彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第五章 邂逅は、波乱とともに

② 『幼馴染』

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「マリア=キンブリア……。そうか……」
 マリアの自己紹介に、目の前の黒髪の美青年は「知らない」とは言わなかった。

 ひと目見たときから間違いないと思っていたが、マリアは今目の前にいるのが、幼馴染の男の子だということを確信する。

 そして、きっと「久しぶりだな」と言ってくれるだろうと期待したのだが、

「バルネアさん。すみませんが、奥の席を借ります」

 彼は、この店の主人らしき女性に許可を取り、「奥で話を聴かせて貰います」と他人行儀の事務的な対応をする。

 その事を寂しく思いながらも、あれからもう十年が経っているのだから仕方がないと、マリアは自分を納得させる。
 それに、確かに今は昔を懐かしむよりも、先に彼と話をするのが先決だ。

 ジェノに案内され、マリアとセレクトは奥の席に足を運ぶ。
 そして、あまりにも暑かったので、マリアはそこでフードを脱ぎ、椅子にかけてから席に座る。
 この暑い中、この格好は拷問に等しい。

「どうぞ」
 席につくとすぐに、栗色の髪の女の子がお冷を三つ運んできてくれたので、マリアは「ありがとうございます」と笑顔でお礼を言う。

「いいえ。ごゆっくりどうぞ」
 その女の子は、気持ちのいい笑顔を向けてくれて、頭を下げて厨房の方に戻っていった。

 年の頃は自分と同じくらいだろう。
 随分と可愛らしい娘だ。ジェノとの関係が気にならないと言えば嘘になる。

 そんな事を思いながら、マリアはお冷を口にする。
 暑さで水分を失った体に染み渡るようで、ようやく人心地着くことができた。

 セレクトも喉が渇いていたようで、同じようにお冷を一口くちにし、コップをテーブルに戻す。
 そこで、ジェノが口を開いた。

「さて、それではお話をお聞かせ下さい。私どもの冒険者見習いチームに対するご依頼ではないとのことですが……」
 ジェノの言葉に、マリアが口を開こうとしたが、不意にセレクトの手がマリアの前に伸びてくる。

 ここは自分に任せておいて欲しいとのことだと悟り、マリアは口を噤む。

「単刀直入に申し上げます。私と私の主人は、ジェノさん達のチームに加入させて頂きたいのです」
 わざと突飛な物言いで、セレクトはジェノに用件を告げる。

「私達の見習いチームに? ですが、お二人は冒険者登録をなされておいでなのでしょうか? 私は頻繁に冒険者の登録情報を確認しておりますが、前回の登録試験の合格者にも、お二人の名はなかったように記憶しています」
 ジェノは眉一つ動かさずに、セレクトに問いを投げかけてくる。

「仰るとおりです。我々は、つい昨日、冒険者見習いの資格を『購入』したばかりですので」
「購入、ですか。なるほど……」
 セレクトが強調した語句を、ジェノは口にし、顎に手をやって少し考える。

「二つ、質問をさせて頂きたいのですが?」
「ええ。お答えできることなら、いくらでもお答え致します」
「いえ、二つだけで結構です。何の覚悟もなく、藪を突っつくつもりはありません」
 ジェノの答えに、マリアは少し嬉しくなってしまう。

 それは、子供の頃から、優しいだけでなく頭の回転も早く賢かったが、成長してからも変わっていないようだと、ジェノの事を理解したためだ。

「それでは、一つ目の質問です。冒険者見習いのことは、関係者以外にはあまり知られていない情報のはず。それなのに、何故、貴方達は私達のことをご存知なのでしょうか?」
 ジェノの問に、セレクトはにっこり微笑んで答える。

「私の教え子に、シーウェンという人物がおります。彼に、我々が困っていることを相談すると、冒険者ギルドに行ってから、冒険者見習いのジェノという人物を頼るといいと言われまして」
「……なるほど」
 ジェノはシーウェンの名前が出てきただけで、全てを察したようだ。

「それでは、二つ目の質問です。貴方達に『冒険者』の資格が必要なのは短期間だと推測されますが、それは一ヶ月以上ではあると考えてもよろしいのでしょうか?」
 ジェノの問に、マリアは思わず口元を緩めてしまう。
 本当に、彼は頭がいい。

「はい。一ヶ月以上在籍し、ギルドの依頼を一つ以上、五人以上のチームのメンバー全員でこなすことが、正規の冒険者に昇格する要件らしいですから、それは当然満たさせて頂きます」
 セレクトは変わらぬ笑顔だが、彼もジェノの判断能力に好感を抱いているようだ。

「その依頼の達成後、もしかすると、私達は止むに止まれぬ事情ができ、チームを抜けさせて頂かなければいけないかもしれません。
 万が一そのようなことになりましたら、迷惑料として、小金貨五枚をお支払いさせて頂きたいと考えております。無論、公正証書で冒険者ギルドを仲介にしての契約とさせて頂きます」
「……小金貨五枚ですか。つまり、それほどのことだと?」
「それは、ご想像にお任せ致します。無論、先に言いました通り、お知りになりたいのでしたらお話致しますが、それを貴方はまだ望まないでしょうから」
 セレクトの言葉に、ジェノは小さく頷く。

「私は、冒険者見習いチームのリーダーです。私の判断で他の仲間が危険な目に合うことになります。ですから、軽々には、お返事できません」
 しかし、ジェノはそう言ったものの、小さく息をつく。

「……と、言いたいのですが、あのオーリンギルド長が関わっているのであれば、断れない様に手を打っているはずです。時間の無駄は避けたいので、貴方達の切り札をお知らせ下さい」
「いやぁ、ここまで話が早いと助かります。私の主人の幼馴染だということだけでは、話すのが心配だったのです。けれど、貴方は私の教え子からも、冒険者ギルドのギルド長からも信頼が厚く、そして頭も切れるようだ」
 セレクトは笑みを浮かべる。
 交渉のための作り笑いではなく、本当に感心した笑みを。

「私達の切り札は、これだけです」
 セレクトはそこで話を切り、真剣な表情になってジェノを見据える。

「私達は、貴方が調べている<霧>というものの情報を持っています」
「…………」
 ジェノは何も言葉を発しなかった。
 だが、彼の眉が動いたのを、マリアは見逃さなかった。

「とある人間がこう言っていました。『<霧>に負けたら、化け物になってしまうよ』と」
 信憑性を増すためだろう。
 セレクトは、そう一言付け加えた。

 その瞬間だった。マリアの背筋が凍ったのは。

 無表情だったジェノの顔に、静かな怒りの表情が浮かび、殺気を飛ばしていたのだ。
 敢えてやっているのではないだろう。
 どうしても堪えていられなかったように思える。

「ジェノさん……」
 マリアとは異なり、殺気を感じながらもいつもと変わらないセレクトが、静かにジェノの名を口にする。

 すると、瞬時に殺気を感じなくなった。

「……失礼しました」
 ジェノは謝罪をし、頭を下げる。

「いいえ。これではっきりしました。貴方達とはしっかり情報交換をしたほうがいいことが」
「……こちらもです。お二人の加入については相談後になりますが、不義理は致しませんので」
「ええ。少しでも早く、我々は腹を割って話し合うべきでしょうね。お互いのためにも」
 セレクトはそこまで言うと静かに席を立った。
 それに、ジェノも倣う。

「改めまして、セレクト=カインセリアです。よろしくお願い致します」
「ジェノ=ルディスです。すぐに話し合いをしましょう」
 セレクトとジェノがガッチリと握手をするのを見て、マリアは慌てて立ち上がると、二人の大きな手の上に、小さく白い自分の手を重ねた。

「二人共。男の人同士で盛り上がるのは結構ですが、私のことも忘れないで下さいよ」
 マリアは怒った真似をして、二人に文句を言う。

 そのことに、セレクトは「すみません」と微笑んでくれたが、ジェノは「分かった」としか言わず、無表情のままだった。

 仕方がない。
 今は、自分たちの屋敷を襲ってきた連中の情報を集めることと、実家に戻ることが重要だ。

 けれど、久しぶりにあった幼馴染がニコリともしてくれないことに、マリアはどうしても寂しさを感じてしまうのだった。
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