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第2章 街での暮らし⑦『魔獣の出現』
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黒髪の男を乗せた荷馬車は疾走していた。
時間が経てば辺境警備隊に気づかれ、追われる可能性がある。依頼人と落ち合う場所まであと半刻ほどだった。
彼らは仕事の依頼を受けていた。
相手の素性はわからない。しかしそれを追求する気もない。
金さえくれればいいのだ。
依頼を受けたのは二か月前。
その報酬は、数年は遊んで暮らせるくらいのものだった。
標的をさらうときにはこう言えと指示を受けていた。
なんのことかわからなかったが『当たり』であればさらってこい、と言う。
人さらいは何度か経験がある。
今回もすぐに片がつくだろうと思っていた。
ところが標的は常に辺境警備隊の人間と一緒だった。
たまに隊服を着ていない者もいたが、警備隊のワッペンをしている。
隊員ではないにしろ、駐屯地で働いている者だ。
甘くみればどんな反撃を受けるかわからない。
ひとりになるのを気長に待つしかなかった。
こうなるといつ実行できるかわからないし、それまで監視をしていなければならない。
その間、他の依頼は受けられなくなる。
渋って見せると、相手は成功報酬以外に監視のための報酬をくれた。
その金額もまた、羽振りのよいものだった。
いつ来るかわからない機会が来たときは、ある場所の荷馬車を使って街を出れば、落ち合う場所に引き取りに行くという。
そうまでしてさらう人物は何者なのか気になってしまうが、依頼人に訊くのは御法度だ。
魔獣の森という二つ名を持つルンダの森での引き渡しはリスクが高かったが、まだ魔獣の活動時期には早かった。
遭遇する確率はゼロではないにしろ、かなり低い。
荷台に乗った男は、依頼の完遂が間近であることに胸を躍らせていた。
ところが―
突然、馬が大きく嘶き、荷馬車が止まった。
何事かと荷台にいた男は、御者台を振り返った。
そこには遭遇率は低いと思っていた魔獣がいた。
イノシシのような図体に赤い瞳が光っている。口から鋭い牙がのぞいていた。
「モンテだと⁉」
男は驚愕の声を上げた。
狙いは馬か人間か。
魔獣は見定めるかのように、赤い瞳でこちらを見ていた。
男は剣を抜き、荷台から下りた。
御者をしていた屈強な仲間もまた、猪型魔獣モンテに対峙する。
荒くれ者の二人は魔獣の出現を恐れてはいたが、遭遇したときの心得もあった。
御者の男は魔法が使える。
モンテには火属性魔法が有効であり、この男の属性魔法は火だった。
早速、仲間が火の魔法を放った。
人の顔程の大きさの炎がモンテの前で炸裂した。
ギャッ、と短く悲鳴を上げ、モンテは怯んだ。
そこに走り込み、一太刀浴びせる。
魔法を放った仲間が、ナイフをモンテの首に突き刺した。
赤い瞳から光が失われていく。モンテは横倒しになった。
絶命した魔獣を見て、大きく一息つくと、男は恨み言を吐いた。
「ちくしょう。なんで今頃モンテなんか……」
荷物の引き渡しまであとわずかというところで邪魔が入った。
男は苛立ちながら、荷台に上がると、麻袋がバタバタ動いていた。
中身が無駄な足掻きをしている。
無性に腹が立った男は、荷袋に剣を突き立てた。
「じっとしてろ‼」
麻袋はぴたりと動きが止まった。じんわりと血液が染み出てくる。
腕のあたりを切ってしまったようだが、かまうものか。死んでいなければいいのだ。
早く引き渡したいと男は思った。
仲間の御者が興奮した馬を宥めるのに時間がかかったが、荷馬車は再び動き出す。
陽はまだ高いが、鬱蒼とした森の中で、陽光は届きにくい。薄気味悪い森だった。
しばらくし、馬車が止まった。御者が馬車から降り、周辺を伺う。
「この辺りのはずなんだが。まだ来てないようだ」
引き渡し場所には到着した。
男は舌打ちし、荷台から降りた。
「待つしかねえな」
御者は馬の手綱を近くの木に結んだ。ジリジリしながら依頼人が来るのを待っていると、
「おい!」
御者が鋭い声を上げた。
「まさか‼」
男も驚いた。
新手の魔獣が前方の木の影から、ゆっくりと歩み寄って来る。
ドーターという群れで行動する狼型の魔獣だ。
跳躍力があり、モンテよりも俊敏で獰猛だ。
襲われたら一溜りもない。しかも火属性魔法に耐性があるため、魔法は使えない。
モンテもドーターも活動時期でもないのに、遭遇するとはどういうことだ。
いくら魔獣の棲む森とはいえ、生息地はもっと深いところにあるはずだった。
男は冷や汗を垂らしながら、ハッと思った。
まさか標的に血を流させたからだろうか。
人の血の匂いを嗅いで出てきたのかもしれない。
男は自分の迂闊さを呪った。
「どうする……」
御者が絶望的な声を出す。狼型魔獣ドーターは二頭いた。
戦っても勝ち目はない。
男は依頼の失敗を悟った。
「くそっ、ここまでか。おい、逃げるぞ!」
二人は荷馬車を置いて走り出した。
魔獣に出会ったら、馬を置いて逃げるのが定石である。
人間よりも繋がれた馬が先に狙われるからだ。
時間稼ぎになり、魔獣もまた腹を満たせば、追っては来ない。
逃げ切れる。
男は思っていた。だが—
魔獣は走り出した御者に飛びつき、喰らいついていた。
無惨な仲間の叫びが木霊する。
そして男が最期に目にしたものは、己の正面に躍り出た魔獣だった。
時間が経てば辺境警備隊に気づかれ、追われる可能性がある。依頼人と落ち合う場所まであと半刻ほどだった。
彼らは仕事の依頼を受けていた。
相手の素性はわからない。しかしそれを追求する気もない。
金さえくれればいいのだ。
依頼を受けたのは二か月前。
その報酬は、数年は遊んで暮らせるくらいのものだった。
標的をさらうときにはこう言えと指示を受けていた。
なんのことかわからなかったが『当たり』であればさらってこい、と言う。
人さらいは何度か経験がある。
今回もすぐに片がつくだろうと思っていた。
ところが標的は常に辺境警備隊の人間と一緒だった。
たまに隊服を着ていない者もいたが、警備隊のワッペンをしている。
隊員ではないにしろ、駐屯地で働いている者だ。
甘くみればどんな反撃を受けるかわからない。
ひとりになるのを気長に待つしかなかった。
こうなるといつ実行できるかわからないし、それまで監視をしていなければならない。
その間、他の依頼は受けられなくなる。
渋って見せると、相手は成功報酬以外に監視のための報酬をくれた。
その金額もまた、羽振りのよいものだった。
いつ来るかわからない機会が来たときは、ある場所の荷馬車を使って街を出れば、落ち合う場所に引き取りに行くという。
そうまでしてさらう人物は何者なのか気になってしまうが、依頼人に訊くのは御法度だ。
魔獣の森という二つ名を持つルンダの森での引き渡しはリスクが高かったが、まだ魔獣の活動時期には早かった。
遭遇する確率はゼロではないにしろ、かなり低い。
荷台に乗った男は、依頼の完遂が間近であることに胸を躍らせていた。
ところが―
突然、馬が大きく嘶き、荷馬車が止まった。
何事かと荷台にいた男は、御者台を振り返った。
そこには遭遇率は低いと思っていた魔獣がいた。
イノシシのような図体に赤い瞳が光っている。口から鋭い牙がのぞいていた。
「モンテだと⁉」
男は驚愕の声を上げた。
狙いは馬か人間か。
魔獣は見定めるかのように、赤い瞳でこちらを見ていた。
男は剣を抜き、荷台から下りた。
御者をしていた屈強な仲間もまた、猪型魔獣モンテに対峙する。
荒くれ者の二人は魔獣の出現を恐れてはいたが、遭遇したときの心得もあった。
御者の男は魔法が使える。
モンテには火属性魔法が有効であり、この男の属性魔法は火だった。
早速、仲間が火の魔法を放った。
人の顔程の大きさの炎がモンテの前で炸裂した。
ギャッ、と短く悲鳴を上げ、モンテは怯んだ。
そこに走り込み、一太刀浴びせる。
魔法を放った仲間が、ナイフをモンテの首に突き刺した。
赤い瞳から光が失われていく。モンテは横倒しになった。
絶命した魔獣を見て、大きく一息つくと、男は恨み言を吐いた。
「ちくしょう。なんで今頃モンテなんか……」
荷物の引き渡しまであとわずかというところで邪魔が入った。
男は苛立ちながら、荷台に上がると、麻袋がバタバタ動いていた。
中身が無駄な足掻きをしている。
無性に腹が立った男は、荷袋に剣を突き立てた。
「じっとしてろ‼」
麻袋はぴたりと動きが止まった。じんわりと血液が染み出てくる。
腕のあたりを切ってしまったようだが、かまうものか。死んでいなければいいのだ。
早く引き渡したいと男は思った。
仲間の御者が興奮した馬を宥めるのに時間がかかったが、荷馬車は再び動き出す。
陽はまだ高いが、鬱蒼とした森の中で、陽光は届きにくい。薄気味悪い森だった。
しばらくし、馬車が止まった。御者が馬車から降り、周辺を伺う。
「この辺りのはずなんだが。まだ来てないようだ」
引き渡し場所には到着した。
男は舌打ちし、荷台から降りた。
「待つしかねえな」
御者は馬の手綱を近くの木に結んだ。ジリジリしながら依頼人が来るのを待っていると、
「おい!」
御者が鋭い声を上げた。
「まさか‼」
男も驚いた。
新手の魔獣が前方の木の影から、ゆっくりと歩み寄って来る。
ドーターという群れで行動する狼型の魔獣だ。
跳躍力があり、モンテよりも俊敏で獰猛だ。
襲われたら一溜りもない。しかも火属性魔法に耐性があるため、魔法は使えない。
モンテもドーターも活動時期でもないのに、遭遇するとはどういうことだ。
いくら魔獣の棲む森とはいえ、生息地はもっと深いところにあるはずだった。
男は冷や汗を垂らしながら、ハッと思った。
まさか標的に血を流させたからだろうか。
人の血の匂いを嗅いで出てきたのかもしれない。
男は自分の迂闊さを呪った。
「どうする……」
御者が絶望的な声を出す。狼型魔獣ドーターは二頭いた。
戦っても勝ち目はない。
男は依頼の失敗を悟った。
「くそっ、ここまでか。おい、逃げるぞ!」
二人は荷馬車を置いて走り出した。
魔獣に出会ったら、馬を置いて逃げるのが定石である。
人間よりも繋がれた馬が先に狙われるからだ。
時間稼ぎになり、魔獣もまた腹を満たせば、追っては来ない。
逃げ切れる。
男は思っていた。だが—
魔獣は走り出した御者に飛びつき、喰らいついていた。
無惨な仲間の叫びが木霊する。
そして男が最期に目にしたものは、己の正面に躍り出た魔獣だった。
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―――
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