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第1章 跳躍と出会い⑩『あれ、この人』
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雇い主の親父さんの態度に、さすがの少年も何かを察したようで、青ざめた。
階級社会のこの国では、貴族の不興を買うと否応なく投獄されることもあるとグレンが言っていた。それに触れるようなことだったのだろうか。
海人は不安になってイリアスを見たが、当のイリアスは全く意に介してはいなかった。
「いい。よく教えてやってくれ。少年、名は」
問われ、少年は恐る恐る答えた。
「ロイです」
「覚えておこう。最近仕事を始めたわりには手際が良かった」
ありがとうございます、と褒められた少年ロイではなく、店の主人が答えた。
イリアスが店を離れたので、海人も追いかける。
今のはどういうやり取りだったのだろう。
階級社会のない世界にいた海人にはわからない。
イリアスを見上げて訊こうとしたら、目の前に包み紙を出された。
「あの店の肉はうまいから、覚えておくといい」
海人に包み紙をひとつ渡すと、イリアスは早速食べた。海人は驚いた。
「なんだ?」
すぐに視線に気づき、イリアスがこちらを見る。
「あ、ええっと、なんていうか、貴族の人とかは食べ歩きなんてしないと思ってました。行儀悪いって怒るものだと」
海人は学校帰りによく買い食いをしていた。食べ歩きだってする。
ただ、行儀が悪いこともちゃんとわかっていた。
「立ち食いくらいする」
何でもないことのように言って、イリアスが食べるので、海人は少しほっとした。
遠慮なく包み紙を開ける。焼けた肉の香ばしい匂いがした。
ひとくち食べる。
豚肉のような味に、浸けられたタレがなんとも言えない旨さを引き出している。
「おいしい!」
目を輝かせてイリアスを見上げると、彼が笑っていたかのように見えた。
だが、真顔でかじっているので、気のせいだったようだ。
ふたくち目をかぶりついたとき、
「隊長―!」
遠くから呼びかけるような声が聞こえた。
声がした方向にイリアスが顔を向ける。前方から若い男が駆け寄ってきた。
溌剌とした笑顔で、イリアスの前に立ち止まった。
「珍しいですね、休みの日に街に来るなんて」
昨日イリアスが着ていた、赤と白の制服を着ている。
年の頃は海人と同じくらいだろうか。腰に剣を帯びていた。
満面の笑顔をイリアスに向けていたが、すぐに海人に目をやった。
身長は海人より少し高い。
「あれ、この人、もしかして……」
青年が次に何かを発する前に、イリアスがさえぎった。
「シモン、ダグラスは何をしている」
シモンと呼ばれた青年は海人から目を離した。
「副官なら休憩中ですよ。駐屯地にいると思いますけど」
「そうか。なら、おまえたちに彼を紹介したい。捕まえておいてくれ」
ついさっきまで軽い感じで話していた青年は、ピッと背筋を伸ばし、
「承知しました!」
と言って、今来た道を駆け足で戻っていった。
通行人が制服を着た彼を避けるように、道を開けている。
「あの人は?」
「ああ、私の部下だ。もう少し街を案内したかったが、会ってもらいたい者がいる。いいか」
海人はうなずいた。
「どこに行くんですか?」
続けて訊くと、イリアスは片手で持っていた肉を食べ切った。
「辺境警備隊の駐屯地、私の職場だ」
イリアスの歩みが速くなった。海人は慌ててついていく。
道行く人がイリアスを横目に見ながら、通り過ぎる。
置いて行かれないようにしながら、海人は訊いた。
「イリアスって、これから行くところの隊長さんなんですか?」
「そうだ」
「いま、いくつなんですか?」
「年のことか? 二十一だ」
「!」
海人は目を見開いた。
若いとは思っていたが、思っていた以上に若かった。
海人はショックを受けた。
二十一歳といえば、海人の世界では学生である人も多い。
なのにその年ですでに部下がいて、この貫禄。
これで年の差が四つしかないのだ。海人は手に持っていた肉サンドを見つめた。
(おれ、子どもっぽいよな……)
そう思いながら、残っていた肉サンドを口に押し込んだ。
階級社会のこの国では、貴族の不興を買うと否応なく投獄されることもあるとグレンが言っていた。それに触れるようなことだったのだろうか。
海人は不安になってイリアスを見たが、当のイリアスは全く意に介してはいなかった。
「いい。よく教えてやってくれ。少年、名は」
問われ、少年は恐る恐る答えた。
「ロイです」
「覚えておこう。最近仕事を始めたわりには手際が良かった」
ありがとうございます、と褒められた少年ロイではなく、店の主人が答えた。
イリアスが店を離れたので、海人も追いかける。
今のはどういうやり取りだったのだろう。
階級社会のない世界にいた海人にはわからない。
イリアスを見上げて訊こうとしたら、目の前に包み紙を出された。
「あの店の肉はうまいから、覚えておくといい」
海人に包み紙をひとつ渡すと、イリアスは早速食べた。海人は驚いた。
「なんだ?」
すぐに視線に気づき、イリアスがこちらを見る。
「あ、ええっと、なんていうか、貴族の人とかは食べ歩きなんてしないと思ってました。行儀悪いって怒るものだと」
海人は学校帰りによく買い食いをしていた。食べ歩きだってする。
ただ、行儀が悪いこともちゃんとわかっていた。
「立ち食いくらいする」
何でもないことのように言って、イリアスが食べるので、海人は少しほっとした。
遠慮なく包み紙を開ける。焼けた肉の香ばしい匂いがした。
ひとくち食べる。
豚肉のような味に、浸けられたタレがなんとも言えない旨さを引き出している。
「おいしい!」
目を輝かせてイリアスを見上げると、彼が笑っていたかのように見えた。
だが、真顔でかじっているので、気のせいだったようだ。
ふたくち目をかぶりついたとき、
「隊長―!」
遠くから呼びかけるような声が聞こえた。
声がした方向にイリアスが顔を向ける。前方から若い男が駆け寄ってきた。
溌剌とした笑顔で、イリアスの前に立ち止まった。
「珍しいですね、休みの日に街に来るなんて」
昨日イリアスが着ていた、赤と白の制服を着ている。
年の頃は海人と同じくらいだろうか。腰に剣を帯びていた。
満面の笑顔をイリアスに向けていたが、すぐに海人に目をやった。
身長は海人より少し高い。
「あれ、この人、もしかして……」
青年が次に何かを発する前に、イリアスがさえぎった。
「シモン、ダグラスは何をしている」
シモンと呼ばれた青年は海人から目を離した。
「副官なら休憩中ですよ。駐屯地にいると思いますけど」
「そうか。なら、おまえたちに彼を紹介したい。捕まえておいてくれ」
ついさっきまで軽い感じで話していた青年は、ピッと背筋を伸ばし、
「承知しました!」
と言って、今来た道を駆け足で戻っていった。
通行人が制服を着た彼を避けるように、道を開けている。
「あの人は?」
「ああ、私の部下だ。もう少し街を案内したかったが、会ってもらいたい者がいる。いいか」
海人はうなずいた。
「どこに行くんですか?」
続けて訊くと、イリアスは片手で持っていた肉を食べ切った。
「辺境警備隊の駐屯地、私の職場だ」
イリアスの歩みが速くなった。海人は慌ててついていく。
道行く人がイリアスを横目に見ながら、通り過ぎる。
置いて行かれないようにしながら、海人は訊いた。
「イリアスって、これから行くところの隊長さんなんですか?」
「そうだ」
「いま、いくつなんですか?」
「年のことか? 二十一だ」
「!」
海人は目を見開いた。
若いとは思っていたが、思っていた以上に若かった。
海人はショックを受けた。
二十一歳といえば、海人の世界では学生である人も多い。
なのにその年ですでに部下がいて、この貫禄。
これで年の差が四つしかないのだ。海人は手に持っていた肉サンドを見つめた。
(おれ、子どもっぽいよな……)
そう思いながら、残っていた肉サンドを口に押し込んだ。
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