76 / 116
第5章 動乱の王宮⑪『不器用な優しさ』
しおりを挟む
海人がイリアスからの贈り物を受け取ったあと、夕べから何も食べていないことを気にした使用人がサンドイッチとスープを持ってきてくれた。
海人のぐちゃぐちゃになった顔を見て、わずかに顔を曇らせたが、なにも言わず、黙って食事を置いていった。
イリアスの屋敷では厚手のパンに肉が挟まっていたが、ここのサンドイッチは薄いパンにチーズと野菜だけだった。
冷めかけたスープを飲むと、食欲が湧き、ぺろりと平らげた。
窓を開けてみると太陽は高く、日射しも強い。
イリアスとシモンは王都を出て、今はどのあたりにいるのだろう。
海人は別れを言わなかったことを後悔しそうになり、頭をふった。
それから佐井賀の部屋を訪れた。
居るかどうかはわからなかったが、幸いにして部屋の住人はいた。
泣き腫らした目を見た佐井賀は、海人の背を叩き、部屋に招き入れてくれた。
以前と同じ炭酸水を出してくれる。ひとくち飲んでから海人は言った。
「おれ、置いてかれました」
佐井賀はそうみたいだね、とだけ答えた。
「佐井賀さんは知ってますか。おれが王宮に残された理由」
海人は泣くだけ泣いた後、今の自分の状況を知りたいと思った。
ここで暮らしていくならば、知っておかねばならないと思ったからだ。
佐井賀は深く座っていたソファから背を離した。
「昨日、王太子殿下から聞いたよ。イルはがんばったみたいだけど、一歩及ばなかったようだね」
佐井賀は王太子から聞いたことを包み隠さず、話してくれた。
海人の処遇は、政治的思惑で反対意見が多かったということ。
ただし、宰相だけはまともな意見であり、それを覆すのは難しかったこと。
海人がさらわれたことは、密偵からの報告で知られていたということ。
「宰相さんの言うことはもっともだよ。あの人は公正な人だから、大公家が憎くて言ったわけじゃない」
海人もそれにはうなずいた。
「でも、だったらなんでイリアスはそのことを言ってくれなかったんだろう」
佐井賀は苦笑した。
「海人くんが王宮の人たちに対して、心を閉ざすんじゃないかって思ったんだろうね。自分たちの野心のために王宮に閉じ込めるわけだから。
これから王宮で暮らすんだったら、禍根は残さない方がいい。イルは自分のせいにしてもらった方が、海人くんが暮らしやすいと思ったんじゃないかな」
ほんと不器用で優しいよね、と佐井賀は言った。
海人はまた涙が出そうになった。
自分が憎まれてでも海人の幸せを考えてくれたあの人が恋しくて堪らなかった。
目を潤ませた海人に佐井賀は優しく言った。
「海人くんはイルのことが好きなんだね」
自分の気持ちを悟られたことに海人は驚いたが、誤魔化すようなことはしなかった。
うなずくと、つらいね、と眉を寄せた。
想いを汲み取ってくれたこの人もまた、温かかった。
海人は佐井賀の部屋を見渡し、生活感があるなと思った。
飲み物やグラスが常備されているだけではない。本が散らばって置いてあり、獅子のような木彫りの置物もあった。
花も生けられている。海人が泊っているような客室とは違う。彼はここで暮らしているのだ。
海人は零れそうになっていた涙を拭った。
「佐井賀さん、おれもこうなった以上、いつまでもいじけてられません」
佐井賀は目をぱちくりさせた。
「一日も早く文字を覚えて、佐井賀さんと一緒に因果関係ってやつを見つけます」
海人は決意を新たに、出してもらった炭酸水をぐいと飲み干した。
佐井賀は、はは、と声を出して笑った。
「頼もしいよ。僕も一人より、二人の方がいい」
にこりと笑ったその笑顔に、海人は独りではないと勇気づけられた。
海人と佐井賀が一緒にがんばろう、と手を取り合ったとき―
世にもおぞましい、獣の咆哮が轟き渡った。
海人のぐちゃぐちゃになった顔を見て、わずかに顔を曇らせたが、なにも言わず、黙って食事を置いていった。
イリアスの屋敷では厚手のパンに肉が挟まっていたが、ここのサンドイッチは薄いパンにチーズと野菜だけだった。
冷めかけたスープを飲むと、食欲が湧き、ぺろりと平らげた。
窓を開けてみると太陽は高く、日射しも強い。
イリアスとシモンは王都を出て、今はどのあたりにいるのだろう。
海人は別れを言わなかったことを後悔しそうになり、頭をふった。
それから佐井賀の部屋を訪れた。
居るかどうかはわからなかったが、幸いにして部屋の住人はいた。
泣き腫らした目を見た佐井賀は、海人の背を叩き、部屋に招き入れてくれた。
以前と同じ炭酸水を出してくれる。ひとくち飲んでから海人は言った。
「おれ、置いてかれました」
佐井賀はそうみたいだね、とだけ答えた。
「佐井賀さんは知ってますか。おれが王宮に残された理由」
海人は泣くだけ泣いた後、今の自分の状況を知りたいと思った。
ここで暮らしていくならば、知っておかねばならないと思ったからだ。
佐井賀は深く座っていたソファから背を離した。
「昨日、王太子殿下から聞いたよ。イルはがんばったみたいだけど、一歩及ばなかったようだね」
佐井賀は王太子から聞いたことを包み隠さず、話してくれた。
海人の処遇は、政治的思惑で反対意見が多かったということ。
ただし、宰相だけはまともな意見であり、それを覆すのは難しかったこと。
海人がさらわれたことは、密偵からの報告で知られていたということ。
「宰相さんの言うことはもっともだよ。あの人は公正な人だから、大公家が憎くて言ったわけじゃない」
海人もそれにはうなずいた。
「でも、だったらなんでイリアスはそのことを言ってくれなかったんだろう」
佐井賀は苦笑した。
「海人くんが王宮の人たちに対して、心を閉ざすんじゃないかって思ったんだろうね。自分たちの野心のために王宮に閉じ込めるわけだから。
これから王宮で暮らすんだったら、禍根は残さない方がいい。イルは自分のせいにしてもらった方が、海人くんが暮らしやすいと思ったんじゃないかな」
ほんと不器用で優しいよね、と佐井賀は言った。
海人はまた涙が出そうになった。
自分が憎まれてでも海人の幸せを考えてくれたあの人が恋しくて堪らなかった。
目を潤ませた海人に佐井賀は優しく言った。
「海人くんはイルのことが好きなんだね」
自分の気持ちを悟られたことに海人は驚いたが、誤魔化すようなことはしなかった。
うなずくと、つらいね、と眉を寄せた。
想いを汲み取ってくれたこの人もまた、温かかった。
海人は佐井賀の部屋を見渡し、生活感があるなと思った。
飲み物やグラスが常備されているだけではない。本が散らばって置いてあり、獅子のような木彫りの置物もあった。
花も生けられている。海人が泊っているような客室とは違う。彼はここで暮らしているのだ。
海人は零れそうになっていた涙を拭った。
「佐井賀さん、おれもこうなった以上、いつまでもいじけてられません」
佐井賀は目をぱちくりさせた。
「一日も早く文字を覚えて、佐井賀さんと一緒に因果関係ってやつを見つけます」
海人は決意を新たに、出してもらった炭酸水をぐいと飲み干した。
佐井賀は、はは、と声を出して笑った。
「頼もしいよ。僕も一人より、二人の方がいい」
にこりと笑ったその笑顔に、海人は独りではないと勇気づけられた。
海人と佐井賀が一緒にがんばろう、と手を取り合ったとき―
世にもおぞましい、獣の咆哮が轟き渡った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
273
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる