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第3章 王都への道⑱『隠しごと』
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海人の腕を掴んでいた女が、イリアスの美貌に見惚れ、手が緩んだ。
シモンが慌てて海人に駆け寄り、腕を引く。
「バカ、なに捕まってんだよ」
「ご、ごめん」
シモンに引っ張られ、なんとか抜け出した海人が追いつくと、イリアスは再び歩き始めた。
(もたもたしたから、怒ったのかな……)
海人はちらっとイリアスを見たが、表情が読めない。
叱られた子犬のような顔をしてついて行っていると、ほどなくして宿が見つかった。手配はシモンに任せて近くの椅子に座って待っていると、彼は頭をかきながら戻ってきた。
「今日は二部屋しかないそうです。他の宿もあるか訊いてみたんですが、どこも同じだろうってことです」
この時期は王都に見物に行く人で賑わうらしい。王都アルバスは観光名所でもあり、魔獣も出にくいこの季節は移動もしやすいらしい。
これまでの道中、宿泊するときはいつも一人部屋だった。
「泊まれるならそれでいい」
ベッドがあるだけありがたい、とイリアスが言い、海人もうなずいた。
「じゃあ、隊長は一部屋使ってください。カイトは俺と一緒でいいよな」
異論はない。海人は早く夕飯を食べて、横になりたかった。明日はいよいよ王都である。三人は早めに休むことにした。
そして、その夜のことだった。
「……イト……カイト!」
自分を呼ぶ声で、目を開けた。シモンが心配そうにのぞき込んでいる。
「なに、どうしたの」
「どうしたって、おまえ、大丈夫か」
言われてみて、汗をびっしょりかいていることに気づいた。
「うなされてたぞ」
海人は半身を起こした。息を吐くと、シモンは自分のベッドに腰かけた。
「ちょっと……いやな夢みてた」
「どんな」
月明りでシモンの顔が翳って見える。海人はためらったが、素直に言った。
「さらわれたときの夢」
「!」
海人は身の危険など感じたことのない、平和な世界で育ってきた。暴力を受けたことすらなかった。それゆえ拉致されたときの痛みと、魔獣に喰い殺された人間の断末魔が耳に残っており、その恐怖は簡単には消えてくれなかった。
「よくあるのか」
「たまに。最近はあんま見なくなってたんだけど」
シモンは眉根を寄せた。
「隊長は知ってんの」
「知らないよ。言ってもしょうがないだろ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
これは自分自身の問題だ。イリアスは関係ない。迷惑などかけたくなかったし、いつまでも引きずっている人間だと思われたくもなかった。
「イリアスには言わないでね」
海人は少しきつい口調で言った。口止めをしておかないと、シモンは言ってしまいそうだ。
「これ以上、心配かけたくないんだ」
「けど……」
「大丈夫だから。起こしてごめん。おやすみ」
海人は話を切り上げ、薄布を被った。
シモンが慌てて海人に駆け寄り、腕を引く。
「バカ、なに捕まってんだよ」
「ご、ごめん」
シモンに引っ張られ、なんとか抜け出した海人が追いつくと、イリアスは再び歩き始めた。
(もたもたしたから、怒ったのかな……)
海人はちらっとイリアスを見たが、表情が読めない。
叱られた子犬のような顔をしてついて行っていると、ほどなくして宿が見つかった。手配はシモンに任せて近くの椅子に座って待っていると、彼は頭をかきながら戻ってきた。
「今日は二部屋しかないそうです。他の宿もあるか訊いてみたんですが、どこも同じだろうってことです」
この時期は王都に見物に行く人で賑わうらしい。王都アルバスは観光名所でもあり、魔獣も出にくいこの季節は移動もしやすいらしい。
これまでの道中、宿泊するときはいつも一人部屋だった。
「泊まれるならそれでいい」
ベッドがあるだけありがたい、とイリアスが言い、海人もうなずいた。
「じゃあ、隊長は一部屋使ってください。カイトは俺と一緒でいいよな」
異論はない。海人は早く夕飯を食べて、横になりたかった。明日はいよいよ王都である。三人は早めに休むことにした。
そして、その夜のことだった。
「……イト……カイト!」
自分を呼ぶ声で、目を開けた。シモンが心配そうにのぞき込んでいる。
「なに、どうしたの」
「どうしたって、おまえ、大丈夫か」
言われてみて、汗をびっしょりかいていることに気づいた。
「うなされてたぞ」
海人は半身を起こした。息を吐くと、シモンは自分のベッドに腰かけた。
「ちょっと……いやな夢みてた」
「どんな」
月明りでシモンの顔が翳って見える。海人はためらったが、素直に言った。
「さらわれたときの夢」
「!」
海人は身の危険など感じたことのない、平和な世界で育ってきた。暴力を受けたことすらなかった。それゆえ拉致されたときの痛みと、魔獣に喰い殺された人間の断末魔が耳に残っており、その恐怖は簡単には消えてくれなかった。
「よくあるのか」
「たまに。最近はあんま見なくなってたんだけど」
シモンは眉根を寄せた。
「隊長は知ってんの」
「知らないよ。言ってもしょうがないだろ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
これは自分自身の問題だ。イリアスは関係ない。迷惑などかけたくなかったし、いつまでも引きずっている人間だと思われたくもなかった。
「イリアスには言わないでね」
海人は少しきつい口調で言った。口止めをしておかないと、シモンは言ってしまいそうだ。
「これ以上、心配かけたくないんだ」
「けど……」
「大丈夫だから。起こしてごめん。おやすみ」
海人は話を切り上げ、薄布を被った。
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