悪役令嬢ですが、婚約破棄されたので実家に引きこもる予定だったのに…

東雲れいな

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秋の深まりとともに、王都の空はどこか高く澄んでいた。

クラリスは、王都北区に新設された文芸記録館の講堂に立っていた。

そこでは今、“幻の語り部たち”による朗読と展示の祭が開かれている。

「……この声が、誰かに届くなら。  
 それだけで、私が見た幻は、嘘ではなかったと証明できる――」

壇上では、かつて神殿に沈黙を強いられてきた者たちが、今、自らの言葉で過去を語っていた。

クラリスはそのひとりひとりの語りを静かに見守りながら、後方の席に腰掛けていた。

「貴女の“あの日の一言”が、こんなに多くの言葉を生んだのですね」

隣に腰を下ろしたユリウスが、囁くように言った。

「私は、ただ“幻では終わらせたくなかった”だけよ。誰かが見たものを、誰かの心に残したかった」

舞台の灯りの中、幻術で映し出された情景は、過去の一瞬一瞬を色と音で再現していた。

王都の民も、貴族も、旅の学者も、皆がその映像に目を奪われ、  
――そして、それを“物語”として受け入れていた。

もはやそこには、“正しいか間違っているか”という断罪の視線はなかった。

あったのは、ただ“語る勇気”と“聴く静けさ”。

「……こうして誰かが語る限り、幻は真実として残り続ける。そう信じてよいのだと、ようやく思えたわ」

「君自身が、“幻を受け取る人”になったのだね」

ユリウスの言葉に、クラリスは小さく頷いた。

イベントの終盤、館の司書長から紹介を受け、クラリスが壇上へと呼ばれる。

かつての壇上とは違う。  
これは彼女を断罪する場ではなく、語りの輪に招き入れる“共の場”だった。

「私は、クラリス・フォン・ラウエンシュタイン。  
 かつて“幻”と嘲られ、引きこもりと呼ばれました」

「でも今、私はその幻に救われた者たちと、こうして言葉を交わせています」

「幻とは、目に見えぬ痛み、願い、そして……希望です。  
 どうか、それを無かったことにしないで。  
 誰かの幻が、誰かの未来に繋がることを、信じてください」

拍手が湧き起こる。

それは、王都という舞台の上で、初めて“断罪ではなく承認”が贈られた瞬間だった。

その夜。

クラリスはひとり書斎に戻り、筆を取った。

綴るのは、“幻と共に歩んだ記録”の続編。

表紙にはこう記した。

《第Ⅱ部:語られた幻、継がれる真実》

物語はまだ、終わらない。

幻がある限り、誰かの語りが続く限り――  
記録者としてのクラリスの旅は、これからも続いていく。
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