まほう使いの家事手伝い

トド

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第一章 『私のまほう使い』

⑯ 『逃走(とうそう)』

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 どうして? どうしてここにポールがいるのだろうか?
 何がどうなっているのかまるで分からない。

「ポール!」
「アミィ! 他のみんなも、早くげるだ!」
 ポールはそう言ったけれど、私達は戸惑とまどうばかりで何も出来ない。
 かれのことを知っている私でもそうなのだ。他の女の子たちは余計にその言葉には従えないはずだ。

「早く! あのおっかねぇ医者が言っていただ。アミィ達みんなを、今晩、生贄いけにえとかいうものにするって!」
 私達が動かないことに困ったポールは、そう言ってしまった。私が今まであえてかくしていたことを、みんなに聞こえるように言ってしまったのだ。

「……いっ、生贄?」
「こっ、今晩? そんな、私達……」
 まずい! まずい、まずい、まずい!
 みんなが知ってしまった。もう残された時間は少ないんだって。このままでは私達は死んでしまうんだって。
 
 でも、もう、どうしようもない。アゼルが来てくれるまでここで待つように言っても、みんなは決して言うことを聞いてくれないだろう。それなら、どうすれば良いのだろうか?

「オラは頭が悪いけれど、兵士の一人くらいなら倒せる! とにかくここからげねぇと駄目だめだ!」
 ポールは、きっとかれが気絶させたらしい見張りの一人をみんなに見せて言う。

「……みんな、げましょう。げないと……。私達は!」
 私が何かを言う前に、ミリアさんがそう言った。
 ただ、それはよく考えて言った言葉じゃあない。ミリアさんはふるえて泣いていたのだ。今まで自分が一番年上だからと我慢がまんしていた気持ちが限界になっただけだ。

「あっ、あああ! いやだ、助けて、お母さん、お父さん!」
「いやぁぁぁぁっ!」
 みんなにミリアさんの戸惑とまどいが、恐怖きょうふが、伝わって、みんなパニックになりながらポールの方に、いや、かれをすり抜けて家を出ていく。

駄目だめだ、そっちじゃねぇ。そっちは危ねえだ!」
 ポールがあらぬ方向にげようとする子はつかまえてくれたけれど、もう今更いまさらみんなを止めることは出来ない。

「ポール! 逃げるのなら、あなたが先頭をお願い! 私が一番後ろになって、みんながはぐれないように注意するから!」
 もう辺りが暗くなり始めている。こんな状況じょうきょうで森に入るのが危険なのは子どもの私だって分かっている。でも、もうどうしようもない。

「ミリアさんは、ポールのすぐ後ろについて! 大丈夫だいじょうぶ、きっと途中とちゅうで、私がさっき言っていた魔法まほう使いが助けに来てくれるはずだから!」
 私は自分に言い聞かすように言い、ミリアさんを通じて、これ以上みんながバラバラに成ってしまうのを防ぐ。

「ポール! 歩きながらでいいから、なんであなたがここにいるのか、教えて!」
 私の言葉にポールはうなずき、「さぁ、げるだ」と言って行動を始める。

 こうして、私達はげ出した。
 でも、私はこの逃走とうそうが上手くいくとはどうしても思えなかった。









 私達は森に入ってげながら、ポールの話を聞いた。
 かれの話によると、セリーナはポールに、次の出番は、私達を生贄いけにえにするときだと言って、家で待機しているように命令した。

 まさか、子どもの命をうばおうと考えているとは思わなかったポールは、自分がその手伝いをしてしまったことを後悔こうかいし、私達を助けるために、食事を取りに見張りの一人がいなくなったすきをついて助けに来てくれたのだという。まだ、背中の傷もえていないというのに。

 ポールの行動はとてもうれしい。お母さんのこともあるのに、私のことを心配してここまでしてくれたのだから。でも、やっぱりこの時間に森に入るのは危険だと思う。いや、でも、他に方法がないのも分かるし……。

(アゼル……。後でいくらでも謝るから。お願い、私達を助けて……)
 私は懸命けんめいに心のなかでアゼルに願ったけれど、やっぱりアゼルは来てくれない。

「こっちだ! こっちから声が聞こえるぞ!」
 森に入ってすぐに、私達は見張りに見つかってしまった。

 それも仕方がない。ただでさえ人数が多く、みんなは私とちがって足がおそい。加えて、ポールの大きな体は目立つのだ。
 かといって、森の道はポールも一本しか知らない。そこをけるわけには行かない。そんな事をしたら間違まちがいいなく迷ってしまうから。

 でも、追手からげているうちに、だんだんそうも言っていられなくなった。私達はどんどんめられていき、そのうち、どこに向かっているのか分からなくなってしまった。
 そして、私達はどんどん体力を失い、やがてそこにたどり着いてしまった。


 もう、日が完全に落ちそうだというのに、向かう先が明るくなっている。
 そこに進むのは危険だと分かっているのだけれど、後ろから聞こえる追手の声に追われてつかれ切った私達は、光によっていく虫みたいに、そこに向かって歩いていく。すると……。

「あら、あら。ピクニックは楽しかったかしら?」
 いやな声が聞こえた。聞きたくなかった女の人の声。

「なっ、なんで……」
 ポールの言葉は、私たちみんなの思いだった。
 光の先には、セリーナと領主様が立っていたんだ。

「本当にアミィちゃんは未熟ね。まぁ、二流以下のまほう使いの、弟子でさえない家事手伝いじゃあ、仕方ないのかしら?」
 セリーナは私とアゼルをバカにし、指をパチンと鳴す。
 すると、セリーナと領主様の後ろに、十人ほどのけんよろいを身に着けた人が現れた。

「気が付かなかったでしょう? あの場所には、私と領主様、そしてあなた達しか人間は居なかったのよ。他は全部、私の魔法まほうで作った、お・人・形。だからね」
 さらにセリーナが指を鳴らすと、声が聞こえた。

 それは、私達がこれまで聞いてきた、私達を追ってくる人たちの声だった。

魔法まほうにはこんな使い方もあるのよ。そして、それを利用すれば、人を使わなくても、自分の思うように相手を誘導ゆうどうすることができるのよ。特にポールのような、頭の悪い人間はね」
 セリーナは楽しそうに笑う。

「私が一番危険だと思ったのはねぇ、あなた達をここまで運ぶ間に、バラバラにげられることだったのよ。魔法まほうで作ったお人形はあまり細かな動きはできないからね。
 だから、ポールを、お馬鹿ばかさんを利用したの。あなた達をがすつもりで、ここまで連れてきてくれるようにね」

 セリーナの話を聞いて、私はくやしくて仕方がない。
 でも、なんの力もない私にはどうしようもなかった。

「……すまねぇ。みんな、すまねぇだ。オラの、オラのせいで……」
 ポールはそう言ってみんなに謝る。
 けれど、私をふくめて、もうみんなそれになんの反応も出来ない。森の中を散々歩き回って、もうみんな体力が限界だったんだ。
 
「見えるかしら、この光? これがこの森にねむっている<マジックガイザー>の一部。でも、このままでは大地にしっかり固定されているので、力を引き出せないの。そこで、ここに年若い女の子をほうんで、別の経路を作ってあげないといけないのよ。
 なーんて、難しいことを言っても分からないわよね? まぁ、ここにいるみんなは死んじゃうから、覚えなくてもいいわよ」
 セリーナは笑う。本当に楽しそうに。

 それを聞いた、ミリアさん達が声を上げて泣く。
 もうどうしようもないことを、みんな分かってしまったんだと思う。

 ポールの泣きながら謝る声。ミリアさんたち女の子の鳴き声。セリーナの笑い。声を上げずにうれしそうに笑みをかべる領主様。

 森の中の、夜とは思えない明るさのその場所で、そんなひどい事が起こっていた。

 でも、アゼルは来てくれない。
 そこで、私はようやく、アゼルが私を助けてはくれないのだと理解した。

「さて、アミィちゃんたちはまだ利用価値があるけれど、もうあなたは用済みね」
 笑いを止めたセリーナは、低い声でそう言うと、手のひらをポールに向けた。すると、

「なっ! なんだ! オラの体が!」
 大きなポールの体が、上に、空に向かって上がって行った。
 そう、どんどん高く、どんどんどんどん。

「そうそうポール。私は優しいから、約束どおり、あなたのお母さんだけは助けてあげるわね。というか、毒を与え続けるのも面倒めんどうだから」
「毒? 毒ってどういうことよ!」
 私は聞き捨てならない事を聞き、セリーナに向かって叫ぶ。

「ふふっ。私が、ポールのお母さんに毒を飲ませていたのよ。かれと知り合う前からこっそりと。そして、病気だと思わせていたの」
「なんで、なんでそんなひどいことを!」
 私には信じられなかった。そんなことを平気でできる人がいることが。

「私達の計画ではね。あなた達をさらって来たのはポールという事になっているの。かれが子どもをさらって良からぬことをしようとしていた。それに領主様と私が気づいて助け出そうとしたけれど、彼は最後の悪あがきに森に火を放って子どもたちもろとも死んでしまいました。めでたしめでたし、という内容のね」
「何よ! 何よそれ! 全部あなた達が……」
 私はいかりで頭が沸騰ふっとうしそうになる。
 こんなことが許されて良いはずがない。

「はい。楽しい答え合わせはここまで。それじゃあ、さようなら、ポール」
「やっ、止めて!」
 私はセリーナが何をしようとしているのか分かり、声を上げたけれど、セリーナはそんな私にニッコリ微笑ほほえみ、ポールに手のひらを向けるのを止めた。

「あっ、うわぁぁぁぁぁっ!」
 悲鳴とともに、空高くかび上がったポールの体が落ちてくる。あんな高さから落ちたらどうなるかは、私にだって分かる。

「止めて! 止めてよ! ……助けて……。助けて、アゼル!」
 私は泣きながら声を上げて、落ちてくるポールをただ見ていることしか出来なかった。
 そして、地面にポールの体がぶつかろうとするときに、目をつぶった。

「なっ!」
 けれど、予想していた地面にぶつかる音は聞こえなかった。その代わりに聞こえたのは、セリーナのおどろく声。

 私はおそおそる目を開ける。すると、そこには……。

 右手を上げて風を起こし、ポールの体を支えた赤いかみの男の人が立っていた。
 いつも代わり映えしない、赤いジャケットに黒のシャツ。そして淡い緑のズボン。
 見慣れていたはずなのに、久しぶりに見るような気がして、私はなみだこらえられなかった。

「来てくれた……」
 私はうれしくてなみだをこぼす。
 そこに立っていたのは、私の大切な人。魔法まほう使いのアゼルだった。
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