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本編

4月 その1 初めての友達

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 村一番の神童、そんな風に言われても、僕の心が躍ることはなかった。だって、一番褒めて欲しい人が、それを嫌がっていたんだから。

 だから僕は必死で勉強した。誰よりも早く大人になって、早く一人で生きていきたかった。愛されるために馬鹿になるくらいなら、こんな狭い世界なんて捨ててやるって、そう思ってた。

 でも、転機は思っていたより早く、僕にやって来た。

 都会から田舎の学校に赴任してきた先生が、僕に言ったんだ。

「君がもしもっと学びたいと望むなら、上級学校に行ってみる気はないかい?優秀であれば、飛び級で入学できる。学費も、寮での生活費も、優秀な生徒であれば奨学生として全額が給付される。……どうだい?スター」

 僕に、断るという選択肢は存在しなかった。

 そして僕は、飛び級で通常よりも6年早く、上級学校に入学した。

 ――

 上級学校の同級生はみんな僕よりうんと年上で、そのせいか、遠巻きに珍しそうに僕を見るだけだった。
 でも、そうなるのも当然だと思う。だって、自分よりうんと年下の子供となんて話も合わないでしょう?
 みんな同い年の生徒同士、楽しそうに盛り上がってる。

 それでも、たくさんの生徒がいれば、その中には変わり者の生徒もいる。入学から一週間後、とうとう僕に話しかけてくる同級生が現れた。

 でもさ……その時の第一声、一体どんなだったと思う?

「うお!ちびっ子すぎて目に入ってなかった!お前、めちゃくちゃ可愛いなあ!名前、何て言うんだ?」

 ……ねえこれ、失礼だと思わない?僕、思い出しただけで腹が立ってきたよ。

 そんな最悪な第一印象の同級生は、ちょうど今、食堂で昼食を食べている僕の隣にどかっと座ってきた。

「よう俺のかわいこちゃん!今日も可愛いなあ!」
「…………」

 これが、あまり認めたくないけれど、一応、ここで僕に初めてできた友人、ティティ。背が高くて、すらっとした体型。真っ暗闇を思わせるような髪と瞳の色。そしてそれとは対極の、明るくて社交的な性格。どうやら僕以外の友達も山ほどいるらしい。それなのになぜかやたらと僕に構ってくる。限度というものを知らないのだろうか。鬱陶しい事この上ない。

「なあなあスター。今日、魔術講義の初回だったんだろ?どうだった?」

 肩が完全に触れる距離で僕に話しかけてくるティティ。僕は両手でティティを押し退けようとするが、体格差があるため、当然びくともしない。

「ティティ、近い」
「つれないなあ。俺のかわい子ちゃんは今日も不機嫌そうでちゅねえ。ま、そこも可愛いんだけど」
「……そういうのやめてよ。僕、ベタベタされるのも子供扱いされるのも嫌い。それに僕は君のものじゃない」
「ひどい……俺はこんなにお前を愛してるっていうのに!」

 そう言って僕に抱きついてくるティティ。僕はもう面倒くさくて抵抗する気にもなれず、されるがままになる。

(……会ってそんなに経たないうちから、愛してるとか、意味わかんない)

 別に恋愛対象が異性だろうが同性だろうが好きにすればいいと思うけれど、僕にはその気なんてちっともない。

(恋だとか愛だとかそんな曖昧で不確かなもの、僕は絶対に信じたりしない)

 僕はティティに呆れながら、逸れた話題を元に戻す。

「ねえティティ。君、魔術講義の感想が聞きたかったんじゃないの?」
「おっとそうだった。お前、あの講義めちゃくちゃ楽しみにしてただろ?なあなあ、どうだった?」

 そう言ってティティはようやく体を離してくれる。僕はせめてもの反抗として、無言のままわざとらしく服の埃を叩いてみせるけど、そんな僕の努力むなしく、ティティはにこにことしたまま。僕はそれにムッとしながらも、彼の質問に質問で返す。

「どうだったって……具体的に何について聞きたいの?」
「ほら、あれだよ、もうひとりの飛び級入学生!いたんだろ?」
「うん、いたよ」

 そう。今年の入学生には僕以外にもうひとり、飛び級で入学した生徒がいるのだ。

「すげえよなあ、魔術の技能だけで飛び級とか!しかも杖も呪文詠唱もしないで魔術を使うって……本当かよ。なあなあスター、そいつが魔術使ってるところ、見た?」
「ううん。実技はやってないから、見てない」
「そっか、残念。でも、見たらどんなだったかすぐ聞かせろよ?あーあ、俺も魔術の素質あったら講義受けたんだけどなあ……」

 ティティは、それはそれは残念そうな顔で言う。

 そう。基本的にはどの講義も希望があれば参加できるけれど、魔術のように、本人の素質が影響する講義は例外で、条件を満たさないと参加できない事になっている。魔術の講義は大人気で、最終的にはより素質のある者から選ばれるらしい。

「ふーん。それは残念」

 僕は、心にも思ってない事を口にする。嫌味、というやつだ。でも、そんなのティティには全く通じなかった。ぱあ、と満面の笑みを浮かべて、ティティは再び僕に抱きついてきた。

「スター、おい、残念がってくれるのか!?そうかそうかあ、俺と一緒に講義が受けられないのが寂しいんだな!?このこの、愛いやつめ!」
「…………はあ」

 否定するのも面倒で、僕はため息だけつく。
 なんだろう。ティティと一緒にいるだけで、どんどん気力が減っていく。多分、今までこんなに押しの強いひとに会った事がないから、慣れてないだけかもしれない。

(はあ……やっぱり友達なんていなくてもよかったのかも)

 結局それからも、ティティにあれやこれやと話しかけられて、僕はうんざりげんなりしながらなんとか昼食を終えた。

 ――

 その日は二回目の魔術講義。僕は後方の席に座っていて、前寄りの窓際の席に座る女の子の背中を見ている。退屈そうに、頬杖をついて窓の外を眺めている彼女が、例の、もうひとりの飛び級入学生だ。名前はチェリー。

(うわ、あくびしてる……)

 彼女は、先生の話などちっとも興味がないようで、机の上の教科書はめくられないまま。ノートに書き込む様子もない。
 講義はまだ二回目で、希望した中から選ばれた生徒だけだというのもあるからか、みんな真面目に聞いている。だから、チェリーのそんな様子は余計に目立つ。

(魔術の技能だけで飛び級なんだもの……授業なんて聞かなくてもいい……?)

 と、そこで僕はハッとなる。いけない、僕自身が真面目に授業に集中してないじゃないか。僕は慌てて意識を先生に向ける。

(成績が落ちたら家に戻らなきゃいけない……それだけは絶対に嫌だ……)

 鉛筆を握る手に、力が入る。そうだ。成績を落とせば、奨学金をもらう資格を失ってしまう。その途端、貧乏な僕のうちは学費を払えず中退だ。そして僕は故郷に戻らなきゃいけない。

 それから僕は、チェリーのことを気にする事もなく授業に集中した。
 でも、授業の後半に行われた実技、そこで僕はまたチェリーから目を離せなくなった。

「さて、初めての実技は、簡単なものからやって行こう」

 先生がそう言って、教科書のページを指示する。みんな書かれている通りに、杖と詠唱で魔術を発動させていく。
 ふと僕は、少し離れた場所にいるチェリーを見た。杖も詠唱も必要ないだなんて、きっと単なる噂で、本当なんかではないと思っていた。

 でも、僕の目に映った光景は、まばたきも、呼吸の仕方も、忘れさせるくらい。それはまるで時間が止まってしまったようだった。

 彼女は、魔術を発動させていた。杖を持たないまま、両の手を、まるで踊っているように動かして、一言も声を発さずに。

 僕は、チェリーから、目が離せなくなった。

 目が熱くなる。何かが溢れ、僕の頬に、暖かいものが伝っていく。

「きれい……」

 そこから僕は、何をどうしたのか、記憶が曖昧なまま、気づけば授業の時間が終わっていた。
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