ガルテナ ~私の一番の音楽~

茂庭

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初披露

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 部室に入ると既に皆揃っていた。
機材のセッティングも済んでいて、それぞれ楽器を持ち、今にも演奏を始められるような状態だった。

「こんにちは、成瀬さん! 久しぶりです!」
「よっ」

 立花と佐伯さんが挨拶してくれる。西川も軽く会釈をした。

「こんにちは。なんか準備万端だね」
「ガハハ! パソコンの件は嘘だ! 引っかかりおったな痴れ者め!」

 隣にいたマリが悪党の下っ端のような口調で言いながら右手の平を私に突き出した。

「なんだってー!? で、なんなの?」

 とりあえず乗ってはおいたけど、本題が分からなくなってしまった。
練習の準備は万端だし邪魔になるのでは。

「ユカに一番のお客さんになってもらおうかと思って」
「お客さん?」
「ちょっといい感じになってきたので成瀬さんに聞いてもらおうって話になったんですよ」

 立花が補足してくれた。
なるほど、購買に行ったのはセッティングの時間稼ぎだったわけだ。ちょっとしたサプライズ。

「あー、そういうこと」
「じゃ、お客さんはこちらにどうぞ」
「お客とはちょっと違う気がするけどどうも」

マリに畳に座るように促されたので従った。
私は窓際の畳に座り、皆は扉側。私から見て右からベース、ドラム、ボーカル、ギターと並んだ。
西川の左手の指にテーピングがされていることに気付いた。

「西川指どうしたの?」
「ちょっと痛めました」

 マリがニヤついて立花に視線を向ける。

「地獄の特訓をしたからね。チハルちゃん、いや、鬼軍曹の下でね」
「その呼び方止めて下さいよ」

 立花は苦笑した。
 佐伯さんは目を閉じ俯いて静かに首を横に振る。

「ひでぇ特訓だったよ。鬼軍曹加減知らねーから血が噴き出してよ」

嘘だ。いくら何でもあり得ない。けどテーピングが気になったので念のため確認した。

「マジ?」
「嘘に決まってるじゃないですか! シオリが家で一生懸命練習してるだけです! 適当言わないで下さい!」
「嘘だぞ。そいつはマジもんの鬼だ」

 佐伯さんは笑いを堪えきれなくなったようで、俯きながらクククと笑った。
一方立花はいじられて本気で困っていた。

「もういいでしょ! 演奏しましょうよ!」
「そうだね」
「おっしゃ行くぞー」

 全員姿勢を正し、楽器を軽く鳴らす。それが徐々に収まっていって一瞬の静寂。緊張感が増す。




 マリが全員に目配せすると佐伯さんがニヤリと頷いてカウントをする。

「ワン・トゥー・ワン・トゥー・スリー・フォー」

 演奏が始まり、音で体が震えた。

 イントロ。見所が多すぎるので少しだけ目のやり場に困る。
歌い出し前のマリと目が合う。ニコニコしていた顔を更にクシャっとさせた笑顔を向けてくれる。
この笑顔を見て惚れない奴はいまい。世界中に親友を自慢したくなった。

 そして少しづつ演奏に引き込まれていく。

 ベースラインはシンプルなルート弾きにアレンジされていた。
初心者の西川の為に立花がアレンジしたのだろう。
西川は指板と睨めっこして余裕は無さそうだけど、音の粒も揃っていてリズムキープもしっかりされている。二週間とはとても思えなかった。

 心臓の鼓動を裏付けるような佐伯さんの弾けるスネア。
 目の前を輝かせるような煌びやかな立花のギター。

 マリが歌い出す。
優しくて透明感のある伸びやかな歌声は、力強さをはらんで演奏の上に乗った。

 前奏だけで心まで震えていたけど、マリが発声した瞬間、心の奥底から沸き立つ物があった。
また感じる感動とは少し違う感情。感動よりも上の感情なのかもしれない。
よく分からないけど、なにかが生まれるような、そんな感情なのかもしれない。




 私は六歳でピアノを始めた。親の勧めで始めたけど、ピアノは好きだった。
綺麗でピカピカした少し重い鍵盤を叩くと綺麗な音が出る。
これだけで新しい発見をしたようで、嬉しくなったのを覚えている

 九歳になって、作曲、というよりは、アドリブ、とも言えないような適当な短いフレーズを何度か弾いていたらお母さんに褒められた。
「すごーい! ユカリの曲だね!」

 今思えばピアノを習う子を持つ親であれば誰でも言いそうなセリフ。
でもそれが凄く嬉しくて作曲に興味を持つようになった。

 作曲は面白い。
自分の想いを込めながら、自分から完全に切り離される分身を作るような感覚。
まさに「生み出す」という表現が合っていた。




 そして今、私が生み出した分身は、皆の演奏で展開され熱を帯び、新しい世界となって部室を満たしている。
込み上げるものがある。気が付けば手をギュッと握っていた。

 でも、その世界はあっという間に終わってしまう。サビが終わると演奏も終わった。




 立花に視線を向けられる。

「はい、とりあえずここまでです」
「どうだった!?」

 マリにニコニコしながら詰め寄られて我に返った。新しい世界に浸って夢心地だった。
サビまでが聞かせられるレベルの範囲ということだろう。
想像を遥かに超える演奏だったので正直に言う。

「うん、すっごい良かった」
「「イェーイ!」」

 マリと立花はハイタッチをした。
西川はその場にへたり込んだ。「大丈夫?」と声を掛ける前に佐伯さんが声を掛けた。

「どうした?」
「が、よ、う、し……」
「画用紙? 鬼軍曹への恨み節でも書くのか?」
「恨まれるようなことしてませんて!」
「『頑張った。喜んでもらえて嬉しい』だって」

 またマリが西川の言葉を翻訳していた。
西川がへたり込むことは皆あまり気にしていないようだった。よくあることなのかもしれない。

 少し嫉妬してしまう。あんなに素敵な世界を作って、楽しく輪を作って。羨ましい。
 私も、その輪の中に入りたい。

「ユカ?」
「え? なに?」
「大丈夫? ボーっとしてない?」

 マリに顔を覗き込まれた。勝手な嫉妬で怖い顔になってしまっていたかもしれない。
顔が熱くなるのを感じたので話を変える。

「うん、大丈夫大丈夫。西川凄いね。二週間とは思えなかった」

 西川はへたり込んだままニコリとした。可愛い。
立花が自分が褒められたように嬉しそうに言った。

「そうなんですよ! 私もビックリしました!」
「そうそう! 私のギターなんて鬼軍曹に却下されたもんね!」
「え? マリ、ギター始めたの?」
「うん」

 マリは部室の隅のギタースタンドに立てかけてあるギターに視線を向けた。
見覚えのあるギターだった。
使い込まれたサンバーストのテレキャスター。部室にあった物。
チハルが弾いているのかと思ったらマリの練習用だったらしい。
 マリはヨヨヨと泣く振りをして続ける。

「家にも一本持ち帰って練習してるんだけど、『まだ披露できるようなもんじゃない練習しろゴミめ』って鬼軍曹に言われて」
「そうは言ってません!」
「あれは無慈悲だったよ……」
「騙されないで下さいね!」

 立花は必死に否定する。いじられキャラが定着しているのかもしれない。

「おいドラムも褒め称えろよ」
「讃えます讃えます! 凄かったー! いい子いい子!」

 佐伯さんは私に視線を向けていたけどマリが褒めた。
泣く振りから鮮やかに転身して満面の笑顔だ。そして佐伯さんの髪が乱れないように頭を撫でた。
佐伯さんは呆気に取られていた。

「それは小馬鹿にしてない?」

 とは言いながらも撫でまわす手を振り払おうとはしなかった。

「よし、お前らの勝ちだ!」

 頭を撫でられていた佐伯さんが笑顔になって唐突に言った。
マリはポカンとして撫でていた手を引っ込める。立花が訪ねる。

「なにがです?」
「被服部の部室で言った条件だよ。お前らは私のドラムに見合う!」
「一ヶ月って言ってましたよね? まだ二週間ですけど……」
「前倒しでクリアだ。お前らのこと気に入った! チハルは気合い入ってるし、シオリは根性がある! マリコとユカリはおもしれーしな!」

 私とマリの褒め方だけ雑ではないか。というツッコミを飲み込むと、佐伯さんは続けた。

「軽音部は辞めねーし衣装も作ってやる!」
「ホントですか!?」

 立花は佐伯さんに詰め寄った。
佐伯さんは自分の胸をドン! っと叩いてニッと笑った。

「あぁ! 衣装は私に任せろ!」
「「やったー!!」」

 マリと立花がまたハイタッチをして喜ぶ。
羨ましい。衣装が羨ましい訳ではなく、私も輪の中に入りたい。

 早く言わなきゃ。「私も入れて」って。
でもさっきからどうにもタイミングが掴めないでいた。

「成瀬さん」

 へたり込んだままの西川に声を掛けられた。
またタイミングを逃しそうだ、と少し残念に思いながら返事をする。

「なに?」
「ユカリさんもバンドに参加しませんか?」

 心臓が跳ねた。西川は私が参加したいと思っていることを見抜いたんだ。
表情に出ていたのかもしれない。

 西川の言葉で皆が私に視線を向ける。
その視線は期待に満ちていて、強く手を引かれた気分になった。
あとは流し込むだけの完璧なパスになったので、ゴールに入れるのは簡単だった。

 皆の演奏を聞いて、幸せな世界に浸って、この世界の中にいたいと心から思った。
この気持ちはもう揺らがない。

 私も、皆とバンドをやりたい。

「うん、参加したい」
「「やったー!!」」

 マリと立花が抱きついてきた。西川も佐伯さんも笑顔で歓迎してくれる。
言えてよかった。西川ありがとう。悪く思ってごめん。
 私に抱き着いていたマリが唐突に振り返って西川に言う。

「っていうかズルいよシオリちゃん! それ私のセリフだったでしょ!」

 西川は軽く頭を下げたけど、意味が分からない。

「え? どゆこと?」
「マリコが『ユカを誘いたいから協力してくれ』って言うから演奏したんだよ」
「ガハハ! 演奏を聞いてもらおうというのは嘘だ! 引っかかりおったな痴れ者め!」

 佐伯さんが補足してくれると、またマリが悪党の下っ端のような口調で言いながら右手の平を私に突き出した。
元から歓迎してくれることは分かっていたのに、なぜまごまごしてしまったのか。苦笑してしまう。

「いや実際聞かせてもらったし」
「ですね」
「今日まだ練習するんだよね?」
「勿論です!」
「参加してもいい?」
「大歓迎ですよ!」

 立花は満面の笑顔で言ってくれる。

「じゃあ楽器室のキーボード取ってくる」
「手伝うよ!」
「ありがと」

 マリの明るい声にまた背中を押されたような気がした。
廊下に出るとマリが言った。

「あ、これ」

 スカートの右ポケットから部室の鍵を取り出して続ける。

「ホントはユカの仕事でしょ?」
「仕事だったんか」
「そうだよ」

 ニシシっと笑ったマリから鍵を受け取って、二人で楽器室に向かった。
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