私はただ、憧れのテントでゴロゴロしたいだけ。

もりのたぬき

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【1部】第五章.いざ行かん馬車の旅

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意外な事に、馬車が迂回ルートを通るという事を聞いても、あの家族の父親は騒がなかった。
おとなしく、グリフォン空輸の業者への紹介を頼んでいる。

(一日経って冷静になったのかな?)
『まあ、完全に道が崩れちゃってるんですから騒いでもどうしようもないですしね』

ずずずと食後のお茶を飲みつつ、なんとは無しに部屋に居る人間を観察する。

(あるじ、くうふく)

談話室に残したカバンの中から、ライムが念話をしてきた。
(おっけ、ライムって何食べるの?)
(なんでも、だいじょぶ)

ふむ……

『マスター、街で買った野菜や、アイシャさん達から貰ったニガナをあげてはいかがでしょう?』
(そうだね、沢山あるもんね)

私はライムの入ったカバンを持って、人目のつかない駅舎の裏へ来た。
建物のすぐ脇は、コンクリート敷になっているので汚れずに済んだ。
周りに人が居ない事を確認して、カバンからライムを出してあげた。

日差しを浴びてつるりと光るライム。
昨日はよく見えなかったけど、身体の中心辺りに、すこし色の違う球体が浮かんでいる。これが心臓のようなものなのだろう。

「今から野菜とか薬草を出すけど…食べられそうになければ無理しなくていいからね?」
(わかった、たべる、たしかめる)

私はアイテムボックスから、ニンジンやレタスのような野菜を一束ずつと、10本くらいのニガナを出しライムの前に置いてあげた。

ライムは置かれた野菜の上に押しつぶすように乗った。
すると、むにょんと野菜たちがライムの身体の中に入っていき、しゅわーっと溶けて消えてしまった。

「おおお…何か面白いね」
(ニガナ、おいしい、もっと)

「あ、気に入った?他の野菜は?」
(あまり、すき、ない)

あらら…ニガナは気に入ったけど、野菜は駄目なのか。

『もしかすると、野菜にはあまり魔力が含まれていないのかもしれませんね』
「あー、そういう事か」

これからは、ライムに与える食べ物は、ちょっと考えないとだなぁ。
とりあえずニガナのおかわりの催促に、次は一気に40本くらい出してあげた。
ライムはこれもぺろりと取り込んでしまった。

「すごい食欲だね」
(まんぞく、あるじ、ありがと)

「うんうん、満足してくれて良かった」 

ぽよんぽよんと跳ねるライムを眺めていると、ナビが話しかけてきた。

『これから向かうラオッタという街は、ガイドーン家の領地だそうですよ』
「ガイドーン家…?」
『…ポーション作ってる所です。忘れるの早すぎませんか?』
「いや!覚えてるから!!忘れてないよ??じゃあ、街に着いたらポーション買えるかな?」

うん、忘れてた。

『……まあ、買えるかもしれませんが、殆ど領地の外に売ってしまうので逆に無いかもしれません』
「ああ、そっか…売ってたら良いねー」

ニガナを食べ終わったライムには、もう一度カバンに入ってもらって中に戻ろうと角を曲がると、乗客の一人であるフードの男が、鳩のような鳥を飛ばした瞬間に行き当たった。

向こうはこちらに気が付かずに、鳥が飛び去るのを確認して駅舎に入っていった。

「手紙でも出してたのかな…?」
『飛んで行ったのはフォレストピジョンですね。まあ家族か誰かに手紙を出していたんじゃないですか?』

予定とは違う行程になったんだもん、誰かに連絡したりするよね。って事で、特に気にすることも無く私も駅舎に入っていった。

結局、このまま黒の森を通り抜けてラオッタに行くのは、お婆さんと奥さんに娘の3人と、フードの男と私の5人となった。

こうして私たちは、改めて馬車に乗り込み出発した。

今回は森の中で一夜を明かしてからラオッタに到着する予定ではあるが、道の状態によっては森で二泊するかもしれないとの事だった。


やはり昨日の雨のせいで、道の状態は最悪だ。

ぬかるみにハマらないように、幅の広い車輪に付け替えられているので、立ち往生する事は無かったが、その分揺れが凄い。

(酔い止め飲んでおいて良かったぁ…)
(らいむ、ゆれる、たのしい)

産まれたばかりのライムは、周りが見えないカバンの中で体験する揺れが楽しいらしい。
(そっか、それは良かったよ)

暫く草原を走ると、いよいよ黒の森に入った。
森の中は薄暗く、シダや苔が生えていて元々湿気の多い所の様だ。

昨日の雨の影響か、大きな石が落ちていたり倒木が道を塞いでいたりするせいで、中々前に進めなかった。
我が儘娘は、最初の方こそ揺れに対して文句を言っていたが、どうやら酔ったようで大人しい。

「思いのほか倒木などが多く、明日中の到着は厳しいかもしれません」
昼食の為に休憩している所に、御者さんがそう言った。

「この道の状況ですし、仕方が有りません。安全にラオッタまで向かってください」

そう言ったのは、我が儘娘の母親だった。
この呼び方もどうかと思うんだけどね?名前知らないからさ…。

「私も同意です。急いで行ける状況でも無いですし、ラオッタまで無事につければそれで良いです」
「皆様ありがとうございます」

御者さんは頭を下げた。

その後も、あまりスピードを出すことなく道を進んでいき、日が暮れる前に野営の準備を整えた。
リムさん達は、昨日駅舎で張った物より強い結界を馬車の周辺に張り、夜通し交代で警戒に当たるそうだ。

何かあればすぐに出発できるように、ラオッタまでは馬車の座席はそのままで寝る事になった。

(なんか、こっちの世界に来てまだ数日しか経ってないのに、色々起きすぎな気がする…)
『この国召喚魔法のせいで、魔物の暴走とか異常気象とか起きてますし、普通なんじゃないですかね?』

(そっか、召喚魔法のせいで色々おかしくなってんだっけ…)
『もうすでに神様たちがこの国の魔法陣を無効化していると思いますので、少しづつ落ち着いてくるとは思いますが、それは年単位の話ですから…』

流れ込んできた魔力を使ったり散らしたりするには長い時間がかかるんだね。

こうして黒の森での夜が更けていった。
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