ガルテナ ~私の一番の音楽~

茂庭

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初めての演奏

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 その後、部室と楽器室を数回往復してドラムの残りのケースとアンプを運んだ。
西川は少し移動してコタツに座っていたが、燃え尽きたボクサーのようになっていた。
マリが心配そうに西川の顔を覗き込みながら言った。

「ホントに大丈夫?」

 西川は頷いた。でも顔面蒼白。この体力で演奏が出来るのだろうか……

「よし、これで全部だな」

 佐伯さんはそう言うとテキパキとドラムを組み立てる。
組み立て方がよく分からないのでドラムケースを開けるくらいの手伝いしか出来ず、あとは観戦するしかなかった。

 そんな中、立花が自分のギグバッグからギターを取り出した。
綺麗な赤いテレキャスター。西川が選んだベースとは対比になりそう。

 初めて部室に来た時から「ちょっと聞かせて」と言いたかったけど、言う隙が無かった。ようやく聞けそう。

「わー! カッコいいギターだね!」
「えへへー! どもども!」
「弾くの?」
「はい! アンプ試したいので」

 マリと立花が盛り上がっていた。
立花はギターにストラップをつけ、肩にかける。
それからクリップチューナーを取り出してヘッド、ギターの先の部分に挟む。

「これは?」
「チューナーです」
「はー、ハイテクだねぇ」

 マリは新しいおもちゃでも見るようにニコニコしていた。
二人に近づきながら問いかける。

「シールドはあるの?」
「持ってきました」
「準備いいね」

 立花はギグバッグから黒いケーブルを取り出した。

「シールドってなに? 盾?」
「楽器とアンプを繋ぐケーブルです」
「なるほど、楽器とアンプの間の盾という訳だね」

 ははぁ、と言わんばかりに右手で顎を持ったマリにツッコむ。

「なに言ってんの」
「名前の由来はそうなんですよ。ノイズが混じらないように盾の意味があるらしいです」
「え、そうなんだ」
「はい」
「ふっふーん」

 立花の豆知識は初耳だった。
それを聞いて鼻を伸ばしたマリに少しイラっとした。

 そんな会話をしながらチューニングを終え、ギターとアンプにシールドを指した。
アンプの電源を入れ、ボリュームとゲインの摘みを少しだけ上げて、一度掻き鳴らした。

 アンプから控えめの音量でジャーンとギターの音が鳴る。
乾いて響く煌びやかなバンドの顔の音。
西川がその音にビクリとしてこちらを向いた。どうやら正気に戻ったようだ。

「アンプは問題ありませんね」

 何回か掻き鳴らしながら音を調節していく。その姿がもう手練れっぽい。

 調節が終わると立花は唐突にリフを弾いた。
よく聞くようなロックのカッコいいフレーズ。
あくまでアンプの調子を確かめることが目的なようなのでそこまで難しくは無さそうなリフだけど、淀みのない手つきから生み出されたメロディは鼓膜を喜ばせるのに十分な威力があった。

「すっごーい! カッコいいー!」
「ホント、上手いね」
「いやー!」

 マリと私の賞賛を受けて頭を掻いて照れる立花。
そこに拍手が浴びせられた。振りむくと西川が拍手をしていた。

「照れますなぁ!」

 引き続き頭を掻く立花。そこで突き抜けるようなスネアが鳴った。

「チハルがまぁまぁなのは分かった。次は私だな」

 ニヤリとした佐伯さんは既にドラムを組み立て終わっていて、立花の邪魔をしないように音を出すのを待っていたようだ。
スネア、タム三つ、バスドラ、シンバル三つ、ハイハットとよく見るようなドラムセット。

 佐伯さんはドラムのチューニングをする。
まずは足でペダルを踏んで叩く、一番大きいバスドラム。ドッ、ドッ、と体に響く低い音を鳴らした。
淵の部分に鍵のような物を差し込み回して微調整する。叩く部分の張りで調律していた。ドラムのチューニングは初めて見るから面白い。
それからタムとスネア。同じように鍵のような物を差し込み回す。時折指で叩く部分に触れながら叩いたりしていた。

 チューニングは終わったようで軽くタム回しをした。
そして他も軽く叩き、最後にバスドラを三回踏んで、ドラムを披露した。

 叩いているフレーズはロックっぽい8ビート。すぐに体でリズムを取りたくなってしまうほど気持ちいい。
体を揺らすような大きい音だけど、佐伯さんはしなやかに脱力して叩いてるように見えた。
最後にシンバルを叩いてドヤ顔を向けた。

「おぉー!!」
「すっごーい! カッコいいー!」
「ホント、上手いですね」

 西川も拍手をして賞賛していた。
さっきと全く同じリアクションを取ってしまったが、佐伯さんは満足そうに笑った。

「ドラフト一位だって言ったろ! じゃあ次はマリコだ!」
「え? 私ですか?」
「ボーカルなんだろ?」
「え~、照れちゃうなぁ」

 挑発されてマリは少し困ったように笑った。
いやいやいや、アカペラで歌えってこと? そんなの罰ゲームでも嫌でしょ。
そんなことを思っていたらマリが、すぅ、っと息を吸うのを視界の端で捉えた。

 マリは昨日渡したばかりの私の曲サビを歌った。音程もバッチリ。本当にヘビロテしていたんだ。
マリの声は優しくて透明感がある伸びやかな声。ずっと聞いていたい綺麗な歌声。
チラッとこちらを見ると歌いながら笑った。可愛すぎた。

 マリに目を奪われているとギターが掻き鳴らされた。立花のバッキング。ギターで伴奏した。
昨日曲を渡した時点でキーとコードは分かっていたことが分かる。
スコアを喜んでくれたけど、きっと立花なら自分で好きなように弾ける。
アンプの音量を下げていたのはマイクを使わずに歌うマリへの配慮だろう。

 マリは立花に視線を向けて驚いたような表情をしたが、視線を合わせてニコリとした立花に笑顔を返して歌い続けた。

 すると今度はハイハットで16ビートが刻まれる。佐伯さんも参加した。マリと立花に向けてニヤリとする。
ドラムも音が大きくなり過ぎないように加減はしているものの、ノリは損なわれておらずマリはとても歌い易そうだった。

 鼓動が高鳴っていく。
私が一生懸命打ち込みした音源よりも、練習もせず適当に合わせただけの皆の演奏の方が遥かに魅力的に思えて心を揺さぶった。

 ずっとずっと想像していた。
もしかしたら願っていたのかもしれない。
誰かが私の曲を奏でてくれることを。
それが唐突に実現した。

 部室は夢のような空間になっていた。

 サビが終わるとマリは歌うのを止め、ギターとドラムも止まる。
すぐに拍手が鳴った。西川だ。いつもの無表情だけど目は爛々としていた。感動しているのが分かる。拍手もさっきまでより激しい。
その拍手で平静を取り戻したので私も拍手する。少し感情的になってしまっていた。
マリは拍手に右手をおしとやかに振って返した。

「いやー、どもども」
「歌上手いですね!」
「まぁまぁだな」
「それほどでもー!」

 賞賛を受けて立花と同じように頭を掻いて謙遜するマリ。
でも顔はデレデレして明らかに調子こいてた。
 佐伯さんはニヤニヤしながら挑発するように西川に視線を向けた。

「ギターとボーカルはまぁまぁだから後はベースだな」
「頑張ります」

 唯一の初心者の西川は輝かせていた目に今度は闘志の炎を燃やしていた。
立花は楽器室から持ってきたギタースタンドにギターを置いて、ベースのケースを開けながら言った。

「じゃ、とりあえず弦張るね」
「弦あるの?」
「はい、こんなこともあろうかと家から持ってきました」

 マリの問いに立花は自分のギターケースから弦とニッパーを取り出してニコリとした。

「やりますなぁ」
「それベース用の弦なんだよね? ベースもやるの?」
「親のでちょっとだけ。すぐ弦張るね」
「自分でやってみたいです。教えてもらえますか?」
「もちろん!」

 西川はすぐに立ち上がり立花とベースに駆け寄った。取り出すと畳の上にベースを置き、教えてもらいながら弦を張る。
チューニングまで問題も無く終えると、早速ベースを構えた。
立花が問いかける。

「ピック弾きと指弾きがあるけどどうする?」
「指で弾きたいです」
「なんで?」

 マリはピック弾きと指弾きの違いを知りたくて質問したとと思うけど、西川には深いこだわりは無かったようで少し頬を染めて小さく返した。

「……カッコいいからです」
「分かる」

 なんとなくベースは指で弾いた方がカッコいい気がする。いや偏見かもしれないけど。

「指弾きはあんまりやったことないけど、やり方は――」
「ピックアップに親指を乗せて、人差し指と中指で弾きます」

 立花の説明に割り込んで、西川は自分で説明して構えた。実際それっぽいフォームだった。

「やったことあるの?」
「いえ、昨日調べてきました。フレット際で弦を抑えるんですよね」
「そうそう、あ、体と並行じゃなくてネックを少し前にすると、弾きやすいと思うよ」

 立花はネックを持つ西川の左手を軽く前に押し、ネックを少しだけ前に出した。
なんとなく窮屈そうだった体勢が、ぐっとそれっぽくなった。

「音出してみろよ」

 様子をニコニコしながら眺めていた佐伯さんが顎でベース用のアンプを示す。
西川は頷いて立ち上がり、立花とアンプのセッティングをした。

 シールドを繋ぎ、電源を入れ、少しだけ音量を上げる。

「弾いてみて」

 立花が言うと西川頷いてベースの一番太い弦を人差し指で弾く。
ドゥーン、と控えめの音量で低音がアンプから鳴ると、西川はまた「わあ」っというような表情をした。

「うん、大丈夫そうだね」

 少しづつ音量を上げながら立花が言った。

 それからしばらく二人はベースの練習、というよりもアンプの操作も含めた基本を確認し合っていた。
佐伯さんは二人に気を使ってか、少し軽めにドラムを叩いていた。
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