ゲームの犯人に転生したらサイコパス化した王子に溺愛された

七天八狂

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21.秘密の執行人

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 王城へと戻るとイリスは大広間に入り、国王と王妃のいる玉座へと向かった。挨拶を済ませたあと、今度は玉座の裏手へと向かっていく。
 そこは王家の者専用のフロアで、許可を得た者だけが立ち入りを許されている。地下にあるそこは、出入り口を固めれば賊の侵入は不可能ということもあり、護衛騎士も最小限に留められるプライベートな場所だ。従者として十数年仕えてきた俺も、これまでに一度も入ったことがない。
 
「クリステルはついていきて。騎士たちはここでいいから」

 まさか帯同を許されるとは。驚きつつ興味津々に了承し、ドアを開け階段を降りていくイリスに続いた。
 中はぽつぽつとランプが設置されているだけで薄暗い。石畳の階段は土の壁と同化して見え、それぞれ手に持ったカンテラがなければ足を踏み外しかねない。
 馬上では罪人を収容するための部屋がどうのと言っていたが、やはり聞き間違いだったらしい。牢獄は王城から離れた場所にある。こんなところにあるはずはない。
 自分に言い聞かせながらも、秘密部屋とも聞こえたような気がして不安が迫りくる。人の気配がまるでないからか、地下という空間のせいか、誰にも知られず惨殺するにはうってつけな場所だなどと頭に浮かんできて落ち着かない。

「こっちだよ」
 
 かなり深いところまで階段を降りたあと、今度は廊下を進み始めた。

「使うのは久しぶりなんだよね」

 イリスはウキウキとした足取りで、鼻歌まで歌っている。

「久しぶりというのは?」
「最近はあんまり重罪人がいなかっただろ?」
「……そうなんですか?」
「うん。あのね、普通重罪人って見せしめにして処刑するものなんだけど、それじゃあもったいないって考えて、五年前に撤廃させたんだ」

 いきなり話が飛んで戸惑うも、その話なら無知で無能のクリステルでも知っている。
 罪人が死罪となったとき、絞首や斬首、鞭打ちなど量刑によって内容は変わっても、この国では一様に広場での公開処刑が行われていた。民衆にとって一種の娯楽になるからだが、イリスはそれを残酷な見世物だとして撤廃を訴えた。
 当然ながらにあった反発に対しても、イリスは戦争での経験を生々しく語り、残酷な光景を目にすることの弊害などを交えて反論した。
 クリステルの頭では内容を理解することは難しく、記憶も朧げなので今の俺にも判断はつかないが、イリスの熱弁によって人々の不満げだった顔つきが、最後には涙ながらに感激していた様子へと変化したことは覚えている。
 それにより見せしめでの処刑は撤廃され、現在は牢獄に併設された刑場にてひっそりと処刑されるようになった。

 なぜ今その話をするのだろう。
 秘密部屋という言葉が頭の中をぐるぐる回り、嫌な予感に背筋を凍らせながら言葉の続きを待っていた。
 そのとき、突然悲鳴が聞こえてきて、何ごとかと身体を震わせた。

「今のはなんですか?」
「エデュアルドの情婦だよ」
「え……カトリーナ?」
「……あー、そんな名前だったっけ? 興味ないものは本当に覚えられない。おまえをそそのかして俺に薬を盛らせた女だ」

 足を止め、振り向いたイリスは、ぞっとするほど嬉しげな笑みを浮かべていた。その横にはドアがあり、イリスは口元に指を立ててゆっくりとドアノブを回した。

「……ひっ……なに?」

 中は真っ暗でなにも見えない。しかし、声がしたから誰かいるのだろう。もしかしてカトリーナなのだろうか。
 イリスはカンテラを手前に出しながら忍ばせた足で進んでいく。
 静かな部屋の中で水の滴る音がして、何かに当たった音が聞こえたあと、物凄い叫び声が響いた。

「やめて……もういや……誰か助けて」

 叫び声のあと、弱々しくつぶやく声が聞こえた。カトリーナに間違いない。真っ暗だった部屋に入ると、二人分のカンテラによって薄暗いながらに部屋の中が見えてきた。カトリーナは中央らへんに置かれた寝台のうえに寝かせられている。

「なん……これは、どういうことですか?」
「誰? エデュアルド?」

 思わず声をあげたところ、カトリーナが嬉しげに反応した。イリスはやれやれと肩をすくめて寝台の前で立ち止まった。
 
「エデュアルドなわけないだろ?」

 イリスはカトリーナを覗き込んでささやいた。その灯りによって見えたのは、カトリーナは目隠しをされていることと、顔中が濡れていることだった。手足は縛り付けられ、なにやら頭も固定されている。身動きがまったく取れないようだ。

「ひっ! サイコパス……」
「それ、さっきも言ってたけど、どういう意味?」
「あんたみたいに気が狂ってる人間のことよ。なんでこんなことするの? 毒はもう効かないから未遂だったでしょ? こんなことされる謂れはないわ」

 イリスはカトリーナから離れ、壁のほうへと歩いていく。すると見えていなかった部屋の隅が見えてきて、ぞっと怖気が走った。なにに使うのやら、天上から吊るされた鎖の先端には手枷があり、手足を固定できる椅子もある。壁には剣や槍などの武器が何種類も取り揃えられていて、処刑場というより拷問部屋に見えてきた。
 
「王子暗殺未遂ってだけで、十分重罪に値すると思うけど?」
「重罪って、裁判もしてないじゃない」
「そうだね。だから傷一つつけていないだろ?」

 イリスは鼻で笑い、これがいいという様子で目を留めた剣を壁から取り外した。
 見たところ今のカトリーナに傷はついていないが、まさかこれからは違うって意味じゃないよな?
 もしイリスがカトリーナに剣を向けたらどうすべきか。考えるまでもない。アウレリウスのときのように血飛沫を見るのは御免だ。向けるつもりなら、なんとしてでも止めなければならない。体躯も剣技もレベルの違う俺が敵うかはわからずとも、カトリーナが言っていたように、いくらなんでも剣を向けられる謂れはないはずだ。
 
「傷つけてないってよく言うわよ。手首は痛いし、こんな……これは拷問でしょう? 滴水刑ってやつじゃないの」
「へえ。名称があるんだ? 知らなかったな……平民のくせに知識が深いようだね」
「そうよ。だから王子妃となって王家や国に尽くそうとしているのよ」
「おまえごときが何をできるっていうんだ?」
「わたしはあんたにはない知識をたくさん持ってるのよ。クリステルよりよほど優秀だし……わたしに何かしたら損をするのはあんたたちのほうよ」
「俺にない知識か……しかも、クリステルより有用だと……」

 冷え冷えとした声で言いながら、イリスはカトリーナの元へ戻っていく。

「舐めた口を効く女だ……これ、なにかわかる?」

 持っていた剣をカトリーナの手にひたひたと当てながらイリスは聞いた。カトリーナは触れた瞬間に「ひぃっ」と小さく悲鳴をあげ、鎖を揺らしながら身をよじった。

「今のなに? なにするつもりなのよ?」
「わかんないんだ? 視界を奪うくらいじゃ感覚は上がらないみたいだね……これは剣だよ」

 イリスは愉快でたまらないといった様子で、カトリーナの腕を剣で撫でた。肌に触れるか触れないかの距離で刃をつーっと滑らせている。
 
「……剣なんて取り出して、どうする気なのよ」

 憐れにも声を震わせたカトリーナは、洒落にならないと悟ったのか、さっきまでの威勢が薄れかけている。
 固唾を飲んでいた俺も、いよいよ止めなければならないと不安になってきた。いくらなんでも使わないよな? 頭にきたから脅してるだけで、丸腰の女性を、しかも拘束している相手を斬ったりなんてしないよな?
 
「俺の剣技は師団長クラスだとお墨付きをもらっている。アウレリウスが本気でかかってきてもいい勝負をすると思うよ」
「どうするつもりなのかって聞いてんのよ!」

 カトリーナはガタガタと身体も震わせながら叫んだ。

「暗殺未遂に不敬罪、平民の身分でこれだけの罪を重ねたんだ。腕くらい裁判がなくても斬り落とせる」

 イリスはカトリーナの耳元で囁くと、腕をかかげた。
 嘘だろ? 俺のこと刺したり絞めたりしたけど、毒針でとどめを刺されたけれども、その果てに後悔して、愛しているって言ってくれた。絶対に傷つけないって約束して、守ってくれるって言って、優しく抱き締めてくれた。
 そのイリスが、罪とも言えない無礼を働いただけの相手に傷をつけるはずがない。
 
「な……や……いや……やめ……」

 大きく振りかぶり、カトリーナめがけて振り下ろした。直後に耳をつんざくほどの絶叫が聞こえて、無能にも足がすくんだ俺は動くことができず、その場で絶望に身を強張らせた。
 馬上から聞こえていた声はすべて幻聴なんかじゃなかった。すべてイリスが口にしたことだった。
 イリスは本物のサイコパスだった。この部屋は大罪人を拷問しながら処刑するところで、イリスはこの部屋のために見せしめの処刑をやめさせたのだ。
 自分の手で殺す楽しむために。
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