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「静粛に――静粛に願います!」
王都広場に設置された壇上では、神殿側の司祭たちが慌てて秩序を保とうとするが、すでに民衆の関心はすべて、マイクの前に立つ黒衣の令嬢に集まっていた。
クラリス・フォン・ラウエンシュタイン。
かつて断罪された“悪役令嬢”が、今まさに“聖女の舞台”に割って入ろうとしている。
「クラリス……!」
聖女セレスティアが声を発した。その声音は震えていた。
クラリスはゆっくりと彼女の方を見やり、そしてかすかに微笑んだ。
「セレスティア。あなたの祈りが、どれほど多くの人々を救ってきたか。私はそれを否定するつもりはありません」
広場の空気が、微かに緩む。だが、それは嵐の前の静けさだった。
「けれど、祈りとは、他者の犠牲の上に成り立つものであってはならない。奇跡の裏に、涙を隠してはいけない。私は、今日この場で一つの“記録”を開示します」
クラリスは、幻術で強化した声を響かせると、手のひらに薄く光る魔法陣を描いた。
空中に浮かび上がったのは、古文書の複写――聖女制度の成り立ちと、“精神干渉”による加護演出の記録。そして、最後に記された名前。
《第六代聖女:エレオノーレ・フォン・ラウエンシュタイン》
ざわめきは悲鳴に変わった。
「まさか……聖女だったのは……?」
「クラリスの母……?」
セレスティアが一歩、こちらに近づく。
「それを、今さら明かして……何になるの……?」
クラリスは視線を逸らさず、静かに言った。
「あなたを責めるためじゃないわ。あなたが、誰かに“祈らされている”だけだと、私は知ってしまったから」
セレスティアの目が見開かれた。
そのとき、王子ジルベルトが前に出る。
「この者は虚偽を述べている! 王家と神殿の権威を貶める陰謀だ!」
だが、その声はもはや民衆の心には届かない。
誰もが、壇上に立つ“ふたりの少女”のやり取りに、息を呑んでいた。
「セレスティア……あなたが自分の意思で、ここに立っているのなら……」
クラリスは一歩前に出た。
「私に、否定する資格はない。けれど、もしあなたが――」
「――“役を与えられただけの存在”なら?」
セレスティアの声が、震えながらも、はっきりと響いた。
「ならば、私は……もう祈りたくない」
それは、聖女が初めて口にした“拒絶”だった。
騒然となる広場。ジルベルトが何か叫んでいるが、もう誰にも届いていない。
クラリスはそっとセレスティアの手を取った。
「あなたは、“神に選ばれた”のではない。“選ばされた”のよ。でも、いまここで、自分の意思を選び取った」
セレスティアの頬を涙が伝う。だがその顔は、どこか晴れやかだった。
「ありがとう……クラリス。あなたが、“悪役”になってくれたから、私はようやく……降りられる」
聖女が、神の舞台を降りた瞬間だった。
そしてその隣に立つ悪役令嬢が、全ての虚構に終止符を打つ覚悟を宿す。
この日、王都に吹いた風はただの春風ではなかった。
それは、“新しい秩序”のはじまりだった。
王都広場に設置された壇上では、神殿側の司祭たちが慌てて秩序を保とうとするが、すでに民衆の関心はすべて、マイクの前に立つ黒衣の令嬢に集まっていた。
クラリス・フォン・ラウエンシュタイン。
かつて断罪された“悪役令嬢”が、今まさに“聖女の舞台”に割って入ろうとしている。
「クラリス……!」
聖女セレスティアが声を発した。その声音は震えていた。
クラリスはゆっくりと彼女の方を見やり、そしてかすかに微笑んだ。
「セレスティア。あなたの祈りが、どれほど多くの人々を救ってきたか。私はそれを否定するつもりはありません」
広場の空気が、微かに緩む。だが、それは嵐の前の静けさだった。
「けれど、祈りとは、他者の犠牲の上に成り立つものであってはならない。奇跡の裏に、涙を隠してはいけない。私は、今日この場で一つの“記録”を開示します」
クラリスは、幻術で強化した声を響かせると、手のひらに薄く光る魔法陣を描いた。
空中に浮かび上がったのは、古文書の複写――聖女制度の成り立ちと、“精神干渉”による加護演出の記録。そして、最後に記された名前。
《第六代聖女:エレオノーレ・フォン・ラウエンシュタイン》
ざわめきは悲鳴に変わった。
「まさか……聖女だったのは……?」
「クラリスの母……?」
セレスティアが一歩、こちらに近づく。
「それを、今さら明かして……何になるの……?」
クラリスは視線を逸らさず、静かに言った。
「あなたを責めるためじゃないわ。あなたが、誰かに“祈らされている”だけだと、私は知ってしまったから」
セレスティアの目が見開かれた。
そのとき、王子ジルベルトが前に出る。
「この者は虚偽を述べている! 王家と神殿の権威を貶める陰謀だ!」
だが、その声はもはや民衆の心には届かない。
誰もが、壇上に立つ“ふたりの少女”のやり取りに、息を呑んでいた。
「セレスティア……あなたが自分の意思で、ここに立っているのなら……」
クラリスは一歩前に出た。
「私に、否定する資格はない。けれど、もしあなたが――」
「――“役を与えられただけの存在”なら?」
セレスティアの声が、震えながらも、はっきりと響いた。
「ならば、私は……もう祈りたくない」
それは、聖女が初めて口にした“拒絶”だった。
騒然となる広場。ジルベルトが何か叫んでいるが、もう誰にも届いていない。
クラリスはそっとセレスティアの手を取った。
「あなたは、“神に選ばれた”のではない。“選ばされた”のよ。でも、いまここで、自分の意思を選び取った」
セレスティアの頬を涙が伝う。だがその顔は、どこか晴れやかだった。
「ありがとう……クラリス。あなたが、“悪役”になってくれたから、私はようやく……降りられる」
聖女が、神の舞台を降りた瞬間だった。
そしてその隣に立つ悪役令嬢が、全ての虚構に終止符を打つ覚悟を宿す。
この日、王都に吹いた風はただの春風ではなかった。
それは、“新しい秩序”のはじまりだった。
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