ふたりでひとりの悪役令嬢

じぇいそんむらた

文字の大きさ
6 / 33

6. 幻聴

しおりを挟む
 第二王子。彼は、次期国王である兄の片腕として、兄の妻……つまり未来の王妃の選定に深く関わっているとも噂されている。
 だが、普段の彼はまるで蝶のように、美しい花の間を飛び回り甘い汁を吸っているだけ。政治にも権力にも興味はない、この世の女性に愛されるのが一番なのだと軽薄そうに語る唇。でもその瞳は、色欲に溺れている者のそれでは決してない。

(湖に落ちたっていうのに、風邪ひとつ引かないで元気そうじゃない……本当に……腹の立つ……)

 正直言って私は、この王子が心底嫌いだ。誰からも愛され、慕われているなどいまだに信じられない。だから、見舞いという言葉も、額面通りに受け取れるわけがなかった。

(命を救ったとはいえ、王子自ら、わざわざ見舞いになど来るわけがないわ……一体何が目的?)

 王子は、侍女に椅子を用意させ私がいるベッドの脇にそれを置かせると、そこに腰掛ける。そして、私の顔を興味津々といった表情でのぞきこむ。

「何故、という顔をしているね」

 そういうと王子は、断りもなく私の額に触れる。

「こんなに熱を出して、可哀想に」

 本当にその通りだ。同じくらいの熱を出してくれればまだよかったのに、本当に健康そうな様子にますます腹が立つ。でも、声が出せず文句の一つも言ってやれない。いや、声が出せても言えない事には変わりない。王子にそんな事をしたら、私の全てが終わる。

 そんな事を考えていると、無意識に眉間に皺がよっていたのか、王子の指がそれをまるでなだめるようにそっと撫でた。優しいその触れ方でも、触れられている事への拒否感はまだ拭えない。

「何故俺を助けた」

 唐突な質問に、私は王子を見つめる。王子の表情はいつの間にか、今まで見たことのない真剣なものに変わっていた。

 でも、私にそんな事を聞かれても困る。その答えを知るニルは、意識を失っていて、確かめようがない。声が出せず黙っていられるのが不幸中の幸いだ。
 いや、どうせ王子も、答えが返ってこないのを知っていてその質問をしたのだろう。彼は苦笑すると、私の額から手を離し、腕を組んで言った。

「最近の君は、まるで別人に乗っ取られてしまったようだね」

 その言葉に、私は目を見開く。そう、これだ。軽薄そうなその立ち振る舞いに隠された、その鋭い観察力。相手にわざとみくびらせて、油断させて。でも、全ては彼の手のひらの上で踊らされているだけ。

「前までの君は、そうだね……人の手で綺麗に咲かせられ、棘に毒を仕込まれた花だった。でも……急に、道端に健気に咲く、小さな黄色い花になってしまった」

 急に入れ替わったから、私とは違う点は多々あっただろう。それでも、振る舞いは良家の娘そのものだったし、何よりそこまで見抜かれるほど、私は第二王子との接触などなかった。でも、私が気づかないうちに、そんなにも監視されていたのだ。苛立ちと共に舌打ちをしたい気分になったが、今はその気力さえない。

 だが、不愉快な私とは逆に、第二王子は楽しそうな笑顔で私を見て、話を続けた。

「人前で恥じらう事なくドレスを脱ぎ捨てて、冷たい水の中に飛び込んで」

 王子の人差し指が、私の唇にそっと触れる。

「そして躊躇いもなく、この唇で、俺の命を救った」

 その指が、私の唇の輪郭を辿るように撫でる。そしてその直後、私は熱による幻聴としか思えない言葉を耳にした。

「エンフィー嬢、ひとつお願いがあるんだ。俺の、妻となってくれないか」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪魔な義理弟《ボディーガード》~ヤンキー校最凶犬男子の独占欲が強過ぎる~

Kore
恋愛
「余計なこと考えさせないくらい愛せば、男として見てくれる?」そう囁く義弟の愛は重くて、危険で、究極に甘い。 ———勉強が大の苦手であり、巷で有名なヤンキー高校しか入れなかった宇佐美莉子。そんな義理姉のボディーガードになるため、後追いで入学してきた偏差値70以上の義理弟、宇佐美櫂理。しかし、ボディーガードどころか、櫂理があまりにも最強過ぎて、誰も莉子に近寄ることが出来ず。まるで極妻的存在で扱われる中、今日も義理弟の重い愛が炸裂する。———

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

処理中です...