その溺愛は行き場をさまよう

七天八狂

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30.バーSolaris

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 二ヶ月が経ち、西園寺とともに開店したバー「Solaris」は、上々の盛況ぶりを見せている。

「ルイくん、友達連れてきたよ」
「ありがとう、ユリさん」

 八乙女の知人に連れられて来て以来、この一月ひとつきの間、二日と開けずに通ってきてくれているユリが、またも連れてきてくれたようだ。今夜は男性と女性の二人である。

「YouTubeで歌い手やってる、まるもくんと、華月ちゃんなんだけど、顔出しはしてないから内緒だよ」
「こんばんは」

 男性のほう、ということはまるもであろう人物が挨拶をしてくれた。隣の華月は来店できる年齢なのか心配になるほど幼い顔立ちで、恥ずかしげに身を縮こませている。
 そういえばと、二人がコラボをした『Beyond the way』が、100万回再生されたと言ってバズっていたことを思い出した。

「ご来店ありがとうございます。一杯目は何がよろしいでしょうか?」
「そうね……二人はなにがいい?」

 三人でメニューを見ながらわいわいとやり始めたところで、「ルイ」と呼びかける声を耳にする。
 目を向けると、カウンターで飲んでいた女性二人客のうちの一人が、こちらに片手を上げていた。

「アヤさん、いつの間に」
「今来たところ。カルーアミルクちょうだい」
「わたし、モスコミュール……それと、ポテトサラダ」
「かしこまりました」

 営業スマイルを返して身を翻し、タクローにカクテルを頼んでから、キッチンへと向かう。
 人気急上昇中の芸人と結婚した元モデルのアヤは、若手アイドルのヒスイを連れてきてくれたようだ。
 毎日のように、インフルエンサーやYouTuber、芸人やタレントだけでなく、俳優からアイドルまで、人目を惹く連中が通い始めてくれている。
 わずかな期間ながらも、予測以上の評判を生んでくれたようだ。
 
 最初は西園寺や八乙女の友人知人を招き、その御曹司連中がまた別の友人知人をと、徐々に輪が大きくなるように仕向けた。
 一見さんでも断らないものの、少し敷居の高い値段設定にした目的は、自然と客層がふるい分けられ、有名人でも安心して楽しめるバーを目指したからだ。
 ファン層ではとても払えない値段がゆえに、煩わされることなく楽しめるという安心感を得られつつ、値段は張るもののサービスは確かだという評判を生むべく、酒や料理に雰囲気を重視し、さらにはここでしか得られないスペシャルな要素を付加した。
 そのスペシャルな要素とは、ルイというバーテンダーの存在である。
 最難題だったわけだが、イコール最重要でもあるから、いっさいの妥協はしなかった。
 
 引っ込み思案なタイプでも気安く話しかけられるような素朴さと、一度顔を合わせれば数年来の友人のごとく心を開ける安心感を与えてくれる。貧乏くさい話題で笑いをとりつつ、見下されてもひらりとかわし、愚痴や相談に対してもアドバイスはそこそこに、辛抱強く聞いて慰める、平凡ながらも心休まる存在だ。
 場末のスナックにいるママのごとくだが、それを御曹司連中直伝の品の良さで補い、生来の人好きのする性質を注ぎ込んだ。
 すると、顔立ちやスタイルも悪くなかったためか、気張らず相手にしつつも、一目を置く存在に仕上げることができた。
 そしてとどめとばかりに振る舞う、味わったことのない料理。これに関しては友人たちの見事なスタイルをたるませてしまう結果を生んでしまったわけだが、御曹司連中の舌をうならせつつも、家庭料理の素朴さを併せ持つ独特な酒の肴が完成した。
 ここでしか会えないキャラクターと、ここでしか味わえない料理をお見舞いすることで、来ざるを得ないよう仕向けたのである。
 
「おまたせ」
 アヤたちの前に、注文された品を並べて置いた。
「ルイって、なんで閉店したあと付き合ってくれないの?」
「僕はホストじゃなくてバーテンだってば」
「でも常連相手なら、少しくらいサービスしてくれてもいいでしょ?」
「そんなことをしたら毎晩付き合わなきゃならなくなる」
「だって彼女いないんでしょ? 嘘なの?」
 アヤの横に座るヒスイが煙草をくわえたのを見て、ライターを差し出しながらあははと笑い声をあげる。
「本当だよ。嘘をつかないのがモットーなんだから」
「ルイ、ポテサラ二つご所望だ」

 タクローから呼びかけられ、「じゃあ、ごゆっくり」とウィンクをして再びキッチンへと向かった。
 実のところは、毎晩常連客の相手をしている。相手といってもセクシャルな付き合いではなく、料理をつくってあげたり会話を楽しむだけだ。
 しかし、自分の身体は一つきりなのだから、相手はよく見定めなければならない。気に入られるよう努めるため、何度もお呼びがかかるよう仕向けるが、より上客が来た場合に袖にしなければならないため、さじ加減が難しいのである。
 毎日営業してもいるため休日なんてものもない。
 毎晩のように彼を寂しがらせてしまっているが、目的を達するまでは一日足りとも惜しいので、我慢してもらっているのが現状だ。

「どこの席?」
 トレーにサラダを二つ乗せてタクローに問いかけた。
「奥だ」
「了解」
 
 ゆうに30人は座れるフロアの奥には、厚手のカーテンで仕切られた、いわゆるVIP席を設けている。
 元々は、情報屋であるタクローに相談したい客のために設えた席だったのだが、目的につながる客が増えてきた今や、表の席には居づらいVIPのための席になっている。半個室のそこは二つあり、ゆったりとしたソファで五、六人はテーブルを囲むことができるつくりだ。
 
「失礼します」
 
 音楽の音に負けない程度の声を張り上げたあと、カーテンをゆっくりと開けてみると、今日のVIP客は四人の男女だった。

「ルイくん」

 語尾にハートマークでもつきそうな愛らしい声で呼びかけてくれたのは、有坂ありさかヒナだ。人気絶頂のアイドル時代にベンチャー企業の若社長と結婚し、ママタレントへと方向転換したあと、ファッションやコスメなどのブランドを立ち上げた。今やSNSの合計フォロワー数は1000万人を超えるレベルのインフルエンサーでもある。
 隣にはハリウッドデビューを果たして二作目で、作品がゴールデン・グローブ賞を受賞した実力派の若手俳優、桐生きりゅうゆたかがいて、その向かい側に座る、韓国のダンスボーカルグループのAYAKAあやかは、Youtubeの再生回数が10億回を超えているレベルの世界的アーティストだ。

「ヒナさん、お酒にポテサラは太るからしばらく自重するって言ってなかった?」

 ポテサラを片手に笑いかけると、ヒナはふふっと笑みを返しながら、向かい側に座る初来店の客人を指し示した。

「今日は特別。瑞希が来るっていうから」

 加工されたレンズ越しで見ているかのようなきめ細やかな肌。整形なんて用事もないほどの美貌。一般人じゃ着こなせないブランドのスーツを、自分のためにデザインされたかのごとく着こなしている。
 完璧とも言えるそのご令嬢は、紹介いただかなくても既に知っている。
 櫻田瑞希だ。

「私、あれも食べたい。和洋三種盛りの」
「俺はがっつりしたのがいいな。ルイさん、適当におすすめをお願いします」

 AYAKAと桐生に頷いて答えたあと、瑞希のまえに皿を置いた。

「お楽しみいただけたら幸いです」

 誰かに連れてくるよう仕向けることはしなかった。瑞希自身が来店するよう決断してくれるまで待っていた。
 しかし、そう時間はかからないとも踏んでいた。信頼のおける仲間が楽しんでいるものは試してみたくなる。友人たちだけでなく、有名人や話題の人たちの間で評判になれば、興味は膨らんでいく。膨らんだそれが、彼女の足を動かすまで待っていたのである。
 それがこの店を開店させた目的だったからだ。
 莫大な資金と労力、そして人生をも懸けて大掛かりなことを仕掛けたのは、彼女が自らの意思で、婚約者の男のもとへやってくるためだったのである。

「……意外な味ね」
 箸をつけた瑞希が丸くした目をヒナに向けた。
「でしょ? ポテサラでありながらも独特な風味があって面白いよね」
「懐石料理に出てきそうな、なんか出汁が効いてるみたいな」
 AYAKAの説明に、瑞希はくすくすと上品に笑いながらも「わかるかも」とつぶやいた。
「お褒めのお言葉ありがとうございます」

 営業スマイルのまま言うと、瑞希のほうも上品な笑みを返してきた。
 ルイという別名を使って髪型も変えているが、変装するためではない。彼女のほうも、当然のことながら相手が誰であるかには気がついている。
 気がついたところで、動揺する要素が一つもないから、平然としているのである。
 婚約者の男であろうが、金はおろか権力を持っているわけでもない。影響力と言ってもたかがバーテンダーでしかない。
 自分のものが取られるなんて考えたこともないし、他人のものすら簡単に手に入れることができる彼女は、不安に感じることなど微塵もないのである。

 しかし、自らの意思でこの店のドアをくぐった瞬間、彼女のその余裕は崩れることが決定づけられた。
 彼女は、そう遠くない未来に痛感するだろう。
 どんなに求めても得られないものが、この世にあるということを。
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