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第11話 学校は変態が来たら一番ダメな所①

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 中村との抱き枕カバーの戦いが幕を閉じようとしたその時、突如として鳴り響いた電話は、おバカ双子の兄、内田ユウからのSOSだった。


 ユウとマヤがいる場所は校庭だという。
 それを聞いた瞬間、俺はスマホを握りしめたまま、荒れ放題の草むらを割って駆け抜ける。
 やがて校庭が見えてくると、遠目にも人だかりができているのが分かる。と同時に、悲鳴にも似た騒めきが耳に届く。

「くそ、騒ぎになってやがるのか」

 何なんだよ。不審者だなんて、あんなのただの作り話だったはずなのに。
 それとも何か? 嘘が現実になるなんて、そんなマンガみたいなことが実際にあり得るってのか?
 学校に不審者が侵入……ニュースでなら見たことがある。思い出されるのは、どれもこれもロクでもない事件ばかり。
 
「――クソッ、嫌な予感しかしねえな!」
 
 土煙を挙げながら全速力で走った俺は、ついに校庭の中心にたどり着く。
 そこには何かを囲むように人だかりが出来ていた。
 そこそこから悲鳴や怒号、更には「警察に連絡しろ」「先生を呼べ」なんて物騒な声も多く聞こえる。
 周囲は既にパニック状態になっていた。

「退けや、オラぁ!」

 叫びながら集まっている人間を無理やり押しのける。そして人だかりを抜け出した俺は、ついに〝それ〟を目撃する。

 ――そこには、魔法少女のコスプレをした四十歳くらいの男が立っていた。

「…………は?」

 異様な光景に、つい間の抜けた声が漏れる。
 コスプレ男にやられたのだろうか、地面には何人もの運動部員が意識を失い倒れていた。そして、

「アニキ……助けて…………」

 コスプレ男に右腕を捩じ上げられ、苦痛に顔を歪めるマヤの姿がそこにはあった。

「マヤ!」

 目尻に涙を浮かべ、必死にもがくマヤ。
 その涙を目にしたとき、堪忍袋の尾というやつだろうか――頭の中で、ぷつんと糸のようなものが切れる音が聞こえた気がした。

「おい、おっさん……その汚ねえ手を放しやがれ……」

 コスプレ野郎にゆらりと近づき、マヤを捕らえているその左手首を掴む。

「兄貴、気を付けて! そいつ凄い力っす。みんな簡単にふっ飛ばされて、マジで化物っすよ!」

 心配するユウの声に、改めて倒れている運動部の生徒たちを確認する。
 なるほどな、確かにおかしい。
 倒れているのは、野球部のキャプテンに、柔道部の主将――他にも運動部がちらほらと。
 とてもじゃないが、このひ弱そうなコスプレ男にやられるとは思えない、体力自慢ばかりだ。
 
 ――それは異常とも言える状況。

 だがそんな事は関係ない。今から俺がやることは、何一つ変わらないのだから。

「俺はな。キレるって言葉が大嫌いなんだよ……」

 不良をやっていると、キレる奴を目にする機会が多くなる。だから、俺はキレるという行為が何をもたらすかよく知っていた。

「キレた奴の末路ってのは、大抵ロクなもんじゃねえんだよ。ほとんどは警察沙汰だ。キレるってのは百害あって一利なしなんだ。保証するぜ……」

 言いながら、男の手首を掴む手の力を徐々に強めていく。
 ミシミシと――大袈裟ではなく、肉と骨が軋む音が聞こえる。

「だから、この辺で終わりにしてくんねえかな……。俺は暴力が嫌いなんだ。これでも平和主義者なんだ。だからよ、普段は抑えてんだよ。相手に怪我させないように――」

 妖怪サトリなんて異名のせいで、避けるだけが取り柄の男だと、勘違いしてる奴も多いみたいだけどな……だが実際はそうじゃない。

「つい力を入れると相手をぶっ壊しちまうんだよ。前に一度だけ本気で人を殴ったことがあるんだけどな、全身十三か所の骨折、全治一年だってよ。さすがに自分で自分が怖くなるってもんだろ?」

 医者に言わせると時速60キロの車に跳ねられたくらいの大怪我だったそうな。
 だからそれ以来、俺は力を抑えるようにしている。
 手を出すのは最後の手段。それも蟻を摘まむように、ほんの少しの力で優しくってのを心掛けている。

「んで、平和主義の俺は、今も必死で怒りを抑えてるわけなんだが……。だから、なあ、おっさん。そろそろマヤから手を放す気にはならねえか?」
「は……放さない。離さない。ハナサナイ。この女は悪だ。悪は許さない。ユルサナイ。悪は浄化する。それが魔法少女の――――運命」
 
 口の端から泡を吹き、意味不明な言葉を羅列するコスプレ男。

「やっと口を開いたかと思えば、何言ってんだおっさん。ヤバいクスリでもやってんの? それとも宗教の勧誘か? にしても、えらい馬鹿力だな。普段何食ってんの?」

 言いつつ、更に強い力を込め、男の手首を捻り上げる。

「ぐ、ぐぎぎぎぎ……」

 苦しそうな声を上げながら、コスプレ男の身体が歪にねじ曲がっていく。

「まだ手ぇ離させねえのか。だったら仕方ねえな…………オラァ!」

 ぐしゃり――と、何かがひしゃげる様な鈍い音が響く。
 それはコスプレ男の左手首が潰れた音。

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁ」

 男の口から、言葉にならない悲鳴が上がる。
 握力を失った男の手から解放されるマヤ。それと同時に、

「おらぁ!」

 俺の渾身の右ストレートが、男の顔面に突き刺さった。
 強烈な一撃に、コスプレ男の身体は、風に吹かれる空き缶のごとく、ゴロゴロと校庭を転がっていく。
 十数メートルは飛ばされただろうか。
 そのまま樹にぶつかると、その身体はピクリとも動かなくなった。

「おっし、絶好調だぜ……」

 久々の感触に、グッと拳を握る。

「ふぇぇぇ、アニキ。怖かったよ、アニキ~~~~」

 俺の胸に泣きながら飛び込んで来るマヤ。よほど怖かったに違いない。

「遅くなって悪かったな。大丈夫か、マヤ……」
「うえぇ……うぅ。はいぃ……大丈夫っす……」
「兄貴……すみません。俺、男なのに、マヤの兄貴なのに……何もできなくて……」 

 ユウが申し訳なさそうに俯く。

「馬鹿、お前まで泣くなよ。それにナイス判断だったぜ。お前が連絡してくれたから、ギリギリ間に合ったんだ。とにかく、ユウも無事でよかった」
「あ、兄貴…………」

 感極まったのか、ユウまで胸に飛び込んできた。

「だから泣くなよ。あと、鼻水付けんじゃねえよ」
「うぐぐ、あ、あい」

 ユウの頭を掴んで、無理やり引き剥がす。

「――で、あのコスプレしたおっさんは誰なんだ? 一体、何があったんだ?」
「わ、分からねえっす」
「分からないって、お前……」
「だって、俺だってわけ分かんねっすよ。兄貴の命令で不審者を探してたら、あのおっさんを校庭で見つけて……それでマヤが注意したんす」
「注意した……ねぇ」

 こいつ馬鹿だからなぁ。メチャクチャ怒らせるようなこと、言ったんじゃねえか?

「で、マヤ……お前、あのおっさんに何て言ったんだよ?」
「えっとっすね。確か『学校は変態が来たら一番ダメな所っすよ』って……」

 マヤがきょとんとした顔で答える。
 あー、それは怒るやつだなぁ……。

「それ駄目だろ! 本物の変態に、変態って言っちゃ駄目なの! 痩せている奴にデブって言っても怒らないけど、太ってる奴にデブって言ったら怒るのと同じ法則だよ!」
「だって……本当のことだったし」
「真実ってのは、時に一番人を傷つけるんだぞ」
「う……はいっす……」

 申し訳なさそうに項垂れるマヤ。
 うむ、素直なことは良いことだ。まあ、どうせ明日には、すっからかんに忘れているのだろうが。

「いやでもあのおっさん、マヤの一言に怒ったっていうか、その前から様子がおかしかったっすよ」

 と、ユウが口を挟む。

「おかしいって、どんな風に?」

 魔法少女のコスプレ以上におかしな点があるのだろうか? 

「なんか、ずっとブツブツ言ってて。色んな生徒に『お前は善人か? 悪人か?』って聞いて回ってたみたいで……」
「善人……悪人? 何だそりゃ、なぞなぞか?」
「俺にもわからないっすよ。で、マヤにも同じことを聞いてきて、それでマヤが『マヤはバリバリの悪い子っすよ~』って答えたら――」
「急に暴れ出したのか?」
「はいっす」
「マジで意味が解らねえな……」

 だが言われてみれば、あのコスプレ男、悪は許さないとか言っていた気がするな。
 学校に潜り込んで悪人探し……ね。不良に何か恨みでもあるのだろうか? 昔イジメられてたとか? 
 ま、考えるだけ時間の無駄か。本人を問い詰めりゃ分かることだしな――。

「――杉田、上だっ!」

 安心しきった空気の中、それを引き裂くかのように突如として中村の叫び声が響く。
 その声に反射的に上を向くと、

 そこには俺の頭上より遥かに高くから、こちらに飛び掛かってきている魔法少女コスプレおっさんの姿があったのだった。
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