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ユカリのお願い
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「ファン一号はなにが起きてもずっとファン」か。それはありがたい。
寝ちゃってた。
時計を見ると十七時前だった。三十分くらい寝てたみたい。
たった三十分でも、寝不足が解消されたと思えるほどスッキリしていた。
多分見ていた昔の夢のお陰。
甘やかされすぎでしょ、私。夢でも励まされるなんて。
立ち上がって机の引き出しにしまっておいた退部届を取り出す。
そしてビリッビリに破いてグシャグシャに丸めゴミ箱に叩きつけた。
今破り捨てたのは退部届じゃない。卑怯者の自分。
カッコつけたけど退部届の破片が何枚かゴミ箱から外れていた。
拾い上げて丁寧にゴミ箱に入れた。カッコ悪い。
立ち上がると姿見が目に入る。少しはマシな顔になったかな。
ようやくバンドマンの端くれくらいにはなれた気がした。
喉の奥の締め付けは消えていた。
分かってたのにね。マリはいつでも絶対味方だって。
いや、もうマリだけじゃない。皆まだ部活してるかな。
大丈夫、分かってるんだ。カッコよくなる方法も。
ようやくバンドマンの端くれとなった元卑怯者は、部屋のドアノブを回した。
玄関を出るとやっぱり暑かった。でも不快な暑さではない。早足で学校へ向かう。
なんで私はあんなに大事なことを忘れていたんだろう。夢を見るまで忘れていた。
皆が絶対に泣かせたくない親友であると共に、世界で一番信用できる仲間であること。
それに気付いて考えは一気に反転した。
私の曲がダメだったから負けた、という考えは変わっていない。
でも皆なら補ってくれる。助けてくれる。
私の最後の負い目、自分の曲に自信が無いことを言わなかったこと。
それを伝えたら見捨てられてしまうような気がしていた。
せっかく私の曲に価値をくれた皆に、そっぽ向かれてしまうのが堪らなく怖かった。
見捨てられる前に逃げてしまえ。なんて本当に卑怯者の発想。
ちゃんと言おう。
皆なら全部受け止めた上で、一緒にいてくれる。戦ってくれる。
もしダメだったとしても手を差し伸べてくれる。実際そうだった。卑怯者がその手を拒絶しただけ。
結局バカな私の一人相撲。
早足は駆け足になっていた。
校門の前までやってきた。もう十七時を回っているので人は殆どいない。
ここまで走って来たので息が切れてしまった。歩いて下駄箱に向かう。
上履きを履き部室に向かう途中、急に緊張してきた。
サボったのは九日だけなのに、なんというヘタレ。
しまった。ヘタレ成分も一緒に捨てるべきだった。
足取り重く部室前の廊下まで来ると、皆の演奏が聞こえた。
私の曲。ホッとする。まだ予選動画で使った曲の練習をしていた。
演奏が響く部室の扉の前に立ち、大きい深呼吸をニ回して意を決した。
幸い部室の扉が少し開いていた。そこから部室の中を覗き込む。
まるで変態のようだけど、いきなり入ることは出来なかった。
ヘタレにしてはこれでも頑張っている方なのだ。
いつも練習の締めにしている合わせての演奏をしていた。
なるほど、チハルの手紙の通り、皆イマイチ元気が無い。
予選動画を撮影した一ヶ月前の方がずっと素敵な演奏だった。
特にマリ。気持ちが全く入っていないことが聞いてて伝わってくる。
いつも真面目で元気なマリがあんな風になるなんて……サボり魔が言えることではないけど。
そんなことを考えていると曲が終わり、チハルが振り向いた。目が合う。
ヤバっ!! と思って頭を引っ込めたけど遅かった。
「あっ!! ユカリさん!?」
扉の向こうから声が聞こえてしまった。
咄嗟に扉の横の壁に背を付けて隠れる。全く隠れられなかった。
ヤバいヤバい心の準備が。いやついさっきしたっけソレ。
すぐに扉が勢いよく開かれ、部室からギターをかけたままのチハルが出て来た。これ以上ないほどの笑顔で。
「やっぱり!! やったー!!」
すぐに左手を掴まれた。そのままグイグイ部室の中に引っ張られた。
「やっと来てくれましたね」
「おせーよいつまでヘコんでんだよカップ麺何個出来てんだよ」
シオリとサナエさんが笑顔で迎えてくれる。
マリだけが俯いていた。
そんなマリに気付いていない様子のチハルはサナエさんにポカンとした顔を向け言った。
「三分以内に復活しろってことですか?」
「そうだよデカい正義の味方だって三分で帰るだろ」
「なるほどー」
謎に納得したチハルに思わずツッコんでしまう。
「なるほどなの? ソレ」
うーん、変わってない。一週間ちょいだから当然か。
とりあえずチハルにお礼を言う。
「チハル、手紙ありがと」
「はい! 来てくれてすっごく嬉しいです!!」
どんな邪念も吹き飛ばしてしまいそうな笑顔を向けてくれる。
チハルは初めて会った時からそうだったな。
「手紙ぃ?」
サナエさんがジロリとチハルに視線を向けると、チハルは吹けない口笛を吹いてそっぽを向いた。
どうやらあまり私に構わないように言ってくれていたようだ。正直とても助かった。
ここまで来たんだ。今更マゴマゴしていられない。すぐに切り出した。
「みんな、サボってごめん。聞いて欲しいことがあるんだ」
「なんですか?」
チハルが先を促してくれた。皆の視線は私に向いていた。
少し息を吸って、自分の想いを吐き出した。
「私は、私の曲がダメだと思ってる。自信が全く無い。私の曲じゃ予選突破なんて出来ないと思ってる」
チハルがなにか言おうとしたが、先に続けた。
「でも、それでも」
また少し息を吸って、お願いした。
「もう一回、チャンスが欲しい。もう一回、私の曲を使って欲しい」
それを聞いたチハルはホッとしたような顔をしていた。
「そんなのこちらからおねが――」
「嫌だ!!」
チハルの言葉をマリが大声で遮った。
マリの顔には怒りが浮かんでいた。
マリに背を向ける形になっていたチハルが振り返って問いかける。
「マリコさん?」
皆の視線は私からマリに移されていた。
「『もう一回』なんて言い方じゃ絶対嫌だ!!」
マリの表情は怒りから悲しみに変わる。
「違うでしょ? 『もう一回』じゃないでしょ?」
マリはまた泣きそうになった。そんな状態になりながら、マリは私に甘い。
どこまで甘いのか。そう言うのであれば、遠慮なく甘えさせてもらおう。
求められている返答はすぐに分かっていた。
「……そうだね。間違えた」
皆の視線がまた私に移った。皆も聞いてくれている。
四月の夕日の中からのお願いに、ようやく答えられる。今度は私からのお願いになって。
頬が緩むのを感じながら言った。
「私の曲を歌って欲しい。演奏して欲しい」
まだ続ける。
「私が納得するまで!」
大きな声で。
「何度でも!」
一回息を吸って、もっと大きな声で、皆の心の奥底まで届くように。
「勝つまで!!」
言うととてもスッキリした。今までの悩みは、とても下らないことのように思えた。
チハルが抱き着いて来る。
「当然ですよ!!」
シオリも駆け寄ってきて私の左手を両手でギュウっと握って言ってくれる。
「頑張ります!」
二人ともこれまでで一番の笑顔を見せてくれた。
サナエさんはいつものニシシっとした笑みを浮かべながら二人から遅れて近づいて来た。
「よく言った!」
そう言って私の頭を髪が乱れるように右手でワシワシ撫でまわした。
愛のあるお叱りのようにも思えた。
いつもなら全部「やめて」と言うようなことだけど、照れ臭いけど、凄く心地よかった。
そんな中、正面に立つサナエさん越しに、悲しそうに俯くマリを見た。
そうだ、マリに酷いことを言ったことを謝らなければいけない。
いい雰囲気であやふやにしてはいけない。そう思って声を掛ける。
「マリ」
「ごめんね」
なぜかマリが謝った。瞳には涙が溜まっていた。
皆は気を使って少し離れてくれた。
正面にいたサナエさんはマリとの直線上に入らないよう、避けてくれた。
「なんでマリが謝るの。悪いのは私でしょ。ずっと謝りたかったんだ。酷いこと言ってごめん」
頭を下げた。
「違うよ。悪いのは私だよ。『忘れ物』って嘘だって分かってたのに、一人になりたいのも分かってたのに、そっとしておいてあげればよかったのに、首突っ込んで余計なこと言って追い詰めて、ホント最低だ私」
予想していなかったことを言われて頭を上げる。
嫌われていた訳では無くて安心した。マリも私と同じように自己嫌悪があったんだ。
もっと早く言うべきだった。二人とも無駄に苦しんでいたんだ。
つい笑いが漏れてしまった。
「アハハ」
「なんで笑うの?」
「私も自分が最低だと思ってたから、なんか面白いね」
「ユカ!」
マリは勢いよく抱きついてきた。
「ホぐぇ!」
勢いがよすぎてちょっとした体当たりになっていた。
女子力皆無の呻き声を上げてしまう。
「ごめん! ごめん! ごめんね!」
マリの『ごめん』には今の体当たりも含まれていただろう。
変な呻き声を上げてしまったが、そんなことは全く気にしない。
マリは私の首に手を回して強く抱きしめていた。
それに返すように強く強く抱きしめ返した。
「うん、私の方こそ、ごめんね」
「うん! うん! よかった! よかったよぉ!」
抱きしめ合っているので顔は見えないけど、嗚咽と体の震えでボロボロ泣いているのは分かった。
親友の体から伝わる震えには流石に込み上げるものがあって、涙が出そうになった。
けど引っ込んだ。
視界の端に映るシオリが号泣していたのだ。
凄い泣きっぷりだ。絶対マリより泣いている。
「どうしたの?」
「仲直りが嬉しいんだろ」
チハルがシオリに問いかけるとニヤついたサナエさんが答えた。
シオリはそれに何度も強く頷いた。眼鏡を外して涙を拭っていた。
チハルも分かっていたとは思うけど、あまりの泣きっぷりに心配になって確認したんだろう。
その光景を見て少し冷静になり涙が引っ込んでいた。泣くのは恥ずかしいので助かった。ありがとうシオリ。
などとシオリからすると不本意であろうお礼を心の中ですると、抱きしめられていた手が少し緩んだ。
私も緩めると、マリは抱きしめ合ったまま私の顔と鼻が付くほどの距離で顔を合わせ、目を見た。
そして、涙が残る顔をクシャクシャにして笑ってくれた。
初めてここで歌ってくれた時に見せてくれた笑顔より、愛らしい笑顔だった。
その笑顔のまま額を押し付けて来た。押し返す。
二人で額を押し付け合って、笑った。
寝ちゃってた。
時計を見ると十七時前だった。三十分くらい寝てたみたい。
たった三十分でも、寝不足が解消されたと思えるほどスッキリしていた。
多分見ていた昔の夢のお陰。
甘やかされすぎでしょ、私。夢でも励まされるなんて。
立ち上がって机の引き出しにしまっておいた退部届を取り出す。
そしてビリッビリに破いてグシャグシャに丸めゴミ箱に叩きつけた。
今破り捨てたのは退部届じゃない。卑怯者の自分。
カッコつけたけど退部届の破片が何枚かゴミ箱から外れていた。
拾い上げて丁寧にゴミ箱に入れた。カッコ悪い。
立ち上がると姿見が目に入る。少しはマシな顔になったかな。
ようやくバンドマンの端くれくらいにはなれた気がした。
喉の奥の締め付けは消えていた。
分かってたのにね。マリはいつでも絶対味方だって。
いや、もうマリだけじゃない。皆まだ部活してるかな。
大丈夫、分かってるんだ。カッコよくなる方法も。
ようやくバンドマンの端くれとなった元卑怯者は、部屋のドアノブを回した。
玄関を出るとやっぱり暑かった。でも不快な暑さではない。早足で学校へ向かう。
なんで私はあんなに大事なことを忘れていたんだろう。夢を見るまで忘れていた。
皆が絶対に泣かせたくない親友であると共に、世界で一番信用できる仲間であること。
それに気付いて考えは一気に反転した。
私の曲がダメだったから負けた、という考えは変わっていない。
でも皆なら補ってくれる。助けてくれる。
私の最後の負い目、自分の曲に自信が無いことを言わなかったこと。
それを伝えたら見捨てられてしまうような気がしていた。
せっかく私の曲に価値をくれた皆に、そっぽ向かれてしまうのが堪らなく怖かった。
見捨てられる前に逃げてしまえ。なんて本当に卑怯者の発想。
ちゃんと言おう。
皆なら全部受け止めた上で、一緒にいてくれる。戦ってくれる。
もしダメだったとしても手を差し伸べてくれる。実際そうだった。卑怯者がその手を拒絶しただけ。
結局バカな私の一人相撲。
早足は駆け足になっていた。
校門の前までやってきた。もう十七時を回っているので人は殆どいない。
ここまで走って来たので息が切れてしまった。歩いて下駄箱に向かう。
上履きを履き部室に向かう途中、急に緊張してきた。
サボったのは九日だけなのに、なんというヘタレ。
しまった。ヘタレ成分も一緒に捨てるべきだった。
足取り重く部室前の廊下まで来ると、皆の演奏が聞こえた。
私の曲。ホッとする。まだ予選動画で使った曲の練習をしていた。
演奏が響く部室の扉の前に立ち、大きい深呼吸をニ回して意を決した。
幸い部室の扉が少し開いていた。そこから部室の中を覗き込む。
まるで変態のようだけど、いきなり入ることは出来なかった。
ヘタレにしてはこれでも頑張っている方なのだ。
いつも練習の締めにしている合わせての演奏をしていた。
なるほど、チハルの手紙の通り、皆イマイチ元気が無い。
予選動画を撮影した一ヶ月前の方がずっと素敵な演奏だった。
特にマリ。気持ちが全く入っていないことが聞いてて伝わってくる。
いつも真面目で元気なマリがあんな風になるなんて……サボり魔が言えることではないけど。
そんなことを考えていると曲が終わり、チハルが振り向いた。目が合う。
ヤバっ!! と思って頭を引っ込めたけど遅かった。
「あっ!! ユカリさん!?」
扉の向こうから声が聞こえてしまった。
咄嗟に扉の横の壁に背を付けて隠れる。全く隠れられなかった。
ヤバいヤバい心の準備が。いやついさっきしたっけソレ。
すぐに扉が勢いよく開かれ、部室からギターをかけたままのチハルが出て来た。これ以上ないほどの笑顔で。
「やっぱり!! やったー!!」
すぐに左手を掴まれた。そのままグイグイ部室の中に引っ張られた。
「やっと来てくれましたね」
「おせーよいつまでヘコんでんだよカップ麺何個出来てんだよ」
シオリとサナエさんが笑顔で迎えてくれる。
マリだけが俯いていた。
そんなマリに気付いていない様子のチハルはサナエさんにポカンとした顔を向け言った。
「三分以内に復活しろってことですか?」
「そうだよデカい正義の味方だって三分で帰るだろ」
「なるほどー」
謎に納得したチハルに思わずツッコんでしまう。
「なるほどなの? ソレ」
うーん、変わってない。一週間ちょいだから当然か。
とりあえずチハルにお礼を言う。
「チハル、手紙ありがと」
「はい! 来てくれてすっごく嬉しいです!!」
どんな邪念も吹き飛ばしてしまいそうな笑顔を向けてくれる。
チハルは初めて会った時からそうだったな。
「手紙ぃ?」
サナエさんがジロリとチハルに視線を向けると、チハルは吹けない口笛を吹いてそっぽを向いた。
どうやらあまり私に構わないように言ってくれていたようだ。正直とても助かった。
ここまで来たんだ。今更マゴマゴしていられない。すぐに切り出した。
「みんな、サボってごめん。聞いて欲しいことがあるんだ」
「なんですか?」
チハルが先を促してくれた。皆の視線は私に向いていた。
少し息を吸って、自分の想いを吐き出した。
「私は、私の曲がダメだと思ってる。自信が全く無い。私の曲じゃ予選突破なんて出来ないと思ってる」
チハルがなにか言おうとしたが、先に続けた。
「でも、それでも」
また少し息を吸って、お願いした。
「もう一回、チャンスが欲しい。もう一回、私の曲を使って欲しい」
それを聞いたチハルはホッとしたような顔をしていた。
「そんなのこちらからおねが――」
「嫌だ!!」
チハルの言葉をマリが大声で遮った。
マリの顔には怒りが浮かんでいた。
マリに背を向ける形になっていたチハルが振り返って問いかける。
「マリコさん?」
皆の視線は私からマリに移されていた。
「『もう一回』なんて言い方じゃ絶対嫌だ!!」
マリの表情は怒りから悲しみに変わる。
「違うでしょ? 『もう一回』じゃないでしょ?」
マリはまた泣きそうになった。そんな状態になりながら、マリは私に甘い。
どこまで甘いのか。そう言うのであれば、遠慮なく甘えさせてもらおう。
求められている返答はすぐに分かっていた。
「……そうだね。間違えた」
皆の視線がまた私に移った。皆も聞いてくれている。
四月の夕日の中からのお願いに、ようやく答えられる。今度は私からのお願いになって。
頬が緩むのを感じながら言った。
「私の曲を歌って欲しい。演奏して欲しい」
まだ続ける。
「私が納得するまで!」
大きな声で。
「何度でも!」
一回息を吸って、もっと大きな声で、皆の心の奥底まで届くように。
「勝つまで!!」
言うととてもスッキリした。今までの悩みは、とても下らないことのように思えた。
チハルが抱き着いて来る。
「当然ですよ!!」
シオリも駆け寄ってきて私の左手を両手でギュウっと握って言ってくれる。
「頑張ります!」
二人ともこれまでで一番の笑顔を見せてくれた。
サナエさんはいつものニシシっとした笑みを浮かべながら二人から遅れて近づいて来た。
「よく言った!」
そう言って私の頭を髪が乱れるように右手でワシワシ撫でまわした。
愛のあるお叱りのようにも思えた。
いつもなら全部「やめて」と言うようなことだけど、照れ臭いけど、凄く心地よかった。
そんな中、正面に立つサナエさん越しに、悲しそうに俯くマリを見た。
そうだ、マリに酷いことを言ったことを謝らなければいけない。
いい雰囲気であやふやにしてはいけない。そう思って声を掛ける。
「マリ」
「ごめんね」
なぜかマリが謝った。瞳には涙が溜まっていた。
皆は気を使って少し離れてくれた。
正面にいたサナエさんはマリとの直線上に入らないよう、避けてくれた。
「なんでマリが謝るの。悪いのは私でしょ。ずっと謝りたかったんだ。酷いこと言ってごめん」
頭を下げた。
「違うよ。悪いのは私だよ。『忘れ物』って嘘だって分かってたのに、一人になりたいのも分かってたのに、そっとしておいてあげればよかったのに、首突っ込んで余計なこと言って追い詰めて、ホント最低だ私」
予想していなかったことを言われて頭を上げる。
嫌われていた訳では無くて安心した。マリも私と同じように自己嫌悪があったんだ。
もっと早く言うべきだった。二人とも無駄に苦しんでいたんだ。
つい笑いが漏れてしまった。
「アハハ」
「なんで笑うの?」
「私も自分が最低だと思ってたから、なんか面白いね」
「ユカ!」
マリは勢いよく抱きついてきた。
「ホぐぇ!」
勢いがよすぎてちょっとした体当たりになっていた。
女子力皆無の呻き声を上げてしまう。
「ごめん! ごめん! ごめんね!」
マリの『ごめん』には今の体当たりも含まれていただろう。
変な呻き声を上げてしまったが、そんなことは全く気にしない。
マリは私の首に手を回して強く抱きしめていた。
それに返すように強く強く抱きしめ返した。
「うん、私の方こそ、ごめんね」
「うん! うん! よかった! よかったよぉ!」
抱きしめ合っているので顔は見えないけど、嗚咽と体の震えでボロボロ泣いているのは分かった。
親友の体から伝わる震えには流石に込み上げるものがあって、涙が出そうになった。
けど引っ込んだ。
視界の端に映るシオリが号泣していたのだ。
凄い泣きっぷりだ。絶対マリより泣いている。
「どうしたの?」
「仲直りが嬉しいんだろ」
チハルがシオリに問いかけるとニヤついたサナエさんが答えた。
シオリはそれに何度も強く頷いた。眼鏡を外して涙を拭っていた。
チハルも分かっていたとは思うけど、あまりの泣きっぷりに心配になって確認したんだろう。
その光景を見て少し冷静になり涙が引っ込んでいた。泣くのは恥ずかしいので助かった。ありがとうシオリ。
などとシオリからすると不本意であろうお礼を心の中ですると、抱きしめられていた手が少し緩んだ。
私も緩めると、マリは抱きしめ合ったまま私の顔と鼻が付くほどの距離で顔を合わせ、目を見た。
そして、涙が残る顔をクシャクシャにして笑ってくれた。
初めてここで歌ってくれた時に見せてくれた笑顔より、愛らしい笑顔だった。
その笑顔のまま額を押し付けて来た。押し返す。
二人で額を押し付け合って、笑った。
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