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第九章 日常
第九章 日常
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「えっ? えっ? ほっ、本当にそのような事をするのですか?」
リナの至極もっともな質問に、ファリアは頭を片手で抑える。
「……言いたいことはよく分かります。流石に私も、これはどうかと思いますので……」
いつものテーブルで向かい合って相談をするのは、ファリアとリナの二人。平日の昼間だということで、二人の夫であるユウヤは仕事で留守だ。
本来ならばここに、もう一人の妻であるシノがいるはずなのだが、彼女は二週間前に自分たちに後のことを任せて旅に出てしまった。
「もしもここにシノが居たら、絶対に反対したと思います。ですが、今は私達しか居ないわけですし……。その、最近あまり元気のないユウヤ様をお慰めしたいのです」
シノが居なくなってからというもの、やはりユウヤは寂しそうだ。
もっとも、決して口にするつもりはないが、ファリア自身も張り合いが減ってしまった気がして、少し寂しく思っている。
「シノさん。お元気だと良いのですが……」
人懐っこいリナは、シノにも可愛がられていた。寂しさもひとしおだろう。
「あの人のことです。きっと大丈夫なはずですよ」
ファリアはリナに微笑みかけて、コホンと咳払いをする。
「リナ。私達は、シノにユウヤ様の事を任されているのです。シノが私達に言っていた三つの事柄を守るためにも、やはり多少の恥ずかしさを堪えることも大事なのではないでしょうか?」
シノがファリア達に頼んでいった三つの事柄は、シノが戦いに赴いたことを誰にも教えないことと、『約束の日』と呼ばれる月に一度のその日に決して外に出ないこと。そして最後の一つが、これ以上ユウヤが妻も妾も増やさないようにすることだ。
シノが居なくなって、ユウヤの夜の相手をするのは、ファリアとリナの二人だけになった。そのことをユウヤが不満に思ってはいないと信じているが、この周りが女だらけの状況だ。いつ悪い虫がつくか分かったものではない。
「その、これは最近読んだ書物の知識ですが、夫婦生活にも新しい刺激がないと愛情が薄まってしまうことがあるそうなのです」
「えっ? そうなのですか?」
驚くリナに、ファリアは小さく頷く。
「はい。ですから、ユウヤ様の寵愛を今後も賜ることができるように、私達は努力を忘れてはいけないのです」
「……でっ、ですが……。結婚をして神殿に仕えるシスターではなくなってしまいましたが、私達はフォルシア様の信徒です。そっ、そのようなはしたない行いは……」
リナの言いたいことはよく分かる。それに、これも最近読んだ書物の知識だが、羞恥心を無くしてしまうのも良くないことなのらしい。
自分のものだという安心感を持って頂いたうえで、いつまでも欲しいと、もっと手に入れたいという渇望を抱かせる女でいることが妻には求められるらしいのだ。
「本当にはしたない行為だと思います。ですが、ユウヤ様に他の女性がこのような行いを先に行ったらどうしますか? そのことでユウヤ様がその女性に心移りをしてしまったとしたら……どうしますか?」
「そっ、それは……」
「私達のことを、ユウヤ様は本当に大切にしてくれています。ですから、今朝もこんなことまで……」
机の上の、二つの宝物を見て、ファリアとリナは、自分がどれほど深く夫に愛されているのかを痛感した。
第九章 日常
それは、ちょうど今朝の朝食を終えた時だった。
「ファリア、リナ。ちょっといいかな?」
テーブルの上を片付け、食器洗いを始めようとしていたファリアとリナは、ユウヤにそう呼び止められた。
「はい。どうかなさいましたか? ユウヤ様」
「何か食事に問題でもありましたか?」
ファリア達が不安げな顔をすると、ユウヤは苦笑する。
「そんなことはないよ。食事はいつもどおり最高だった。ただ、その、二人に渡したいものがあるんだ」
ユウヤはそこまで言って自分の部屋に戻ったかと思うと、大きな包みを二つ持ってまた居間に戻ってきた。
「今日はこの街の豊饒祭らしい。年越しのお祝いを除けば、これが今年最後のお祭りらしいんだ。だから、この機会がいいかなって……」
ユウヤは困ったような笑顔で、包みを一つずつファリアとリナに手渡してくれた。
「ファリア、リナ。二人とも、いつもありがとう。大したものではないけれど、どうか受け取って欲しい」
思いもしなかった夫からの贈り物に、ファリアとリナは驚き、お互い目を合わせて、手にした包みに視線を移す。
「開けてみて。気に入ってくれるといいのだけれど」
ユウヤに促されて、ファリア達は丁寧に包みをテーブルに置き、頷きあって開封する。
「えっ、ええっ。こっ、これは……」
リナの驚く声に、ファリアは開封する手を止めて、彼女宛の贈り物に目を移す。
その贈り物の内容を確認して、ファリアはリナが驚いた理由を理解した。彼女の手にしているのは、真ん中に持ち運べるような取っ手が付いた少し大きめの木製の箱だったのだ。きっと、この箱の中身は……。
「あっ、ああ……」
リナは目を輝かせて、箱を真上から左右に開けてみる。少し変わった開け方の箱だが、リナはその構造を理解していた。
箱を開けると、そこには真新しい裁ち鋏や針といった裁縫道具一式と、色とりどりの縫い糸がそこに収められている。
「ゆっ、ユウヤさん。こっ、これを、私が頂いてしまってもよろしいのですか?」
驚きと興奮を隠せないリナに、ユウヤは嬉しそうに「もちろんだよ」といって頷いた。
裁縫道具の一式は、女のたしなみとして誰もが持っているものだ。だが、リナの裁縫道具は、先輩からのお下がりを使用していたため、かなりどの道具も劣化が激しく、ファリアが自分の裁縫道具を貸したりすることも頻繁にあるほどだった。
また、これはファリアも同じだが、裁縫糸も必要なものを仲間のみんなで共有して使っていたらしく、保有している糸の種類も多くはなかった。
普段から裁縫が得意で、大好きなリナ。そこに手つかずの真新しい裁縫セットを一式贈って貰えたのだ。これほど嬉しい贈り物はないだろう。
「ふふっ。良かったですね、リナ」
「はい。はい……」
感極まってしまったのか、リナはぽろぽろと涙を零して喜んでいた。
微笑ましげにリナを見ていたファリアだったが、自分の贈り物の開封がまだだったことに気づいて、包みを開ける。すると木製の箱が出てきた。だが、リナの裁縫箱とは違う簡素な箱だ。きっとこの中身を保護するためだけの箱なのだろう。
少し緊張した面持ちで、ファリアは箱を開ける。するとそこには、バッグが収められていた。
「これは……」
ファリアは丁重にバッグを取り出す。それは普段彼女が使っている布製のバッグではなく、革製のものだった。
デザインも素敵で、そして何よりもこの大きさがとても素晴らしい。
「いつもファリアが使っている物が少し傷んできているみたいだったのと、ちょっとした買い物にも同じバッグを使っているようだから……。
一応、君に似合うようにと思って、デザインしてもらったんだけれど、どうかな?」
その言葉を聞き、ファリアは慌ててユウヤの顔を見る。
「なっ! ゆっ、ユウヤさん。こっ、これは!」
ファリアが声を上げるよりも先に、リナが驚きの声を上げた。
リナが手にしている物にファリアは視線を移す。彼女が手にしているのは、虹色に輝く美しい針だった。
「えっ、え~と。リナがその針を欲しがっているって聞いたものだから。……その、ごめんね。一本だけしか買ってあげらなくて……」
「そのようなことを仰らないで下さい。こっ、こんな素晴らしい針を、私なんかに……」
ファリアはリナの手にしている針が、七色銀と呼ばれる金属で出来たものだと理解する。
七色銀はめったに産出しない金属だが、美しいだけではなくとても硬度が高い。そのため、その金属から出来た針は、布だけではなく、革細工にも使えるのだ。
ファリアも一度だけ七色銀の針を使ったことがあるが、軽い力で厚い革も簡単に穿ち、布のように縫う事ができた。
美しさと実用性の共に優れたこの針を持つことは針仕事を行う者の一つのステータスになっているほど。
ユウヤ様は申し訳なさそうに言うが、一本でもかなりの金額になるはずだ。いや、それを言うのであれば、自分が今手にしているこの革のバッグだ。
「ユウヤ様。私にと頂いたこのバッグですが、オーダーメイドなのですか? それにこの革もかなりいいもののようですが……」
嬉しさよりも申し訳ない気持ちが、ファリアにはこみ上げてきてしまう。
「ああ、うん。君に似合いそうなバッグというものが、僕にはよく分からなかったんで、専門の職人さんに相談してみたんだ。そうしたら、その職人さんが街で君のことを見かけたことがあったらしくて、喜んで仕事を受けてくれてね」
「そういったことをお聞きしているのでは有りません。リナだけでなく、私にまでこのような高価なものを……」
ファリアの言葉に、ユウヤは苦笑する。
「ああ、大丈夫だよ。これは僕のお小遣いの範囲で全部支払っているから」
その言葉に、ファリアだけでなくリナも目を大きく見開く。
「何ヶ月か貯めた分だけだから、そう大した額じゃないんだ。だから気にしないで。本当はもう少し質の良いものを贈りたかったんだけれどね」
シノとも相談し、ユウヤ様に自由に使えるお金を毎月渡している。付き合いなどを鑑み、それなりの金額を渡してはいるが、その殆ど全てを当てなければ、こんな高価な贈り物は用意できなかったはずだ。
「そんな、ユウヤ様。毎月お渡ししているお金は、ユウヤ様がご自身のために使うべきお金です。それなのに、私達に……」
「ファリアさんの言うとおりです。私達のことを気にかけてくださるのはとても嬉しいですが、もう少しご自分のことを考えて下さい」
ファリアとリナの言葉に、ユウヤは苦笑したまま首を横に振る。
「僕は自分のためにお金を使っているよ。大切な君たちにプレゼントを贈りたいというのが、僕の一番の望みだからね」
ユウヤはそう言うと、少し寂しげな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「僕の居た国には、毎年年末近くに、大切な人に贈り物をする日があるんだ。とは言っても、恋人の一人もいなかった僕には、ケーキと鶏肉を食べる日くらいでしかなかったんだけどね。
でも、今は、僕にも君たちがいる。贈り物を贈る事ができる、贈りたいと思う大切な人がいる。その事が嬉しいんだ。だから、どうか受け取ってくれないかな?」
「ですが、私達は常日頃からユウヤ様に良くして頂いております。その上、このようなことまでして頂いては……」
「はい。して頂くばかりで、何もお返しできません。それはであんまりです」
恐縮するファリアとリナの頭に優しく手を置いて、ユウヤは微笑んだ。
「そんな事はないよ。いつも二人にはとても感謝しているんだ。君たちがいてくれて、僕はとても幸せだよ」
ユウヤの言葉に胸が一杯になって、ファリアとリナは言葉を発することが出来なかった。
少しの沈黙の後、ユウヤが口を開く。
「そろそろ出かけないと遅刻してしまうから、行くね。今日は豊饒祭をお祝いする飲み会があるから、少し遅くなると思う。夕食も済ませてくるから、後のことはお願いするよ」
そう言って踵を返して玄関に向かおうとする夫を、ファリアとリナは慌ててお見送りをした。飲み込めずにいる、嬉しさと申し訳無さを胸に。
◇
満天の星空を見上げながら、ユウヤはランプ片手に我が家に向かって足を進ませる。最初の一杯に付き合いで久しぶりにビールを飲んだものだから、ほろ酔い気分だった。
「やっぱりだいぶ寒くなってきたな」
コートのおかげでだいぶ防寒されていても、頬に当たる風に冷たさを感じる。
「シノさんは大丈夫かな?」
ファリア達が心配すると思い、努めてシノの話題はあまり口にしないようにしているが、一日として彼女のことを忘れたことはない。
早く、彼女の元気な姿が見たいと思ってしまう。
「ああっ、でも、ファリアとリナが居てくれて、僕は本当に助かっているな。もしも今までみたいに一人だったら、寂しさに耐えられなかったかもしれない」
愛しい二人の妻に感謝をし、ユウヤは足を進める。そして、我が家に明かりが灯っていることを確認し、この現状に心から感謝をする。
「幸せだな、本当に。でも、こんなに幸せでいいのかな? 僕なんかが……」
悪い癖なのは自覚している。けれど、どうしても自虐の言葉を口にしてしまう。それは、あまりにも辛い時間が続いたから。
けれど、少しずつだが、その心の傷も癒やされていっている気がする。それは、大切な三人の妻のおかげだ。
今朝、感謝のプレゼントを送った際に、ファリアとリナは恐縮していた。けれど、それは逆だとユウヤは考える。
二人の献身的な想いに、普段の自分は何も返せていないのだ。だから、たまには何かをお返ししなくては、罰が当たると思うのだ。
「シノさんが帰って来たら、何を贈ろうかな? 物だとシノさんは遠慮してしまいそうだから……」
なんて幸せな悩みだろうか。
大切な女性に、掛け替えのない妻への贈り物で頭を悩ますことができるなんて。
「おかえりなさいませ。ユウヤさん。お疲れさまでした」
「おかえりなさいませ。カバンをお持ちします」
こうして家に帰れば、温かく迎え入れてくれる。
ああ、本当にこれ以上の幸せはない。
どうして、自分がこの世界にいるのかはまったくわからないけれど、自分は果報者だ。
どうか、一日でも長くこの幸せな日々が続いてほしい。
ユウヤはそう願わずにはいられなかった。
「ふぅ~。ようやく一息つけたよ」
ファリアの淹れてくれた紅茶を飲み干し、ユウヤは息を吐いた。
慣れ親しんだ人達との飲み会。そして、それも過度に騒ぐのではない上品なものだったので、ユウヤも楽しめたのだが、やはり普段と違うことをするのは疲れるものだ。
「あれっ、ファリア。さっきからリナの姿が見えないけれど、どうかしたのかな?」
厨房で明日の朝食の用意をしているでもなく、自分の部屋にいる様子もない。普段ならファリア以上に、ユウヤの側にいることが多いのに。
「はい。リナはお風呂の用意をしております」
ファリアはそう言って静かに椅子から腰を上げて、ユウヤの背中に回ったかと思うと、そのまま椅子越しにユウヤを背中から抱きしめてしなだれてくる。
「ユウヤ様、明日は豊饒祭でお仕事はお休みですね。そして、昨日は休息日でしたので、今日はリナと二人でご奉仕をさせて下さい」
熱くて甘い吐息混じりに、ファリアは耳元で囁いてくる。
「あっ、その、うん。頑張るよ」
ファリアの夜の誘いを嬉しく思いながらも、ユウヤは二人を同時に相手するために心の内で気合を入れる。
「そのように肩に力を入れずとも大丈夫です。今晩のユウヤ様はお客様ですので、私達に全てをお任せ下さい。お疲れのユウヤ様を精一杯癒やさせて頂きますので」
「おっ、お客様? えっと、それってどういう……」
言葉の意味が分からずに尋ねると、しかしファリアは妖艶に微笑み、
「今日は趣向を凝らしまして、いつもとは異なり、入浴もご一緒させて頂きたく思います。そして、そのために二つの魔法をユウヤ様に使わせて下さい」
そう答えにならない答えを口にする。
「……よくわからないけれど、その、今日は三人でお風呂に入るところから始めるってことだよね? そして、その趣向とやらに魔法が必要になるのかな?」
ユウヤの問に、ファリアは微笑み、「はい」と頷く。
「使用する魔法の主な効果ですが、まずは、ユウヤ様は目がよろしくありませんので、それを補うための魔法です。あまり長時間は効果がないのですが、入浴中は効果が続くはずです。
そして、もう一つが、お耳に水が入らないようにする魔法です。これで、ご入浴を安心してお楽しみ頂けると思います」
「あっ、うん。分かった」
そう答えながらも、ユウヤは流石に過保護ではと感じる。
眼鏡が曇るので視力を補ってくれるのは嬉しいが、耳に水が入らないようにというのは流石にやりすぎではないだろうか。
普通に入浴していて、それほど耳に水が入ることなどないと思うのだが。
「それでは失礼致します」
そんなユウヤの気持ちをよそに、ファリアは静かにユウヤの額に手を当てて、短い言葉をいくつか口にする。
「すみませんでした。これで終わりです」
二つの魔法を使ったからだろうか? いつもよりも少し魔法を掛けるのに時間がかかった気がする。だが、そんなことよりも……。
「んっ、んんっ。なっ、なんだか、目が霞んでうまく前が見えないんだけれど」
耳の方は特になんともないのだが、眼鏡を外しても目の焦点が上手く合わない。
「魔法が馴染むまで、十分ほど掛かりますので、それまでは目を閉じたままでいて下さい。そして、申し訳ありませんが、私も準備を致しますので、浴室でお待ちしております」
ユウヤは頬に柔らかな感触を感じた。ファリアがキスをしてくれたのだろう。
「少々驚かれると思いますが、私とリナからの感謝の気持ちです。どうか、お楽しみ下さい」
どこか悪戯っぽい響きの言葉を残し、ファリアは浴室に行ったようだ。
いつものファリアなら、ユウヤの目が馴染むまで側に居てくれるはずなのだが、今日は特別な趣向とやらの準備が必要なのだろう。
少し時間を置いた後に目を開くと、先程までが嘘のように視野が明瞭なものになった。
「これはいいなぁ。効果が長く続くのならば、眼鏡が必要ないんだろうな。でも、魔法に頼りすぎるのもいいことではないだろうし……」
魔法という力はとても便利だと思うが、それに依存する用になってはいけないとユウヤは思う。簡易的なものではそれほどではないようだが、魔法は使用する者の力を消費するようだ。ファリアとリナにおいそれと使ってもらうには忍びない。
それに、魔法は神殿で長い修業の末に身につけることができる神性なものだとファリア達は言っていた。それを雑事に使うのは罰当たりというものだ。
「……よし。ファリア達を待たせる訳には行かないし、行くとするか」
期待と不安を半々に、ユウヤは浴室に足を運ぶことにした。
「特別な趣向って、一体なんだろう?」
シノさんがいないことは残念だけれど、ファリアとリナというこの上なく美しくも愛らしい少女を毎日抱くことができるだけで、ユウヤは自分がこの上なく幸せな男だと思っている。現状に感謝こそすれ、不満などまるでない。
だが、ファリア達が何をしてくれようとしているのかは興味深い。
「ははっ。なんだか少し緊張するな」
ユウヤは気持ちを落ち着けて、脱衣所へのドアを開ける。
だがそこには二人の姿はない。もう浴室に入っているのだろう。
『ユウヤ様、お待ちしておりました』
「わっ!」
頭に直接響いてくる言葉に、ユウヤは思わず驚きの声を上げる。
『申し訳ございません。驚かせてしまいまして。ですが、これは魔法の力でユウヤ様の頭に言葉を届けているだけですので、ご安心下さい』
「あっ、ああ。そうなんだ。初めての感覚だったんで、びっくりしたよ」
ユウヤは言葉を口に出して、ファリアに応える。
『脱衣をお手伝いせずに誠に申し訳ありません。ですが、これもユウヤ様に今回の趣向を楽しんで頂くためですので、どうかお許しください』
「あっ、うん。分かったよ」
そう答えながらも、ユウヤは少し怪訝に思う。
家の大改修を行った際に浴室もかなり大きくした。だが、少し声を大きくすれば、ドア一枚で隔たれているだけなのだから、十分に声は聞こえるはずだ。わざわざ魔法を使う必要はないように思える。
「まぁ、ファリアもリナも、人を声だけで呼ぶようなことをしないのは知っているけれど」
ユウヤに用事がある際には、ファリアもリナも必ず自分から側にやってくる。決して呼びつけるようなことはしない。きっと神殿での教育がしっかりしたものだったのだろう。
「趣向とやらのためにやむを得ずと言ったところだろうけれど、本当に何なんだろう? ここまで大掛かりなことをするなんて……」
考えても答えが出ないことを悟り、そしていつまでもファリアとリナを待たせるわけには行かないので、ユウヤは衣類を脱いで衣類籠にそれを入れると、意を決し、すりガラスになっている浴室のドアを開ける。
「あれっ? 随分湯気が出ているな……」
湯気で前が見えにくい。まるで湿式サウナのようだ。だが、少し内部に足を進めると、二人の人影が見えた。
そして、ユウヤは腰が抜けそうなほど驚くこととなったのだった。
リナの至極もっともな質問に、ファリアは頭を片手で抑える。
「……言いたいことはよく分かります。流石に私も、これはどうかと思いますので……」
いつものテーブルで向かい合って相談をするのは、ファリアとリナの二人。平日の昼間だということで、二人の夫であるユウヤは仕事で留守だ。
本来ならばここに、もう一人の妻であるシノがいるはずなのだが、彼女は二週間前に自分たちに後のことを任せて旅に出てしまった。
「もしもここにシノが居たら、絶対に反対したと思います。ですが、今は私達しか居ないわけですし……。その、最近あまり元気のないユウヤ様をお慰めしたいのです」
シノが居なくなってからというもの、やはりユウヤは寂しそうだ。
もっとも、決して口にするつもりはないが、ファリア自身も張り合いが減ってしまった気がして、少し寂しく思っている。
「シノさん。お元気だと良いのですが……」
人懐っこいリナは、シノにも可愛がられていた。寂しさもひとしおだろう。
「あの人のことです。きっと大丈夫なはずですよ」
ファリアはリナに微笑みかけて、コホンと咳払いをする。
「リナ。私達は、シノにユウヤ様の事を任されているのです。シノが私達に言っていた三つの事柄を守るためにも、やはり多少の恥ずかしさを堪えることも大事なのではないでしょうか?」
シノがファリア達に頼んでいった三つの事柄は、シノが戦いに赴いたことを誰にも教えないことと、『約束の日』と呼ばれる月に一度のその日に決して外に出ないこと。そして最後の一つが、これ以上ユウヤが妻も妾も増やさないようにすることだ。
シノが居なくなって、ユウヤの夜の相手をするのは、ファリアとリナの二人だけになった。そのことをユウヤが不満に思ってはいないと信じているが、この周りが女だらけの状況だ。いつ悪い虫がつくか分かったものではない。
「その、これは最近読んだ書物の知識ですが、夫婦生活にも新しい刺激がないと愛情が薄まってしまうことがあるそうなのです」
「えっ? そうなのですか?」
驚くリナに、ファリアは小さく頷く。
「はい。ですから、ユウヤ様の寵愛を今後も賜ることができるように、私達は努力を忘れてはいけないのです」
「……でっ、ですが……。結婚をして神殿に仕えるシスターではなくなってしまいましたが、私達はフォルシア様の信徒です。そっ、そのようなはしたない行いは……」
リナの言いたいことはよく分かる。それに、これも最近読んだ書物の知識だが、羞恥心を無くしてしまうのも良くないことなのらしい。
自分のものだという安心感を持って頂いたうえで、いつまでも欲しいと、もっと手に入れたいという渇望を抱かせる女でいることが妻には求められるらしいのだ。
「本当にはしたない行為だと思います。ですが、ユウヤ様に他の女性がこのような行いを先に行ったらどうしますか? そのことでユウヤ様がその女性に心移りをしてしまったとしたら……どうしますか?」
「そっ、それは……」
「私達のことを、ユウヤ様は本当に大切にしてくれています。ですから、今朝もこんなことまで……」
机の上の、二つの宝物を見て、ファリアとリナは、自分がどれほど深く夫に愛されているのかを痛感した。
第九章 日常
それは、ちょうど今朝の朝食を終えた時だった。
「ファリア、リナ。ちょっといいかな?」
テーブルの上を片付け、食器洗いを始めようとしていたファリアとリナは、ユウヤにそう呼び止められた。
「はい。どうかなさいましたか? ユウヤ様」
「何か食事に問題でもありましたか?」
ファリア達が不安げな顔をすると、ユウヤは苦笑する。
「そんなことはないよ。食事はいつもどおり最高だった。ただ、その、二人に渡したいものがあるんだ」
ユウヤはそこまで言って自分の部屋に戻ったかと思うと、大きな包みを二つ持ってまた居間に戻ってきた。
「今日はこの街の豊饒祭らしい。年越しのお祝いを除けば、これが今年最後のお祭りらしいんだ。だから、この機会がいいかなって……」
ユウヤは困ったような笑顔で、包みを一つずつファリアとリナに手渡してくれた。
「ファリア、リナ。二人とも、いつもありがとう。大したものではないけれど、どうか受け取って欲しい」
思いもしなかった夫からの贈り物に、ファリアとリナは驚き、お互い目を合わせて、手にした包みに視線を移す。
「開けてみて。気に入ってくれるといいのだけれど」
ユウヤに促されて、ファリア達は丁寧に包みをテーブルに置き、頷きあって開封する。
「えっ、ええっ。こっ、これは……」
リナの驚く声に、ファリアは開封する手を止めて、彼女宛の贈り物に目を移す。
その贈り物の内容を確認して、ファリアはリナが驚いた理由を理解した。彼女の手にしているのは、真ん中に持ち運べるような取っ手が付いた少し大きめの木製の箱だったのだ。きっと、この箱の中身は……。
「あっ、ああ……」
リナは目を輝かせて、箱を真上から左右に開けてみる。少し変わった開け方の箱だが、リナはその構造を理解していた。
箱を開けると、そこには真新しい裁ち鋏や針といった裁縫道具一式と、色とりどりの縫い糸がそこに収められている。
「ゆっ、ユウヤさん。こっ、これを、私が頂いてしまってもよろしいのですか?」
驚きと興奮を隠せないリナに、ユウヤは嬉しそうに「もちろんだよ」といって頷いた。
裁縫道具の一式は、女のたしなみとして誰もが持っているものだ。だが、リナの裁縫道具は、先輩からのお下がりを使用していたため、かなりどの道具も劣化が激しく、ファリアが自分の裁縫道具を貸したりすることも頻繁にあるほどだった。
また、これはファリアも同じだが、裁縫糸も必要なものを仲間のみんなで共有して使っていたらしく、保有している糸の種類も多くはなかった。
普段から裁縫が得意で、大好きなリナ。そこに手つかずの真新しい裁縫セットを一式贈って貰えたのだ。これほど嬉しい贈り物はないだろう。
「ふふっ。良かったですね、リナ」
「はい。はい……」
感極まってしまったのか、リナはぽろぽろと涙を零して喜んでいた。
微笑ましげにリナを見ていたファリアだったが、自分の贈り物の開封がまだだったことに気づいて、包みを開ける。すると木製の箱が出てきた。だが、リナの裁縫箱とは違う簡素な箱だ。きっとこの中身を保護するためだけの箱なのだろう。
少し緊張した面持ちで、ファリアは箱を開ける。するとそこには、バッグが収められていた。
「これは……」
ファリアは丁重にバッグを取り出す。それは普段彼女が使っている布製のバッグではなく、革製のものだった。
デザインも素敵で、そして何よりもこの大きさがとても素晴らしい。
「いつもファリアが使っている物が少し傷んできているみたいだったのと、ちょっとした買い物にも同じバッグを使っているようだから……。
一応、君に似合うようにと思って、デザインしてもらったんだけれど、どうかな?」
その言葉を聞き、ファリアは慌ててユウヤの顔を見る。
「なっ! ゆっ、ユウヤさん。こっ、これは!」
ファリアが声を上げるよりも先に、リナが驚きの声を上げた。
リナが手にしている物にファリアは視線を移す。彼女が手にしているのは、虹色に輝く美しい針だった。
「えっ、え~と。リナがその針を欲しがっているって聞いたものだから。……その、ごめんね。一本だけしか買ってあげらなくて……」
「そのようなことを仰らないで下さい。こっ、こんな素晴らしい針を、私なんかに……」
ファリアはリナの手にしている針が、七色銀と呼ばれる金属で出来たものだと理解する。
七色銀はめったに産出しない金属だが、美しいだけではなくとても硬度が高い。そのため、その金属から出来た針は、布だけではなく、革細工にも使えるのだ。
ファリアも一度だけ七色銀の針を使ったことがあるが、軽い力で厚い革も簡単に穿ち、布のように縫う事ができた。
美しさと実用性の共に優れたこの針を持つことは針仕事を行う者の一つのステータスになっているほど。
ユウヤ様は申し訳なさそうに言うが、一本でもかなりの金額になるはずだ。いや、それを言うのであれば、自分が今手にしているこの革のバッグだ。
「ユウヤ様。私にと頂いたこのバッグですが、オーダーメイドなのですか? それにこの革もかなりいいもののようですが……」
嬉しさよりも申し訳ない気持ちが、ファリアにはこみ上げてきてしまう。
「ああ、うん。君に似合いそうなバッグというものが、僕にはよく分からなかったんで、専門の職人さんに相談してみたんだ。そうしたら、その職人さんが街で君のことを見かけたことがあったらしくて、喜んで仕事を受けてくれてね」
「そういったことをお聞きしているのでは有りません。リナだけでなく、私にまでこのような高価なものを……」
ファリアの言葉に、ユウヤは苦笑する。
「ああ、大丈夫だよ。これは僕のお小遣いの範囲で全部支払っているから」
その言葉に、ファリアだけでなくリナも目を大きく見開く。
「何ヶ月か貯めた分だけだから、そう大した額じゃないんだ。だから気にしないで。本当はもう少し質の良いものを贈りたかったんだけれどね」
シノとも相談し、ユウヤ様に自由に使えるお金を毎月渡している。付き合いなどを鑑み、それなりの金額を渡してはいるが、その殆ど全てを当てなければ、こんな高価な贈り物は用意できなかったはずだ。
「そんな、ユウヤ様。毎月お渡ししているお金は、ユウヤ様がご自身のために使うべきお金です。それなのに、私達に……」
「ファリアさんの言うとおりです。私達のことを気にかけてくださるのはとても嬉しいですが、もう少しご自分のことを考えて下さい」
ファリアとリナの言葉に、ユウヤは苦笑したまま首を横に振る。
「僕は自分のためにお金を使っているよ。大切な君たちにプレゼントを贈りたいというのが、僕の一番の望みだからね」
ユウヤはそう言うと、少し寂しげな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「僕の居た国には、毎年年末近くに、大切な人に贈り物をする日があるんだ。とは言っても、恋人の一人もいなかった僕には、ケーキと鶏肉を食べる日くらいでしかなかったんだけどね。
でも、今は、僕にも君たちがいる。贈り物を贈る事ができる、贈りたいと思う大切な人がいる。その事が嬉しいんだ。だから、どうか受け取ってくれないかな?」
「ですが、私達は常日頃からユウヤ様に良くして頂いております。その上、このようなことまでして頂いては……」
「はい。して頂くばかりで、何もお返しできません。それはであんまりです」
恐縮するファリアとリナの頭に優しく手を置いて、ユウヤは微笑んだ。
「そんな事はないよ。いつも二人にはとても感謝しているんだ。君たちがいてくれて、僕はとても幸せだよ」
ユウヤの言葉に胸が一杯になって、ファリアとリナは言葉を発することが出来なかった。
少しの沈黙の後、ユウヤが口を開く。
「そろそろ出かけないと遅刻してしまうから、行くね。今日は豊饒祭をお祝いする飲み会があるから、少し遅くなると思う。夕食も済ませてくるから、後のことはお願いするよ」
そう言って踵を返して玄関に向かおうとする夫を、ファリアとリナは慌ててお見送りをした。飲み込めずにいる、嬉しさと申し訳無さを胸に。
◇
満天の星空を見上げながら、ユウヤはランプ片手に我が家に向かって足を進ませる。最初の一杯に付き合いで久しぶりにビールを飲んだものだから、ほろ酔い気分だった。
「やっぱりだいぶ寒くなってきたな」
コートのおかげでだいぶ防寒されていても、頬に当たる風に冷たさを感じる。
「シノさんは大丈夫かな?」
ファリア達が心配すると思い、努めてシノの話題はあまり口にしないようにしているが、一日として彼女のことを忘れたことはない。
早く、彼女の元気な姿が見たいと思ってしまう。
「ああっ、でも、ファリアとリナが居てくれて、僕は本当に助かっているな。もしも今までみたいに一人だったら、寂しさに耐えられなかったかもしれない」
愛しい二人の妻に感謝をし、ユウヤは足を進める。そして、我が家に明かりが灯っていることを確認し、この現状に心から感謝をする。
「幸せだな、本当に。でも、こんなに幸せでいいのかな? 僕なんかが……」
悪い癖なのは自覚している。けれど、どうしても自虐の言葉を口にしてしまう。それは、あまりにも辛い時間が続いたから。
けれど、少しずつだが、その心の傷も癒やされていっている気がする。それは、大切な三人の妻のおかげだ。
今朝、感謝のプレゼントを送った際に、ファリアとリナは恐縮していた。けれど、それは逆だとユウヤは考える。
二人の献身的な想いに、普段の自分は何も返せていないのだ。だから、たまには何かをお返ししなくては、罰が当たると思うのだ。
「シノさんが帰って来たら、何を贈ろうかな? 物だとシノさんは遠慮してしまいそうだから……」
なんて幸せな悩みだろうか。
大切な女性に、掛け替えのない妻への贈り物で頭を悩ますことができるなんて。
「おかえりなさいませ。ユウヤさん。お疲れさまでした」
「おかえりなさいませ。カバンをお持ちします」
こうして家に帰れば、温かく迎え入れてくれる。
ああ、本当にこれ以上の幸せはない。
どうして、自分がこの世界にいるのかはまったくわからないけれど、自分は果報者だ。
どうか、一日でも長くこの幸せな日々が続いてほしい。
ユウヤはそう願わずにはいられなかった。
「ふぅ~。ようやく一息つけたよ」
ファリアの淹れてくれた紅茶を飲み干し、ユウヤは息を吐いた。
慣れ親しんだ人達との飲み会。そして、それも過度に騒ぐのではない上品なものだったので、ユウヤも楽しめたのだが、やはり普段と違うことをするのは疲れるものだ。
「あれっ、ファリア。さっきからリナの姿が見えないけれど、どうかしたのかな?」
厨房で明日の朝食の用意をしているでもなく、自分の部屋にいる様子もない。普段ならファリア以上に、ユウヤの側にいることが多いのに。
「はい。リナはお風呂の用意をしております」
ファリアはそう言って静かに椅子から腰を上げて、ユウヤの背中に回ったかと思うと、そのまま椅子越しにユウヤを背中から抱きしめてしなだれてくる。
「ユウヤ様、明日は豊饒祭でお仕事はお休みですね。そして、昨日は休息日でしたので、今日はリナと二人でご奉仕をさせて下さい」
熱くて甘い吐息混じりに、ファリアは耳元で囁いてくる。
「あっ、その、うん。頑張るよ」
ファリアの夜の誘いを嬉しく思いながらも、ユウヤは二人を同時に相手するために心の内で気合を入れる。
「そのように肩に力を入れずとも大丈夫です。今晩のユウヤ様はお客様ですので、私達に全てをお任せ下さい。お疲れのユウヤ様を精一杯癒やさせて頂きますので」
「おっ、お客様? えっと、それってどういう……」
言葉の意味が分からずに尋ねると、しかしファリアは妖艶に微笑み、
「今日は趣向を凝らしまして、いつもとは異なり、入浴もご一緒させて頂きたく思います。そして、そのために二つの魔法をユウヤ様に使わせて下さい」
そう答えにならない答えを口にする。
「……よくわからないけれど、その、今日は三人でお風呂に入るところから始めるってことだよね? そして、その趣向とやらに魔法が必要になるのかな?」
ユウヤの問に、ファリアは微笑み、「はい」と頷く。
「使用する魔法の主な効果ですが、まずは、ユウヤ様は目がよろしくありませんので、それを補うための魔法です。あまり長時間は効果がないのですが、入浴中は効果が続くはずです。
そして、もう一つが、お耳に水が入らないようにする魔法です。これで、ご入浴を安心してお楽しみ頂けると思います」
「あっ、うん。分かった」
そう答えながらも、ユウヤは流石に過保護ではと感じる。
眼鏡が曇るので視力を補ってくれるのは嬉しいが、耳に水が入らないようにというのは流石にやりすぎではないだろうか。
普通に入浴していて、それほど耳に水が入ることなどないと思うのだが。
「それでは失礼致します」
そんなユウヤの気持ちをよそに、ファリアは静かにユウヤの額に手を当てて、短い言葉をいくつか口にする。
「すみませんでした。これで終わりです」
二つの魔法を使ったからだろうか? いつもよりも少し魔法を掛けるのに時間がかかった気がする。だが、そんなことよりも……。
「んっ、んんっ。なっ、なんだか、目が霞んでうまく前が見えないんだけれど」
耳の方は特になんともないのだが、眼鏡を外しても目の焦点が上手く合わない。
「魔法が馴染むまで、十分ほど掛かりますので、それまでは目を閉じたままでいて下さい。そして、申し訳ありませんが、私も準備を致しますので、浴室でお待ちしております」
ユウヤは頬に柔らかな感触を感じた。ファリアがキスをしてくれたのだろう。
「少々驚かれると思いますが、私とリナからの感謝の気持ちです。どうか、お楽しみ下さい」
どこか悪戯っぽい響きの言葉を残し、ファリアは浴室に行ったようだ。
いつものファリアなら、ユウヤの目が馴染むまで側に居てくれるはずなのだが、今日は特別な趣向とやらの準備が必要なのだろう。
少し時間を置いた後に目を開くと、先程までが嘘のように視野が明瞭なものになった。
「これはいいなぁ。効果が長く続くのならば、眼鏡が必要ないんだろうな。でも、魔法に頼りすぎるのもいいことではないだろうし……」
魔法という力はとても便利だと思うが、それに依存する用になってはいけないとユウヤは思う。簡易的なものではそれほどではないようだが、魔法は使用する者の力を消費するようだ。ファリアとリナにおいそれと使ってもらうには忍びない。
それに、魔法は神殿で長い修業の末に身につけることができる神性なものだとファリア達は言っていた。それを雑事に使うのは罰当たりというものだ。
「……よし。ファリア達を待たせる訳には行かないし、行くとするか」
期待と不安を半々に、ユウヤは浴室に足を運ぶことにした。
「特別な趣向って、一体なんだろう?」
シノさんがいないことは残念だけれど、ファリアとリナというこの上なく美しくも愛らしい少女を毎日抱くことができるだけで、ユウヤは自分がこの上なく幸せな男だと思っている。現状に感謝こそすれ、不満などまるでない。
だが、ファリア達が何をしてくれようとしているのかは興味深い。
「ははっ。なんだか少し緊張するな」
ユウヤは気持ちを落ち着けて、脱衣所へのドアを開ける。
だがそこには二人の姿はない。もう浴室に入っているのだろう。
『ユウヤ様、お待ちしておりました』
「わっ!」
頭に直接響いてくる言葉に、ユウヤは思わず驚きの声を上げる。
『申し訳ございません。驚かせてしまいまして。ですが、これは魔法の力でユウヤ様の頭に言葉を届けているだけですので、ご安心下さい』
「あっ、ああ。そうなんだ。初めての感覚だったんで、びっくりしたよ」
ユウヤは言葉を口に出して、ファリアに応える。
『脱衣をお手伝いせずに誠に申し訳ありません。ですが、これもユウヤ様に今回の趣向を楽しんで頂くためですので、どうかお許しください』
「あっ、うん。分かったよ」
そう答えながらも、ユウヤは少し怪訝に思う。
家の大改修を行った際に浴室もかなり大きくした。だが、少し声を大きくすれば、ドア一枚で隔たれているだけなのだから、十分に声は聞こえるはずだ。わざわざ魔法を使う必要はないように思える。
「まぁ、ファリアもリナも、人を声だけで呼ぶようなことをしないのは知っているけれど」
ユウヤに用事がある際には、ファリアもリナも必ず自分から側にやってくる。決して呼びつけるようなことはしない。きっと神殿での教育がしっかりしたものだったのだろう。
「趣向とやらのためにやむを得ずと言ったところだろうけれど、本当に何なんだろう? ここまで大掛かりなことをするなんて……」
考えても答えが出ないことを悟り、そしていつまでもファリアとリナを待たせるわけには行かないので、ユウヤは衣類を脱いで衣類籠にそれを入れると、意を決し、すりガラスになっている浴室のドアを開ける。
「あれっ? 随分湯気が出ているな……」
湯気で前が見えにくい。まるで湿式サウナのようだ。だが、少し内部に足を進めると、二人の人影が見えた。
そして、ユウヤは腰が抜けそうなほど驚くこととなったのだった。
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