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同類だから
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最高級の木が使われている、飴色の執務机の上には乱雑な書類の山が幾つも聳え立っている。
椅子も同じ木でできており、高級なはずだが構造の簡素さが高級感を打ち消している。
万年筆の彫刻さえも一流で、洗練されている。
全て素材も彫刻も一流なのに、全て簡素に作られて、物も最小限。
そんな異質さはこの家の特異性によるものである。
中央の椅子に座るアページェント家当主ラカーシェは、不機嫌を隠そうともせず、腹立たしげに人差し指で机を叩き、リズムを刻む。
当主、つまり長に発言権を与えられていないトワイは喋ることが出来ず、ただ言葉を待つのみ。
「何故ルルーシェは泣いたのだろうな」
「…………」
独り言とも、問いかけとも取れる発言で、トワイはリアクションに困窮する。
「なぁ?」
「はっ、わかりません」
問いかけだった。
トワイは紛らわしいと心の中でだけ悪態をつく。
ピリピリとした殺気が肌を掠めていく。
その殺気に不愉快さを感じても、力量の差から、思わず手が出るなんてことはない。
しかし、不味い。
これ以上ラカーシェのご機嫌は損ねるべきではないため、あり得そうで、かつご機嫌回復が見込める理由を練り上げなければならない。
「…………長とルルーシェ様は温かい家族を築いてこられたため、私に対する温度との落差に驚かれたのでは」
「へぇ」
ラカーシェの目が細められる。
「でもそれら当たり前だよね。私はルルーシェと、ルルーシェのいるこの国しか愛していないのだから」
「ですが、それが伝わっていなかったとしたら」
「私は今、発言を許していたかい?」
冷ややかな視線を向けられたトワイさ瞬時に頭を下げ、無言で謝罪をする。
見せないようにしているが、冷汗が背中を伝う。
ラカーシェは肘をつき、手を組んでそこに顎を乗せ、トワイから目を離さない。
「まぁ確かに、ルルーシェに私の愛が十分の一も伝わっていない気はしているんだ」
(んなに伝わってんのかよ)
首を傾げ、少しだけ緩んだ口で言葉が紡がれる。
「そんなところも可愛いくて愛おしいけどね」
(でろあまー)
どんなリアクションも取るべきではないと判断して、腰を折った状態で固定する。
「ルルーシェに余計なこと、言わないで、ね?」
「はっ!」
「あと調子には乗らないように。替えはいるんだよ」
「はっ!」
社交界で冷徹公爵と言われるラカーシェの姿は、まだ優しい方なのだ。
今のこんなラカーシェと対面して、耐えられはしないだろうなと思う。
そして、ルルーシェへの態度が甘すぎて、脳が思考停止した。
(誰だコイツ)
ルルーシェに怪しまれないための最低限の演技さえ忘れるほどの衝撃だった。
本気で鳥肌が立った。
そしてルルーシェは態度が少しキツいが、それでも自分のことを思って言ってくれているのだと分かり好感が持てる。
「そして設定を忘れないように。ルルーシェに必要以上にベタベタしないように」
(あんたじゃねぇから心配ねぇよ。つーか血の繋がらないくせに、よくあんなに可愛がれるなぁ)
ルルーシェしか愛さない徹底した態度があり得ない。
トワイは未だに、ラカーシェの溺愛を知りはしても理解できてはいなかった。
「繋がらないからこそ、私はあんなにべたべたとしているんだ」
「…………」
トワイはずっと無表情だった。
はず。
(もうヤダコワイ)
ラカーシェは人間ではないのではとトワイは疑い始めている。
「うん、人間だから」
「………………」
流石のトワイでも、表情が引き攣りそうになった。
「親切心で一つだけ教えてあげるよ。あの子はね、私たちのお姫様なんだ。扱いにはくれぐれも気をつけて。見られていない時なんてないのだから」
少しだけ口角が上がった時ラカーシェが何を考えていたのかなんてトワイにはわからない。
わかったのは、仮面を外してはいけないのだということだけ。
手を払われたので礼をして退出する。
扉を閉め、そこから離れることで初めて気を緩めた。
そして次の瞬間。
トワイは首を横に倒し、己めがけて放たれた暗器をかわすと、素早く予め仕込んでおいた暗器を取り出しダラリと腕を下げ力を抜き、敵を見る。
しかし見えた者は残像で、既に本人は姿を消していた。
(あれは家令か)
壁に突き刺さる暗器を抜き取り、その刃についている毒が猛毒だとすぐにわかった。
(本当に、ルルーシェ様は帝国の闇のお姫様らしい。恐ろしいな)
自分がどれほどの力を味方につけているのか知っていないということご恐ろしい。
力の存在を知って、わざと魅了している方がまだ恐ろしくない。
それならば防げるからだ。
本人の無意識な行動によって味方につけ、本人の無意識のうちに力を貸される、それほどに制御の効かないことなどないだろう。
アページェント家は帝国の闇を担う。
血統なんてただの体裁で、表のためにわざわざ偽装しているモノ。
トワイは生き残るために、誰よりも優秀であっただけ。
たまたまトワイの時代に、次期当主を出さなくてはいけなくなって、一番優秀なトワイが選ばれた。
アページェント家の者なら、理解しているはずのことをルルーシェは全く理解どころか知らない。
それはこの家において異質であり、なによりも焦がれるものなのかもしれない。
(闇が姫に囚われた?…………いや、違げぇな、多分。姫が闇に囚われた、か)
魅了した者が何も知らないのをいいことに、悪者は優しい顔をして囲い込む。
鳥は美しい鳥籠の中で大切にされ、傷一つつけられはしない。
だからといって、それが鳥にとっての幸福だとは、限らない。
椅子も同じ木でできており、高級なはずだが構造の簡素さが高級感を打ち消している。
万年筆の彫刻さえも一流で、洗練されている。
全て素材も彫刻も一流なのに、全て簡素に作られて、物も最小限。
そんな異質さはこの家の特異性によるものである。
中央の椅子に座るアページェント家当主ラカーシェは、不機嫌を隠そうともせず、腹立たしげに人差し指で机を叩き、リズムを刻む。
当主、つまり長に発言権を与えられていないトワイは喋ることが出来ず、ただ言葉を待つのみ。
「何故ルルーシェは泣いたのだろうな」
「…………」
独り言とも、問いかけとも取れる発言で、トワイはリアクションに困窮する。
「なぁ?」
「はっ、わかりません」
問いかけだった。
トワイは紛らわしいと心の中でだけ悪態をつく。
ピリピリとした殺気が肌を掠めていく。
その殺気に不愉快さを感じても、力量の差から、思わず手が出るなんてことはない。
しかし、不味い。
これ以上ラカーシェのご機嫌は損ねるべきではないため、あり得そうで、かつご機嫌回復が見込める理由を練り上げなければならない。
「…………長とルルーシェ様は温かい家族を築いてこられたため、私に対する温度との落差に驚かれたのでは」
「へぇ」
ラカーシェの目が細められる。
「でもそれら当たり前だよね。私はルルーシェと、ルルーシェのいるこの国しか愛していないのだから」
「ですが、それが伝わっていなかったとしたら」
「私は今、発言を許していたかい?」
冷ややかな視線を向けられたトワイさ瞬時に頭を下げ、無言で謝罪をする。
見せないようにしているが、冷汗が背中を伝う。
ラカーシェは肘をつき、手を組んでそこに顎を乗せ、トワイから目を離さない。
「まぁ確かに、ルルーシェに私の愛が十分の一も伝わっていない気はしているんだ」
(んなに伝わってんのかよ)
首を傾げ、少しだけ緩んだ口で言葉が紡がれる。
「そんなところも可愛いくて愛おしいけどね」
(でろあまー)
どんなリアクションも取るべきではないと判断して、腰を折った状態で固定する。
「ルルーシェに余計なこと、言わないで、ね?」
「はっ!」
「あと調子には乗らないように。替えはいるんだよ」
「はっ!」
社交界で冷徹公爵と言われるラカーシェの姿は、まだ優しい方なのだ。
今のこんなラカーシェと対面して、耐えられはしないだろうなと思う。
そして、ルルーシェへの態度が甘すぎて、脳が思考停止した。
(誰だコイツ)
ルルーシェに怪しまれないための最低限の演技さえ忘れるほどの衝撃だった。
本気で鳥肌が立った。
そしてルルーシェは態度が少しキツいが、それでも自分のことを思って言ってくれているのだと分かり好感が持てる。
「そして設定を忘れないように。ルルーシェに必要以上にベタベタしないように」
(あんたじゃねぇから心配ねぇよ。つーか血の繋がらないくせに、よくあんなに可愛がれるなぁ)
ルルーシェしか愛さない徹底した態度があり得ない。
トワイは未だに、ラカーシェの溺愛を知りはしても理解できてはいなかった。
「繋がらないからこそ、私はあんなにべたべたとしているんだ」
「…………」
トワイはずっと無表情だった。
はず。
(もうヤダコワイ)
ラカーシェは人間ではないのではとトワイは疑い始めている。
「うん、人間だから」
「………………」
流石のトワイでも、表情が引き攣りそうになった。
「親切心で一つだけ教えてあげるよ。あの子はね、私たちのお姫様なんだ。扱いにはくれぐれも気をつけて。見られていない時なんてないのだから」
少しだけ口角が上がった時ラカーシェが何を考えていたのかなんてトワイにはわからない。
わかったのは、仮面を外してはいけないのだということだけ。
手を払われたので礼をして退出する。
扉を閉め、そこから離れることで初めて気を緩めた。
そして次の瞬間。
トワイは首を横に倒し、己めがけて放たれた暗器をかわすと、素早く予め仕込んでおいた暗器を取り出しダラリと腕を下げ力を抜き、敵を見る。
しかし見えた者は残像で、既に本人は姿を消していた。
(あれは家令か)
壁に突き刺さる暗器を抜き取り、その刃についている毒が猛毒だとすぐにわかった。
(本当に、ルルーシェ様は帝国の闇のお姫様らしい。恐ろしいな)
自分がどれほどの力を味方につけているのか知っていないということご恐ろしい。
力の存在を知って、わざと魅了している方がまだ恐ろしくない。
それならば防げるからだ。
本人の無意識な行動によって味方につけ、本人の無意識のうちに力を貸される、それほどに制御の効かないことなどないだろう。
アページェント家は帝国の闇を担う。
血統なんてただの体裁で、表のためにわざわざ偽装しているモノ。
トワイは生き残るために、誰よりも優秀であっただけ。
たまたまトワイの時代に、次期当主を出さなくてはいけなくなって、一番優秀なトワイが選ばれた。
アページェント家の者なら、理解しているはずのことをルルーシェは全く理解どころか知らない。
それはこの家において異質であり、なによりも焦がれるものなのかもしれない。
(闇が姫に囚われた?…………いや、違げぇな、多分。姫が闇に囚われた、か)
魅了した者が何も知らないのをいいことに、悪者は優しい顔をして囲い込む。
鳥は美しい鳥籠の中で大切にされ、傷一つつけられはしない。
だからといって、それが鳥にとっての幸福だとは、限らない。
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