その溺愛は行き場をさまよう

七天八狂

文字の大きさ
25 / 54

25.元遊び人の本気は効くか

しおりを挟む
 連行された先は、拍子抜けしたことに西園寺たちと滞在していた部屋だった。
 八乙女の姿はすでになく、パソコンなどの機器もすべて撤収されており、飲み食いしたあとだけが残されている。

「ここで待て。入口に人を立たせているが、今度はさっきのようにはいかないからな」
 前室で立ち止まった真尋は、そう言っただけですぐに出ていこうと踵を返した。
「宮本さんはどちらに?」
 問いかけると、彼女は入り口のドアにかけていた手を止めた。
「……私のことはレイと呼べ」
「真尋じゃなく?」

 真尋は耳障りなほどのため息をついたあと、目の前にまで近づいてきた。

「……いい加減にしろよ」

 おそらくガンをつけるためなのだろう、触れられるほど近くにまできてくれたので、その頬をそっと撫でてみた。

「どちらかというと、今のほうが好みですよ」

 言い終えるまえに思いっきり振り払われたが、殴られはしなかった。まあ、上出来と言っていいだろう。
 そういえば西園寺はどうしているのかと思い出す。部屋に入ってまっすぐ冷蔵庫へと向かっていたが、と見てみると白ワインをラッパで飲み始めていた。
 気楽なものだなと思いつつも、邪魔をしないよう敢えての態度であることはわかっている。

「お急ぎの用事がなければ、ご一緒しませんか? 冷めてますがこちらは手つかずです」
 八乙女が口をつけていないほうの懐石料理を手で指し示す。
「仕事中だ」
 ただ、当然とばかりに乗ってこない。
「まさかと思いますが、僕との時間も仕事だったんですか?」
 
 ならばと、切なげな声と表情で問いかけてみた。
 嘘をつくのは慣れたことだとは言え、台詞がくさすぎる。さすがにこれもダメだろうとの覚悟で試してみたら、意外にも足をとめてくれた。
 
「当然だ」
 
 これは、思っていた以上にぬるい相手かもしれない。
 本人は現状のことを指したつもりかもしれないが、その即答は悪手だと思う。よく考えれば初対面の人物を相手に聞く問い方ではないとわかるだろうに、真尋として反応してしまっている。
 そもそも会ったばかりの者同士のする会話として、おかしいとは思わないのだろうか。
 もしかすると、見た目の様子に反して冷静ではないのかもしれない。

「でしたら、パスワードをお教えするのに一杯だけでもお付き合い願えませんか?」
「今、口にしてもらえば済む」
「ですが、ボディチェックはどうするんですか?」
「代わりの者を連れて来る」

 会話をしていても目を合わせようとしない。しかし、ドアに手をかけつつも足を動かす様子もない。
 見様によっては去りがたいとも取れる。
 義務と誘惑の間に責め立てられているのであれば、事が運びやすいのだけれど。
 どういうつもりかを確認するべく、真尋のそばにまで歩み寄ってみた。

「レイさん」

 呼びかけながら、肩に手を触れてみる。
 真尋はびくと身体を震わせながらも振り払わない。

「一杯だけでもお願いします」
「仕事中だと言っただろ」
「僕たちの相手をする以外に業務があるのですか?」
「……いや」

 嘘をつけばいいのに。それとも油断を誘っているのだろうか。

「でしたら、お酒には弱いとか?」
「……むしろ強い」
「レイさんと飲めたら嬉しいのですが……」

 言いながら甘く見つめてみる。
 こういう場合は本気であることが重要だ。自分をなんとか奮い立たせて、相手を求めているように装う。いや、本気で求めてみるのである。

「なにかご所望の種類はありますか? 志信さんが色々と頼んでくれたので、ある程度なら揃っていますよ」
 言いながら、肩に触れていた手を反対側にまで回して抱くようにし、部屋の中へと誘導してみた。
「だから仕事中だって……」
 反論しつつも、真尋はされるがまま座卓の前にまで来てくれた。
「ええ。ですが、お強いのでしたら一杯くらいいいでしょう? こんなにあるのにもったいないですよ」

 ほら、と手で示して、真尋を座布団のうえにまで誘導する。
 そのとき、西園寺のほうへ目を向けて見ると目が合ったので、広縁へ出てくれないかと目配せをした。
 気がついてくれたようで、あくびをしながらワインボトルを手に西園寺は立ち上がった。

「おい、部屋から出なきゃいいんだろ?」
「あ? ……ああ」

 西園寺に問いかけられた真尋は、おずおずと返答し、驚くことにそのまま座布団のうえに腰を下ろしたのである。
 雰囲気に呑まれたのかもしれないが、だとしてこうも簡単に進んでしまうと、物足りなさすら感じてしまう。
 
「お好みは?」
 並べられた酒瓶の中から、日本酒をピックアップして持ち上げて見せる。
「久保田」
「ああ、新潟出身でしたっけ」
 おちょこを手渡しながら聞く。
「……好きなのと出身は無関係だろ」
 彼女の返答を耳にしながら注いでやる。自分のほうはもちろん手酌だ。
「絆創膏ではなくなんて言うんでしたっけ?」
「サ……突然なんの話だ」
 スパイに向いてなさ過ぎる。一般人の自分ですらそんなポカはやらないと思う。
「あっという間に終わってしまいましたね。もう一杯いかがですか?」
 真尋は乾杯する間もなく飲み干してしまったため、ならばと誘いをかけてみた。
「ああ」
 彼女は顔をうつむかせながら、おちょこを持ち上げた。
 まるで赤らめた顔を隠したかのように見える。ミスをしたことが恥ずかしかったのだろうか。演技かもしれないが、畳み掛けてみることにする。
 
「指の怪我は、本物だったんですね」

 酒を注ぐまえに、反対の手で彼女の指をなぞってみた。そこに絆創膏は貼られていないが、白いその指にはうっすらと治りかけの切り傷がある。
 かすかに震えた彼女は、しかし避けようとはせず、されるがままになぞるこちらの手を見ている。
 物足りない相手どころか、不足とも言えるレベルだ。あれを使う必要すらないかもしれない。

「……実は僕、男に興味がないんですよ」

 迷いつつも作戦どおりに始めてみたところ、彼女は返事の代わりに訝しげに眉根をひそめた。

「でも貧乏人なので、お金が欲しかったんですね」

 続けて言うと、眉間のそれがさらに深くなる。
 聞き流せばいいものを、気を引かれてしまったらしい。
 聞きたかった言葉を耳にしたとき、それが嘘だとわかっていても信じたくなるように、願っていたものが鼻先に現れたら、手に入ると思いたくなるのである。
 となると、油断を誘っていると考えた懸念は、すべて杞憂だったと判断してもよさそうだ。

「ですから、彼の手前演技というものをしなければならないんです」
「そ、そんなの知るか──」

 彼女が言いかけたとき、スマホの振動音がした。
 生田のと西園寺のは既に没収されているため、真尋のものである。
 彼女は画面を見てパッと立ち上がり、部屋の隅へと向かっていった。応答の声も聞かせたくないということは、おそらく櫻田からだろう。
 そろそろ始めてもいい頃合いだと判断し、同じく立ち上がって広縁のほうへと向かった。

「今、あれ持ってます?」
 
 西園寺は籐の椅子に腰をかけて、余裕にもスマホを見ながらワインと煙草を楽しんでいた。
 
「……おれのやつか?」
「そうです。あれって強いのとか弱いのとかあります?」
「ある」
 
 西園寺は胸ポケットをごそごそとやり、煙草のソフトケースのようなものを取り出したあと、中から二本抜き出した。
 
「……この青いラインのほうが弱い」
 
 言いながら渡されたので、受け取って眺め回すと、確かに目を凝らせばというレベルで違いがある。

「じゃあこのピンクのほうが……」
「雅紀が吸ったほうだ」
 
 初めての人間に強いほうを吸わせたのかよ。

「いや、普段からどちらも入れている。おまえが自分で選んだんだ」

 軽く恨みがましく睨みつけたからか、言い訳のようなものをされた。
 とはいえ、考えてみればこの状況ではむしろその経験が吉となる。文句の代わりに睨みを返すだけにして、礼を伝えてから部屋へ戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...