意志弱流され気質は反吐が出る!ヒロインは悪役令嬢にキャラ変します。

シュガーコクーン

文字の大きさ
3 / 15

同類だから

しおりを挟む
 最高級の木が使われている、飴色の執務机の上には乱雑な書類の山が幾つも聳え立っている。
 椅子も同じ木でできており、高級なはずだが構造の簡素さが高級感を打ち消している。
 万年筆の彫刻さえも一流で、洗練されている。
 全て素材も彫刻も一流なのに、全て簡素に作られて、物も最小限。

 そんな異質さはこの家の特異性によるものである。


 中央の椅子に座るアページェント家当主ラカーシェは、不機嫌を隠そうともせず、腹立たしげに人差し指で机を叩き、リズムを刻む。

 当主、つまり長に発言権を与えられていないトワイは喋ることが出来ず、ただ言葉を待つのみ。

「何故ルルーシェは泣いたのだろうな」
「…………」

 独り言とも、問いかけとも取れる発言で、トワイはリアクションに困窮する。

「なぁ?」
「はっ、わかりません」

 問いかけだった。
 トワイは紛らわしいと心の中でだけ悪態をつく。


 ピリピリとした殺気が肌を掠めていく。
 その殺気に不愉快さを感じても、力量の差から、思わず手が出るなんてことはない。


 しかし、不味い。
 これ以上ラカーシェのご機嫌は損ねるべきではないため、あり得そうで、かつご機嫌回復が見込める理由を練り上げなければならない。

「…………長とルルーシェ様は温かい家族を築いてこられたため、私に対する温度との落差に驚かれたのでは」
「へぇ」

 ラカーシェの目が細められる。

「でもそれら当たり前だよね。私はルルーシェと、ルルーシェのいるこの国しか愛していないのだから」
「ですが、それが伝わっていなかったとしたら」
「私は今、発言を許していたかい?」

 冷ややかな視線を向けられたトワイさ瞬時に頭を下げ、無言で謝罪をする。


 見せないようにしているが、冷汗が背中を伝う。
 ラカーシェは肘をつき、手を組んでそこに顎を乗せ、トワイから目を離さない。

「まぁ確かに、ルルーシェに私の愛が十分の一も伝わっていない気はしているんだ」

(んなに伝わってんのかよ)

 首を傾げ、少しだけ緩んだ口で言葉が紡がれる。

「そんなところも可愛いくて愛おしいけどね」

(でろあまー)

 どんなリアクションも取るべきではないと判断して、腰を折った状態で固定する。

「ルルーシェに余計なこと、言わないで、ね?」
「はっ!」
「あと調子には乗らないように。替えはいるんだよ」
「はっ!」


 社交界で冷徹公爵と言われるラカーシェの姿は、まだ優しい方なのだ。
 今のこんなラカーシェと対面して、耐えられはしないだろうなと思う。

 そして、ルルーシェへの態度が甘すぎて、脳が思考停止した。

(誰だコイツ)

 ルルーシェに怪しまれないための最低限の演技さえ忘れるほどの衝撃だった。
 本気で鳥肌が立った。
 そしてルルーシェは態度が少しキツいが、それでも自分のことを思って言ってくれているのだと分かり好感が持てる。


「そして設定を忘れないように。ルルーシェに必要以上にベタベタしないように」

(あんたじゃねぇから心配ねぇよ。つーか血の繋がらないくせに、よくあんなに可愛がれるなぁ)

 ルルーシェしか愛さない徹底した態度があり得ない。
 トワイは未だに、ラカーシェの溺愛を知りはしても理解できてはいなかった。

「繋がらないからこそ、私はあんなにべたべたとしているんだ」
「…………」

 トワイはずっと無表情だった。
 はず。

(もうヤダコワイ)

 ラカーシェは人間ではないのではとトワイは疑い始めている。

「うん、人間だから」
「………………」

 流石のトワイでも、表情が引き攣りそうになった。


「親切心で一つだけ教えてあげるよ。あの子はね、私たちのお姫様なんだ。扱いにはくれぐれも気をつけて。見られていない時なんてないのだから」

 少しだけ口角が上がった時ラカーシェが何を考えていたのかなんてトワイにはわからない。
 わかったのは、仮面を外してはいけないのだということだけ。



 手を払われたので礼をして退出する。

 扉を閉め、そこから離れることで初めて気を緩めた。
 そして次の瞬間。

 トワイは首を横に倒し、己めがけて放たれた暗器をかわすと、素早く予め仕込んでおいた暗器を取り出しダラリと腕を下げ力を抜き、敵を見る。

 しかし見えた者は残像で、既に本人は姿を消していた。


(あれは家令か)

 壁に突き刺さる暗器を抜き取り、その刃についている毒が猛毒だとすぐにわかった。

(本当に、ルルーシェ様は帝国の闇のお姫様らしい。恐ろしいな)

 自分がどれほどの力を味方につけているのか知っていないということご恐ろしい。

 力の存在を知って、わざと魅了している方がまだ恐ろしくない。
 それならば防げるからだ。
 本人の無意識な行動によって味方につけ、本人の無意識のうちに力を貸される、それほどに制御の効かないことなどないだろう。









 アページェント家は帝国の闇を担う。
 血統なんてただの体裁で、表のためにわざわざ偽装しているモノ。

 トワイは生き残るために、誰よりも優秀であっただけ。
 たまたまトワイの時代に、次期当主を出さなくてはいけなくなって、一番優秀なトワイが選ばれた。
 アページェント家の者なら、理解しているはずのことをルルーシェは全く理解どころか知らない。

 それはこの家において異質であり、なによりも焦がれるものなのかもしれない。


(闇が姫に囚われた?…………いや、違げぇな、多分。姫が闇に囚われた、か)

 魅了した者が何も知らないのをいいことに、悪者は優しい顔をして囲い込む。


 鳥は美しい鳥籠の中で大切にされ、傷一つつけられはしない。

 だからといって、それが鳥にとっての幸福だとは、限らない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい

椰子ふみの
恋愛
 ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。  ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!  そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。  ゲームの強制力?  何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

悪役の烙印を押された令嬢は、危険な騎士に囚われて…

甘寧
恋愛
ある時、目が覚めたら知らない世界で、断罪の真っ最中だった。 牢に入れられた所で、ヒロインを名乗るアイリーンにここは乙女ゲームの世界だと言われ、自分が悪役令嬢のセレーナだと教えられた。 断罪後の悪役令嬢の末路なんてろくなもんじゃない。そんな時、団長であるラウルによって牢から出られる事に…しかし、解放された所で、家なし金なし仕事なしのセレーナ。そんなセレーナに声をかけたのがラウルだった。 ラウルもヒロインに好意を持つ一人。そんな相手にとってセレーナは敵。その証拠にセレーナを見る目はいつも冷たく憎しみが込められていた。…はずなのに? ※7/13 タイトル変更させて頂きました┏○))ペコリ

処理中です...