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本編
第5話 顔合わせ
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魔王城には、城内で働く部署や職員同士でやり取りをする為の、城内便という仕組みがある。
毎日決まった時間に回収に来るひとに、宛先を記した封筒を渡せば、翌日には届けてもらえるのだ。魔王城限定の、郵便のようなものである。
その城内便で、ある日、私宛に封筒が届いた。送り主として書いてあるエディという名前、どこかで聞いた事があるような……私は記憶の中を探りながら、封筒を開いていく。
(あ……そうだわ)
封筒の中から便箋を取り出しながら、私はようやく思い出した。
その名前を聞いたのは、母がパトロンをしていたひとたちが、家を出る私に絵の道具を一式贈ってくれた時だ。そのひとも、以前母が支援していた画家だそうで、今は魔王城にて働いているという。私に絵の描き方を指導してくれるそうで、都合がつき次第連絡してくれる手筈だと聞かされている。
私は便箋に目を通す。そこには、母に世話になった事への感謝。その娘である私に会えるのが楽しみだと言う事。そして、もし本当に絵を習いたいなら、まず最初に会っておきたいので、いつがいいか候補日を教えてほしい……という内容が綴られていた。
(せっかくみなさんに絵の道具を貰ったのだもの……ちゃんと習って絵が描けるようになりたいわ……)
私は、ぜひ絵を教わりたい事、そしていくつか希望日を書いて、翌日の城内便で返事を送った。
そして、一ヶ月後の仕事終わりに、彼……エディさんとの顔合わせをする事になった。
魔王城にある多目的室は、申請をすれば誰でも借りる事ができる。エディさんが借りておいてくれたそうで、私は仕事が終わってからすぐそこへ向かった。
扉をノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえる。早めに来たつもりだったけれど、エディさんの方が先に来ていたようだ。私は慌てて扉を開く。
部屋の中には、筋骨隆々として、背の高い男性がいる。私は、彼に恐る恐る声をかけた。
「失礼します……アステと申します。エディさん、ですよね?」
「ええ、ミーがエディよ。よろしく、アステ」
話し方が、とても個性的なひとだと思った。私はふと、母が支援していた芸術家たちの事を思い出す。彼らも、エディさんとどこか似たような雰囲気があった。
何も言わず、彼をじっと見つめていた私に、彼は首をかしげる。
「……ミーの顔に、何か付いてる?」
「い、いえ……あの、母が支援していた方達を思い出して……懐かしくて」
そんなに前の事ではないのに、もう戻れないと思うと、無性に懐かしく感じてしまう。
「懐かしい?」
「はい……皆さんと、どことなく雰囲気が似ているようで。エディさんも昔、あそこにいたのですよね?」
「そうよ。もう離れて何年も経つけれど、今でも昨日のように思い出すわ。かけがえのない日々よ」
「そう……なんですね」
寂しそうなエディさんの表情に、私も切ない気持ちになる。
「やだわ、しんみりしちゃったわ……ごめんなさいね、初対面なのに」
「いいえ……。私、あの場所へそこまで足を運んだわけではないですが、あそこが素敵な場所だというのは分かります」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。でもどうしてまた、あの場所に行こうと思ったの?あなた、ずっとミー達のこと毛嫌いしてたんでしょ?」
まさか、私は彼らにそう思われていたのか。でも、昔の私は、そう思われて当然の態度や考え方だった。母と彼らが夜な夜なしていた行為……私はそれだけしか見ないで、彼らを決めつけていた。
「……それは……あなた達と母が……男女の……」
「ああ……そういう事。母親と若い男のただれた関係を嫌悪してたって事よね?」
「は、はい……」
私が肯定すると、エディさんは困ったわねという顔をした。
「あれはね、ごく一部よ。どちらかが強要した関係でもなかったし、男女ってそういうものじゃない?飢えたら満たし合いたくなる。でも、多感な年頃のあなたからしたら、複雑だったわよね」
「……はい……私、どうしていいか分からず……だからそれ以上、立ち入ろうとしなかったんです……浅慮でした」
私を慮ってくれるエディさんに、申し訳なさが募る。
「仕方ないわよ。でも……今は、お互い勘違いが解けたんでしょ?よかったじゃない」
「ええ……よかったです。私に優しく接して下さった皆さんのおかげです」
「そうね、そしてそのおかげで、こうしてミーとも繋がりができた。あ、そうそう、ミーは至って清い関係だったから安心して?なにせ、女に興味ないから」
エディさんの意外な発言に、私は面食らってしまう。
「あ……そ……そうなんですね……」
「なあに?あなたこういう話興味ない?それとも、同性愛に拒否感持っちゃう?」
「い……いえ。興味とか拒否感以前に、恋愛というものについて私、無知で。ずっと、勉強と仕事しかしてこなかったから……」
私の言葉に、エディさんは目を丸くする。
「あなた、本当にミスオーガンザの娘なの?……信じられない」
「……私も……そう思います。母とは何もかも正反対で。恋愛も、最近になってやっと……好きなひとができたくらいで……」
「まさか、その年で初恋!?」
エディさんは信じられないと言った表情で、私の肩を両手で掴んでくる。私はそれに驚きながら、何とか返事をした。
「は……はい……」
「やだなに……ちょっとそれ詳しく聞かせなさいよ!」
「く……詳しく!?」
そして私は、馴れ初めからなにまで、根掘り葉掘りエディさんに問い詰められてしまうのだった。
***
「小さい頃苦手だった相手と再会したら優しくなっていたなんて……やだ……燃えるわ」
私があらかた話し終えた後、エディさんは楽しそうに体をよじっている。
フォールスの事を悪く言いたくなくて、あくまで私が苦手意識を持っていたという説明をしたのだったが。
「も、燃える?そ……そうですか?」
「だって、最初から優しいひとの優しさより、そうするはずないと思ってたひとの優しさの方が、インパクトあるでしょ?」
私は、フォールスと再会した頃の事を思い出す。
「た……たしかに。再会した時はとても緊張していたので、優しくされた事にとても驚いた記憶があります」
「でしょ?そして、その優しさが心に強く刻まれちゃったら、もう、ちょっとした事で意識しちゃうようになる」
フォールスと出会ってから、私はどんどん感情の起伏が出てきた。意識するというのは、そういうものなのだろうか。
「意識……そうですね。最初は、そんなわけはないと思い込んでいましたけど、きちんと自分の気持ちと向き合った時には……もう」
「うふふ、しかも初めての恋でしょ?それはそれは燃えあがっちゃうわね。きっとセックスも気持ちいいでしょ?」
あまりにストレートな言い方に、私の心臓が縮み上がってしまう。
「あ……あ……あの……それは……」
「なーに恥ずかしがってるのよ?好きあってるならセックスくらいするでしょ」
「そ……その……しては……いますが……私……他の方がどうしているのか……そういうのも知らなくて……」
しどろもどろに言う私に、エディさんは呆れた顔をして腕組みする。
「もう!友達とそういう話くらいするでしょ?……まさかあなた、友達いないの?」
「…………恥ずかしながら」
いたにはいたけれど、彼女はそういう話に嫌悪を持つタイプで、結局そんな話をする機会など一度もないまま、遠くへ行ってしまった。
「あらま……じゃあ、ミーが友達になってあげる。ミーも、ガールズトーク相手が欲しかったのよね……どう?」
「わ、私と?」
まさかの友達立候補。絵を習うつもりが、友達ができてしまうとは、想定外だ。
「そんな……そう言ってもらえるのは嬉しいですが……私なんかと話しても、きっと楽しくない……ですよ?」
「やあねえ……楽しいかどうかはミーが決めるわ。ミーはあなたを気に入った。……あなたは?ミーのこと、好きじゃない?」
「あ……あの……私……」
グイグイ迫られて、私は慌てる。そんな私の両手を、エディさんは優しく包み込むと、優しく微笑んだ。
「何言われても怒らないから、素直に言ってちょうだい……ね?」
その顔はどこか、フォールスがねだるときにも似ていて、そういう表情に弱い私の答えは……決まっていた。
「私……好きだと……思います……エディさんの事」
そう答えた瞬間、私の体はエディさんに強く抱擁された。
「うふふ!嬉しい!ミーたち、仲良くしましょうね!」
「は……はい……く……くるし……」
こうして、エディさんと私は友達となった。想像もしていなかった展開に驚きつつも、私の心は嬉しさに弾んだ。
毎日決まった時間に回収に来るひとに、宛先を記した封筒を渡せば、翌日には届けてもらえるのだ。魔王城限定の、郵便のようなものである。
その城内便で、ある日、私宛に封筒が届いた。送り主として書いてあるエディという名前、どこかで聞いた事があるような……私は記憶の中を探りながら、封筒を開いていく。
(あ……そうだわ)
封筒の中から便箋を取り出しながら、私はようやく思い出した。
その名前を聞いたのは、母がパトロンをしていたひとたちが、家を出る私に絵の道具を一式贈ってくれた時だ。そのひとも、以前母が支援していた画家だそうで、今は魔王城にて働いているという。私に絵の描き方を指導してくれるそうで、都合がつき次第連絡してくれる手筈だと聞かされている。
私は便箋に目を通す。そこには、母に世話になった事への感謝。その娘である私に会えるのが楽しみだと言う事。そして、もし本当に絵を習いたいなら、まず最初に会っておきたいので、いつがいいか候補日を教えてほしい……という内容が綴られていた。
(せっかくみなさんに絵の道具を貰ったのだもの……ちゃんと習って絵が描けるようになりたいわ……)
私は、ぜひ絵を教わりたい事、そしていくつか希望日を書いて、翌日の城内便で返事を送った。
そして、一ヶ月後の仕事終わりに、彼……エディさんとの顔合わせをする事になった。
魔王城にある多目的室は、申請をすれば誰でも借りる事ができる。エディさんが借りておいてくれたそうで、私は仕事が終わってからすぐそこへ向かった。
扉をノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえる。早めに来たつもりだったけれど、エディさんの方が先に来ていたようだ。私は慌てて扉を開く。
部屋の中には、筋骨隆々として、背の高い男性がいる。私は、彼に恐る恐る声をかけた。
「失礼します……アステと申します。エディさん、ですよね?」
「ええ、ミーがエディよ。よろしく、アステ」
話し方が、とても個性的なひとだと思った。私はふと、母が支援していた芸術家たちの事を思い出す。彼らも、エディさんとどこか似たような雰囲気があった。
何も言わず、彼をじっと見つめていた私に、彼は首をかしげる。
「……ミーの顔に、何か付いてる?」
「い、いえ……あの、母が支援していた方達を思い出して……懐かしくて」
そんなに前の事ではないのに、もう戻れないと思うと、無性に懐かしく感じてしまう。
「懐かしい?」
「はい……皆さんと、どことなく雰囲気が似ているようで。エディさんも昔、あそこにいたのですよね?」
「そうよ。もう離れて何年も経つけれど、今でも昨日のように思い出すわ。かけがえのない日々よ」
「そう……なんですね」
寂しそうなエディさんの表情に、私も切ない気持ちになる。
「やだわ、しんみりしちゃったわ……ごめんなさいね、初対面なのに」
「いいえ……。私、あの場所へそこまで足を運んだわけではないですが、あそこが素敵な場所だというのは分かります」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。でもどうしてまた、あの場所に行こうと思ったの?あなた、ずっとミー達のこと毛嫌いしてたんでしょ?」
まさか、私は彼らにそう思われていたのか。でも、昔の私は、そう思われて当然の態度や考え方だった。母と彼らが夜な夜なしていた行為……私はそれだけしか見ないで、彼らを決めつけていた。
「……それは……あなた達と母が……男女の……」
「ああ……そういう事。母親と若い男のただれた関係を嫌悪してたって事よね?」
「は、はい……」
私が肯定すると、エディさんは困ったわねという顔をした。
「あれはね、ごく一部よ。どちらかが強要した関係でもなかったし、男女ってそういうものじゃない?飢えたら満たし合いたくなる。でも、多感な年頃のあなたからしたら、複雑だったわよね」
「……はい……私、どうしていいか分からず……だからそれ以上、立ち入ろうとしなかったんです……浅慮でした」
私を慮ってくれるエディさんに、申し訳なさが募る。
「仕方ないわよ。でも……今は、お互い勘違いが解けたんでしょ?よかったじゃない」
「ええ……よかったです。私に優しく接して下さった皆さんのおかげです」
「そうね、そしてそのおかげで、こうしてミーとも繋がりができた。あ、そうそう、ミーは至って清い関係だったから安心して?なにせ、女に興味ないから」
エディさんの意外な発言に、私は面食らってしまう。
「あ……そ……そうなんですね……」
「なあに?あなたこういう話興味ない?それとも、同性愛に拒否感持っちゃう?」
「い……いえ。興味とか拒否感以前に、恋愛というものについて私、無知で。ずっと、勉強と仕事しかしてこなかったから……」
私の言葉に、エディさんは目を丸くする。
「あなた、本当にミスオーガンザの娘なの?……信じられない」
「……私も……そう思います。母とは何もかも正反対で。恋愛も、最近になってやっと……好きなひとができたくらいで……」
「まさか、その年で初恋!?」
エディさんは信じられないと言った表情で、私の肩を両手で掴んでくる。私はそれに驚きながら、何とか返事をした。
「は……はい……」
「やだなに……ちょっとそれ詳しく聞かせなさいよ!」
「く……詳しく!?」
そして私は、馴れ初めからなにまで、根掘り葉掘りエディさんに問い詰められてしまうのだった。
***
「小さい頃苦手だった相手と再会したら優しくなっていたなんて……やだ……燃えるわ」
私があらかた話し終えた後、エディさんは楽しそうに体をよじっている。
フォールスの事を悪く言いたくなくて、あくまで私が苦手意識を持っていたという説明をしたのだったが。
「も、燃える?そ……そうですか?」
「だって、最初から優しいひとの優しさより、そうするはずないと思ってたひとの優しさの方が、インパクトあるでしょ?」
私は、フォールスと再会した頃の事を思い出す。
「た……たしかに。再会した時はとても緊張していたので、優しくされた事にとても驚いた記憶があります」
「でしょ?そして、その優しさが心に強く刻まれちゃったら、もう、ちょっとした事で意識しちゃうようになる」
フォールスと出会ってから、私はどんどん感情の起伏が出てきた。意識するというのは、そういうものなのだろうか。
「意識……そうですね。最初は、そんなわけはないと思い込んでいましたけど、きちんと自分の気持ちと向き合った時には……もう」
「うふふ、しかも初めての恋でしょ?それはそれは燃えあがっちゃうわね。きっとセックスも気持ちいいでしょ?」
あまりにストレートな言い方に、私の心臓が縮み上がってしまう。
「あ……あ……あの……それは……」
「なーに恥ずかしがってるのよ?好きあってるならセックスくらいするでしょ」
「そ……その……しては……いますが……私……他の方がどうしているのか……そういうのも知らなくて……」
しどろもどろに言う私に、エディさんは呆れた顔をして腕組みする。
「もう!友達とそういう話くらいするでしょ?……まさかあなた、友達いないの?」
「…………恥ずかしながら」
いたにはいたけれど、彼女はそういう話に嫌悪を持つタイプで、結局そんな話をする機会など一度もないまま、遠くへ行ってしまった。
「あらま……じゃあ、ミーが友達になってあげる。ミーも、ガールズトーク相手が欲しかったのよね……どう?」
「わ、私と?」
まさかの友達立候補。絵を習うつもりが、友達ができてしまうとは、想定外だ。
「そんな……そう言ってもらえるのは嬉しいですが……私なんかと話しても、きっと楽しくない……ですよ?」
「やあねえ……楽しいかどうかはミーが決めるわ。ミーはあなたを気に入った。……あなたは?ミーのこと、好きじゃない?」
「あ……あの……私……」
グイグイ迫られて、私は慌てる。そんな私の両手を、エディさんは優しく包み込むと、優しく微笑んだ。
「何言われても怒らないから、素直に言ってちょうだい……ね?」
その顔はどこか、フォールスがねだるときにも似ていて、そういう表情に弱い私の答えは……決まっていた。
「私……好きだと……思います……エディさんの事」
そう答えた瞬間、私の体はエディさんに強く抱擁された。
「うふふ!嬉しい!ミーたち、仲良くしましょうね!」
「は……はい……く……くるし……」
こうして、エディさんと私は友達となった。想像もしていなかった展開に驚きつつも、私の心は嬉しさに弾んだ。
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