跡者に馬乗りになり、ナイフで彼女の喉元を深く突き刺した。
両手での全力の一撃。
追跡者は血を吐き出し、ビクビクと痙攣したかと思うと動かなくなる。明らかに即死だ。
喉を突き刺す際に力を込めるために前傾姿勢になっていたためだろう。
追跡者の吐き出した血が顔面にかかったようだが、その者はまるで気にした様子はなく、ただ黙って次の一撃を追跡者の胸――心臓に突き刺す。
洗練されたとは到底言えない攻撃。だが、確実に人の命を奪うことができる手段だった。
「……なんでや……」
コリィが足を止めて振り返ったため、シノの目にも追跡者にとどめを刺した人間の顔が明らかになった。
いつもしていた眼鏡がないことぐらいで、見間違えるはずがない。
いま、シノの目の前にいるのは、黒髪の男。自分の最愛の夫……。その夫が、あの戦いとは無縁だったはずの夫が、見るも無残な方法で女を殺したのだ。
「なんで、なんでや! どうして、どうして……」
シノはコリィの腕から離れ、自身の躰を襲う激痛さえも忘れて、男の元に歩み寄る。
分からない。分かりたくもない。こんな、こんな悪夢があるだろうか。
決してこの人を戦いに巻き込みたくないから、全てを犠牲にして戦い続けていたというのに。
「…………」
ユウヤは何も言わない。それどころか、殺気を込めた瞳をシノに向けてくる。
「ユウヤ殿! 辺りにもう敵はいない。もう、戦わなくていいんだ。眼鏡をかけてくれ……」
不意に、コリィとは違う女の声が聞こえた。だが、この声にもシノは聞き覚えがある。
「……そんな……あんたは……」
「久しぶりだな、シノ……」
目の前に現れたのは、シノの友人のレミアだった。
「……シノさん……」
夫の声に振り向くと、ユウヤは眼鏡を掛けていた。
ただ、その眼鏡にはフレームだけでレンズがなく、眼鏡としての用をなさないものだった。
だが、夫の雰囲気がシノの見知った穏やかなものに変わっている。先程とは別人のように。
「すぐに他のみんなもやってくる。いろいろ話さねばならないことはあるが、とりあえず落ち着けるところまで移動しよう」
レミアのそんな提案に、現状が何も分からないシノは従うしかない。
そして、レミアの言葉どおりに、数分もしないうちに、シノの前に見知った顔が集まって来た。
だが、そこには必要な顔が一つなく、代わりに場違いな人物が当たり前のように加わっていた。
「……相変わらず無様な戦い方だが、まぁ、いいだろう。合格だ。<女王>を仕留めたことは褒めてやる」
その場違いな女は、事切れた女の亡骸を確認し、ユウヤに向かってそう言うと、こちらに視線を向けてきた。
「ふん。やはりお前がシノだったのか。……私の顔を覚えているか?」
シノはその顔を忘れてはいなかった。
カイラ。たしかそう呼ばれていた女だ。
春の初めに戦い、殺しそこねた、あの時の女。だが、今のシノにとってはこの女の名前などどうでも良かった。
「お前が……お前がやったんか? 何をした……うちの夫に何をしたんや!」
シノの絶叫に、カイラは口の端を僅かに上げた。
異端者が、シノが目の辺りにしたのは、変わり果てた最愛の夫の姿だった。
戦いに巻き込みたくないというシノの願いは、無残に打ち砕かれた。
ユウヤもまたこの地獄のような時間に身を投じ、今まで生き抜いてきたのだ。
……ここで物語は巻き戻る。
ただ、これは、救いのない世界の物語。
そこには希望などはなく、ただ絶望が待っているだけなのだ……。
シノは目の前の状況が理解できない。
遠いあの街で眠りについているはずの少女が、何故この場にいるのか理解できない。
「話は後! とりあえず、その物騒な力は解除して。あたしじゃあ、この女は倒せないから、逃げるよ!」
コリィは言うが早いか、シノを抱きかかえて走り出す。
シノは訳がわからないままだったが、言われたとおりに魔法の力を少しずつ解除していく。
「すぐに治してもらえるから、傷が痛むだろうけど我慢してね」
シノにそう言って微笑むと、コリィは更に速度を上げて走る。
それは、背後から迫ってくる殺気を感じたためだろう。
先程の女が、再び白刃を手に迫ってきている。
「無理や、うちを置いて逃げるんや! 相手は<女王>や。追いつかれてまう!」
シノの悲痛な願いに、しかしコリィは口元に不敵な笑みを浮かべる。
「関係ないよ。あたしは<騎士>。いくら<女王>でも、追いつけない!」
コリィは走り続ける。彼女の言葉どおり、追跡者はコリィに追いつくことはできない。だが、コリィもその差を広げることができない。
まずい。このままでは体力勝負になる。<女王>と<騎士>では強化されている力にあまりにも差がありすぎる。ましてや、自分という余分な重量を抱えるコリィが圧倒的に不利だ。
もう一度、シノがコリィに自分をおいていくように告げようとした時だった。
「今だよ!」
そんな合図をコリィが口にし、速度を急速に早めたのは。
「なっ!」
後ろから、驚愕する女の声が聞こえた。だが、何者かの気配を前方に感じ、シノはそちらに視線を移す。
気配は前方横の木々の影から感じた。しかし、シノがそれを理解したときには、そこに隠れていた者は飛び出して、自分たちの後を追う追跡者に飛びかかっていた。
「くっ、待ち伏せか!」
追跡者はシノには少し遅れたものの、横からの不意打ちを察知したらしく、喉を斬り裂くべく放たれた一撃を交わす。
僅かに追跡者の喉元が斬られたようだが、薄皮一枚程度だろう。それでは致命傷にならない。
その一撃をすんでのところで躱した瞬間に、追跡者はすぐに標的を自分に不意打ちをしてきた者に変更したはずだ。だが、それはあまりにも遅かった。
「…………」
シノは目を疑った。それは、自分の目を持っても一瞬しか見えない速度の一撃だった。
不意打ちをしたその者は、飛びかかってのナイフでの一撃を交わされた瞬間、着地した足を軸にして、ナイフを持った方の手で間髪入れずに追撃者の顔面を殴打したのだ。
斜め上からの叩きつけるその一撃に、追跡者は頭部から地面に叩きつけられる。
ありえない。どのような馬鹿力で殴れば、こんな芸当ができるのだろうか。
追跡者の顔は、間違いなく骨が砕かれ無残なものとなっていたはずだ。おそらく、意識も飛んでいたと思う。
だが、追跡者への攻撃は、まだ終わってはいない。
結果として不意打ちを成功させたその者は、そのまま追跡者に馬乗りになり、ナイフで彼女の喉元を深く突き刺した。
両手での全力の一撃。
追跡者は血を吐き出し、ビクビクと痙攣したかと思うと動かなくなる。明らかに即死だ。
喉を突き刺す際に力を込めるために前傾姿勢になっていたためだろう。
追跡者の吐き出した血が顔面にかかったようだが、その者はまるで気にした様子はなく、ただ黙って次の一撃を追跡者の胸――心臓に突き刺す。
洗練されたとは到底言えない攻撃。だが、確実に人の命を奪うことができる手段だった。
「……なんでや……」
コリィが足を止めて振り返ったため、シノの目にも追跡者にとどめを刺した人間の顔が明らかになった。
いつもしていた眼鏡がないことぐらいで、見間違えるはずがない。
いま、シノの目の前にいるのは、黒髪の男。自分の最愛の夫……。その夫が、あの戦いとは無縁だったはずの夫が、見るも無残な方法で女を殺したのだ。
「なんで、なんでや! どうして、どうして……」
シノはコリィの腕から離れ、自身の躰を襲う激痛さえも忘れて、男の元に歩み寄る。
分からない。分かりたくもない。こんな、こんな悪夢があるだろうか。
決してこの人を戦いに巻き込みたくないから、全てを犠牲にして戦い続けていたというのに。
「…………」
ユウヤは何も言わない。それどころか、殺気を込めた瞳をシノに向けてくる。
「ユウヤ殿! 辺りにもう敵はいない。もう、戦わなくていいんだ。眼鏡をかけてくれ……」
不意に、コリィとは違う女の声が聞こえた。だが、この声にもシノは聞き覚えがある。
「……そんな……あんたは……」
「久しぶりだな、シノ……」
目の前に現れたのは、シノの友人のレミアだった。
「……シノさん……」
夫の声に振り向くと、ユウヤは眼鏡を掛けていた。
ただ、その眼鏡にはフレームだけでレンズがなく、眼鏡としての用をなさないものだった。
だが、夫の雰囲気がシノの見知った穏やかなものに変わっている。先程とは別人のように。
「すぐに他のみんなもやってくる。いろいろ話さねばならないことはあるが、とりあえず落ち着けるところまで移動しよう」
レミアのそんな提案に、現状が何も分からないシノは従うしかない。
そして、レミアの言葉どおりに、数分もしないうちに、シノの前に見知った顔が集まって来た。
だが、そこには必要な顔が一つなく、代わりに場違いな人物が当たり前のように加わっていた。
「……相変わらず無様な戦い方だが、まぁ、いいだろう。合格だ。<女王>を仕留めたことは褒めてやる」
その場違いな女は、事切れた女の亡骸を確認し、ユウヤに向かってそう言うと、こちらに視線を向けてきた。
「ふん。やはりお前がシノだったのか。……私の顔を覚えているか?」
シノはその顔を忘れてはいなかった。
カイラ。たしかそう呼ばれていた女だ。
春の初めに戦い、殺しそこねた、あの時の女。だが、今のシノにとってはこの女の名前などどうでも良かった。
「お前が……お前がやったんか? 何をした……うちの夫に何をしたんや!」
シノの絶叫に、カイラは口の端を僅かに上げた。
異端者が、シノが目の辺りにしたのは、変わり果てた最愛の夫の姿だった。
戦いに巻き込みたくないというシノの願いは、無残に打ち砕かれた。
ユウヤもまたこの地獄のような時間に身を投じ、今まで生き抜いてきたのだ。
……ここで物語は巻き戻る。
ただ、これは、救いのない世界の物語。
そこには希望などはなく、ただ絶望が待っているだけなのだ……。
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