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45.下僕の一撃
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「志信、いい加減離れなよ」
室内に八乙女の声が反響していたせいか、呆れた顔の悠紀が近づいてきた。
「うるさいな。ぼくが一番愛している人は雅紀くんなんだ」
これから生涯の愛を誓う相手に向かって、なんてことを。
「……はいはい。それでもいいけど、叔父様や叔母様がいるんだから、ちょっとは跡取りらしくしなよ」
「おま、おまえに指図されたくない」
「じゃあ、指図されないようにしてよ。御曹司なんだから所作くらい心得てるでしょ」
「は? そんなの当然だ……ただおまえに言われたくないんだ」
「言われるまでもなくしっかりすればいいでしょ? あ、生田さん」
悠紀が声をかけてきた。その手には猛獣を抑えるかのごとく八乙女の腕を引いて押さえつけている。
「……はい」
「志信はこれから挨拶まわりに行かなければなりませんので、もしでしたらお兄様と合流なさってはいかがですか?」
悠紀は、控室のドアを指し示しながら言った。
「あ、でもお祖父さんと一緒なんじゃ……」
「いえ、お祖父様は賓客の方々とご一緒しております」
「そうなんだ、じゃあ透を探してみようかな。ありがとう」
わずかに緩んだ手の拘束からするりと抜け出す。
「あっ、雅紀くん……」
「ほら、もう行くわよ」
「だから指図するなって」
悠紀は話に聞いていた印象とはまるで違っていた。演技をしていたというのだから当然とはいえ、思っていたよりもしっかりした女性のようだ。
あの八乙女を唯一狼狽えさせる久世の妹は、唯一手綱を取れる相手なのかもしれない。
なんだかんだ夫婦らしく見えてきた二人に挨拶をして、親族控え室を出た。
ロビーへと向かいながら久世にLINEを入れると、すぐに返信があり、相馬とともに別のフロアのラウンジにいるからそこで待っているとあった。
まだ式までには二時間近くあるため、のんびりと父子の時間を過ごしているのかもしれない。多忙な二人にとっては、この待機の時間はいい機会なのだろう。
ラウンジへと向かう途中に、喫煙スペースを見つけたので、一服がてら寄り道をしていくことにした。
すると「雅紀」という声がして、反応する間もなく腕を引っぱられた。
「会いたかった」
まったく見覚えのない男性が、目を潤ませてのぞき込んできた。
しかも、強引にも掴んできた腕をさらに引き、柱の影となるほうへと連れて行こうとしている。
「……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
普段なら、見知らぬ相手が知人である素振りを見せてきた場合、こちらも知っている風を装って、なんとか相手の名前を聞き出すものだが、失礼にもほどがある態度を取られた場合は別だ。
「ああ、これが俺のもとの顔なんだよ」
その言葉で、まさかとぞっとした。
顔だけでなくぽっちゃりとした体格にも見覚えはなかったが、その声に聞き覚えがあることと、馴れ馴れしいほどの態度からもしかしてとぴんときた。
「相馬さん?」
ハーフらしい彫りの深い顔立ちは、見知った昴のそれではない。しかし、どことなく久世に似ているし、なにより相馬の面影がある。
「どんなに女を……男も抱いてみたけど、満足できないんだ。なあ、あのとき悦んでいただろ? 俺のが恋しくないか? 透のよりもでかかっただろ」
言いながら昴は抱きしめてきた。
おいおい、ふざけんな。
腕から抜け出そうともがくも、筋肉にくわえて贅肉も上乗せされたその身体はびくともしない。
「フランスへ帰ったはずじゃなかったんですか?」
「帰ったけど、雅紀のいないフランスにいても意味がないだろ? 俺のことが恋しくなった頃だと思って飛んできたんだ。久世家の結婚式があるって聞いたから、ホテルならそのまま二人きりになれると思ってな」
バカげた理由を聞いて絶句してしまう。
「舌は治った? キスしてもいい?」
あのときの記憶が蘇って、全身がぞっと粟立った。
「するかよ。放せ」
めちゃくちゃにもがいてみたものの、やはり何の抵抗にもならない。
久世に倣って真面目に筋トレでもしていればよかった。いや、異国の血のせいか上背があるから、そもそも敵わない?などと考えつつ、迫りくる昴の唇から逃れるため顔を背けたとき、こちらへ近づく人影が見えた。
「雅紀に近づくな」
久世の声とともに軽い衝撃があり、つかまれていた腕の力が緩んで突如解放された。
「おま、透? ……え?」
声のするほうへ目をやると、昴はフロアに尻もちをつき、片頬を手で押さえながら驚愕の顔で弟を見上げていた。
「もう日本へはいらっしゃらない取り決めです。それに、雅紀の前にも二度と会わないことをお約束いたしましたよね?」
淡々とした口調で言うこの愛する男が、目の前でわなわなと震える男の口の端に、赤い血をしたたらさせたのだろうか。
「お、おれはおまえの兄だぞ? 異父じゃない。実の兄だ」
昴は言いながら立ち上がり、ふらふらと近づいてくる。
「関係ありません。お帰りください」
久世は自分のまえに立ちふさがるように、そばへ近づいてきた。
「実の兄を殴るなんて、なんてことを……」
「雅紀に近づくおつもりなら、もう一度殴ります」
「は……いや、雅紀は」
「名前を呼ぶな」
昴の言葉にかぶせて言った久世の声に、思わず肩を震わせた。一段低くなったその声音は、一言で場の空気をしんとさせるほどの鋭さがあった。
「なんでおまえにそんなことを言われなきゃならないんだ?」
昴も驚いたのか、威勢よく言ったその声はかすかに震えている。
「雅紀を傷つけたやつは、実の兄だろうと許さない。名前を呼ぶどころか顔も見せるな。もし次にその顔を見たら殺してやる」
その言葉に昴は、ぱくぱくと音にならない声をあげた。
久世は凄みを見せているわけでもなく、ただ淡々と告げているといった口調なのだが、低く明瞭なそれは、むしろ凄む以上に威圧を感じる。
「……お帰りください」
「な……なんだと、偉そうに……家出なんて夢物語しか提案できないおまえに言われたくない。おまえなんて雅紀に任せきりで、姫のごとく守られていただけだろ?」
「姫ではありません。下僕です」
久世は言いながら昴のほうへ近づいていく。
「あ? 下僕? 下僕としても力不足じゃねえか。俺なら雅紀を……なんだよ」
淡々とした足取りで近づいた久世は、昴の胸ぐらをつかんだ。
「二度と呼ぶなと言っただろ」
同じ体格、いや脂肪のせいでやや昴のほうがふくよかになっているが、久世は軽々と昴を持ち上げている。
「……もう一度殴る気か?」
昴は顔を強張らせながら問いかけた。
しかし微動だにしなかった久世を見て、怯んでいた顔をきょとんとさせ、「はっ」とおかしげに笑った。
「ビビリめ。おまえにできることなんてない……結婚せず済むことになったのも、Papaや悠紀の旦那に雅紀が頼んだお陰だろ?」
「……俺は久世グループに入る」
「入る? 入ってどうする? 会長を継ぐのは悠紀の旦那だろ?」
「ようやくご納得いただけた」
「なにを……要領のわるいやつだな。はっきり言えよ」
「……お祖父様を説得して、後を継ぐ代わりに独身のまま恋人と添い遂げてもいいとお約束いただけた」
「は?」
昴と同時に自分も間抜けな声を上げてしまった。
何言ってるんだ?
「後って志信さんはどうなるんだ? 恋人って、久世首相にも僕のことを話したのか?」
口を挟まずにはいられなかった。
久世が今の仕事をやめて、八乙女の部下となることは聞いていた。しかし、それは単に自分の代わりに後継ぎとなった妹婿を支えるためだと思っていた。
しかも、娘の再婚相手にも渋っていた一番の難関を相手に、同性の恋人がいることを打ち明けるなんて、正気の沙汰ではない。
「ああ。雅紀のことを話して、結婚できない理由は彼がいるからだと説明した。それと継ぐというのは、会社のほうではなく、政治家としてだ」
「はあっ?」
いきなり思ってもみなかったことばかりを言われて、理解が追いつかない。
つまり、首相になるということなのだろうか。
というか、恋人と添い遂げるってなんだ? 相手は同性だぞ? そんなことできるのか?
「嘘ついて誤魔化そうとするな」
昴も信じられない様子で、胸ぐらを掴まれていた久世の手を振り払いながら言い捨てた。
「嘘ではない。雅紀に近づくな」
「嘘つきはそう言うんだ。だいたいおまえなんかが説得できるわけないだろ?」
「俺一人ではない。母とだ」
母と。
それを聞いてまたも疑問が浮かぶ。
「恭佳さんと説得したってこと?」
久世はもちろんだが、母のほうにもそんな素振りはいっさいなかった。八乙女が妹婿になることが決まるまでは、昴の行状があってから、なおのこと家を出るよう詰め寄ってきていたくらいである。
久世に困惑の目を向けると、彼は「ああ」と思い当たったような表情を見せた。
「家出というのは、その、カモフラージュで……隠していてわるかった」
隠していた? 嘘をつけないはずの久世が……いや、これも口にしなければ嘘にならないというやつなのだろうか。
「なんで隠してたんだよ。言ってくれたら……」
言ってくれたら無茶な真似はしなかったのに、と言いかけて、嘘をついていたのは自分のほうだと思い出し、口をつぐんだ。
「半年もかかってしまって、申し訳ない」
「……恭佳の考えそうなことだ」
久世の声のあと、それ以上に穏やかな声がして、静かに相馬が現れた。
「Papa?」
頬を腫らして真っ赤になっていた昴の顔は、一気に青く染まった。
「上手くいかない可能性のほうが高いから、決まるまでは隠しておきたかったんだろう。……それより昴、なぜ日本へ来たんだ? 来ない約束だっただろう?」
「あの……」
「透、ここはいいから雅紀くんと先に店へ行っていなさい」
穏やかな目がこちらへ向いた。驚きで身体を震わせてばかりの自分や昴とは裏腹に、相馬も久世と同様、落ち着き払っている。
「わかりました。ですが、取り決めは確約させてください」
「ああ。面倒をかけて悪かったね……雅紀くんもごめんね」
「いえ……」
昴は父に肩を抱かれて、お縄になったかのようにうなだれた……かに見えたのだが、その性根は思ったよりも図太いようで、弟からの一撃と父の登場だけでは済まなかったようだ。
室内に八乙女の声が反響していたせいか、呆れた顔の悠紀が近づいてきた。
「うるさいな。ぼくが一番愛している人は雅紀くんなんだ」
これから生涯の愛を誓う相手に向かって、なんてことを。
「……はいはい。それでもいいけど、叔父様や叔母様がいるんだから、ちょっとは跡取りらしくしなよ」
「おま、おまえに指図されたくない」
「じゃあ、指図されないようにしてよ。御曹司なんだから所作くらい心得てるでしょ」
「は? そんなの当然だ……ただおまえに言われたくないんだ」
「言われるまでもなくしっかりすればいいでしょ? あ、生田さん」
悠紀が声をかけてきた。その手には猛獣を抑えるかのごとく八乙女の腕を引いて押さえつけている。
「……はい」
「志信はこれから挨拶まわりに行かなければなりませんので、もしでしたらお兄様と合流なさってはいかがですか?」
悠紀は、控室のドアを指し示しながら言った。
「あ、でもお祖父さんと一緒なんじゃ……」
「いえ、お祖父様は賓客の方々とご一緒しております」
「そうなんだ、じゃあ透を探してみようかな。ありがとう」
わずかに緩んだ手の拘束からするりと抜け出す。
「あっ、雅紀くん……」
「ほら、もう行くわよ」
「だから指図するなって」
悠紀は話に聞いていた印象とはまるで違っていた。演技をしていたというのだから当然とはいえ、思っていたよりもしっかりした女性のようだ。
あの八乙女を唯一狼狽えさせる久世の妹は、唯一手綱を取れる相手なのかもしれない。
なんだかんだ夫婦らしく見えてきた二人に挨拶をして、親族控え室を出た。
ロビーへと向かいながら久世にLINEを入れると、すぐに返信があり、相馬とともに別のフロアのラウンジにいるからそこで待っているとあった。
まだ式までには二時間近くあるため、のんびりと父子の時間を過ごしているのかもしれない。多忙な二人にとっては、この待機の時間はいい機会なのだろう。
ラウンジへと向かう途中に、喫煙スペースを見つけたので、一服がてら寄り道をしていくことにした。
すると「雅紀」という声がして、反応する間もなく腕を引っぱられた。
「会いたかった」
まったく見覚えのない男性が、目を潤ませてのぞき込んできた。
しかも、強引にも掴んできた腕をさらに引き、柱の影となるほうへと連れて行こうとしている。
「……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
普段なら、見知らぬ相手が知人である素振りを見せてきた場合、こちらも知っている風を装って、なんとか相手の名前を聞き出すものだが、失礼にもほどがある態度を取られた場合は別だ。
「ああ、これが俺のもとの顔なんだよ」
その言葉で、まさかとぞっとした。
顔だけでなくぽっちゃりとした体格にも見覚えはなかったが、その声に聞き覚えがあることと、馴れ馴れしいほどの態度からもしかしてとぴんときた。
「相馬さん?」
ハーフらしい彫りの深い顔立ちは、見知った昴のそれではない。しかし、どことなく久世に似ているし、なにより相馬の面影がある。
「どんなに女を……男も抱いてみたけど、満足できないんだ。なあ、あのとき悦んでいただろ? 俺のが恋しくないか? 透のよりもでかかっただろ」
言いながら昴は抱きしめてきた。
おいおい、ふざけんな。
腕から抜け出そうともがくも、筋肉にくわえて贅肉も上乗せされたその身体はびくともしない。
「フランスへ帰ったはずじゃなかったんですか?」
「帰ったけど、雅紀のいないフランスにいても意味がないだろ? 俺のことが恋しくなった頃だと思って飛んできたんだ。久世家の結婚式があるって聞いたから、ホテルならそのまま二人きりになれると思ってな」
バカげた理由を聞いて絶句してしまう。
「舌は治った? キスしてもいい?」
あのときの記憶が蘇って、全身がぞっと粟立った。
「するかよ。放せ」
めちゃくちゃにもがいてみたものの、やはり何の抵抗にもならない。
久世に倣って真面目に筋トレでもしていればよかった。いや、異国の血のせいか上背があるから、そもそも敵わない?などと考えつつ、迫りくる昴の唇から逃れるため顔を背けたとき、こちらへ近づく人影が見えた。
「雅紀に近づくな」
久世の声とともに軽い衝撃があり、つかまれていた腕の力が緩んで突如解放された。
「おま、透? ……え?」
声のするほうへ目をやると、昴はフロアに尻もちをつき、片頬を手で押さえながら驚愕の顔で弟を見上げていた。
「もう日本へはいらっしゃらない取り決めです。それに、雅紀の前にも二度と会わないことをお約束いたしましたよね?」
淡々とした口調で言うこの愛する男が、目の前でわなわなと震える男の口の端に、赤い血をしたたらさせたのだろうか。
「お、おれはおまえの兄だぞ? 異父じゃない。実の兄だ」
昴は言いながら立ち上がり、ふらふらと近づいてくる。
「関係ありません。お帰りください」
久世は自分のまえに立ちふさがるように、そばへ近づいてきた。
「実の兄を殴るなんて、なんてことを……」
「雅紀に近づくおつもりなら、もう一度殴ります」
「は……いや、雅紀は」
「名前を呼ぶな」
昴の言葉にかぶせて言った久世の声に、思わず肩を震わせた。一段低くなったその声音は、一言で場の空気をしんとさせるほどの鋭さがあった。
「なんでおまえにそんなことを言われなきゃならないんだ?」
昴も驚いたのか、威勢よく言ったその声はかすかに震えている。
「雅紀を傷つけたやつは、実の兄だろうと許さない。名前を呼ぶどころか顔も見せるな。もし次にその顔を見たら殺してやる」
その言葉に昴は、ぱくぱくと音にならない声をあげた。
久世は凄みを見せているわけでもなく、ただ淡々と告げているといった口調なのだが、低く明瞭なそれは、むしろ凄む以上に威圧を感じる。
「……お帰りください」
「な……なんだと、偉そうに……家出なんて夢物語しか提案できないおまえに言われたくない。おまえなんて雅紀に任せきりで、姫のごとく守られていただけだろ?」
「姫ではありません。下僕です」
久世は言いながら昴のほうへ近づいていく。
「あ? 下僕? 下僕としても力不足じゃねえか。俺なら雅紀を……なんだよ」
淡々とした足取りで近づいた久世は、昴の胸ぐらをつかんだ。
「二度と呼ぶなと言っただろ」
同じ体格、いや脂肪のせいでやや昴のほうがふくよかになっているが、久世は軽々と昴を持ち上げている。
「……もう一度殴る気か?」
昴は顔を強張らせながら問いかけた。
しかし微動だにしなかった久世を見て、怯んでいた顔をきょとんとさせ、「はっ」とおかしげに笑った。
「ビビリめ。おまえにできることなんてない……結婚せず済むことになったのも、Papaや悠紀の旦那に雅紀が頼んだお陰だろ?」
「……俺は久世グループに入る」
「入る? 入ってどうする? 会長を継ぐのは悠紀の旦那だろ?」
「ようやくご納得いただけた」
「なにを……要領のわるいやつだな。はっきり言えよ」
「……お祖父様を説得して、後を継ぐ代わりに独身のまま恋人と添い遂げてもいいとお約束いただけた」
「は?」
昴と同時に自分も間抜けな声を上げてしまった。
何言ってるんだ?
「後って志信さんはどうなるんだ? 恋人って、久世首相にも僕のことを話したのか?」
口を挟まずにはいられなかった。
久世が今の仕事をやめて、八乙女の部下となることは聞いていた。しかし、それは単に自分の代わりに後継ぎとなった妹婿を支えるためだと思っていた。
しかも、娘の再婚相手にも渋っていた一番の難関を相手に、同性の恋人がいることを打ち明けるなんて、正気の沙汰ではない。
「ああ。雅紀のことを話して、結婚できない理由は彼がいるからだと説明した。それと継ぐというのは、会社のほうではなく、政治家としてだ」
「はあっ?」
いきなり思ってもみなかったことばかりを言われて、理解が追いつかない。
つまり、首相になるということなのだろうか。
というか、恋人と添い遂げるってなんだ? 相手は同性だぞ? そんなことできるのか?
「嘘ついて誤魔化そうとするな」
昴も信じられない様子で、胸ぐらを掴まれていた久世の手を振り払いながら言い捨てた。
「嘘ではない。雅紀に近づくな」
「嘘つきはそう言うんだ。だいたいおまえなんかが説得できるわけないだろ?」
「俺一人ではない。母とだ」
母と。
それを聞いてまたも疑問が浮かぶ。
「恭佳さんと説得したってこと?」
久世はもちろんだが、母のほうにもそんな素振りはいっさいなかった。八乙女が妹婿になることが決まるまでは、昴の行状があってから、なおのこと家を出るよう詰め寄ってきていたくらいである。
久世に困惑の目を向けると、彼は「ああ」と思い当たったような表情を見せた。
「家出というのは、その、カモフラージュで……隠していてわるかった」
隠していた? 嘘をつけないはずの久世が……いや、これも口にしなければ嘘にならないというやつなのだろうか。
「なんで隠してたんだよ。言ってくれたら……」
言ってくれたら無茶な真似はしなかったのに、と言いかけて、嘘をついていたのは自分のほうだと思い出し、口をつぐんだ。
「半年もかかってしまって、申し訳ない」
「……恭佳の考えそうなことだ」
久世の声のあと、それ以上に穏やかな声がして、静かに相馬が現れた。
「Papa?」
頬を腫らして真っ赤になっていた昴の顔は、一気に青く染まった。
「上手くいかない可能性のほうが高いから、決まるまでは隠しておきたかったんだろう。……それより昴、なぜ日本へ来たんだ? 来ない約束だっただろう?」
「あの……」
「透、ここはいいから雅紀くんと先に店へ行っていなさい」
穏やかな目がこちらへ向いた。驚きで身体を震わせてばかりの自分や昴とは裏腹に、相馬も久世と同様、落ち着き払っている。
「わかりました。ですが、取り決めは確約させてください」
「ああ。面倒をかけて悪かったね……雅紀くんもごめんね」
「いえ……」
昴は父に肩を抱かれて、お縄になったかのようにうなだれた……かに見えたのだが、その性根は思ったよりも図太いようで、弟からの一撃と父の登場だけでは済まなかったようだ。
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