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第2話 お互い見なかった事に
しおりを挟む「私、ここの衣装店を見てくるから、貴方は外で待っていてね」
「かしこまりました」
シルヴィアは買い物をする為、侍女を連れて街へやって来ていた。一人でゆっくり見たいからと侍女を衣装店の近くで待たせると、シルヴィアは一人である店へと入っていった。そこは、衣装店……の隣にある本屋であった。
そう、今日シルヴィアが街へ来た本当の目的は、ミリアームの新作本を手に入れる為である。
シルヴィアは、顔がなるべく目立たぬように頭の上から紺色のスカーフを被り、本を探す。
えーと、ミリアーム……ミリアーム……あ、あったわ!
本を見つけて手にしようと伸ばした所、同じように伸びてきた手があった。お互いの手に気付き二人の動きが止まる。
『あ……』
同時にシルヴィアとその人物の声が重なった。そしてシルヴィアは、伸ばされた手を伝ってその相手の顔を見上げた。
黒い外套のフードを被って顔を隠しているが、少しだけ見える黒髪、整った顔立ち。そして何より綺麗な碧い瞳とがっちり視線が交わり、シルヴィアはその瞳に魅入られて自然とその名が口をついて出た。
「エ、ドワルド……様?」「シ、シルヴィア嬢……?」
互いが互いの名を呼んだ事にハッとしてシルヴィアは焦った。
ま、不味いわ。私が庶民の恋愛小説を買っているなんて社交界で噂されたら、プレーヘム家の名に傷を付ける事になる。ここは、なんとか誤魔化さないと!
「あ、あの……、こ、これは庶民の生活を知る為の勉強といいますか」
「そ、そうか。いや、俺も庶民の生活を知る為に読んでみようかと……」
「あ!エドワルド様もですか!き、奇遇ですね!」
「あ、ああ。そうだな。奇遇だな!」
私達は、お互い張り付いたような笑みを浮かべて、ササッと本を取ると「ハハハッ」「フフフッ」とその後も不自然に笑い合いながら、会計を済ませて店を出た。
「こ、ここで会った事はお互い見なかった事にしよう」
「そ、そうですね。そうしましょう」
最後まで二人で奇妙に笑い合いながら、店の前で別れを告げると、エドワルド様は風の如く去っていった。
ふう。取り敢えずうまく誤魔化せたかしら。
シルヴィアは、ホッと肩を撫で下ろすと「お嬢様ー」とすぐ後ろで待たせていた侍女の声がして、ビクッと肩が震える。
「もうお買い物は、よろしいのですか?」
「え、ええ。気に入った物がなかったわ。帰りましょう」
シルヴィアは急いで本を後ろ手に隠しながら、侍女になんとか微笑んで答えたのだった――
◇
「ミリアーム先生、最高!」
屋敷に帰ったシルヴィアは、さっそく買ってきた新作あなたの瞳に焦がれての第3巻を読み終えると、興奮していた。
「ああ、この感動を分かち合いたい!もう、どうしてこんな時にシーアがいないのよー!」
シーアというのは以前、プレーヘム家で働いていた侍女だ。今は結婚して出産の為に侍女を辞めてしまったのだが、それまではシルヴィアの密かな趣味について知っていた唯一の人物で、彼女こそがシルヴィアが恋愛小説にハマるきっかけを作った人物であった。
2年前、社交界デビューをしたシルヴィアは瞬く間に多くの男性に取り囲まれてしまったのだった。デビューしたばかりのシルヴィアにとって、それがあまりの衝撃で恐怖を感じてしまった。その日は父の影に隠れてデビュタントをやり過ごしたのだった。
それ以来、男性が怖くなってしまったシルヴィアは、伯爵令嬢にも関わらず、社交もまともに行えないそんな自分の弱さにさらに落ち込んでいたのだった。
そんな時、恋愛小説好きだったシーアが勧めてくれたのが当時、第一巻が発売されて、庶民の間で大流行していた「あなたの瞳に焦がれて」だったのだ。最初は怪訝に思ったシルヴィアも、恋愛小説の面白さに目覚め、そのお陰で男性への恐怖心も薄れ、今では本のような恋が出来たらいいのにと憧れる程になったのだった。
「ああ、身近に同じ趣味の人がいてくれたらなぁ」
そこで、シルヴィアの頭にふと思い浮かんだのは、エドワルドだった。
「エドワルド様は、この本を読んでどう思ったのかしら……」
もし、ミリアーム先生の本を読んで面白いと感じていてくれたら……
本屋で目が合った時、初めてあんなにじっくりとエドワルド様の瞳を見つめた。綺麗な澄んだ碧い瞳だったわ……。あんな瞳で見つめられたら、女の子はみんなクラクラしちゃうわよ。
「そうよ!あのエドワルド様よ?恋愛小説に夢を見なくても、恋愛経験豊富に決まっているわ」
シルヴィアとエドワルドは同じように異性からのアプローチは多いが、その対応は全く異なっていた。恋がしたいと思いながらも、アピールされる事にうんざりしているシルヴィアとは違い、エドワルドはどの女性にも優しくスマートだと評判の男であった。だからきっと、恋愛もさらっとこなしているに違いない。とシルヴィアは考えている。
「はあ……、来週もまた舞踏会かあ。行きたくないなあ……」
シルヴィアは、机に頭をコツンと乗せると本のタイトルをなぞって深いため息をついたのだった――
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