• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』

ヨォコ

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第3章:広がる世界と、七歳の肖像

はじめての街、はじめての贈り物

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窓の外では、冬の澄んだ陽光が世界をキラキラと照らしていました。
ロゼレイド公爵邸の、エレーナの自室。そこには、いつになく華やかで、少しだけ浮足立った空気が流れていました。
「エレーナ様、少しだけじっとしていてくださいね。……よし、これで完璧です!」
筆頭メイドのアンが、エレーナの黄金の髪に、淡い空色のリボンを丁寧に結びました。
数日前に整えられた前髪は、エレーナの宝石のような瞳を隠すことなく、その愛らしい容貌を余すところなく伝えています。専属メイドのリサ、カレン、ニーナの三人も、自分たちが選んだ若草色のドレスを纏ったエレーナを見て、感極まったように頬を染めていました。
「……アン、……エレーナ、変じゃない?」
エレーナがおずおずと鏡を覗き込みます。
かつて伯爵家で「醜い」「家の恥だ」と罵られていた記憶が、ふとした瞬間に彼女の足を止めようとします。けれど、アンはエレーナの小さな手を温かく包み込み、力強く微笑みました。
「いいえ。エレーナ様は、今日この街で一番美しいお姫様ですよ。さあ、閣下がお待ちです」

正面玄関へ向かうと、そこには漆黒の外套を纏ったヴィンセントと、白手袋をはめた執事のクラウスが立っていました。
「……お父様、お待たせしました」
エレーナが緊張で少し声を震わせながら挨拶すると、ヴィンセントは無言で彼女の前に跪き、その小さな体をひょいと抱き上げました。
「遅くない。……行くぞ、エレーナ。今日はお前のための日だ」
馬車に乗り込むと、黄金の車輪が石畳を鳴らして滑り出しました。
馬車の外側では、誰も気づかぬうちに特殊部隊「黒鴉(こくろう)」の精鋭たちが動いていました。彼らは屋根を跳ね、人混みに溶け込み、馬車の進路に不審な者がいないか、あるいはエレーナに不快な思いをさせる無粋な者がいないか、文字通り目を皿のようにして監視していました。

馬車が王都の中央通りに差し掛かり、エレーナが少しずつ外の活気に慣れてきた頃、ヴィンセントが馬車を止めさせました。
「ここからは歩こう。クラウス、アン、周囲を固めろ」
地面に降り立ったエレーナが、人混みの多さに思わずヴィンセントの服の裾をギュッと握った時でした。
「――おや、これは閣下! お嬢様! お出かけですか!」
聞き馴染みのある豪快な声が響きました。
三人の騎士を引き連れ、街の巡回任务に当たっていたバッシュです。彼は数日前の食堂でエレーナとすっかり打ち解けており、彼女の顔を見るなり、岩のような顔をひだまりのように和らげました。
「……あ、バッシュさん! こんにちは」
「お嬢様、お元気そうで何よりです! 初めての街歩き、いかがですか? 怖いことはありませんか?」
バッシュが兜を脱ぎ、腰を折ってエレーナに語りかけます。バッシュはこの界隈では有名な「優しい騎士様」で、迷子を助けたり、重い荷物を持つお年寄りを背負ったりするため、街の子供たちからは「バッシュ隊長!」と絶大な信頼を寄せられているのです。
「……うん。……お花が、きれいなの」
「それは良かったです! お嬢様、もし宜しければ、あそこの角にある『銀の鈴亭』に寄ってみてください。あそこは街の子供たちの聖地でしてね。お嬢様のような可愛いお方にぴったりの、色鮮やかな『動物の飴細工』があるんです。うちの騎士団の若い連中も、非番にはこっそり買いに行くんですよ」
「……どうぶつの、あめ……?」
「ええ! 口の中で魔法みたいにシュワっと溶けるメレンゲも絶品です。あそこの店主なら、お嬢様のためにとびきりの一品を出してくれますよ。……おっと、私は巡回の続きがありますので。何かあれば、我々巡回部隊が風より速く駆けつけます!」
バッシュはそう言って最敬礼を捧げ、去り際に遠くの路地から「バッシュ隊長ー!」と呼ぶ子供たちに手を振り返しながら、再び街の雑踏へと消えていきました。

バッシュの教え通りに向かった『銀の鈴亭』は、甘いバニラと砂糖の香りに包まれた魔法のような空間でした。ショーケースには、今にも動き出しそうなウサギや小鳥の飴細工が並んでいます。
「……わあ、……っ! お父様、見て、うさぎさん……!」
「……そうか。気に入ったか。――店主、このショーケースにあるもの、すべて包め。あと、奥にある在庫もだ」
「「ええっ!?」」
アンとクラウスが同時に声を上げました。店主も驚きで固まっています。
「閣下、お嬢様が一度にそんなに食べきれません! 虫歯になってしまいます!」
「……。ならば、保存の利くものを優先しろ。とにかく、エレーナが目を止めたものはすべてだ」
ヴィンセントは真顔で言い放ちます。エレーナは驚きつつも、自分を喜ばせようと必死(?)なお父様を見て、ふふっと小さく笑い声を上げました。
「お父様、ありがとう。……でも、エレーナ、ひとつだけで、いいの。……みんなで、いっしょに食べたいから」
その健気な言葉に、ヴィンセントの胸は撃ち抜かれました。「そうか……」と短く答えた彼の耳は、少しだけ赤くなっていました。

屋敷に戻ってきた頃には、日は少し傾き始めていました。
玄関では、留守を預かっていたカレン、リサ、ニーナの三人が「お帰りなさいませ!」と一列に並んで迎えてくれました。
「お嬢様、お疲れではありませんか?」
「お土産、何を買われたんですか!?」
賑やかなメイドたちに囲まれ、エレーナは今日あったことを一生懸命に話しました。
街で見かけた虹色の噴水のこと。バッシュさんが教えてくれたお店のこと。お父様が全部買い占めようとしてアンに怒られたこと。
「さあ、お嬢様。カレンが淹れたての紅茶を用意してくれました。買ってきた飴細工を、みんなでいただきましょう」
食堂には、任務を終えたフェイやゼノ、そして双子のリアンとシオンも顔を出しました。
エレーナが買ってきた「ウサギの飴細工」をテーブルに置くと、屈強な騎士たちが「わあ、可愛いですね」と顔を寄せ合って眺めます。
「……あのね、バッシュさんが、ここを教えてくれたの。……街は、とっても、あったかかった」
エレーナのその言葉に、ヴィンセントは静かにワインを口に運びながら、心の中でバッシュへの評価を一段階上げました。
「……エレーナ、お出かけ、……だ、だいすきになった」
黄金のリボンを揺らして笑うエレーナ。
かつて冷徹だった公爵邸は、今や一人の少女が持ち帰った「街の光」と「甘い飴の香り」で、どこよりも温かな場所になっていました。
ヴィンセントは、エレーナが自分の膝の上で幸せそうに飴を舐める姿を、いつまでも、いつまでも飽きることなく見つめ続けていました。
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