十二月の船

じぇいそんむらた

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狭間の娘 1

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 私には、物心ついた頃には見えていた。人ならざるものの姿が。



 いくつも年を重ねるうち、私は気づいた。私にしかが見えていない事。そして、は、私だけを認識していないという事に。

 私はいつものように、私にだけ見える雑踏をかき分け、学校に登校している。ようやく到着した校舎の中に足を踏み入れた瞬間、私は無意識にふうと息を吐く。
 慣れているとは言っても、亡霊が見える事に対して全く気を張っていないわけではない。でも、ここでは気を張る必要がない。不思議なことに、校舎の中では亡霊たちが全く見えなくなるから。

 私が教室に入ると、いつもの賑やかさはなく、重苦しい雰囲気に包まれていた。

「おはよ、何かあったの?」
「え、知らないの?片山くん行方不明なんだって」
「え……うそ」

 クラスメイトの言葉に、私は驚く。行方不明……ニュースでたまに見るその言葉は、それでも、私にとって他人事のようなもので。

「片山、何日か前から休んでただろ?実は家出してたらしい」
「なんかね、親が警察に届け出したけど、途中で足取りが消えちゃって、公開捜査になったんだって」

 視界の端に、片山くんの机が見える。あまり話したことがなく、おぼろげだった彼の存在が、私の中で急に輪郭を持ち始めた。

「あいつ、最近様子おかしかったし……受験で疲れてたのかもな」
「たしかに。体育中にぼーっと屋上ながめてたし、急に付き合いも悪くなってたよな」

 体育中の屋上。そのキーワードを耳にした瞬間、私は、とある記憶が蘇る。

 ふと見上げた屋上。グラウンドを見下ろす誰かの姿。視力があまりよくないはずの私に、なぜかはっきりと見えた、うちの学校のものではない制服を着た女の子の姿。

(……学校じゃ、見ないと思ってたのに)

 でも、瞬きをしたその後、その姿は消えてなくなっていた。だから、気のせいかと思って、すっかり忘れてた。
 もしかして、片山くんもあの時、見たのだろうか。あの女の子を。

(そんなわけ……ないよね)

 チャイムが鳴り響く。私は心の端に引っかかるものを感じながら、自分の席に座った。

 ――

 放課後の屋上は、冬の寒さもあってか、誰もいない。私はあの時女の子が立っていた場所から、グラウンドを眺めていた。

(あの女の子……他の亡霊と明らかに違ってた)

 私は、記憶を必死で辿る。あの時見た女の子の顔や姿は、この世に未練を残しているような雰囲気なんて少しもなかった。それどころか、楽しそうにどこかを見ていた。

(でも、だから何?それと片山くんが行方不明なことに何か関係ある?)

 胸がざわついて仕方ない。私は、柵を強く握る。

(……やめよ。考えたって意味ないじゃない。私には何もできない。ただ見えるだけ。特別な力なんて何もないんだから)

 その時だった。私の視界の右端に、何かが見えた。私は顔を動かさないまま、視線だけそこに向ける。

(…………!)

 そこには、あの日屋上で見た、女の子の姿があった。そして、その隣にはもう一人誰がいる。でも、二人とも私に気づく様子はない。

(……大丈夫。私のことは見えてない)

 必死で落ち着けようとするのも無意味なくらい、耳に痛く心臓の音が響く。得体の知れない恐怖に体がすくむ。より強く柵を握りしめるその手が、じわりと汗をかく。

「また物色してるのか」
「違うわよ。人聞きの悪いこと言わないで」
「そう言われるような事を何度もしてきたからだろう?そろそろ両手でも足りなくなる」
「私は殺したりしてない。やったのは全部あなただもの」
「そうさせてるのが自分だと分かっているくせに、よく言う」

 二人の会話に、私の背筋が凍る。不自然にかいた汗が、体温を急速に奪っていく。

(物色……?両手で足りなくなるくらい……殺してる?)

 私は、顔を横に向ける。視線の先には、白く、可愛らしい横顔が見える。赤い唇を楽しそうに歪めて、グラウンドの生徒を眺めている。

 私の足がすくみ、靴の裏が地面にわずかにある砂を擦る。小さいはずのその音が、やけに大きく響く。

「誰だ!?」

 女の子の隣にいる男が、こちらを見て叫ぶ。私の体はすくんで動けない。でも、その目は私の姿を捉えないまま、遠くを見ている。

「なあに?急に怒鳴ったりして。ふふっ、神経質すぎ。わたしたちのことなんて誰にも見えないのに」
「分かっている……ただ、風の音と勘違いしたんだ」
「そう?ま、そういうことにしといてあげる」

 その瞬間、女の子の姿が消えた。

「くそ……本当に腹の立つ女だ」

 続けて、男の姿も消えた。

 私は、ずるずるとその場にへたり込んでしまう。

(なんだったの……今の……)

 私はしばらく、腰が抜けてしまったように、その場から立ち上がることさえできなかった。
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