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第5章 動乱の王宮⑩『海の色』
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海人はその日の夕飯に顔を出さず、翌朝も部屋にこもっていた。
泣き腫らした目でイリアスに会いたくなかったし、顔を見るのは辛すぎた。
気を利かせた王宮の使用人が部屋に食事を持って来てくれたが、断った。食欲がなかった。
海人はベッドに寝転がったまま、目が覚めると思い出しては泣き、また眠る、を繰り返していた。
朝になるとさすがに眠気は消えていたが、起き出す元気はなかった。
今日はイリアスとシモンが王宮を去る日だ。だが、胸が痛すぎて見送りになど行けなかった。
このまま部屋で過ごすつもりでいたら、部屋の外で話声が聞こえた。誰の声かはわからなかった。
ほどなくして扉を叩く音がした。海人は身体を起こしたが、返事はしなかった。
「カイト、俺」
シモンのくぐもった声がした。
海人は身体にかけてあった薄地の布をはぎ、そうっと扉に近寄った。
「開けてくんないだろうから、ここで言うな」
シモンは扉越しに海人の気配を感じたのか、勝手に話し始めた。
「隊長、何も言わないからさ。誤解だけはしてほしくなくて、言い訳しにきた」
海人は扉を見つめた。
「隊長は、カイトも一緒にリンデに帰るつもりだったよ」
海人はその言葉を聞いて、目を伏せた。信じられなかった。
「俺、リンデを出る前に訊いたんだ。馬車で行かなくていいのかって。
おまえ、まだ馬に乗るの下手だし。だけど隊長は、馬でいいだろうって言ったんだ。
いつまた遠出をするかわからないから、慣れさせるのにちょうどいいって。
二週間も乗り続ければ上達するだろうって。
一週間じゃない。二週間って言ったんだ。
それに、人が乗ってない馬を連れて帰るのもけっこう大変だし。
片道だけなら馬を増やすより、馬車の方が楽なんだ。
だから俺はカイトも一緒に帰るもんだと思ってたし、隊長もカイトを王宮に残すつもりはなかったんだ。
だけど、ここで何かが起きたんだ。
カイトの身の安全のことを言ってたけど、たぶんそれだけじゃないと思う。
隊長も教えてくれないから、俺にはわかんねえけど……。
それと、おまえのこと、厄介者だなんて思ったことないから。
隊長だって、そんなこと思ってないよ。そうでなきゃ……」
そこでシモンは言葉を切った。
「……いや、なんでもない」
シモンの声が止まった。
シモンは海人の返事を待っているかのようだった。だが海人は何も言えなかった。
お互い黙ったままでいると、あきらめたようにシモンが言った。
「あとな、これ、隊長から預かったんだ。おまえに渡してくれって。
……扉のとこ、置いとくな」
海人は扉に両手をついた。開けようかどうか迷う。しかし迷っている間にシモンが別れを告げた。
「じゃあ、元気でな」
足音が去って行く。海人は扉に片耳をつけた。
遠くでシモンが誰かと会話をしている。それは短く終わった。
それを境に、別の足音が近づき、扉の前で止まった。おそらく、海人の衛兵だろう。
海人は焦って扉を開けた。
衛兵にシモンが置いて行った物を持って行かれては困ると思ったからだ。
急に開いた扉に衛兵は驚いたようだったが、海人は構わず扉の近くにあった縦長の箱を取った。
手の平より大きい。茶色の紙で包装されたその箱を持って、部屋に戻る。
ベッドに腰かけ、包装を破った。木箱が出てきて、ふたを開ける。
するとそこには、一本のガラス細工のペンが入っていた。
海人はペンを取り出して、じっと眺めた。
小さく唇が震える。
そのペンの等身は、深い海の色をしていた。
海人の頬を一筋の涙が伝った。
海人はそのペンを握って、また泣いた。そして思った。
イリアスに手紙を書こう。
文字を覚えて、読み書きできるようになって、そして手紙を書くんだ。
自分はここで、元気にやっている、と。
海人の握った青いガラスのペンは、窓から入る陽光を反射してキラリと光った。
泣き腫らした目でイリアスに会いたくなかったし、顔を見るのは辛すぎた。
気を利かせた王宮の使用人が部屋に食事を持って来てくれたが、断った。食欲がなかった。
海人はベッドに寝転がったまま、目が覚めると思い出しては泣き、また眠る、を繰り返していた。
朝になるとさすがに眠気は消えていたが、起き出す元気はなかった。
今日はイリアスとシモンが王宮を去る日だ。だが、胸が痛すぎて見送りになど行けなかった。
このまま部屋で過ごすつもりでいたら、部屋の外で話声が聞こえた。誰の声かはわからなかった。
ほどなくして扉を叩く音がした。海人は身体を起こしたが、返事はしなかった。
「カイト、俺」
シモンのくぐもった声がした。
海人は身体にかけてあった薄地の布をはぎ、そうっと扉に近寄った。
「開けてくんないだろうから、ここで言うな」
シモンは扉越しに海人の気配を感じたのか、勝手に話し始めた。
「隊長、何も言わないからさ。誤解だけはしてほしくなくて、言い訳しにきた」
海人は扉を見つめた。
「隊長は、カイトも一緒にリンデに帰るつもりだったよ」
海人はその言葉を聞いて、目を伏せた。信じられなかった。
「俺、リンデを出る前に訊いたんだ。馬車で行かなくていいのかって。
おまえ、まだ馬に乗るの下手だし。だけど隊長は、馬でいいだろうって言ったんだ。
いつまた遠出をするかわからないから、慣れさせるのにちょうどいいって。
二週間も乗り続ければ上達するだろうって。
一週間じゃない。二週間って言ったんだ。
それに、人が乗ってない馬を連れて帰るのもけっこう大変だし。
片道だけなら馬を増やすより、馬車の方が楽なんだ。
だから俺はカイトも一緒に帰るもんだと思ってたし、隊長もカイトを王宮に残すつもりはなかったんだ。
だけど、ここで何かが起きたんだ。
カイトの身の安全のことを言ってたけど、たぶんそれだけじゃないと思う。
隊長も教えてくれないから、俺にはわかんねえけど……。
それと、おまえのこと、厄介者だなんて思ったことないから。
隊長だって、そんなこと思ってないよ。そうでなきゃ……」
そこでシモンは言葉を切った。
「……いや、なんでもない」
シモンの声が止まった。
シモンは海人の返事を待っているかのようだった。だが海人は何も言えなかった。
お互い黙ったままでいると、あきらめたようにシモンが言った。
「あとな、これ、隊長から預かったんだ。おまえに渡してくれって。
……扉のとこ、置いとくな」
海人は扉に両手をついた。開けようかどうか迷う。しかし迷っている間にシモンが別れを告げた。
「じゃあ、元気でな」
足音が去って行く。海人は扉に片耳をつけた。
遠くでシモンが誰かと会話をしている。それは短く終わった。
それを境に、別の足音が近づき、扉の前で止まった。おそらく、海人の衛兵だろう。
海人は焦って扉を開けた。
衛兵にシモンが置いて行った物を持って行かれては困ると思ったからだ。
急に開いた扉に衛兵は驚いたようだったが、海人は構わず扉の近くにあった縦長の箱を取った。
手の平より大きい。茶色の紙で包装されたその箱を持って、部屋に戻る。
ベッドに腰かけ、包装を破った。木箱が出てきて、ふたを開ける。
するとそこには、一本のガラス細工のペンが入っていた。
海人はペンを取り出して、じっと眺めた。
小さく唇が震える。
そのペンの等身は、深い海の色をしていた。
海人の頬を一筋の涙が伝った。
海人はそのペンを握って、また泣いた。そして思った。
イリアスに手紙を書こう。
文字を覚えて、読み書きできるようになって、そして手紙を書くんだ。
自分はここで、元気にやっている、と。
海人の握った青いガラスのペンは、窓から入る陽光を反射してキラリと光った。
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