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第2話 やっぱり無理

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 永遠にこのまま走り続ければいい……その願いむなしく、とうとう、馬車の動きは止まってしまった。

 母はすぐに馬車から降りていく。でも、私の足はすくんでしまい、どうしても外に踏み出せない。

 そんな私を、母は呆れたような顔で見る。

「何をしているの、早く降りなさい」
「はいっ」

 母の叱責に、私は慌てて降りる。いつもこうだ。母の言葉は、私の恐れよりも勝る。嫌がっても無駄だということが、体に染み付いてしまっている。

 馬車を降りた私は、目の前の建物を見上げる。さすがは領主のお屋敷だ。実用性より、美しさに全てを振られている。目の保養に最適だ。

(そう……私はここで何度も……)

 幼い頃、何度もここに連れてこられて、そのたびに酷い目にあったことが蘇る。普段は自慢の記憶力を、今だけは呪いたくなる。

 その時の事が、まるで昨日のように頭に浮かぶ。

 きれいに整えられた庭の、人気がない場所。お人形のように美しい魔族。それだけなら、いい思い出で終わったのに。

(……あんな酷いことを言うひとが、人間の女の子に恋?いいえ……やっぱりありえない。きっと何か裏があるのよ……だって、魔王様の唯一の弟子なんて、取り入るには最高の)

「……ステ、アステ!何をぼーっとしてるんだい。行くよ」
「……は、はいっ」

 いけない、また考えごとに没頭してしまった。

 私を待たず歩き出した母の後を、私は小走りで追いかけた。

***

 私たち親子を出迎えた執事に案内され、長い廊下を進んだ先の応接室へ通された。

 部屋は落ち着いた雰囲気で、年代物と思われる家具が並んでいる。天井にまで細かい細工が施され、他にも随所に職人の細かい仕事が見て取れる。この部屋だけでもどれだけの手間やお金がかかっているのか……想像するだけで気絶しそうだ。

(うちのような成金に足りないのは、こういう伝統的な部分よね)

 何世代にもわたって受け継がれた重み、そういったものが我が家にはない。それどころか、母や私は成金と言われ、軽んじられる。

(私はともかく、母は自らの力で築き上げたのだから、成金と馬鹿にされて悔しい思いをした日もあったでしょうに……)

 その時、カシャン、という音が聞こえ、私の意識は現実に引き戻された。目の前にカップが置かれた音のようだ。そのカップに、綺麗な琥珀色の紅茶が注がれていく。
 立ち上がる湯気とともに、花のような香りが届き、その香りに私の心は落ち着く。

(私が飲んでる紅茶とは段違いね……たまには高いものを買ってみるのもいいかしら)

 そう思いながら、カップに手を伸ばそうとしたその時、応接室の扉が開く音がした。

(地獄への扉が、とうとう開いてしまった)

 私の体がぶるっと震える。

 母はすぐに立ち上がり、扉の方を向く。私もそれに倣って、慌てて立ち上がる。
 そして、恐る恐る扉に顔を向け、開く扉の向こうに……永遠に目にしたくなかったその姿を見た。

 記憶の中の、美しく、そして醜く笑う魔族の少年……その面影を残した青年が、そこにいる。

 それだけで、私の心の傷の蓋が、勢いよく吹き飛んでいった。

(……あ、これ、やっぱり無理だわ)

 その瞬間、私の頭は、受け入れ難いこの状況に強烈な拒否反応を起こした。

 そして、私の意識は途切れた。
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