その溺愛は行き場をさまよう

七天八狂

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24.立ちはだかるくノ一

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 西園寺と二人、旅館を背にして小走りに進んでいた。
 鬱蒼とした林の中を数百メートルほど行くと、ヘリポートがあるのだという。
 ヘリは八乙女の妹である瑛里華が乗ってきたものだそうで、日によって替わるコードをパイロットに伝えると、主人から託された客人だと認められ、どこへでも好きな場所まで送ってくれるらしい。
 西園寺と自分の存在はまだ気づかれてはいないはずだとして、逃げることになったわけだが、なぜ八乙女のことはバレたのかが気にかかる。

「ああいうところは、スマホや電子機器が持ち込めないように、入り口で徹底したボディチェックを受ける。あんなスキャンダルのもとになるような真似をしているわけだから当然の処置だが、瑛里華とは電話が繋がっただろ?」

 西園寺からの返答を聞いて、そうかと気がついた。
 電話が繋がったということは、彼女はスマホを持ち込んでいたことになる。撮影や発信などできるはずがないのだから、持ち込んだ理由は、誰か──いや、八乙女からの連絡を待つためだと考える以外にない。

「……志信さんのことがバレてしまったのは、八乙女家の力を借りてしまったからでしょうか」
「だろうな。俺たちはうろついていたから姿を見られたなんて理由も考えられるが、志信はいっさい外に出ていないからな」
「あちこちにカメラを仕掛けているとか?」
「いや、さすがにそんなことなしないと思う……」

 続けて語った西園寺の見立てによると、華風の間のカメラは久世の監視または観察のためだと思うが、パーティ会場のほうは参加者も承知のうえで設置されたものだという話だった。
 参加者は禁止されていても、主催者側が撮影するのは定石らしく、撮影されたものは後々有力者連中が楽しむために使われるのだという。参加者たちはセックスの技術や自身の魅力を、レンズの向こうへ売り込んでもらうのも目的のひとつ、いやむしろそちらが本命だと言ってもいいほどなので、許容しているのだそうだ。

「……徹底した守秘義務が課されているはずのそんな場に、スマホの持ち込みを許可……いや、わざと持たせたとなると、よほど志信を捕まえたかったらしいと見える」
「確かに……目的は透だと思われたのでしょうか」
「いや、さすがにそれはない、というか目的を知ることも目的ってやつだと思う。八乙女の子息が出張ってくるなんて、何事かとビビったんじゃないか……」

 会話の途中で西園寺は足を止めた。
 なぜだろうと西園寺の向けているほうへ視線を向けると、行く手には、薄暗い照明を背にして人影が立ち塞がっていた。
 
「誰だ?」
 
 西園寺がやや厳しい声音で問いかけた。
 不審がるのも当然だ。人影は、まさに行く手を遮る形で仁王立ちをしているのである。
 顔は影になって見えないが、シルエットから判別するに、身体にぴったりと合ったボディスーツのようなものを着ているように見える。晶のそれにも似ているものの、どちらかと言えばサーフィンのときに着るマリンスーツのような出で立ちだ。
 そんな人物が宿の従業員であるはずがないし、宿泊客や使用人だとしても不自然である。
 
「西園寺悠輔と……生田雅紀か。櫻田氏に何の用?」
 
 機械のように抑揚のないその声は、驚くことに女性のものだった。ということは、くノ一だなどと形容されていた櫻田の子飼いなのだろうか。
 
「櫻田に用はない」
「ああ、西園寺英輔えいすけと山科たかしの密会でも探りに来たって?」
「……そうだ」
「それはそれは、ご足労どうも」
「どういう意味だ?」
「誰が先にカメラを設置したのかと思っていたが、まさかご子息だったとはね」
「先にということは、おまえらも?」
「情報とネタは多いに越したことはないと言うだろう?」

 彼女たちも撮影していたとは驚いたが、だとすると目的も同じであるはずだ。
 西園寺たちの話では、櫻田家なら横槍を入れることが可能だと聞いていたが、やはり口だけの説得で婚約破棄はできないと見ているのだろうか。
 とはいえ、聞いたところで答えてくれないだろうし、にらめっこしていても埒が明かない。
 自分たちのことがバレてしまったとなると、逃げる必要がなくなったどころか、久世のことが心配になってくる。

「ヘリに乗る必要ないですよね?」
 西園寺に聞くと、一瞬驚いた顔をしたのちに、「ないな」と頷き返した。
「戻りましょう」
 二人で方向転換し、来た道を戻ることにした。
「……瑛里華が目をつけられていたからにはヘリも見張られていると考えるべきだったな」
「ええ。おっしゃっていたように厄介な相手ですね。西園寺議員たちのデータは?」
「クラウドにある」

 ひそひそとやっていたら、真後ろから「おい」と呼び止める声が聞こえてきた。

「勝手に帰るな」

 照明の加減を計算した地点で足を止め、言いながら回り込んできた相手の顔を見た。
 やはり全身を黒のボディスーツで包んでいる。髪は紫がかった色できれいに切り添えられたショートボブだ。顔立ちは……

「宮本さん?」

 呼びかけたらかすかに肩を震わせた。
 まさかのことだが、その反応を見ても間違いないだろう。くノ一と謳われているくせに動揺を表に出すとは、よほど化粧へんしんに自信があったらしいと見える。
 しかし、イメチェンや変装をしようと、一度覚えた顔を見間違うことはない。
 元々人の顔を覚えるのは得意であるうえに、営業職のおかげで日々研磨されているため、こちらにも言い切れる自信がある。
 
「誰だ?」
「僕のご近所さんです」
「知り合いか?」
「……ええ。最近よくお会いするようになったのですが、それも櫻田さんの計画だったようですね」

 久世の恋人だから過去を調べ上げたのだろう。その自分の好みに合わせて演技をしていたらしい。

「どういうことだ?」
「僕の気を引いて、透を諦めさせようとしていた……ということでしょうか?」
 問いかけるように視線を向けてみたが、彼女は反応を返してくれないらしい。
「透を嫉妬させた女か」
「いえ、嫉妬はしていませんが、彼女と顔を合わせたあと、透は自宅へ……」
 
 そうだ。まさにその日だ。
 彼女がネクタイを届けてくれたことで、久世は自宅へと帰って、瑞希の手に落ちることとなった。
 もしかしたら、その日そうなるように計算していたのかもしれない。
 憶測でしかないが、結果的に瑞希の思惑どおりになったわけだから、理由としては十分だ。
 だとしたら、真尋も許しておくことはできない。
 こうなったら、久世を助け出すためにむしろ利用してやる。
 
「すべて演技だったわけですか」
 寂しげに見えるよう演技をしながら、ゆっくりと真尋に近づく。
「……別の人間と勘違いをしている」
「いえ、宮本さんに間違いありません。……はず、ではなく、断定できます」
「おまえたちのボディチェックをさせてもらう」
 話題を変えてきた。いや、戻したと言えるか。
「それは、データを持ち出したかを確認するためですか?」
「そうだ。そしてクラウドのパスワードも吐かせる」
「お教えしますよ」
「おい! あんな乱交パーティーの映像なんて保存してないぞ」
 西園寺が口を挟んできた。目的を察してくれるよう目配せをする。
「ええ。ですから、櫻田さんにお渡しして、僕たちの目的にご納得いただけたら、データには手を出さないでいただきたい」
「……それは、私の判断することではない」
「でしたら、確認してみてください」
 促すように顎をくいと上げる。
 すると、真尋はふんと鼻で笑い、ボディバッグからスマホを取り出した。

「なんのつもりだ?」
 真尋が通話相手とぼそぼそ喋りだした頃合いを見て、西園寺が耳打ちをしてきた。
「志信さんがやる気になってくださってるところ申し訳ないのですが、透のことが心配です」
「確かに、志信は口が上手いだけで腕力はないからな」
「透も相手がプロならさすがに敵わないと思います。僕たちまで来ていると気づかれたことで、無理やりにでも参加させられたら、新たなネタを撮られかねません。相手が櫻田さんではないとなると、説明するだけで済まないのではないでしょうか」
「ああ。それはそうだな。だが、どうやって阻止する? パーティ会場がどこかもわからないんだぞ」
「ええ。ですから、彼女に案内してもらいましょう」
 
 そんなものどうやって?と問いかけられたとき、真尋がスマホを耳元から外したのを見て、会話を終わらせた。
 
「いかがでしたか?」
「中をチェックしてから考えるそうだ」
「堂々巡りですね」
 当然そう答えると思ったが、だとしてあんなに長々と話すことではないとも思う。
「それで、僕たちを連れてこいって?」
「……そうだ」
 やはり、そのことで話し合っていて、時間を食っていたらしい。
「……それは困りますね。お教えすると言っているのに、多勢の場へ飛び込むなんて歓迎できません」
「しかし、こんなところでボディチェックをするわけにもいかない」
「しても構いませんよ……少しばかり冷えますが」
「いいから、来い」
 
 むしろ相手の懐に飛び込めるのだから、こちらとしては歓迎すべき話だ。
 久世のことを考えると一秒足りとも惜しいため、本心ではすぐにでも連行されたい。
 が、相手の思惑にはまったように見せかけたほうが計画のためには効くと考えて、敢えて渋る演技をしているのである。

「……どうしますか?」
「逃げようと思えば逃げられるが……データがぎっしり入ったパソコンを壊されるのは敵わないな」

 合わせて演技をしてくれた西園寺に向かって、大きくため息をつく。

「西園寺さんがそうおっしゃるなら仕方ありません。わかりました……行きましょう」
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