184 / 249
第五章 邂逅は、波乱とともに
① 『それは、ある日の午後』
しおりを挟む
どうしてなのでしょう?
私はただの取り立てて長所のない平凡な人間です。ですから、当然好き嫌いはあります。
それは食べ物などだけでなく、対人関係に置いても同様です。
それでも、もう十八歳になったのですから、なるべく苦手な人とも、互いが不快にならないように接しようとはしていました。
……でも、駄目なんです。
ひと目見たときから、あの人だけは、苦手意識が先立ってしまって……。
理由は分かりません。
あの人は、身分の違いを鼻にかけることもなく、物腰も柔らかで、誰に対しても温和に接する女性でした。
それはもちろん、私に対してもです。
だから、私は自分自身が嫌になります。
……もしかすると、私は嫉妬しているのでしょうか?
容姿やスタイル、知識量、社交性。その他を比較しても、私があの人に勝っているものなんて何もありません。
そんなすごい女性が私と同い年で、そして、彼女も、私が想いを寄せる男性に好意を抱いていそうだと分かったから……。
でも、なんとかうまくやっていこうと思います。
私も波風を立てたいわけではありませんから。
それに、もうすぐ楽しみにしていた旅行に出かけるのです。
それを励みにして頑張ろうと思います。
しかし、このときの私は、この旅行が思いもしない出来事に繋がるなんて、考えてもいなかったのです。
第五章 『邂逅は、波乱とともに』
その日、メルエーナは上機嫌で、バルネアとジェノと一緒に皿洗いをしていた。
まだまだ夏の暑い日が続く中だというのに、心からの笑みを浮かべて。
それは、来週に迫った、小旅行の事を考えているからだ。
泳ぎを教わるためにという名目で、メルエーナはジェノと海に行く約束をしていた。それは、当然近場の海でという話だったのだが、事情が変わった。
先の化け物騒動により、このナイムの街の防犯機能を高めるべきだという声が住人達から上がり、それまで街灯が未設置だった箇所にも、議会主導で取り付けが行われることとなったのだ。
もちろん、この広いナイムの街全てではないが、この<パニヨン>がある区画にも街灯が設置されることとなった。更には、老朽化してきていた石畳も更新するとのことである。
非常にありがたい話だが、ここで一つ問題が。
それは、工事の間、この区画は人の往来がかなり制限されてしまうということだった。
この<パニヨン>は多くのお客様が開店前から長蛇の列を作る店なので、工事中は食事を食べに来てくださったお客様にかなりのご不便を掛けてしまう。
そこで、店主のバルネアが、工事期間の一週間は、店を休業にすることを決めたのだ。
そして……。
「ジェノちゃん、メルちゃん。どうせお店が休みなら、みんなで旅行に行きましょう! 少し距離はあるけれど、綺麗な湖があって、温泉とおいしい食事を楽しめる宿屋があるのよ」
バルネアがそんな提案をしてくれたのだ。
ジェノは仕事が入っていなかったので問題はなく、メルエーナももちろん賛成こそすれ、反対する理由がなかった。
「ふふふっ。メルちゃん。周りの目をあまり気にせずに、湖でジェノちゃんに手取り足取り泳ぎを教えてもらってね」
とバルネアにこっそり言われ、メルエーナはいっそう旅行が楽しみになった。
その上、旅行の費用は全てバルネアが出してくれるらしい。
もちろん、毎月賃金を頂いている身として、お金は出そうとメルエーナもジェノもしたのだが、休業の届け出をすると、工事で営業ができない分の損失を見越して議会からお金が出るらしいので、気にしないでと言われてしまった。
「ああっ、家族旅行なんて久しぶりだわ。ジェノちゃん、メルちゃん。めいいっぱい楽しみましょうね!」
誰よりもバルネアが一番楽しそうにしていたので、メルエーナとジェノは話し合い、今回はその厚意に甘えさせてもらうことにした。
「うんうん。二人共、ご苦労さま」
皿洗いが終わり、バルネアの労いの言葉を受けて、今日の仕事は終わりになる。
ジェノはいつものように稽古に向かうための準備を。そして、メルエーナは、遅れて店を訪れる人達のために待機をしながら、バルネアから調理技術を学ぶ事になっていた。
だが、そこで、来店を告げるベルの音が店に鳴り響いた。
「あの、すみません。もう営業は終了しているとのことでしたが、どうしてもジェノという方にお会いしたくて、訪ねさせて頂きました」
二十代半ばくらいで、温和そうな笑みを浮かべた眼鏡が印象的の茶色い髪の男性が、柔らかな物腰で来店理由を告げてくる。
さらに、彼の後ろには、フードを深く被って顔を隠している人影が見えた。
「私がジェノです」
ジェノはエプロンを取り、ウエイターの格好のまま、その男性の前に歩み寄る。
「ああ、貴方が。初めまして。私は、セレクト。セレクト=カインセリアと申します」
セレクトと名乗った男性は、ラストネームまで名乗った。かなり格式張ったところ以外では、こういった名乗りは普通はしない。
それでも名乗ったのは、年若いジェノにも敬意を払ってくれているからだろう。
「これはご丁寧に。ありがとうございます。セレクトさん。冒険者見習いの私に対する依頼と言うことでしょうか?」
ジェノは単刀直入にセレクトに尋ねる。
「それが、少し違いまして……。まずは、私の主人の話をお聞き頂けますか?」
セレクトは横に静かに移動し、代わりにフードの人物が前に出て、ジェノの前に立つ。
そして、その人物は静かにフードを外した。
その瞬間、メルエーナは、いや、バルネアも、あのジェノさえも息を呑んだ。
「……私は、マリア=レーナスと申します」
そう名乗った女性は美しかった。
金色の髪も、宝石のような碧眼も、その他の顔の造形一つ一つさえも完璧で、これほど美しい女性が存在するのかと思えるほどに。
「それとも、マリア=キンブリアと名乗った方が分かって頂けますか? ジェノ=ルディスさん」
マリアは何故か親しげな笑みを浮かべ、ジェノの名前を呼ぶ。しかも、メルエーナも知らなかった、ジェノのラストネームを当たり前のように口にして。
メルエーナはここで思い出す事があったはずだった。
どこかで、聞いたことがあったのだ。『ルディス』という名を。
だが、そんなことよりも、メルエーナは、自分と同年代のこんな美人が、ジェノに親しげに話しかけたことで頭がいっぱいで、それを思い出すことが出来なかった。
私はただの取り立てて長所のない平凡な人間です。ですから、当然好き嫌いはあります。
それは食べ物などだけでなく、対人関係に置いても同様です。
それでも、もう十八歳になったのですから、なるべく苦手な人とも、互いが不快にならないように接しようとはしていました。
……でも、駄目なんです。
ひと目見たときから、あの人だけは、苦手意識が先立ってしまって……。
理由は分かりません。
あの人は、身分の違いを鼻にかけることもなく、物腰も柔らかで、誰に対しても温和に接する女性でした。
それはもちろん、私に対してもです。
だから、私は自分自身が嫌になります。
……もしかすると、私は嫉妬しているのでしょうか?
容姿やスタイル、知識量、社交性。その他を比較しても、私があの人に勝っているものなんて何もありません。
そんなすごい女性が私と同い年で、そして、彼女も、私が想いを寄せる男性に好意を抱いていそうだと分かったから……。
でも、なんとかうまくやっていこうと思います。
私も波風を立てたいわけではありませんから。
それに、もうすぐ楽しみにしていた旅行に出かけるのです。
それを励みにして頑張ろうと思います。
しかし、このときの私は、この旅行が思いもしない出来事に繋がるなんて、考えてもいなかったのです。
第五章 『邂逅は、波乱とともに』
その日、メルエーナは上機嫌で、バルネアとジェノと一緒に皿洗いをしていた。
まだまだ夏の暑い日が続く中だというのに、心からの笑みを浮かべて。
それは、来週に迫った、小旅行の事を考えているからだ。
泳ぎを教わるためにという名目で、メルエーナはジェノと海に行く約束をしていた。それは、当然近場の海でという話だったのだが、事情が変わった。
先の化け物騒動により、このナイムの街の防犯機能を高めるべきだという声が住人達から上がり、それまで街灯が未設置だった箇所にも、議会主導で取り付けが行われることとなったのだ。
もちろん、この広いナイムの街全てではないが、この<パニヨン>がある区画にも街灯が設置されることとなった。更には、老朽化してきていた石畳も更新するとのことである。
非常にありがたい話だが、ここで一つ問題が。
それは、工事の間、この区画は人の往来がかなり制限されてしまうということだった。
この<パニヨン>は多くのお客様が開店前から長蛇の列を作る店なので、工事中は食事を食べに来てくださったお客様にかなりのご不便を掛けてしまう。
そこで、店主のバルネアが、工事期間の一週間は、店を休業にすることを決めたのだ。
そして……。
「ジェノちゃん、メルちゃん。どうせお店が休みなら、みんなで旅行に行きましょう! 少し距離はあるけれど、綺麗な湖があって、温泉とおいしい食事を楽しめる宿屋があるのよ」
バルネアがそんな提案をしてくれたのだ。
ジェノは仕事が入っていなかったので問題はなく、メルエーナももちろん賛成こそすれ、反対する理由がなかった。
「ふふふっ。メルちゃん。周りの目をあまり気にせずに、湖でジェノちゃんに手取り足取り泳ぎを教えてもらってね」
とバルネアにこっそり言われ、メルエーナはいっそう旅行が楽しみになった。
その上、旅行の費用は全てバルネアが出してくれるらしい。
もちろん、毎月賃金を頂いている身として、お金は出そうとメルエーナもジェノもしたのだが、休業の届け出をすると、工事で営業ができない分の損失を見越して議会からお金が出るらしいので、気にしないでと言われてしまった。
「ああっ、家族旅行なんて久しぶりだわ。ジェノちゃん、メルちゃん。めいいっぱい楽しみましょうね!」
誰よりもバルネアが一番楽しそうにしていたので、メルエーナとジェノは話し合い、今回はその厚意に甘えさせてもらうことにした。
「うんうん。二人共、ご苦労さま」
皿洗いが終わり、バルネアの労いの言葉を受けて、今日の仕事は終わりになる。
ジェノはいつものように稽古に向かうための準備を。そして、メルエーナは、遅れて店を訪れる人達のために待機をしながら、バルネアから調理技術を学ぶ事になっていた。
だが、そこで、来店を告げるベルの音が店に鳴り響いた。
「あの、すみません。もう営業は終了しているとのことでしたが、どうしてもジェノという方にお会いしたくて、訪ねさせて頂きました」
二十代半ばくらいで、温和そうな笑みを浮かべた眼鏡が印象的の茶色い髪の男性が、柔らかな物腰で来店理由を告げてくる。
さらに、彼の後ろには、フードを深く被って顔を隠している人影が見えた。
「私がジェノです」
ジェノはエプロンを取り、ウエイターの格好のまま、その男性の前に歩み寄る。
「ああ、貴方が。初めまして。私は、セレクト。セレクト=カインセリアと申します」
セレクトと名乗った男性は、ラストネームまで名乗った。かなり格式張ったところ以外では、こういった名乗りは普通はしない。
それでも名乗ったのは、年若いジェノにも敬意を払ってくれているからだろう。
「これはご丁寧に。ありがとうございます。セレクトさん。冒険者見習いの私に対する依頼と言うことでしょうか?」
ジェノは単刀直入にセレクトに尋ねる。
「それが、少し違いまして……。まずは、私の主人の話をお聞き頂けますか?」
セレクトは横に静かに移動し、代わりにフードの人物が前に出て、ジェノの前に立つ。
そして、その人物は静かにフードを外した。
その瞬間、メルエーナは、いや、バルネアも、あのジェノさえも息を呑んだ。
「……私は、マリア=レーナスと申します」
そう名乗った女性は美しかった。
金色の髪も、宝石のような碧眼も、その他の顔の造形一つ一つさえも完璧で、これほど美しい女性が存在するのかと思えるほどに。
「それとも、マリア=キンブリアと名乗った方が分かって頂けますか? ジェノ=ルディスさん」
マリアは何故か親しげな笑みを浮かべ、ジェノの名前を呼ぶ。しかも、メルエーナも知らなかった、ジェノのラストネームを当たり前のように口にして。
メルエーナはここで思い出す事があったはずだった。
どこかで、聞いたことがあったのだ。『ルディス』という名を。
だが、そんなことよりも、メルエーナは、自分と同年代のこんな美人が、ジェノに親しげに話しかけたことで頭がいっぱいで、それを思い出すことが出来なかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。
リョウ
ファンタジー
何者かになりたかった。
だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。
そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。
導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。
冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。
目指すのは、ただ生き延びることではない。
一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。
渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる