ふたりでひとりの悪役令嬢

じぇいそんむらた

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6. 幻聴

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 第二王子。彼は、次期国王である兄の片腕として、兄の妻……つまり未来の王妃の選定に深く関わっているとも噂されている。
 だが、普段の彼はまるで蝶のように、美しい花の間を飛び回り甘い汁を吸っているだけ。政治にも権力にも興味はない、この世の女性に愛されるのが一番なのだと軽薄そうに語る唇。でもその瞳は、色欲に溺れている者のそれでは決してない。

(湖に落ちたっていうのに、風邪ひとつ引かないで元気そうじゃない……本当に……腹の立つ……)

 正直言って私は、この王子が心底嫌いだ。誰からも愛され、慕われているなどいまだに信じられない。だから、見舞いという言葉も、額面通りに受け取れるわけがなかった。

(命を救ったとはいえ、王子自ら、わざわざ見舞いになど来るわけがないわ……一体何が目的?)

 王子は、侍女に椅子を用意させ私がいるベッドの脇にそれを置かせると、そこに腰掛ける。そして、私の顔を興味津々といった表情でのぞきこむ。

「何故、という顔をしているね」

 そういうと王子は、断りもなく私の額に触れる。

「こんなに熱を出して、可哀想に」

 本当にその通りだ。同じくらいの熱を出してくれればまだよかったのに、本当に健康そうな様子にますます腹が立つ。でも、声が出せず文句の一つも言ってやれない。いや、声が出せても言えない事には変わりない。王子にそんな事をしたら、私の全てが終わる。

 そんな事を考えていると、無意識に眉間に皺がよっていたのか、王子の指がそれをまるでなだめるようにそっと撫でた。優しいその触れ方でも、触れられている事への拒否感はまだ拭えない。

「何故俺を助けた」

 唐突な質問に、私は王子を見つめる。王子の表情はいつの間にか、今まで見たことのない真剣なものに変わっていた。

 でも、私にそんな事を聞かれても困る。その答えを知るニルは、意識を失っていて、確かめようがない。声が出せず黙っていられるのが不幸中の幸いだ。
 いや、どうせ王子も、答えが返ってこないのを知っていてその質問をしたのだろう。彼は苦笑すると、私の額から手を離し、腕を組んで言った。

「最近の君は、まるで別人に乗っ取られてしまったようだね」

 その言葉に、私は目を見開く。そう、これだ。軽薄そうなその立ち振る舞いに隠された、その鋭い観察力。相手にわざとみくびらせて、油断させて。でも、全ては彼の手のひらの上で踊らされているだけ。

「前までの君は、そうだね……人の手で綺麗に咲かせられ、棘に毒を仕込まれた花だった。でも……急に、道端に健気に咲く、小さな黄色い花になってしまった」

 急に入れ替わったから、私とは違う点は多々あっただろう。それでも、振る舞いは良家の娘そのものだったし、何よりそこまで見抜かれるほど、私は第二王子との接触などなかった。でも、私が気づかないうちに、そんなにも監視されていたのだ。苛立ちと共に舌打ちをしたい気分になったが、今はその気力さえない。

 だが、不愉快な私とは逆に、第二王子は楽しそうな笑顔で私を見て、話を続けた。

「人前で恥じらう事なくドレスを脱ぎ捨てて、冷たい水の中に飛び込んで」

 王子の人差し指が、私の唇にそっと触れる。

「そして躊躇いもなく、この唇で、俺の命を救った」

 その指が、私の唇の輪郭を辿るように撫でる。そしてその直後、私は熱による幻聴としか思えない言葉を耳にした。

「エンフィー嬢、ひとつお願いがあるんだ。俺の、妻となってくれないか」
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