悪役令嬢ですが、婚約破棄されたので実家に引きこもる予定だったのに…

東雲れいな

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クラリスが王都邸に戻ると、邸内には緊張感が走っていた。

迎えたアンナが言うには、王宮から“加護感謝祭の正式な招待状”が届いたという。そこには、クラリス・フォン・ラウエンシュタインの名がはっきりと記されていた。

「……名を消すより、“舞台に乗せた方が便利”だと判断したのね」

クラリスは招待状を手に取り、その封蝋をじっと見つめた。王家の第二紋章――つまりこれは、ユリウスの手配によるものだ。

(彼もまた、舞台に上がる覚悟を決めたのね)

招待状の裏には、殴り書きのような文字で一文だけ添えられていた。

《“言葉”が届くなら、そこが変革の始まりだ》

――ユリウス。

あの誠実すぎる第二王子は、いまこの王都で何を見ているのだろう。

その夜、クラリスはひとり書斎にこもり、演説草案を何枚も書き上げては、次々と燃やした。  
罵倒でもなく、否定でもなく、それでいて誰にも迎合しない“言葉”を編むのは、想像以上に骨が折れた。

(怒りを語れば、ただの復讐者。涙を語れば、信仰に埋もれる。必要なのは、“構造”への疑問)

夜が深まる中、ようやく彼女は一本の筋に辿り着く。

(……民にとって、聖女は“希望”であると同時に、“依存”でもある。ならば、私は“自立”を語ればいい)

“信じるべきものは外にあるのではなく、自分自身の中にある”

その一文が紙に落ちたとき、ようやくクラリスの手が止まった。

「明日は、“悪役令嬢”が壇上に立つ日。だけど……役割を演じるのは、もう終わりにする」

そして翌朝。

王都の中心広場は、民衆と貴族、神殿と王家、あらゆる立場の者が入り混じり、熱気に包まれていた。

壇上では、聖女セレスティアがいつものように微笑みを浮かべ、王子ジルベルトは誇らしげに彼女を称えていた。

「この国に加護があるのは、聖女が祈りを捧げてくださるからだ!」

歓声が上がる。祝福の言葉が広がる。

だがその光の只中に、ひとつだけ黒い影が現れる。

「――失礼します」

クラリスが壇上へと足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

人々の視線が一斉に彼女に向けられる。中には驚き、怒り、侮蔑、そして――戸惑いの色も混じっていた。

セレスティアの微笑が、一瞬だけ凍る。

ジルベルトが振り向き、声を荒げる。

「ここはお前のような者が立つ場所ではない!」

だがクラリスは、ゆっくりとマイクの前に進み出て、静かに言った。

「私は、今日この場で“奇跡の正体”について語るために来ました」

観衆がざわめき、空が低く唸るように、風が吹いた。

その風は、まるで“虚構の幕”を揺らすように冷たく、確かだった。
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