異世界美貌の騎士様は、キスで魔力をもっていく

琉希

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第1章 跳躍と出会い⑨『訊くな』

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 翌日、海人はイリアスと共に街に出た。
 
 気候は春のように穏やかだった。真夏の日本からやってきた海人のTシャツでは肌寒い。
 今日もこちらの世界の麻の服を着ている。
 
 屋敷を出るとき、てっきり馬に乗って行くのかと思いきや、歩ける距離だという。
 あわよくば馬に乗せてもらえるかもしれないと期待したが、残念である。
 
 丘を降りながらイリアスから昨日は何を教わったのか訊かれたので、宙を見ながら答えた。
 
 ほとんどが地理と階級社会についてであり、特に貴族については、無礼な態度を取ると牢に入れられることもあるらしい。
 知らないでは済まされないということ、馬車に紋章があったら注意を払うことなどだった。加えて、わかったこともあった。

「おれはこの国の文字、読めませんでした」

 イリアスが横を歩く海人を見下ろした。頭ひとつ分の身長差がある。
 海人は遠くに見える街並みを見据えたまま言った。

「不思議ですよね。言葉は通じるのに」

 イリアスは、そうだな、とつぶやいた。

 彼の知っている跳躍者アフロディーテから何か聞いてはいないのだろうか。
 海人が気になって尋ねようとしたとき、街の喧騒けんそうが耳に届いた。

 いつの間にか街中に入っていたようだ。
 石畳が続く、石造りの街だ。露店も出ていて、買い物客が物色し、商人の呼び込みが聞こえてきた。

 領主直轄の街、リンデである。
 
 行き交う人は西欧人と同じ容姿で、その人の多さとヨーロッパのような街並みに気分が上がった。 

「すごい、にぎやかだ!」

 海人は頬を上気させ、きょろきょろと辺りを見渡した。
 店の軒並みに看板が掲げられている。読めはしないが、雰囲気で何の店かわかるものもあった。

「欲しいものは大体この街で手に入る。サウスリー領の中で一番大きな商業都市だ」

 リンデの街は住宅街と商業街に分かれているという。
 イリアスは商業街を案内してくれた。
 
 食材や衣類はもちろん、装飾品や工芸品など、生活用品の店がずらりと並んでいる。
 自然と歩を緩めながら見て回っていると、ふいに良い匂いに魅かれた。
 
 匂いの元を探してみると、店先に焼けた肉の塊が掲げられていて、その肉を細腕の少年がそぎ落としていた。
 客もいる。少年から包みを受け取った客は、店を離れながら買ったばかりのそれにかぶりついた。
 
 なんだかおいしそうである。
 
 海人が立ち止まって魅入っていると、

「モンテの肉だな。食べてみるか」
 
 イリアスが言った。

「うん、食べたい」

 敬語を忘れて海人は答えた。
 イリアスは店に近づき、少年にふたつ注文した。

 まいど! と威勢よく答え、慣れた手つきで先ほどと同じように肉を削ぎ始める。
 ナンのような皮の上に野菜と肉が乗せられていく工程を見ながら、イリアスは少年に話しかけた。

「親父さんはいないのか」
 
 少年はせっせとタレをかけながら、ナンを折りつつ、

「買い出しに行ってるよ。すぐ戻ってくると思うけど。はい、お待ちどう! 五リルだよ」

 二つの包み紙をイリアスに渡す。
 イリアスから硬貨を受け取りながら、少年は海人を見た。
 
 ばちりと目が合う。

「兄ちゃん、珍しい髪の色だね。黒い髪なんて初めて見たよ。どこの国の人?」

 いきなり話しかけられ、面食らった。
 十歳くらいの少年だが、店番をしているだけあって、コミュニケーション能力が高い。
 
 なんて答えればいいのか焦っていると、イリアスが口を出した。

「私の客人だ」
 
 少年はイリアスを見上げて、首を傾げた。

「なにそれ。意味わかんない」

(おれもわからない)

 海人も心中突っ込んだが、懸命にも口にはしなかった。
 少年が口を尖らせると、イリアスは無表情で言った。

「訊くなということだ」

 海人の頭の中で「?」が飛び、少年も怪訝な顔をしたとき、横から大きな濁声が響いた。

「これはこれは、サラディール様! いつもご贔屓ひいきにありがとうございます!」

「おやじ!」

 店の主人が帰ってきたようだ。
 恰幅かっぷくがよく、大きな袋を抱えている。暑いのか、じんわりと汗をかいていた。
 イリアスの顔を見て、うれしそうに顔をほころばせたが、少年の不満そうな顔に、眉を潜めた。

「何かありましたか?」
 
 荷物を置きながら、店の主人が尋ねる。

「いや、大したことではない。この少年が彼の髪が珍しいというので、私の客人だと答えたんだが、納得できなかったようだ」

 イリアスに怒気はまったく含まれていなかった。
 ただ、淡々と会話の内容を述べただけだったが、店の主人は慌てふためいた。

「それはとんでもない失礼をしました! この子は先日雇った子でして、隣町から引っ越して来た子なんです。この街のことは、まだよくわかっておりませんで……」
 
 汗を拭きながら、深々と頭を下げた。
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