彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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特別編

特別編⑤ 『仮装と乙女心』(後編)

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 夕食時を過ぎた頃。
 もう秋ということもあり、日は短いので、辺りは薄暗い。
 
 だが、今日この日に限っては、至るところに明かりが灯され、街全体が明るく華やかだ。

 そんな中、メルエーナは<パニヨン>の店先に作られた簡易調理台で、かぼちゃのスープを温め、それを配っていた。

 そう。配っていた。
 バルネアの意向で、こういった催し物の際には、いつも店を繁盛させてもらっているお礼にと、お金を取らずに料理を提供しているのだ。

 けれど、無料の料理とはいっても、そこはあのバルネアの料理である。一切の手を抜かずに作られたスープは絶品としか言いようがなく、本通りから少し離れたこの店にまで、お客さんがひっきりなしにやってくるのだから、その人気の高さはすごいものだ。

 去年と同じ魔女の仮装をしたバルネアとヴァンパイアの仮装をしたジェノとともに、メルエーナはスープを提供し続ける。

 やはりというか、必然というか、スープを貰いに来た女性客にジェノの仮装は大評判で、黄色い声が上がるたびに、メルエーナはなんとも言えない不安感を覚えてしまう。 

「トリック・オア・トリート!」
 かぼちゃのお化けに仮装した子どもたちが、楽しそうにお決まりの言葉を口にしてきた。

 バルネアとスープを配る役目を交代して、店の入り口に置かれた休憩用の椅子に座って一休みしていたメルエーナは、そんな子どもたちのために、ポケットに山程入れたクッキーの小袋を一つずつ渡してあげる。

「ありがとう、神官のお姉ちゃん!」
「ありがとう!」
「ありがとうございます!」
 子どもたちは笑顔でお礼をいい、次の得物目掛けて走っていく。
 そんな子どもたちを慌てて追いかける、親たちの苦労も知らずに。

(……本当に、私がこんな格好をしていていいのでしょうか?)
 メルエーナも当然仮装をしている。
 しかしその姿は、去年までの魔女ではなく、神官の姿だった。

 正しくは、神官見習いの服装なのだが、そんな細かな差異しかない衣装の違いは関係者以外は分かるはずもなく、メルエーナは今日一日だけは、リーシス神殿の神官様なのである。

 先日の、『話し合い』と言う名の強要で、イルリアの案に出てきた、神官の格好をしたメルエーナを見てみたいとみんなに言われ、強引にパメラのお古を借りることになってしまったのだ。

 神殿関係者でもないのに、このような格好をすることが許されるのか疑問……というか、絶対に許されないと思うが、神官様であるパメラが、

『可愛いから良し! これで、メルを目的に助平心を抱いた若い男の子が入信してくれば、リーシス様は大喜び間違いないわ!」

 と力強く言っていた。
 メルエーナは、自らの信仰する女神リーシスが分からなくなってくる。

(ですが、ジェノさんもバルネアさんも、似合っているって言ってくれましたし……)
 特にジェノが珍しく自分の服装を気にかけてくれたことが嬉しくて、メルエーナは服を貸してくれたパメラに感謝をし、この姿が見たいと言ってくれた友人二人にも感謝をする。

 自分はバルネアさんと交代してもらったが、ジェノがずっとスープを配り続けているので、メルエーナは彼と交代して休んでもらおうと思い、腰を上げた。

 だが、そこに思わぬ声がかかった。

「やっほー、メル。冷やかしに来たわよ」
 神官服を着たパメラが、あまりにも気安い口調で声を掛けてきた。

「パメラ! もう少し物言いを考えなさいよ」
 パメラの隣りにいる、彼女と同じ年頃の、メガネを掛けた短い金髪の神官服の女性が、パメラを窘める。

「ええっ~。いいじゃない。ハロウィンの、お祭りのときぐらいさぁ~」
「いいわけないでしょうが! 貴女も神官なのですから、自分の立場を考えなさい!」
「はーい。すみませんでした。ナーシャ様。以後気をつけまーす」
「全く反省していないわね、まったく、もう……」
 ナーシャと呼ばれた女性は、パメラの友人のようで、二人は軽口を交わしている。

「あっ、ごめんなさい。挨拶が遅れました。はじめまして。パメラと同じ、女神リーシス様にお仕えする神官で、ナーシャと言います」
 メルエーナのナーシャに抱いた第一印象は、少し気難しそうな女性だったが、笑顔を浮かべると途端にそれが親しみやすいものに変わった。

「はじめまして。私は、メルエーナと申します」
 メルエーナも慇懃に礼をし、挨拶を返す。

「なるほど、これは逸材ですね……」
「えっ?」
 メルエーナを見ているナーシャが、すっすっすっ、と左右に移動し、メルエーナをいろいろな角度から観察し始める。

「ふふ~ん。やっぱりメルは可愛いものね。どう? インスピレーションは湧きそう?」
「ぬぅ、これはいい! かなりいいですよ、パメラ!」
 ナーシャが興奮気味にメルエーナの手を取る。

「メルエーナさんでしたわね? どうでしょうか? 貴女は、お芝居に興味はございませんか?」
「えっ? えっ?」
 突然の申し出に、メルエーナは困惑する。

「ああ。このナーシャは、女神リーシス様を布教するための広報の仕事を主にやっている神官で、舞台なんかも手掛けているのよ。ただ、ここのところスランプ気味で、いいお話が考えつかないと悩んでいたから、可愛いメルの姿を見ればなにか閃くのではないかと思って、連れてきたのよ」
 パメラがそう説明してくれたが、メルエーナは「そっ、そうなんですか……」と言う他なかった。

「これは、間違いなく主役級の可愛さですね。そして、あちらの吸血鬼の仮装をした見目麗しい殿方が……」
「ええ。あの男の子がジェノ君よ。メルエーナのいい人になる予定の」
「ぱっ、パメラさん……」
 ジェノからは少し距離が離れているから聞こえることはないだろうが、それでも恥ずかしくて、メルエーナはパメラを窘める。

「……なるほど、可愛らしい神官見習いと吸血鬼。……神官見習いの少女に吸血鬼を退治させ……。ぬぅ、捻りが足りないですね。ここは、やはり……」
 一方、ナーシャは顎に右手を当てて、ぶつぶつと何かを呟いている。

「あっ! パメラさん、ナーシャさん。来て頂いてそうそうで申し訳ないのですが、ジェノさんが働き詰めなので、私、交代しようと思っていたんです。ですから……」
「ああ、大丈夫だから早く交代してあげて。本当に冷やかしに来ただけだし、ナーシャはこうなったらしばらく自分の世界から戻ってこないから。
 それに、今晩のためにも、ジェノ君にはしっかりアピールしないと駄目よ」
「すっ、すみません!」
 メルエーナは深々と二人に頭を下げ、急いでジェノの元に駆け寄る。

 もっとも、メルエーナは今晩、友人たちが期待するようなことをするつもりは微塵もない。もちろん、今身に着けている下着も、普段と同じものだ。
 既成事実の捏造は論外だし、捨て身のバニーガールのコスチュームも却下。そして、あの下着を見せるなどもってのほかだ。

「ジェノさん、交代しましょう。少しは休んで下さい」
 予想していたが、ジェノは交代は必要ないと言った。だが、メルエーナは強引に休むように説得をし、なんとか交代することに成功する。

 スープを配るのが、バルネアとメルエーナに変わったことで、一部の女性陣が露骨に嫌な顔をしたが、メルエーナは見なかったことにして、スープを配る事に集中する。

 それから、しばらくは忙しいながらも平和だった。
 スープのストックも減っていき、最後のお客様にスープを入れて、めでたく用意していたストックが空になった。

 予め、ストックの量から判断し、並んでいたお客様にも残りが少ないことをお知らせしていたので、駄目元で並んでいたお客様達も、残念そうにはしながらも、文句を言わずに解散してくれた。

 だが……。

「ちょっと待てや! なんで俺の分がねぇんだよ! せっかく並んでやっていたのに!」
 かなりお酒が入っているらしい、中年の腹の大きな男性が、怒りの形相で、メルエーナに詰め寄って来た。

「すみません。用意していた分が全て無くなってしまいまして……」
 メルエーナはそう説明をし、その男性に頭を下げる。

「そんなことは聞いていねぇよ! なんで残りが少ないのなら、先に言わねぇんだって言っているんだ!」
 事前にバルネアさんが、何度も何度もストックが残り少ないことを皆さんに伝えていたのだが、酔いが回りすぎているせいか、この男性はそれを聞き逃したか、覚えていないらしい。

「この落とし前はどうつけ……つけて……」
 男性は足元がおぼつかないらしく、フラフラと体を揺らし、地面に尻餅をつく。

「大丈夫ですか?」
 人の良いメルエーナは、カウンターを飛び出し、男性に駆け寄り、起こして上げようとしたが、そこで、違和感を感じた。

 それは、大きななにかが、神官服のスカートの上から、自分のおしりを撫で回す感触だった。
 
「きっ、きゃぁぁぁぁっ!」
 メルエーナの絹を裂く声が響き渡る。

「へへへっ、代わりに、神官の姉ちゃんがサービスをしてくれよ」
 それとは対象的に、男性は下卑た笑みを浮かべて楽しそうだった。

 その、わずか数秒だけは……。

 メルエーナが、「止めて下さい!」と口にし、手を払おうとするよりも早く、男の姿がメルエーナの視界から消えていた。

 その代わり、メルエーナの隣には、漆黒の衣装を纏うジェノが立っていた。
 何かを全力で蹴り飛ばした状態で。

「じぇっ、ジェノさん……。はっ!」
 メルエーナがジェノの前に視線をやると、鼻をへし折られたのか、顔を真っ赤にしながら、おしりを天につきだす無様な格好で倒れている男の姿があった。

「メルエーナ、大丈夫か?」
 ジェノの言葉に、メルエーナは頷く。だが、あの気持ちの悪い感触を思い出し体を震わせると、つい反射的に、ジェノに抱きついてしまった。

「……ジェノさん、わっ、私……」
 自分が取った思わぬ行動に戸惑うメルエーナだったが、ジェノは彼女を邪険に扱うことはなく、「大丈夫だ」と言って、頭を優しく撫でてくれた。

「よっ、よくも、やりやがったな、てめぇ……」
 ジェノに蹴られた男は、フラフラになりながらも、立ち上がろうとする。
 だが、そこで。

「はいは~い。そこで止めておいたほうがいいですよ。これ以上やるというのならば、貴女のお望み通りに、神官さんがサービスしちゃいますからねぇ」
 不敵な笑みを浮かべたパメラが、男の元に歩み出た。

「なっ、なんだよ……。こんなべっぴんさんなら、サービスされてぇ……」
 男の口は、そこで止まる。

 パメラの鋭い蹴りが、男の目にも留まらぬ速さで通り過ぎ、男の右頬に裂傷を作ったのだ。

「そうですか。それならば、私の可愛い妹分に手を出した罪も含めて、しっかりサービスをしてあげますよ」
 パメラは足を戻し、不敵な笑みを浮かべる。

「待ちなさい、パメラ」
 ナーシャがそんなパメラを止める。
 だが、もちろん男を助けるためではない。

「この騒動のおかげで、いいアイディアが浮かびました。お礼に、こちらの方には精一杯サービスをしてあげませんと。
 女神リーシスの神官服を纏った女性に手を出したらどうなるのか、しっかりとご理解頂けるように」
 ナーシャの低い声に、男は悲鳴を上げたがもう遅かった。


 メルエーナは、心配するバルネアとジェノに連れられて、店の中に入ったので詳細は知らないが、後日、この時の男がひどく怯えた様子で、菓子折りを持ってメルエーナにお詫びに来た。

 そのことから、よほど酷いサービスをパメラとナーシャにされたことは想像に固くなかった。

 そして、このハロウィンの夜。
 メルエーナはひどく不快な思いもしたが、バルネアが気を利かせて、

「ジェノちゃん。メルちゃんは怖い思いをしたから、しっかり慰めてあげてね」

 と言ってくれた。

 そのおかげで、メルエーナは悪いとは思いながらも、優しい吸血鬼の姿をしたジェノに思いっきり甘えさせてもらったのだった。







 さて、ここで終われば、それなりにいい話なのだろうが、まだこのお話には続きがある。

「というわけで、我らが女神リーシス様を布教するための、新しい物語ができました!」

 ハロウィンから数日後、メルエーナとパメラ。そして、リリィとイルリアは、いつものように喫茶店<優しい光>に集まったのだが、そこでパメラが自信満々にこの店に張ってもらうためのポスターをみんなに見せてくれた。

 そこには、『見習い神官と吸血鬼』というタイトルが書かれた、子供向けのイラストが描かれていた。

 紅茶を口に運んでいたメルエーナは、のどを詰まらせて咳き込む。

「わぁ、新作ができたんですね! 実は密かに私、リーシス神殿の劇のファンなんですよ! あれっ? でも、これって……」
 リリィが笑顔で言うが、メルエーナはそれどころではない。

「こほっ、こほっ……」
「大丈夫、メル?」
 イルリアが心配して背中をなでてくれる。

「うちのお抱えの脚本家……というか一人しかいないんだけれど、ナーシャの自信作よ!」
「どんなお話なんですか?」
 疑問に思う点よりも、話の内容に興味があるらしいリリィが、パメラに尋ねる。

「このお話は、一人の敬虔な女神リーシス様にお仕えする神官見習いの可憐な少女と、そんな彼女に恋をしてしまった吸血鬼の、笑いあり、涙ありの壮大なお話なのよ」
「吸血鬼をメインにしても大丈夫なんですか?」
「ふっふっふっ、そこらへんは抜かりはないわ。最後は、女神リーシス様の……って、ネタバレになるからなし! 十八歳以上の大人は、きちんとお金を払って見に来てね」
「ああっ、絶対見に行きます! トムスも誘って!」
「ふふっ、まいどあり~」

「ねぇ、そう言えば、メル。結局、ハロウィンの夜はどうだったの?」
 楽しそうなパメラ達の会話を聞いていたイルリアが、メルエーナに質問を投げかけてくる。

「あっ、その、抱きしめて貰うまではいきましたから、成功だと自分では思うんですが……」
「……こっちを向いて喋りなさい」
 メルエーナは逃げ出したかったが、イルリアに捕まり、洗いざらい白状させられてしまった。

 そしてその結果、メルエーナは見事に『ヘタレ』の称号を手にし、自分と想い人をモデルにしながらも、好意のベクトルが逆の話が世に出回ることとなったのだった。

 その上、この劇が思いの外好評となり、ナーシャから主役で出演してみないかというオファーがメルエーナのもとに届くという羞恥プレイが行われたが、彼女は速攻でそれを拒否したことは言うまでもないだろう。

 めでたしめでたし。
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