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6.絶景を眺めつつ
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プレジデントに乗って到着したホテルは、さもありなん、一般人なら特別なことがない限り泊まらないであろうグレードのホテルだった。
しかも部屋はスイートっぽい。
最上階に二部屋しかないうちの一つで、走り回れそうなほどの広さがあり、雑魚寝ならば野球チームのレギュラーが全員収まるくらいの大きさの寝室が二部屋もある。
バーカウンターには酒が立ち並び、なにやら高級そうな家具も鎮座している。
その中で一番目を引いたのは、壁一面の窓から拝める絶景だ。
久世は案内してくれたボーイに何事かを耳打ちすると、ジャケットを脱いでクローゼットへ片付け始めた。
「適当に頼んでおいた」
「ありがとう。普通に凄い。こっちはバスルームかな?」
「ああ。ジャグジーバスになる」
言いながら久世はバスルームへと歩き出したので、生田はついていく。
すると、さすがはスイートというべきか、シャワーブースの奥に数人で入っても余裕があるだろうサイズの円形のバスタブがあり、しかも窓は一面ガラス張りである。リビングと同じ絶景がここでも拝める仕組みらしく、嘆息してしまう。
「やば……」
「そう、この部屋はこれがあるから」
「へえ、そうやって女の子を楽しませてるんだ?」
ニヤニヤとした顔で久世に言うも、彼は視線を外して操作パネルをいじりだした。
「お湯溜めようか」
言いながらバスルームの中をうろうろとし、タオルやバスローブの準備も始めている。
「どれがいい?」
歩み寄りながら問いかけてきた彼の手には、アロマバスらしきものが乗せられている。
「おいおい、僕は連れ込んだ女の子じゃないよ」
突っ込みを入れてみたが、久世は顔を赤くしてうつむいただけで、足早にリビングの方へと消えていった。
車内ではぐらかされたことといい、クラブは苦手だと言うあたり、そういう話は得意でないらしい。
あの美貌で恋人がいないとは考えにくいが、節操のないタイプにも見えない。
本命を大事にしていて茶化されたくないからだろうかと考えるも、だとしたら自分とキスなんてしないはずだ。
いや、やはりあれは夢だったのかもしれない。
久世の態度はそれ以前と変わった様子がないのだから。
それよりも、まるで露天風呂のようだな。
しかもジェットバスらしい。都会の夜景を見下ろしながらここに身体を浸すなんて、最高どころではないだろう。
お湯が溜まっていく様子を眺めていた生田は、考えごとよりもそちらに気が取られ始め、入りたくて堪らなくなっていた。
溜めたからには入ってもいいということだよな。
そう考えて服を脱ぎ、シャワーで身体を洗ってから、バスタブに身体をつけた。
「気持ちよすぎ……」
絶景に適温の湯。極楽に等しい。
享楽的な性格を持つほろ酔いの頭からは、湯に浸かったことで考えること自体が吹き飛んでしまった。
「いつの間に」
声がした方へ目を向けると、久世がギョッとした様子で身体を強張らせていた。
「こんな風呂を見て入らないバカがいるか? まじ極楽」
「では、さらなる極楽へ」
ふっと微笑の顔で息をもらした久世はパネルを操作して、バスタブの中を泡で満たしてくれた。
「ああ」
思わず目を閉じる。
寝てしまいそう。
「生田様、いかがですか?」
目を開けると、久世が細長いグラスを差し出している姿が目に入る。
「なに? まさかシャンパンとかじゃないよな?」
「そのまさかだけど」
「わお!」
グラスを受け取ると、久世も自分のグラスに注ぎ入れた。
「贅沢すぎない?」
「悪くはない」
一口飲んだ久世が言う。
「悪くはないどころじゃないだろ。こんなの飲んだら他の酒飲めないって。これだから舌のつくりが違う人間は」
「……舌のつくりなんて同じだろ。感覚が違うだけで」
久世は答えながらバスルームの椅子のほうへ行ってそこに腰を下ろした。
「何してんの?」
「なにが?」
久世の返答を聞いて呆れる。
「二人しかいないのに一人で入ってるなんて嫌だよ」
すると彼は片眉をあげて目をそらし、窓の外を見ながら動かなくなった。
友人とスパや温泉に行ったら普通は一緒に入るだろう。ホテルだから妙な感じがするだけで、このレベルのバスタブならスパと変わらない。
むしろこの状況のほうが不自然だ。
考えていたら久世はおもむろに立ち上がり、リビングへ引き返してシャンパンクーラーとワインボトルを手に戻ってきた。
「その気になったか」
生田の軽口に微笑を見せた久世は、衣服を脱いでシャワーを浴び始めた。
他人の身体をじろじろと見るのは気が引けるどころか、失礼なことだ。
しかし彼が肌着にしていたであろうTシャツを脱いだとき、思わず目を奪われてしまった。
あれほど見事に鍛えあげるには、並の努力では無理だろう。
細身ながらも引き締まった体躯は、おそらく体脂肪率一桁台。ほどよく色がつき、すべすべとして見える滑らかな肌は彫刻のように美しく、見るもうっとりとしてしまう。
「ここって、煙草吸っていいのかな?」
シャワーを浴び終えて、バスタブに入浴してきた久世に問いかける。
気を紛らわせるためにはニコチンが必要だ。
「確か灰皿があるはずだ」
久世がバスタブから出ようとしたので、生田が先に立ち上がる。
「自分で探すから」
彼の前で無様にも貧弱な体躯を晒すのは恥ずかしいが、仕方がない。
一応は中肉中背だし、ある程度だが筋肉もついている。一般男性ならばマシと言えるレベルではあるはずだ。
ただ、彼が並ではないだけで──
またも見てしまいそうになり、慌てて煙草を取り出した。
火をつけてくわえながら身体を隠すようにバスタブに入る。
「透も吸う?」
「あー、もらおうか」
会話に困り、久世に煙草を差し出すと彼は受け取ってくれた。しかし、火をつけてやると一口吸った途端に咳き込みだした。
「やっぱ無理」
涙目で灰皿に煙草を押しつけている。
「え、初めてだった?」
「いや、二度目。……俺には合わないようだ」
「身体に悪いし、無理に吸わないほうがいいよ」
「ああ」
未だ目に涙を浮かべている久世は美しく、湯気でほどよく濡れた髪から水滴が滴っていてなんとも色気がある。
「酒だけで十分」
彼は言いながらグラスを持って、くいと飲んだ。
少し顎をあげたとき顕になった首筋の滑らかさ。
そこに触れて、水の滴たる髪に指を絡めて、微笑をたたえている口元に……
何を考えているんだ?
まるで欲情してしまっているみたいじゃないか。
抱きしめたくなったのは、まだギリだがあり得る。
しかし、今高ぶりつつあるのはそういうレベルではない。
キスをしたのは夢だったかもしれないと安堵したばかりなのに、そんな真似をしたら取り返しがつかない。
生田は頭と身体が正反対の意思を持った自分を制御するために、ぶくぶくと湯の中に沈んでいった。
しかも部屋はスイートっぽい。
最上階に二部屋しかないうちの一つで、走り回れそうなほどの広さがあり、雑魚寝ならば野球チームのレギュラーが全員収まるくらいの大きさの寝室が二部屋もある。
バーカウンターには酒が立ち並び、なにやら高級そうな家具も鎮座している。
その中で一番目を引いたのは、壁一面の窓から拝める絶景だ。
久世は案内してくれたボーイに何事かを耳打ちすると、ジャケットを脱いでクローゼットへ片付け始めた。
「適当に頼んでおいた」
「ありがとう。普通に凄い。こっちはバスルームかな?」
「ああ。ジャグジーバスになる」
言いながら久世はバスルームへと歩き出したので、生田はついていく。
すると、さすがはスイートというべきか、シャワーブースの奥に数人で入っても余裕があるだろうサイズの円形のバスタブがあり、しかも窓は一面ガラス張りである。リビングと同じ絶景がここでも拝める仕組みらしく、嘆息してしまう。
「やば……」
「そう、この部屋はこれがあるから」
「へえ、そうやって女の子を楽しませてるんだ?」
ニヤニヤとした顔で久世に言うも、彼は視線を外して操作パネルをいじりだした。
「お湯溜めようか」
言いながらバスルームの中をうろうろとし、タオルやバスローブの準備も始めている。
「どれがいい?」
歩み寄りながら問いかけてきた彼の手には、アロマバスらしきものが乗せられている。
「おいおい、僕は連れ込んだ女の子じゃないよ」
突っ込みを入れてみたが、久世は顔を赤くしてうつむいただけで、足早にリビングの方へと消えていった。
車内ではぐらかされたことといい、クラブは苦手だと言うあたり、そういう話は得意でないらしい。
あの美貌で恋人がいないとは考えにくいが、節操のないタイプにも見えない。
本命を大事にしていて茶化されたくないからだろうかと考えるも、だとしたら自分とキスなんてしないはずだ。
いや、やはりあれは夢だったのかもしれない。
久世の態度はそれ以前と変わった様子がないのだから。
それよりも、まるで露天風呂のようだな。
しかもジェットバスらしい。都会の夜景を見下ろしながらここに身体を浸すなんて、最高どころではないだろう。
お湯が溜まっていく様子を眺めていた生田は、考えごとよりもそちらに気が取られ始め、入りたくて堪らなくなっていた。
溜めたからには入ってもいいということだよな。
そう考えて服を脱ぎ、シャワーで身体を洗ってから、バスタブに身体をつけた。
「気持ちよすぎ……」
絶景に適温の湯。極楽に等しい。
享楽的な性格を持つほろ酔いの頭からは、湯に浸かったことで考えること自体が吹き飛んでしまった。
「いつの間に」
声がした方へ目を向けると、久世がギョッとした様子で身体を強張らせていた。
「こんな風呂を見て入らないバカがいるか? まじ極楽」
「では、さらなる極楽へ」
ふっと微笑の顔で息をもらした久世はパネルを操作して、バスタブの中を泡で満たしてくれた。
「ああ」
思わず目を閉じる。
寝てしまいそう。
「生田様、いかがですか?」
目を開けると、久世が細長いグラスを差し出している姿が目に入る。
「なに? まさかシャンパンとかじゃないよな?」
「そのまさかだけど」
「わお!」
グラスを受け取ると、久世も自分のグラスに注ぎ入れた。
「贅沢すぎない?」
「悪くはない」
一口飲んだ久世が言う。
「悪くはないどころじゃないだろ。こんなの飲んだら他の酒飲めないって。これだから舌のつくりが違う人間は」
「……舌のつくりなんて同じだろ。感覚が違うだけで」
久世は答えながらバスルームの椅子のほうへ行ってそこに腰を下ろした。
「何してんの?」
「なにが?」
久世の返答を聞いて呆れる。
「二人しかいないのに一人で入ってるなんて嫌だよ」
すると彼は片眉をあげて目をそらし、窓の外を見ながら動かなくなった。
友人とスパや温泉に行ったら普通は一緒に入るだろう。ホテルだから妙な感じがするだけで、このレベルのバスタブならスパと変わらない。
むしろこの状況のほうが不自然だ。
考えていたら久世はおもむろに立ち上がり、リビングへ引き返してシャンパンクーラーとワインボトルを手に戻ってきた。
「その気になったか」
生田の軽口に微笑を見せた久世は、衣服を脱いでシャワーを浴び始めた。
他人の身体をじろじろと見るのは気が引けるどころか、失礼なことだ。
しかし彼が肌着にしていたであろうTシャツを脱いだとき、思わず目を奪われてしまった。
あれほど見事に鍛えあげるには、並の努力では無理だろう。
細身ながらも引き締まった体躯は、おそらく体脂肪率一桁台。ほどよく色がつき、すべすべとして見える滑らかな肌は彫刻のように美しく、見るもうっとりとしてしまう。
「ここって、煙草吸っていいのかな?」
シャワーを浴び終えて、バスタブに入浴してきた久世に問いかける。
気を紛らわせるためにはニコチンが必要だ。
「確か灰皿があるはずだ」
久世がバスタブから出ようとしたので、生田が先に立ち上がる。
「自分で探すから」
彼の前で無様にも貧弱な体躯を晒すのは恥ずかしいが、仕方がない。
一応は中肉中背だし、ある程度だが筋肉もついている。一般男性ならばマシと言えるレベルではあるはずだ。
ただ、彼が並ではないだけで──
またも見てしまいそうになり、慌てて煙草を取り出した。
火をつけてくわえながら身体を隠すようにバスタブに入る。
「透も吸う?」
「あー、もらおうか」
会話に困り、久世に煙草を差し出すと彼は受け取ってくれた。しかし、火をつけてやると一口吸った途端に咳き込みだした。
「やっぱ無理」
涙目で灰皿に煙草を押しつけている。
「え、初めてだった?」
「いや、二度目。……俺には合わないようだ」
「身体に悪いし、無理に吸わないほうがいいよ」
「ああ」
未だ目に涙を浮かべている久世は美しく、湯気でほどよく濡れた髪から水滴が滴っていてなんとも色気がある。
「酒だけで十分」
彼は言いながらグラスを持って、くいと飲んだ。
少し顎をあげたとき顕になった首筋の滑らかさ。
そこに触れて、水の滴たる髪に指を絡めて、微笑をたたえている口元に……
何を考えているんだ?
まるで欲情してしまっているみたいじゃないか。
抱きしめたくなったのは、まだギリだがあり得る。
しかし、今高ぶりつつあるのはそういうレベルではない。
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