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第1章 跳躍と出会い⑫『魔法は使えない』

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 魔法は使えない―

 はっきり言われてしまって、海人はがっかりした。しかも魔力がないとまで言われた。
 だが、それなら魔力の付与なんてできるわけがない。

 もう一人の跳躍者アフロディーテと自分は違うのだろう。
 
 海人はこの話は終わりだと思ったが、ここからが本題だった。

 イリアスは部下の二人を見た。

「我々の世界にはこの地水火風の四属性の霊脈しかない。だが、カイトのような異世界から来た跳躍者は第五の霊脈を体内に持っている」

「⁉」

 ダグラスとシモンが驚いたように、口が半開きになった。

「この跳躍者にしかない霊脈に干渉すれば、魔力が得られる。カイトに流れている第五の霊脈、二人は視えるか」

 問われて、ダグラスとシモンが目を凝らすようにして見てくるが、ほぼ同時にため息を吐いた。
落胆している。

「誰でもというわけにはいかんのですな」
「隊長は視えるってことですよね」
「それよりおれはどういう干渉を受けるんですか」

 それぞれが思い思いにしゃべるが、イリアスは海人の言葉を拾った。

「先ほど魔法を使う上で、詠唱文などはないと言った。だがそれは」

 そこまで言ったとき、イリアスは急に黙り、扉に注意を向けた。

 それを見て、シモンは大股で扉に向かって歩いていった。
 開けると同時に声がする。

「おっと、シモンか。隊長はいる?」

「いますよ」

 シモンが体を除けると、シモンより年嵩としかさの隊員が海人を見るなり、慌てた。

「お客様でしたか。申し訳ありません」

「いや、いい。どうした」

 イリアスの問いに隊員が答えた。

「デラクワ商会の女主人が、街を離れるので隊長に挨拶したいと来られまして」

「今日は非番だ。いないと言え」

 冷たい声で取り付く島もない。
 しかし隊員もイリアスの冷めた対応には慣れているようで、

「そう言ったのですが、隊長がここに来たのを見ていたようで。どうしても、と」

 どうしましょう、と困り果てたように言った。
 本来ならいないはずの人物、お断りの努力はしてくれたようだが、断りきれなかったらしい。

「わかった。会おう」

 イリアスは仕方なしと言わんばかりに立ち上がった。

「少し待っていてくれ」

 言い置いて、執務室を出ていく。
 一階の応接室にお通ししてあります、と業務連絡がかすかに聞こえた。
 
 イリアスが退室すると、残された部下二人は、声をそろえて叫んだ。

『まじか――‼』

 ダグラスは項垂うなだれ頭を抱え、シモンは顔を覆って空を仰いだ。

「⁉」

 重なった声に驚き、海人は二人を交互に見た。

 立っていたシモンを、ダグラスは隣に座るようソファを叩いた。
 座ったシモンが嘆く。

「隊長のすごさはわかってたつもりでしたけど」
「ああ、あそこまでやべえとは思わなかったな」

 海人はどうしたのか尋ねると、二人はよくぞ訊いてくれたとばかりに身を乗り出した。

「さっきの魔法だよ。隊長が見せてくれただろ」

 シモンは海人に気安く話しかけた。海人も気にせず、

「それがどうしたんですか?」

 と、首を傾げた。
 ダグラスもまた、くだけた口調で説明してくれた。

「あのな、魔法っていうのはふつう、四属性のうちのひとつの属性しか扱えないもんなんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。人それぞれ生まれつきの素質ってのがあってな、俺は火と土の属性が視えるが、使えるのは火属性だけだ。シモンはなんだったか」

「風と水が視えます」

 イリアスは四つすべて視えているような口ぶりだった。

「四属性すべて視えることだけでもすげえのに、隊長は同時に二つの魔法を使ったんだ」

 ダグラスが教えてくれるが、やはりわかっていない顔をした海人に、シモンが補足する。

「炎が出ただろ。そのあと、消えただろ。火属性の魔法を使って、水属性の魔法で打ち消したんだ」

「それってすごいことなんですか?」

『めちゃくちゃすごい』

 また二人の声が重なった。息がぴったりである。

「魔法を顕現させるのに使う魔力量をまったく同じにしないと、きれいに打ち消すことはできないんだ。どっちかが大きすぎると、火は残るし、水は垂れる。同じ属性の魔法でも、干渉する魔力を一定にするっていうのは難しいんだよ。そもそも対照的な属性ふたつを使えること自体、ありえない」

 シモンが頭をかきむしりながら説明してくれ、ダグラスが続けた。

「まさに神業だな」

 イリアスはそんなに難しそうにやってなかったのにな、と海人は思った。

 しばしば達人というのはいとも簡単にやってのけてみせるものだ。
 しかし実際は容易に見えるそれが、実はどれだけ高度な技なのかは、経験者にしかわからないものである。

 魔法が使えない海人には、やはりそのすごさというのはわからなかったが、二人が打ちのめされているの見れば、余程のことなのだろうと思った。
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