悪役令嬢ですが、婚約破棄されたので実家に引きこもる予定だったのに…

東雲れいな

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聖女の“祈りの放棄”と、クラリスの“真実の告発”は、王都全体を覆っていた信仰の幕を一気に引き裂いた。

翌朝。  
王都の広場は異様な静けさに包まれていた。昨日まで聖女の奇跡を讃える装飾に彩られていた街並みには、誰一人としてその名を口にする者がいなかった。

まるで、人々が同時に“目覚めた”かのように。

王宮では、早朝から緊急の会議が開かれ、大神官リヒャルトと王子ジルベルトは沈黙を守っていたという。  
だが、もはや黙しても変わらぬほどに、王都は動き出してしまっていた。

クラリスは王都邸の書斎で、来訪者を迎えていた。

「……お前、やりおったなあ。まさかここまで派手にやらかすとは思わんかったわ」

軽薄な口調とともに入ってきたのは、情報屋ユリウス・グラーデン。  
だがその顔には、驚きよりも寧ろ満足げな笑みが浮かんでいた。

「“あんたが黙ってりゃ、神様は神様のままでおれた”ってのに。……けど、それでええ。あれが嘘やったって、皆、うすうす気づいてたんや。ただ信じたフリしてただけでな」

「私の言葉が、届いたと思いますか?」

「届いた。というより、“やっと声を出してええ空気”になったんや」

ユリウスは、懐から新たな文書の束を差し出した。

「これ、神殿の財務記録。裏口資金の流れと、加護の儀式に使われた“干渉薬”の成分まで出とる。王都の一部の貴族がこれ見て、今さらながら青ざめとったわ」

クラリスは静かにそれを受け取り、机に並べた既存の記録と照合を始める。

「これだけの証拠があれば、神殿は弁明できませんね」

「せやけどな、追い詰めすぎてもあかん。あの手の人種は、追い詰められると“神の裁き”とか口にして、火をつけかねん」

クラリスは手を止め、彼を見た。

「では、どうするべきだと思いますか?」

「逃げ道を作ってやるんや。自分から降りたことにしてやる。“私たちは次の信仰の形を探します”って、そないに言わせるんがええ」

「……妥協、ですか?」

「落としどころ、や。潰すんと、沈めるんは違う。あんたは前者を選ばんタイプやろ?」

クラリスは、短く息を吐いて笑った。

「ええ。……どこまでも誠実でありたいと、思ってしまうのよ」

そのとき、執事のベルトルトが静かに入室した。

「第二王子殿下より使いの者が。王宮での“改革宣言”に、クラリス様の同席を求めておられます」

「……とうとう、始まるのね。今度こそ、私たち自身の言葉で、この国を変える時が」

クラリスは立ち上がった。

引きこもりだった令嬢は、もうどこにもいない。

今この瞬間から、彼女は――  
“真実を語る貴族”として、王都の中心に立つ。
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