ゲームの犯人に転生したらサイコパス化した王子に溺愛された

七天八狂

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5.二人目の攻略対象者

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 イリスがどういった人物なのか、実際のところあまりよくわかっていない。長年仕えてきたとはいえ、愚鈍なクリステルは観察力など持ちあわせておらず、単に仕えるべく人であり、殺さなければならない相手としか見ていなかった。
 前世の記憶を取り戻したいまも似たようなものだ。ゲームはイリスが殺されたところから始まるため、凄い人だったという程度の情報しかない。

「イリス殿下」

 招き入れられた広間に腰を落ち着けていたイリスたちは、面食らった顔のアレフ・ユングストレームに迎えられた。
 今日のエデュアルドの予定はユングストレーム家へ遊びに来ることだったようで、王都から馬車で一時間程度走って到着した。

「やあ、アレフ……兄上も同行したいと言い出してね。突然申し訳ない」

 エデュアルドが立ち上がり、アレフのもとへと駆け寄る。

「……本当に突然だ。イリス殿下がいらっしゃるなら事前に言ってくれよ。歓待できるような準備などしていないぞ……」

 アレフは美麗に整った顔立ちを不快げに歪めている。攻略対象者である彼はいわゆるクーデレキャラというやつなので、笑顔を見せないのは通常運転だ。稀に見せる崩した表情や照れ笑いの破壊力が抜群といって、騎士のアウレリウスとともにゲームの人気を二分していた。
 イリスは、アレフのそんな不愉快極まりないと言った態度を気に留めることもなく、むしろ嬉しげな顔で立ち上がった。
 
「俺のことは構わなくていい。それよりユングストレーム……ユーリのほうはいないのか?」

 挨拶もそこそこに、イリスはアレフの父を呼ぶよう申し付けた。いきなり無礼ともいえる態度だが、相手は王子である。アレフは渋面をしつつも「ただいまお呼びいたします」と答えて退室し、ユーリ・ユングストレームを連れてきた。

「おお、イリス殿下! お久しうございますな」
 
 現れたのは老齢の紳士だ。若いときには騒がれたであろう端正な顔立ちで、白くしながらも多く残した髪をきれいに撫で付けている。少し恰幅がいいことを除けば、まだまだ舞踏会で映えるようなイケオジだった。
 ユーリはイリスの訪問を喜び、さあさあこちらへと広間の一番日当たりのいいソファへ誘導し、お茶を運ばせた。こちらも挨拶はそこそこだったが、アレフとは違って親しい間柄らしく、すぐさま会話に花が咲き、イリスとユーリは二人で盛り上がり始めた。

「いやはや、さすがでございます」
「テレーロ地方は水質が硬い。植えるなら根菜よりも葉物、とくにレタスやハーブがいいという話だぞ」
「水に違いがあるなど、まったく知りませんでした」
「最近水質の研究をするチームをつくったんだ。彼らによると土壌によって得意不得意があるという話で、むやみやたらにつくるのではなく、適切な作物をつくるほうが効率はよいのだそうだ」

 ユーリ・ユングストレーム公爵は、二年前まで外務大臣を務めていたらしい。イリスと親しいのも、王城でよく話し込んでいたらからのようだ。腰を悪くして以来長く同じ体勢でいることができなくなったそうで、若年ながらも優秀な息子に爵位を譲り、自分は領地で隠居をすることにしたのだという。
 
「学ぶべきお話ではありますが、現実としては机上の空論です。突然別のものを育てることになっては農民たちの混乱を招いて失敗しかねません」

 その優秀なる息子、アレフが必笑といった様子で割って入ってきた。

「ほう。それよりもカールソンの領地をユングストレーム家の領地に拡充すれば、より効率よく農業を広げられる……とか?」

 イリスが愉快げに言い返すと、アレフは意表を突かれたように間の抜けた顔をした。
 
「兄上! なにをいきなり……そのような話はまったくしておりません」

 隣に座っていたエデュアルドが、イリスを睨みつけながら立ち上がった。

「……そうだな。カールソンがユングストレームから週に何度も訪問されて困っているなんて話もしていないし、農民たちを引き入れようとしているなんて話題も出していない」
「な……にをおっしゃっていらっしゃるのですか?」

 エデュアルドは困惑した顔になり、イリスは面白げに口の端を吊り上げた。
 
「ほう。……その様子じゃ、おまえは知らなかったようだな」
「知らないもなにも、アレフがそんなことをするはずがありません。カールソン家は旧家ですし、事業も順調で金に困っている様子もない。自領地を売るなど必要ないことです」
「ああ。おまえの言うとおりだ」
「ユングストレーム家にとってもこれ以上の領地など不要なことですよ……なあ、アレフ」

 エデュアルドはアレフに肯定を促す眼差しを送り、アレフはしかし、無理につくったともいえる笑みで頬をひきつらせた。あからさますぎる反応を見るに、イリスの話は事実らしい。エデュアルドもさすがに察したようで、はっと顔を強張らせた。

「……まさか殿下のお耳にも入っていらっしゃるとは思いませんでした。カールソン子爵とは以前少しありましてね。息子を強く止められないでいたのはわたしの責任です」

 ユーリが痛ましげに呟いた。表情からも息子の独断だったことが窺える。

「いや、エデュアルドも知らなかったくらいなのだから、まだそこまで広まっているわけではない。現段階で十分止められる話だ」
「お心遣い、深く感謝申し上げます。……息子に爵位を継がせるのは時期尚早だったかもしれません」
「かと言って、さすがに父上でも撤回はできまい」
「陛下を煩わせるようなことはいたしません。ただ、隠居はせず、もうしばしわたしも口を出そうと思います」
「それがよかろう。わたしもおまえが王城へ来ないと討論の相手が減って面白くないからな」
「もったいないお言葉……恐縮であります」

 場はそのままイリスとユーリの二人が話題を進めるのみとなり、アレフは不機嫌な様子で黙り込んだまま、エデュアルドも居心地の悪そうにしていた。
 失礼とはいえ、イリスが発端なのだから致し方ない。イリスは招かれもしない邸におしかけておきながら、なぜこんなことをしたのか。
 指摘するにしても本人をまえにする必要はない。ユーリは感謝をしていたが、敢えて恥をかかせたように思えてならず、他人事ながらアレフに同情してしまった。
 昼食を終えたあとの帰路の馬車でも当然ながら空気は悪いままであり、アレフのイリスへ向ける憎悪を宿した睨みからは、殺意すら抱いているように思えて妙な胸騒ぎがした。
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