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本編
閑話 器の小さい男
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仕事で魔王城に来ていた僕を呼び出した魔王様は、神妙な面持ちでこちらを見ている。いや、神妙そうな中に、僕をどう揶揄ってやろうかというのが見え隠れしている。
どうせ魔王様がこれから話すのは、僕にとって面白くない話なのだろう。一体何を言われるのかと身構えた僕を、魔王様は鼻で笑い、こんな事を言った。
「アステがこちらに来た」
「え?」
魔王様の口から、一番出されたくない名前が出てきてしまった。とても嫌な予感がする。
「なに、仕事の話をしに来ただけだ。無茶な要望を通しに来たので、命が惜しくないのかと脅してやったが、一歩も退かないのでな。死ねばお前が悲しむと更に脅してやったが、諦めるどころか、地獄からお前に詫びると返された」
「し、仕事の話が、なぜ命だの死ぬだのという展開になるんですか!?」
物騒にも程がある。けれど、魔王様は更にとんでもない事を言い出した。
「余を脅してみろと、アステを挑発した」
「なぜ!?」
「脅迫でもされない限り聞いてやれぬ、と言ったからな」
無茶な要望をするアステ、脅迫しろとけしかける魔王様。僕はもう、わけが分からなくなってくる。
「アステは、脅迫に使えるような話などオーガンザから聞かされてない、そう前置きした上でこう言ったのだ。フォールス、お前の父の死に何かあるのではないか、と」
頭を殴られたくらいの衝撃に、僕は卒倒しそうになる。
「そんな……僕は、彼女に何も言ってない……」
「分かっている。おそらく、アステ自身の知恵で真相に迫ったのだ」
「まさか」
アステは、僕に関する魔王城での出来事を何も知らない筈だ。……でも、魔王城にいて、誰かから手掛かりとなるような情報を聞いたのかもしれない。一見関係のないような事をつなぎ合わせて、彼女なりに気づいてしまったのだうろか。
(やっぱり……無理にでも止めればよかったんだ……魔王城で働くなんて……)
いっその事、何があっても守ると、無理やり結婚してしまえばよかったのではないか。そんな考えがよぎる。優しい彼女なら、最終的には折れてくれたかもしれない。
そうすれば、不用意に真実に近づく事もなかった。僕は悔しさに唇を噛みしめる。
そんな僕に魔王様は、
「いかなる者もこの秘密に触れてはならぬ。よりによって、お前の妻という立場でもない女が知るなど決して許される事ではない」
魔王様の言葉に、僕は目を丸くする。
「魔王様……それはつまり、僕の妻であれば秘密を分かち合ってもいいと?」
「まあ、お前の妻に、それを背負う覚悟があればの話だが」
考えてもみなかった選択肢が急に現れて、僕は混乱する。
(アステに……打ち明ける?あの事を?)
「話はそれだけだ。よく考えて結論を出すがいい。あの女は、結婚という枷でもないとまた無茶な事をしでかすぞ。早く捕まえておけ」
「……そう、ですね」
僕は、そう答えることしかできなかった。
――
魔王城を出て僕は、広場のベンチに腰掛ける。前に、アステが座っていたのと同じベンチ。少しでも彼女の名残を感じたい……そう思ってここに来てしまった。まあ、今の時間ならアステは仕事中で、顔を合わせる心配もないだろう。
僕は、思案する。
あの秘密を、アステと分かち合いたいとは思う。でもそれは、我が家の罪に彼女を引きずり込んで、彼女の綺麗な手を汚して、共犯関係にするという事だ。ただ自分が楽になりたいために、アステを利用しようとしているだけなのでは。自分は理性のある方だと思っていたが、本当は、そんな事はないのかもしれない。
(……でも、彼女なら、僕が何も言わずとも、いつか真実に手を届かせてしまうような気がする)
しかも、それを使って、また無茶をしようとするかもしれない。
(アステ……君は一体どんな無茶を魔王様に言ったんだ……というか、死んでも構わないってどういう事だよ!?僕に地獄から詫びるって……何なんだよそれは!)
何だか、ものすごく腹が立ってきた。さっきまではアステに申し訳ないとさえ思っていたというのに。
そして、それをきっかけに、僕の中からあれやこれやと不満が吹き出していく。
(そもそもここで顔を合わせられないってのも、僕との関係を知られたくないって事だろ?そりゃ色々と言われるのが嫌なのは分かるけどさ!)
まるで僕と付き合ってる事が恥ずかしいと思われてるようで、怒りと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざり合う。
(僕たちもうすぐ結婚するんだぞ?なのに言えないって?もっと堂々と胸を張って関係をアピールしてくれたっていいじゃないか!どうこう言ってくる奴なんか無視してやれよ!学生時代だってそうしてきたんだろ!?)
そんな事、アステができないと分かってる。彼女は、僕とそういう関係である事を自慢に思うような女性ではない。
それに、アステはきっと、僕の立場も考えて必死に隠してくれているのだろう。頭では分かっている。でも、どうしても心がついていかない。
(……くそ、最低だな僕は)
アステは、自分でいいのかと僕に言う。でも本当は、僕こそアステにふさわしくないのかもしれない。
ちょっとした事で嫉妬して、少し会えないだけで機嫌を悪くして……顔と家柄だけが取り柄の、あまりにも器が小さい男。
僕は、ふと、アステの言葉を思い出した。領主でない男でもいいのかと、僕が聞いた日の。
『あなたが、ただの男として迎えに来てくれる日を待ってる……いつまでも』
僕自身を求めてくれるその言葉が、どれだけ嬉しかった事か。
僕は、薬指の指輪に視線を落とす。
『あなたこそ、忘れないでね。あ……あなたは……わ……私だけのもの……なんだって……』
彼女に指輪を付けた時の言葉が、僕の頭に蘇る。
「……忘れないよ」
そう呟いて、そっと指輪に口付ける。それだけで、さっきまでの負の感情が不思議と消えていく。
僕は、よく晴れた空を見上げる。
アステも、この空を見ているのだろうか。すぐ近くにいるのに、会う事の叶わないアステを僕は想う。
「会いたいな……君に」
その呟きは、誰の耳に届くこともなく消えていった。
どうせ魔王様がこれから話すのは、僕にとって面白くない話なのだろう。一体何を言われるのかと身構えた僕を、魔王様は鼻で笑い、こんな事を言った。
「アステがこちらに来た」
「え?」
魔王様の口から、一番出されたくない名前が出てきてしまった。とても嫌な予感がする。
「なに、仕事の話をしに来ただけだ。無茶な要望を通しに来たので、命が惜しくないのかと脅してやったが、一歩も退かないのでな。死ねばお前が悲しむと更に脅してやったが、諦めるどころか、地獄からお前に詫びると返された」
「し、仕事の話が、なぜ命だの死ぬだのという展開になるんですか!?」
物騒にも程がある。けれど、魔王様は更にとんでもない事を言い出した。
「余を脅してみろと、アステを挑発した」
「なぜ!?」
「脅迫でもされない限り聞いてやれぬ、と言ったからな」
無茶な要望をするアステ、脅迫しろとけしかける魔王様。僕はもう、わけが分からなくなってくる。
「アステは、脅迫に使えるような話などオーガンザから聞かされてない、そう前置きした上でこう言ったのだ。フォールス、お前の父の死に何かあるのではないか、と」
頭を殴られたくらいの衝撃に、僕は卒倒しそうになる。
「そんな……僕は、彼女に何も言ってない……」
「分かっている。おそらく、アステ自身の知恵で真相に迫ったのだ」
「まさか」
アステは、僕に関する魔王城での出来事を何も知らない筈だ。……でも、魔王城にいて、誰かから手掛かりとなるような情報を聞いたのかもしれない。一見関係のないような事をつなぎ合わせて、彼女なりに気づいてしまったのだうろか。
(やっぱり……無理にでも止めればよかったんだ……魔王城で働くなんて……)
いっその事、何があっても守ると、無理やり結婚してしまえばよかったのではないか。そんな考えがよぎる。優しい彼女なら、最終的には折れてくれたかもしれない。
そうすれば、不用意に真実に近づく事もなかった。僕は悔しさに唇を噛みしめる。
そんな僕に魔王様は、
「いかなる者もこの秘密に触れてはならぬ。よりによって、お前の妻という立場でもない女が知るなど決して許される事ではない」
魔王様の言葉に、僕は目を丸くする。
「魔王様……それはつまり、僕の妻であれば秘密を分かち合ってもいいと?」
「まあ、お前の妻に、それを背負う覚悟があればの話だが」
考えてもみなかった選択肢が急に現れて、僕は混乱する。
(アステに……打ち明ける?あの事を?)
「話はそれだけだ。よく考えて結論を出すがいい。あの女は、結婚という枷でもないとまた無茶な事をしでかすぞ。早く捕まえておけ」
「……そう、ですね」
僕は、そう答えることしかできなかった。
――
魔王城を出て僕は、広場のベンチに腰掛ける。前に、アステが座っていたのと同じベンチ。少しでも彼女の名残を感じたい……そう思ってここに来てしまった。まあ、今の時間ならアステは仕事中で、顔を合わせる心配もないだろう。
僕は、思案する。
あの秘密を、アステと分かち合いたいとは思う。でもそれは、我が家の罪に彼女を引きずり込んで、彼女の綺麗な手を汚して、共犯関係にするという事だ。ただ自分が楽になりたいために、アステを利用しようとしているだけなのでは。自分は理性のある方だと思っていたが、本当は、そんな事はないのかもしれない。
(……でも、彼女なら、僕が何も言わずとも、いつか真実に手を届かせてしまうような気がする)
しかも、それを使って、また無茶をしようとするかもしれない。
(アステ……君は一体どんな無茶を魔王様に言ったんだ……というか、死んでも構わないってどういう事だよ!?僕に地獄から詫びるって……何なんだよそれは!)
何だか、ものすごく腹が立ってきた。さっきまではアステに申し訳ないとさえ思っていたというのに。
そして、それをきっかけに、僕の中からあれやこれやと不満が吹き出していく。
(そもそもここで顔を合わせられないってのも、僕との関係を知られたくないって事だろ?そりゃ色々と言われるのが嫌なのは分かるけどさ!)
まるで僕と付き合ってる事が恥ずかしいと思われてるようで、怒りと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざり合う。
(僕たちもうすぐ結婚するんだぞ?なのに言えないって?もっと堂々と胸を張って関係をアピールしてくれたっていいじゃないか!どうこう言ってくる奴なんか無視してやれよ!学生時代だってそうしてきたんだろ!?)
そんな事、アステができないと分かってる。彼女は、僕とそういう関係である事を自慢に思うような女性ではない。
それに、アステはきっと、僕の立場も考えて必死に隠してくれているのだろう。頭では分かっている。でも、どうしても心がついていかない。
(……くそ、最低だな僕は)
アステは、自分でいいのかと僕に言う。でも本当は、僕こそアステにふさわしくないのかもしれない。
ちょっとした事で嫉妬して、少し会えないだけで機嫌を悪くして……顔と家柄だけが取り柄の、あまりにも器が小さい男。
僕は、ふと、アステの言葉を思い出した。領主でない男でもいいのかと、僕が聞いた日の。
『あなたが、ただの男として迎えに来てくれる日を待ってる……いつまでも』
僕自身を求めてくれるその言葉が、どれだけ嬉しかった事か。
僕は、薬指の指輪に視線を落とす。
『あなたこそ、忘れないでね。あ……あなたは……わ……私だけのもの……なんだって……』
彼女に指輪を付けた時の言葉が、僕の頭に蘇る。
「……忘れないよ」
そう呟いて、そっと指輪に口付ける。それだけで、さっきまでの負の感情が不思議と消えていく。
僕は、よく晴れた空を見上げる。
アステも、この空を見ているのだろうか。すぐ近くにいるのに、会う事の叶わないアステを僕は想う。
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