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第9話
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マグカップを置き、ふう、と息を吐く。
気を取り直して、半身をレイに向けた。黒光りしているタブレットを持ち、
「これ、どうやって起ち上げるのか、わかんなくてさ」
と、眉を寄せてみせた。
側面を触っても電源ボタンのようなものが一切なかった。
レイはローテーブルにマグカップを置き、サキの背後からタブレットに手を伸ばした。
背中から抱かれるかのようにレイの気配がして、どきっとした。
シャンプーの香りなのか、彼から鼻腔をくすぐる良い匂いがする。
レイの端整な横顔が間近に迫り、サキは緊張で胸が鳴った。
「こうやって手を当てて、カメラを見る」
レイはタブレットに五本指を立てるように置いた。
言われたとおりに指を置き、タブレットの内側カメラを見る。すると画面に光が浮き、起動した。トップ画面になったが、パスワードを問いかける表示は出なかった。
(指紋と顔の両方で、本人認証してんのかな)
生体の二重認証をすることで、パスワード入力を不要にしているのかもしれない。
「もしかして、携帯もこんな感じでロック解除するのか?」
振り返ると、レイはソファーにもたれ掛っていた。
「携帯は顔認証だから画面触れば使えるはずだけど。認証画面にならなかった?」
サキは、うん、と首を縦に振った。
「だったら、充電が切れてるんじゃないの」
「やっぱりか。実はそう思って充電器を探したんだけど、見つかんなくてさ。レイのやつ、貸してくんない?」
苦笑すると、レイはまじまじと見つめてきた。
「どうやって充電するかも覚えてない?」
サキはウッと詰まった。非常識なことだったようだ。しかし、わからないものは、わからないのだ。目を泳がせながら素直にうなずくと、レイは表情を変えず、ソファーから背を離した。
「起ち上げ方も忘れてるくらいだもんね」
「……ごめん」
「謝んないでよ。俺のせいなんだから」
レイは自嘲したように言った。
「あ……」
掛けられる言葉が出て来ずにいると、レイは腰を上げた。
「サキの部屋に行っていい?」
「あ、うん」
サキはレイに続いて立ち上がった。
レイはサキの部屋のドアをスライドして開けると、中を見まわした。
彼はベッドの足元に置いてあった、二つの黒い板を指さした。ノートパソコンくらいの大きさのものとコースターくらいの小さなものだ。両方とも厚さ二センチほどだった。
「これが受電器。小さい方が携帯用で、大きいのがタブレット用。この上に乗せとくと充電できるから」
サキは目を丸くした。
(電源コードがいらないのか)
サキのいた世界でも携帯の充電をするのに似たようなものはあった。それの進化版のようだ。
この受電器という黒い板は、ずしりと重かった。部屋の片づけをしているときに持ち上げてみたのだ。何かの機械だとは思ったが、まさか充電器だとは思わなかった。
ふと、サキの脳裏に疑問が浮かんだ。
「この受電器は、どうやって蓄電するんだ?」
充電器ならば、どこかで電気を蓄えなければなならない。この黒い板もまた、電源コードを差すような部分がなかった。
「こっち来て」
レイは部屋を出て、リビングに戻った。大きな窓の前で立ち止まる。
窓の隅に白い電化製品のようなものがあった。家庭用の空気清浄機を彷彿とさせる。レイは白い家電を指して言った。
「これが送電器。ここから電気が飛んでて、受電器が蓄電してる」
「え!?」
サキは驚きの声を上げた。家庭内で電気を飛ばせることに仰天した。
「え、じゃあ、ちょっと待って。電化製品って、この送電器から電気とってんの?」
目を見開いて訊くと、レイはうなずいた。
「受電器が内蔵されてるからね」
サキはそれを聞くやいなや、洗濯機や冷蔵庫などの部屋中の家電製品を見て回った。確かにどこにも電源コードがない。
「すごい……」
サキは口の中でつぶやいた。さらに新たな疑問が湧いてくる。
「携帯やタブレットは、なんで受電器が内蔵されてないんだ?」
素朴な疑問に、レイはちょっと驚いたようだった。「さあ……、」と言いながら続けた。
「軽量化できないからじゃない? 携帯用の小さい受電器でも重いからね」
なるほど、とサキは納得した。
異空間で『大きな意識』は、文明レベルは同じだと言っていたが、こちらの世界の方が進んでいる。サキがしきりに感心していると、
「そろそろタブレットの使い方を教えたいんだけど」
とレイが平坦な声で言った。
「そうだった」
本題を忘れていたサキは、再びローテーブルの前であぐらをかいた。レイもソファーではなく、サキの横で片膝を立てて腰を下ろした。
タブレット画面の時刻は8:30表示されていた。
気を取り直して、半身をレイに向けた。黒光りしているタブレットを持ち、
「これ、どうやって起ち上げるのか、わかんなくてさ」
と、眉を寄せてみせた。
側面を触っても電源ボタンのようなものが一切なかった。
レイはローテーブルにマグカップを置き、サキの背後からタブレットに手を伸ばした。
背中から抱かれるかのようにレイの気配がして、どきっとした。
シャンプーの香りなのか、彼から鼻腔をくすぐる良い匂いがする。
レイの端整な横顔が間近に迫り、サキは緊張で胸が鳴った。
「こうやって手を当てて、カメラを見る」
レイはタブレットに五本指を立てるように置いた。
言われたとおりに指を置き、タブレットの内側カメラを見る。すると画面に光が浮き、起動した。トップ画面になったが、パスワードを問いかける表示は出なかった。
(指紋と顔の両方で、本人認証してんのかな)
生体の二重認証をすることで、パスワード入力を不要にしているのかもしれない。
「もしかして、携帯もこんな感じでロック解除するのか?」
振り返ると、レイはソファーにもたれ掛っていた。
「携帯は顔認証だから画面触れば使えるはずだけど。認証画面にならなかった?」
サキは、うん、と首を縦に振った。
「だったら、充電が切れてるんじゃないの」
「やっぱりか。実はそう思って充電器を探したんだけど、見つかんなくてさ。レイのやつ、貸してくんない?」
苦笑すると、レイはまじまじと見つめてきた。
「どうやって充電するかも覚えてない?」
サキはウッと詰まった。非常識なことだったようだ。しかし、わからないものは、わからないのだ。目を泳がせながら素直にうなずくと、レイは表情を変えず、ソファーから背を離した。
「起ち上げ方も忘れてるくらいだもんね」
「……ごめん」
「謝んないでよ。俺のせいなんだから」
レイは自嘲したように言った。
「あ……」
掛けられる言葉が出て来ずにいると、レイは腰を上げた。
「サキの部屋に行っていい?」
「あ、うん」
サキはレイに続いて立ち上がった。
レイはサキの部屋のドアをスライドして開けると、中を見まわした。
彼はベッドの足元に置いてあった、二つの黒い板を指さした。ノートパソコンくらいの大きさのものとコースターくらいの小さなものだ。両方とも厚さ二センチほどだった。
「これが受電器。小さい方が携帯用で、大きいのがタブレット用。この上に乗せとくと充電できるから」
サキは目を丸くした。
(電源コードがいらないのか)
サキのいた世界でも携帯の充電をするのに似たようなものはあった。それの進化版のようだ。
この受電器という黒い板は、ずしりと重かった。部屋の片づけをしているときに持ち上げてみたのだ。何かの機械だとは思ったが、まさか充電器だとは思わなかった。
ふと、サキの脳裏に疑問が浮かんだ。
「この受電器は、どうやって蓄電するんだ?」
充電器ならば、どこかで電気を蓄えなければなならない。この黒い板もまた、電源コードを差すような部分がなかった。
「こっち来て」
レイは部屋を出て、リビングに戻った。大きな窓の前で立ち止まる。
窓の隅に白い電化製品のようなものがあった。家庭用の空気清浄機を彷彿とさせる。レイは白い家電を指して言った。
「これが送電器。ここから電気が飛んでて、受電器が蓄電してる」
「え!?」
サキは驚きの声を上げた。家庭内で電気を飛ばせることに仰天した。
「え、じゃあ、ちょっと待って。電化製品って、この送電器から電気とってんの?」
目を見開いて訊くと、レイはうなずいた。
「受電器が内蔵されてるからね」
サキはそれを聞くやいなや、洗濯機や冷蔵庫などの部屋中の家電製品を見て回った。確かにどこにも電源コードがない。
「すごい……」
サキは口の中でつぶやいた。さらに新たな疑問が湧いてくる。
「携帯やタブレットは、なんで受電器が内蔵されてないんだ?」
素朴な疑問に、レイはちょっと驚いたようだった。「さあ……、」と言いながら続けた。
「軽量化できないからじゃない? 携帯用の小さい受電器でも重いからね」
なるほど、とサキは納得した。
異空間で『大きな意識』は、文明レベルは同じだと言っていたが、こちらの世界の方が進んでいる。サキがしきりに感心していると、
「そろそろタブレットの使い方を教えたいんだけど」
とレイが平坦な声で言った。
「そうだった」
本題を忘れていたサキは、再びローテーブルの前であぐらをかいた。レイもソファーではなく、サキの横で片膝を立てて腰を下ろした。
タブレット画面の時刻は8:30表示されていた。
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