ガルテナ ~私の一番の音楽~

茂庭

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アドバイスと特別指導

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 八月上旬、チハルがお父さんからのアドバイスを綺麗にプリントして皆に配ってくれた。
色々と為になるアドバイスだった。

 ・倍テンと裏拍を意識しよう。
 ・四分音符を侮らないように。
 ・音符と音符の間にも音符を感じよう。

 リズム関係のアドバイスが多いのでメトロノームを使った練習を更に増やすことになった。
ご丁寧にトレーニング用の譜例まで用意して頂いた。
すっごい簡単そうな譜例だな、と思って眺めていたら一番下に『簡単と侮るなかれ』と注意書きがしてあって焦った。
チハルのお父さんはエスパーなのかもしれない。

 リズム以外にも面白いアドバイスがあった。

 ・休符はただの休みではない。休符も演奏するような気持で。
 ・一拍目に向かう音を意識して前進する力を出そう。

 適当、という訳では無いけど、確かに感覚で弾いてしまっていた。
簡単なことでも意識するだけで少し良くなるような気がした。

 それから『もっと各パートで合わせる練習をするように』とも書かれていた。
『走るのもモタるのもバンド全体でやっちまえばバレねーぜ!』 とのことらしい。まぁそれはそうかもしれないけど言い方としてはどうだろう。
ともかく、ドラムとベース、キーボードとギターなど、組み合わせを変えて合わせる時間も増やすことにした。

 個別のアドバイスもあった。

・ギター:可愛い。
・ベース:真面目過ぎ。
・キーボード:照れがある。
・ドラム:スネアでもっと虹を出そう。

 いきなり抽象的になってなんとも言えない。『照れがある』と言われても。いや確かにあるかも知れないけど。
虹に至っては完全に意味不明だけど、サナエはフムフムと頷いていた。本当に分かっているのだろうか。
ちなみにギターはチハルのこと。完全に親バカじゃん! とチハルに言ったら頭を描いて照れていた。愛されていることが伺えた。




 アドバイスを取り入れての練習を始めてからしばらく経ち、八月中旬、部室にシオリ、サナエ、私の三人で合わせた練習をしていた。
練習の合間にサナエがつぶやいた。

「やっぱチハルの親父のアドバイス当たってるな」
「なに急に」
「ユカリは照れがあるしシオリは真面目過ぎなんだよ」
「そんなこと言われても良く分かんないんだけど……」

 シオリも頷いていた。サナエはドラムスティックで肩を叩きながらニヤリとした。

「任せろ。いい対策を考えてやった」
「もう嫌な予感がする」
「まぁ聞けよ。シオリはまずこう言え。『あー次数学じゃん。マジだるだるダルダルソース』」

 表情筋を緩め切った締まりのないアホ面でサナエが言った。
シオリと二人で固まってしまったが、なんとか返事をする。

「は? いやちょっと待って、それ意味ある?」
「あるに決まってんだろ。ベース上手い奴みんなコレ言えるからな」
「絶対嘘」

 無口なシオリの代わりにやり合うとサナエは不満げに眉を吊り上げ急かす。

「マジだって。 ホラ早く言え」

 シオリはさっさと話しを終わらせたいようで物凄い不満顔で言った。

「あー次数学じゃん。マジだるだるダルダルソース」
「全然違ーよ! やる気あんのか!? 理性出してどうする! 顔もちゃんと真似しろ! 仕方ねーからもう一回やってやる! 『あー次数学じゃん。マジだるだるダルダルソース』」

 また表情筋を緩め切った締まりのないアホ面でサナエが言った。
 シオリは物凄く嫌そうに首を横に振る。それはそうだ、意味が分からない。
ただサナエは一層眉を吊り上げる。

「私が一番上手いんだから一番正しいに決まってんだろ! 上手くなりたくねーのか!」

 シオリは『上手くなりたくねーのか!』にピクリと反応した。なりたいに決まっている。サナエが一番上手いのも本当。

 ドラムとベースの二人、リズム隊での練習の時はサナエが主導で引っ張ってくれるらしい。指導もしてくれていたとか。
そんな訳で演奏については絶対的な信頼がある。
シオリは本当に指導かもしれないと、一縷の望みを持ったのだろう。意を決したように大きく息を吸うと、表情筋を緩め切った締まりのないアホ面まで真似て言った。

「あー次数学じゃん。マジだるだるダルダルソース」
「……」

 笑ってはいけない。シオリは真面目で真剣だ。
必死に奥歯を噛みしめ笑いを堪えているとシオリに死んだような目を向けられた。

「いっそのこと笑って」
「よし、まぁギリOKかな。今の気持ち忘れんなよ」

 どうやらサナエは本気だったらしく、満足気にホクホク顔をしていた。
コレのどこが演奏に関わるのかさっぱり分からなかった。
シオリはサナエを睨んだ。

「怒りと後悔しかないけど」
「あと今のたまに言えよ」
「二度と言わない」

 二人のやり取りに笑いが零れてしまいそうになる。
でもサナエにホクホク顔を向けられ、零れそうな笑いを嫌な予感がかき消した。

「じゃあ次ユカリな」
「げっ、私も今みたいな辱めを受けるの?」
「いや、ユカリはなかなかふざけてるから今のとは違う」
「それ褒めてる?」
「つかユカリは照れ対策だろ。照れ対策は簡単だ。恥ずかしいことして恥に慣れればいい。って訳で特別講師をお呼びした」

 嫌な予感が濃くなっていく。
サナエは扉に向けて少し大きな声で呼びかける。

「せんせー!!」

 部室のドアをガラリと開けて入って来たのはマリだった。

「はーい! 特別講師のマリコでーす!」

 元気に右手を挙げ愛想を振りまく。
おかしい、マリはチハルとギターの練習中のはず。いつからスタンバっていたのか。自分の練習しなよ。

「じゃ先生、頼んだ」
「うん、ユカの恥ずかしいことなら私に任せて」

 サナエの目配せにマリは力強く頷いた。
嫌な予感は確信に変わっていたけど訳が分からない。

「え、なにする気なの?」

 マリは私の問いかけを無視してシオリとサナエにニコニコして語る。

「これはね、小五の時の話で、ユカの家では『フレンチトーストの乱』と呼ばれている事件――」
「お前ぇぇぇぇぇぇ!!」

 全力でマリに掴みかかり話を遮った。

「ぐえぇぇぇぇぇぇ!!」
「その話は止めろって言ったろぉぉぉぉ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 『絶対に他人に言うな忘れろ』と脅迫、もとい約束した過去の話を蒸し返されそうになったので、マリを締め上げ部室を出て廊下の果てまで連れ去った。



由香里と真梨子がいなくなった部室で、佐奈栄は満足気に笑った。

「よし! これにて特別指導は終了だ! 上手くなって良かったな!」
「心に傷を負っただけでは」

栞はまたジロリと佐奈栄を睨んだ。
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