二ーグディロスト

瀬戸森羅

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解樹歴元年ー

鍛錬、そしてまた鍛錬

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 僕がウィスプに狙われたことを重く見てルルーさんが付きっきりで稽古をしてくれることになった。まずは抵抗する力をつけなければならない。精神攻撃だけで死に至るところだったのだ。偽りを暴きまた対象を一瞬で屠る、そんなルルーさんみたいな強さを手に入れたい。その一心で僕はルルーさんに頼み込んだ。
「いっくん、ついにこの日が来たんですね…。」
「大袈裟だよルルーさん。それよりも僕はもっと強くなりたいんだから、早くとっくんしてほしかったんだ。」
「偉いですけど、ケガだけはしないでくださいね。」
「がんばるよ!」
「あぁ…この健気ないっくんが、特訓が終わる頃には私のことが嫌いになっているなんて…。」
「そ…そんなにハードなの…?」
「自慢ではありませんが私の隊の部下は特訓を始める前と終わった後とで作画が変わるらしいです。」
「どういうこと!?」
「まあ冗談は置いといても私は隊のみんなから恐れられていました…。」
「ルルーさん…。僕は、絶対恐れたりしないよ。」
「いっくん…そう言ってくれたこと、忘れないでくださいね。」
「もちろんだよ!」
「それでは始めましょうか…楽しい訓練を…。」

 僕は甘く見ていた。ルルーさんの強さの秘密をこの身で思い知ることになり、ようやくわかった。ルルーさんが強いのは紛れもない努力の末に完成されたものだったのだ。
 訓練が始まってどれほどの時が経ったのかわからない程に僕は打ちのめされていた。
 だがその時近くに時計があれば僕は絶望していたかもしれない。まだ訓練が開始されてからものの数十分も経っていないという事実に…。
「あらあら、いっくん。もうへばったんですか?」
「…はっ…はぁ…っ…ふぅ…っ。」
「息をすることで精一杯ですか…返事をきけないんじゃあへばったかどうかわかりませんね。続けていきますよ!」
「……!!」

 ルルーさんの訓練は最初から僕には辛かった。基礎を鍛えると言い始め僕の身体を柱に縛ると、縛られた胴体以外に竹刀を当てに来た。僕は自由な腕と足と首を動かして避けたり打ち落としたりしなければならなかった。当たれば、それはもう痛い。基礎って…もっと腕立てとかそういうのじゃないの…?
「ル…ルルーさん…。」
「はいなんでしょう。」
 そう言いつつも竹刀を振る手を休めてはくれない。
「あ…あの…。」
「はい時間切れです。続けましょう。」
「ぐぅ…。」
 血が出ようと反吐が出ようと続けられた。次第に僕は動くことをやめてしまった。動けなかった。
「いっくん、休んでる場合ですか?ほら、当たってますよ?」
 ぱしーんぱしーんと無抵抗な僕に打ちつけられる竹刀の音だけが部屋中に鳴り響いていた。
「うぅ…うう…。」
「あらあらあら、泣いちゃいましたか…。でもね、いっくん…その涙を見て手を止めてくれる敵はいないんです。」
「ふぅ…ふっ…うぅ…。」
「動けないのは辛いですよね。やり返せないのは辛いですよね。それはあなたが縛られているからだと思いますか?…違うんです。無力だからなんです。もしあなたが縛られていなくても私に攻撃をし返すことはできませんよ。できることがあるとしたならせいぜい逃げることです。ですが逃がしてはあげません。逃げちゃダメなんです。その身に知りなさい。その無力を。その痛みを。それから強くなるのです。私からのプレゼントです。」
 ルルーさんは息を荒らげどんどん早口になっていった。
「………がはぁ…っ。」
「いっくん…今日はもう無理そうですね…。こんなになっちゃって…。」
 ルルーさんはようやく竹刀を止めてくれた。
「ケガだけはしないように約束したじゃありませんか…。」
「ルルーさんが…やったんじゃ……ないか…。」
「まあ生意気なことを言うお口ですね。私が塞いであげましょうか。」
 そう言うとルルーさんは僕の口に顔を近づけてきた。
「や…やめ…。」
「ふふふ…冗談ですよ。」
 ルルーさんは僕の唇に指をちょんと当てるとくるりと背を向けた。
「……明日また来ます。それまで休むといいでしょう。」
「え?ちょ、どういうこと?」
「それでは。」
 そう言うとルルーさんは本当に部屋から出ていってしまった。
「ルルー…さん…。」
 ジンジンと痛む身体にはもう力を入れることはできず、ただひたすらに悔しさと悲しさが重くのしかかった。
「ぐす…すぅ…。」
 僕はもう何も出来なかったので眠ってしまった。

「いっくん、私のこと嫌いになりましたか?」
「ルルーさん…?」
 暗い室内で声をかけられた。
「強くなるためには打ちのめされなければならないんです…。たとえ嫌われても…。」
「………。」
「わかってくださればいいんですけど…。」
「約束…したでしょ。僕は、ルルーさんを…信じてるから。」
「いっくん…。」
 ルルーさんは柱ごと僕を抱きしめた。その身体は小刻みにふるえていた。
「僕は大丈夫だよ。だからルルーさんも、泣かないで。」
「泣いてませんよ。こどもじゃないんですから。」
「…そうだね。」
「そうです。」
 ぐしゅりと鼻をすする音をさせながらルルーさんはずっと僕を抱きしめていた。
「ふぅ…ダメですね。最初からこんなじゃあ。私もいっくんに勇気をもらいました。あなたは私が思っているよりもよほど強いのかもしれません。」
「ううん、そんなことない。ルルーさんこそ、訓練中は心を鬼にしてくれたでしょ?」
「天使はここにいたんですね…。」
「なにいってんの。」
「ともかく、明日からも厳しくいきます。覚悟しておいてくださいね。」
「任せといてよ!全然へっちゃらなんだから!」
「ほんとですか?」
 ルルーさんが傷口をつつく。
「あいたた!」
「へっちゃらなんですね。」
「いじわるだなぁ。」
「冗談ですよ。」
 ルルーさんは僕のおでこにキスするとやっと柱の縄を解いてくれた。
「え?いいの?」
「もう朝なんです。」
 ルルーさんが部屋のカーテンを開けると東の山から柔らかな日差しが昇り始めているのが見えた。
「きれいだね…。」
「えぇ…。私たちが護らなければならないものです。」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。」
「じゃあまた今から訓練ってことかな?」
「はい、そうですよ。…と言いたいところですが、まだ早いですからね。一緒に朝ごはんを食べましょうね。」
「やったー!」
「いっくんは座っててくださいね。その身体じゃ染みるでしょうから。」
「大丈夫だよ!」
「じゃあお願いしましょうか。」
「うん!」
 僕はルルーさんを手伝いながら朝食の用意をした。
「やっぱり染みたね。」
「言ったじゃありませんか。」
「でも手伝った方が美味しいんだ。」
「ふふっ。そうですか。」
「いただきます!」
「いただきます。」
 2人で朝食を食べた。

「さて、いっくん。それではそろそろはじめますよ。」
「お願いします!」
「ではこちらに。」
 昨日とは別の部屋に案内された。
「ここは…。」
「ここは昨日の忍耐の部屋とは打って変わった場所です。」
「ということは…攻める部屋ってこと?」
「天才ですね。」
「いやぁ…。」
「冗談はさておき、ここはその通りの場所です。」
「……。」
「今日は昨日の鬱憤を晴らせる気持ちのいい訓練ですよ。」
「それはいいね!」
「ええ。思う存分攻めてくださいな。」
「あれ?でもここには何も無いよ?」
「はい。的はもちろん。武器も用意してありません。」
「じゃあもしかして…。」
「はい、私が相手になりますので、好きなだけ攻撃してください。」
「攻撃って…パンチでもしろってこと?」
「とりあえずは私に触れることを目標にしましょうか。」
「いくらなんでもそんなの…。」
「はい、はじめましょう。」
 そう言った途端ルルーさんは消えた。
「…え?」
「何をしてるんですか?」
 後ろからルルーさんの声がした。
「はっ!」
 振り返るとそこには誰もいなかった。
「ふふふ、そっちじゃないですって。」
 ぐるぐると辺りからルルーさんの声が聞こえてくる。
「ちょっと…どこにもいないじゃないか!」
「いますよ、ここに。」
 ルルーさんが視界の隅から現れた。
「いいですか?相手の意識の外を意識するのです。そうしてそこに潜り込む。逆もまた然りなのです。今回は私があなたを翻弄しますのであなたはそれを防ぐ立ち回りと翻弄の仕方を学んでください。」
「はいっ!」
「では、いきますよ。」
 そう言うとまたルルーさんは消えてしまった。
「視界の隅…そこかッ!」
 僕は背後に向けて思いっきり跳躍した。が、何にもぶつかること無くバランスを崩しかけた。そして自分がいたあたりにルルーさんを見つけた。
「あれっ!なんで!?」
「ずっといましたよ?」
「そうか、それが死角…。」
「小さければ小さいほど見えにくいですよ。いっくんには適してますね。」
「す…すぐに大きくなるもん!」
「では次です。」
「また消えた!」
「さあ、今度はどこでしょうね。」
 すぐ近くで声が聞こえた。
「この距離感…すぐ近くだよね。」
 先程の死角も含め四方八方を見渡してみてもルルーさんはいない。
「まだですか~?」
「すぐ近くで聞こえるのに…一体どこに…。」
 音のする方を探るために部屋中を走ったり跳ねたりして探ってみる。しかし時折ルルーさんが呼びかける声は常にすぐ近くから聞こえた。
「ど…どこにもいない…。」
「遅いですよ。」
 その瞬間ルルーさんが僕の肩をがしりと鷲掴みにした。
「ひゃっ!」
「気づいてくれないんですもの。」
「だって…どこにいたの?」
「ずーっといっくんの後ろにいたんですよ。」
「そんな…振り返ったり走ったりしたんだよ?」
「それも全部動きを読んで死角に回るんです。」
「わかりっこないよ…。」
「いいですかいっくん。この先相手にするであろう者たちは力の知れない怪物たちなんです。当然力量に差のつくものだらけでしょう。ですからこういった翻弄の立ち回りで出方を探らなければならないんです。」
「なるほど…。」
「わかってくれましたね。」
「はい。」
「ではここまでにしましょうか。」
「あれ?僕の…。」
「なんですか?」
「鬱憤が晴らせるとか…。」
「残念、1度も攻められませんでしたね…。」
「ぐ…。」
「そんないっくんにはこれをあげましょう。」
 ルルーさんは懐から包みを取り出した。
「開けてもいい?」
「はい。」
 包みを開けると、中にはサヤに入ったマメを模した玩具が入っていた。
「それ、何度もぷちぷちできるんですよ。これでばっちりですね。」
「何がばっちりなの…。」
「あ、口に入れちゃダメですよ。」
「わかってるよ…。」

 僕はマメをぷちぷちしながら部屋に戻った。
「意外に楽しいなこれ…。」
 程よいところでマメを机において汗を流すために浴室に向かった。
「うあ…あぁあ…。」
 シャワーを浴びて驚いた。昨日の傷がとても染みたのだ。
「いっくん…いっくん…大丈夫ですか。」
 浴室の扉を叩きながらルルーさんが声をかけてきた。
「だ、大丈夫!ちょっと染みただけ!」
「そうですか…。」
 ルルーさんはそう言うと去っていったようだ。
「…なんでルルーさんって、こんなに僕の面倒見てくれるんだろう…。」
 孤児になってしまう僕が見捨てられなかったから?未だ開花しない才能に目をつけたから?或いは…誰かの身代わり?この間ルルーさんが呟いた『アキラ』という名が気にかかった。こんな大きな屋敷に1人で暮らしているのも違和感を感じる。
「なんでもいいんだ。ルルーさんは僕を助けてくれた。だから僕も強くならなきゃならないんだ。」
 浴室の中で1人気合を入れた。

 それからの日々は訓練が続いた。それは確かに作画が変わりそうになるほど辛いこともあったけど、ルルーさんが一緒なら僕は乗り越えられると思えた。訓練を始めてから目に見えて体力が上がったことを実感できることがあるとつい嬉しくなってしまう。
「ルルーさん、みてみて!小麦粉こんなに積んでも大丈夫!」
「腰を痛めないように気をつけてくださいね。」
 フリディリアの雑貨屋で買い物をして屋敷に帰っていた。
「いいですか?調子に乗っている時が1番危ないんです…。もし何か事件があったとしても不用意に近づかないように…。」
「わかってるわかってる!」
「…それならいいんですが。」
 正直僕は舞い上がっていた。少しだけ、ほんの少しだけ強くなれたことが僕の中の恐れや慎重さをどこかへ隠してしまったのかもしれない。そんなある種リミッターになり得るものを忘れてしまっていたがために、僕はまた深淵へと引き込まれていくのだった。
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