ゲームの犯人に転生したらサイコパス化した王子に溺愛された

七天八狂

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22.情状酌量

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「……痛い……痛いよお……なんてことをしたのよ」

 痛みに喘ぎ、すすり泣く声が聞こえる。
 とにかくカトリーナを救わねばならない。俺はどうすべきかもわからないままにカトリーナへ歩み寄り、とりあえず止血しなければとハンカチを取り出した。すると触れる直前で水の滴る音が聞こえ、カトリーナの身体が大きく震えたと同時に再び絶叫がこだました。

「あーーー……いい悲鳴……聞くだけで勃ってきた」

 いかれてる。ついていけない。うっとりと頬を上気させるイリスを見て怒りが込み上げてきた。
 俺にナイフを向けたのは、暗殺未遂をしたからという理由があった。アウレリウスとは互いに武器を持っていたわけで、この部屋を使う相手は重罪人で死刑囚なんだろうから、不快極まりなくとも飲み込むことはできる。
 しかし、カトリーナだけは別だ。暗殺を教唆したとは言え、腕を斬り落としたり苦痛を味わわせるほどの罪ではない。

「カトリーナ。今、止血するから待って」

 優しく声をかけながら手を差し出すと、触れる前にイリスが手を掴んできた。

「止血なんて必要ないよ。それよりやろうよ、クリステル。おまえの声と合わせれば最高の興奮剤になる」
 
 ふざけんな。
 怒りのあまり目の前が暗くなり、もう抑えるのは無理だとイリスに向かって拳を突き出した。
 殴りかかったのは生まれて初めてのことだった。戦い慣れたイリスに当たるはずはない。それでも怒りをぶつけなければ気がすまなかった。

「……なんで?」

 驚くことに空を切るはずの拳は見事に命中し、イリスはバランスを崩して目を丸くした。俺のパンチなど効くはずがない。それでも、避けられもせず、止められることもなくまともに入った。

「なんで?じゃねえよ、このサイコパス野郎!」

 びっくりしつつも興奮状態だった俺は、勢いそのままにもう一度拳を握って振りかぶった。
 
「……おいおい」

 さすがに今度は受け止められてしまった。手首を掴まれて鈍い痛みが走る。しかし負けじと、イリスを睨みつけた。

「カトリーナがなにしたって言うんだよ!」
「……なに? こいつのこと、庇う気なの?」

 困惑していたイリスの目がすっと細められ、上から威圧されてはさすがに怯む。しかし、もうビビるのはやめだ。カトリーナがどうこう以前に嫌悪感が抑えられない。イリスの顔を見たくもないし、唾でも吐いてやりたい。

「触んな!」

 振り払おうとじたばたもがいたが、イリスはびくともしない。それが悔しくて、足もむちゃくちゃに蹴り上げて暴れた。

「……死ね、これまで苦しめてきた人たちに死んで償え。地獄に堕ちろ!」
「死ね? 俺に死んで欲しいの?」
「そうだよ、サイコパス。俺がバカだっ──」

 言いかけた途中で腕を引かれ、いつの間に握っていたのか喉元に剣を突きつけられた。

「なんでおまえも俺をサイコパスと言うんだ? どこの言葉だ、それは」
「おまえの知らない世界の言葉だ。おまえは死ぬはずの人間だったんだ。俺が殺して、今ごろ墓の下にいるはずだった」
「死ぬ……はず? 何を言っている。どういうことだ?」

 剣先が喉に刺さり、鋭い痛みが走る。じわじわと食い込んでくるも、どうでもいい。

「……俺も死ぬはずだった。だから殺さなかったんだ……だけどもう、いい。いっそのこと殺してくれ。俺を殺して、その罪によっておまえも死んでくれ」

 痛みはずきずきとしたものに変わってきている。肉を切り、血が滴っているに違いない。
 
「おまえを殺したところで俺が罪に問われることはない」
「それでもいい。もう嫌だ……おまえから逃れられないのなら、死んだほうがマシだ」

 俺は涙まじりに叫んだ。イリスを殺したら罪に問われる。逃げ出しても殺される。穏便に解放してくれることなんて絶対にない。クリステルとしての俺は、死ぬまでこのサイコパスに囚われていなければならない。
 そんな人生は嫌だ。生活に不自由なく、俺のことだけは傷つけないと約束してくれたとしても、人を傷つけて嬉々とする男のそばにいたくない。

「……そんなに死にたいのか?」

 威圧されたところで怖くもなんともない。いまの俺は、恐怖よりも失望のほうが強かった。
 
「死にたいわけねえよ! 死にたいやつなんているわけねえだろ! 傷をつけられて喜ぶやつもいない。だけど、おまえのそばでしか生きる道がないのなら、他のどこにも行けないっていうなら、死んだほうがマシだ。おまえの顔なんて見たくもない!」

 じたばたと暴れても効かず、喉元の剣は深く入ってくる。
 
「じゃあ、殺してやるよ」

 イリスの目から温度が消え、怒りすらも引っ込んだ無の表情で見据えられた。

「ああ、殺れよ」

 ひとおもいに殺って欲しい。愛があるなら一撃で息の根を止めてくれないものか。サイコパス相手に叶うべくもない願いを込めながら、俺はおとなしく目をつむってそのときを待った。

 しかし、イリスは一向に刺してこない。喉元の痛みは変わらないが、変わらないということが気になった。むしろ食い込んでくるはずの刃が離れていっているような気さえする。いい加減に焦れてきた俺は、薄っすらと目を開けた。
 すると驚いたことに、目の前には涙を流すイリスの顔があった。誰もが見とれる美貌が儚げなほどに弱々しく、流れ落ちる涙をそのままに、俺を見つめている。

「……殺さないのかよ?」

 困惑しつつもぽつりと問うと、イリスはびくと身体を震わせた。直後にかちゃんと石の床に鉄のぶつかる音が聞こえて、ますます混乱に陥った。
 今のは剣を落とした音じゃないだろうか。落としたら刺すことはできない。俺もカトリーナのように縛り付けて殺すつもりなのか? 泣きながら? ていうかそもそも、なんで泣いてるんだ?

「……刺したらおまえは死んでしまう……」
「あ? そんなの当たり前だろ。殺せって言ってんじゃん」
「……殺したくない」
「は?」
「おまえを失いたくない」

 呆気にとられるとはこのことだ。サイコパスのくせに狂ったのか? いや、狂っているからサイコパスなのであって……どういうこと?

「……興奮するはずなのに、悲しくて仕方がない」

 涙声でつぶやきながら、イリスは俺をきつく抱き締めてきた。

「おまえの血を見ていると、身を斬られたようにつらい。……見ていたくない。俺に歯向かってきたやつは全員痛めつけてきた。罪のないやつは傷を負わせずに苦しめてやったし、悲鳴をあげさせる方法はごまんと思いつく。……おまえのことも、見たくないなら傷をつけずに苦しめてやることはできる……できるのに、できない。やりたくない……」

 イリスの涙が俺の頬に流れ落ちてきた。
 サイコパスというのは歪んだ欲望を持ち、自己愛が強く衝動を抑えられない人間を指すという。他人と共存する気がなく、気遣う必要がないから非情になれるのだ。

「やりたくないって、なんで……」
「愛おしくてたまらない。おまえに傷をつけたことを、後悔している」
 
 イリスは鼻をすすり、俺の喉にハンカチを当ててきた。涙でぐちゃぐちゃな顔を、言葉どおり後悔をあらわに歪ませながら。
 絆されるつもりはない。こいつは間違いなく頭がおかしいし、常人には考えられない性癖を持っている。
 しかし、俺のことだけは例外だと言う。
 特別な人間の言葉なら響くのではないか。バカな考えが頭にちらと浮かんだ。
 もしかしたら、俺ならこいつの暴走を止められるのではないか。
 無理に決まっているのに、無謀な考えが俺の心を揺さぶり始めた。
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